たいまつ

体調不調により、ブログをお休みします。

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こころたび




ご無沙汰しています。
 
今日は、久しぶりに小康を得。
それで、少しだけ書いてみようと思い立ちました。
今回の曲とねんごろではない、“不爽やか”な記事ですが(苦笑)。
 
書きたいことがあるようでない気もするし、その逆かもしれない。
仕事量の増加に伴い、8月、9月と、月を追うごとにかつて経験したことがないほどに
体調が悪化してしまい、主体性の伴わない苦役としての労働に翻弄され、
僕としてのあれこれが壊れゆく日々の中で、心の中に留めておくべき多くのものが
あっけなく揮発したことだけは事実だと思う。

 
唐突だけれど、事件・事故、或いは、ゴシップネタなどの即物的事柄を話題にして、
寄生虫のようにそれらにすがり、ものを書くのは易い。
そうではなく、何の事件性もドラマもない至極、個人的で凡庸な身振り手振りを振り返り、
いわば「無」から、普遍に通じる実存的価値のようなものを探り導くことの方が、僕には難しく感じられる。
そうした意識の多くが揮発したものだから、内面の病は身体的な痛みよりも根深く深刻だ。
 
そう思う別の理由は、極論や断定、或いは、強いメッセージ性などから遠ざかるほど、
思考や思想はより分かりにくく相対化して深まって行き、大衆から敬遠されればされるほど、
すなわち、孤絶の淵に立たされるほど、個としての知性はむしろ、輝きを際立たせると確信しているから。
 
それは、「盛り土」や「賭博」を喜々として糾弾するより、或いは自らの体調不良を露骨に嘆くことより、
例えば、気づかぬうちに肩口に張り付いたひとひらの木の葉を、
心寄せる異性に、そっと払ってもらった時の彼や彼女の指先の微細な所作や感触と、
払われた時の自らの心の動きにどこまでもこだわることから生まれてくる、
他と交わることのない分類不可能な個としての自律した感情。
 
或いは、理非曲直を問わない、倫理や道徳に阿らない、体調という身体性に縛られない、
それでいて、別の意味での”身体性”を率直に担保しているがゆえに、容易には揮発しない言葉。
無論、それらは、「写真の撮り方」にも当てはまると思う。
 
だから、痛くてもキツくても、もとめる文に程遠くても、体調不良を言い訳に、
僕自身がまるごと揮発してしまわないよう言い聞かす。
「言葉を吐け!」と。
想い、ではなく、事柄を。微温を帯びたことがらを。
 
 
今日、左患側に片麻痺を抱える利用者さんの買い物援助に入る。
不運にも、呼んだタクシーが、狭隘な路地で立ち往生し、身動きが取れなくなる。
とにかくバックして車の体勢を整えようと、運ちゃんが後ろへアクセルを踏み込むのに合わせ、
僕は車を前から押すが、あいにくそこは急な勾配で、タイヤがスリップしてズルズルと前進し、
僕の身体が、危うく、車と民家の塀の間に挟まれそうになる。
つられて、心身の”余裕のなさ”も、どんどん狭まる。 

様子を見ていたのか、近くで土木作業をしていた屈強な体つきをした二人の若い男性が、
木の葉がふっと離れるような自然な動作で助太刀に入り、僕と三人で車を後ろへと押し返し、
何とかタクシーは息を吹き返した。
「運転のプロか?」と、タクシーの運ちゃんの腕を訝る前に、二人の好青年に軽く会釈する。
正確には、二人の青年の「目」に。
 
ふと、かつてインドの旅で出会った人々の「目」を想う。
「してあげた」が混在しない、人の喜びを共に有しようとする素直な心の働きが、
刹那にせよ、あきらかに二人の眼差しへ映し出されていることが見てとれた。
同時にそれは、「してあげた」と断定していない緩やかなものであるにも関わらず、
「してもらった」ことにどこかで媚びている僕の目つきを真似ない、ないしは、
他者の悲惨さに連帯しない確固としたものを含みもつ、したたかなゆるやかさを伴うものだった。

「彼らの無償が束の間であることも良い」と思った。
言うまでもなく、人の善性は永続しない方がまっとうだから。
 

買い物が済んで帰宅した後、その利用者さんは早速、買ったお肉を鍋に入れてゆで始める。
僕は、沖縄名産の「三枚肉」の香ばしいささやかなかおりに気づけるだけの余裕を取り戻していた。
そして、「ささやかなものがささやかなものを取り戻す」などと簡単にまとめようとしない方が、
二人の純粋な眼差しに近づけるような気がした。
 
ただ、人は、高邁な思想や潔癖な哲学よりも、「おいしい匂い」という肉感的な俗情によってこそ、
案外、「揮発したもの」を取り戻せるのかもしれない。











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こころたび
 
詞:池田綾子
曲:平井真美子
唄:池田綾子
 
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誰だってあるんだろう
 
こころの奥に
 
宝物の地図 大切な場所へ…
 

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小さな頃は 毎日が
 
不思議の世界で

 
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だんだん顔を 変えてゆく雲を
 
追いかけ走った

 
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手のひらに 揺れる木洩れ日は
 
太陽のかけら

 
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土の匂いがした
 
それはきっと 宝物

 
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君だってあるんだろう
 
大切な場所が
 

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思い出すたびに
 
笑顔になれる

 
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見つけたいんだ
 
その宝物

 
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こころが知ってる
 
ぬくもりを

 
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遠い日の 夕映え


 
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あのとき 言えなかったことも
 
泣きたかったことも
 

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みんな 時を越え
 
きょうの笑顔に変わってく
 

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ゆっくり 行こう
 
思い出は いつもやさしく
 

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明日へ 続いてる…







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行ってみたいんだ
 
大切な場所へ
 

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思い出すたびに
 
笑顔になれる

 
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探しに行こう
 
その宝物

 
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輝きつづける
 
その場所を

 
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もういちど…


 
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時代

  


昨日、そぼ降る雨の中、次の訪問介護の時間を待つために、
僕は、とある小さな公園の軒下で雨を凌ぎながら、
目の前にある植え込みの中に小さく揺れる、
幾枚かの赤茶けた枯葉を、ぼんやりと見つめていた。
 
もうほとんど命の宿らない、風景の中の骨のような寒々とした枯れた葉っぱなのに、
眺め続けていると、命眩しい新緑の輝きを見るよりも、なぜだか不思議に心が落ち着く。
運命に殉ずる無様な姿を、あけすけに人目に晒す、潔い痩せた枯葉の心意気に、
自分には、そうはできないゆえの憧れを抱いたからかもしれない。

そんな僕のちっぽけな忖度さえ意に介さず、深々としたしじまの中で、
折りからの雨に打たれながらも、葉はひっそりと、潔く在り続けていた。


 
ある時、その人は、潔く言った。
「今の私の身体は、幼子のように痩せ細り、35㎏くらいしかありません。」
僕は不遜にも、その言葉に、慎ましく控えめでありながら、
ほんらい拡散せず、小さく凝縮していることが至当な、
“凛々しい”という言葉とその意味を重ね、
そのサイズを、「彼女に相応しい」と、好もしく思った。
 
日が当たり、眩しく輝く新緑のように脚光を浴びることもなく、
むしろ、枯葉のように「浴びることから無縁でいたい」ような気配さえ、
その人の紡ぐ端正な文章からは感じられ、そんな彼女の「忘れられたさ」に
却って、強く惹かれもした。
 
そして、「今の時代」を憎しんでおられたけれど、自らは決して誰をも憎しまず、
その憎しみが、平然と弱者の心を踏みにじる者たちへの怒りと、
踏みにじられた人たちの悲しみへの慈愛や共感に根差すものであったことを、
僕を含む彼女を知る、誰もが知っている。
 


「時代」は、また、ひとつの偉大な良心を失った。
すなわち、つい先日、彼女の訃報を知りました。
 
愛、優しさ、真心、誠実…
僕たちは、もうとっくに、「言葉に見放されている時代」に生きているけれど、
ほとんど奇跡的に、広告やCMに安く躍るこれらの言葉に見かぎられることなく
言葉の意味合いに正しく引き合う「愛や優しさや真心」を、最後の最後まで、
誠実に貫かれた彼女の生涯は、幸せなものであったと同時に、
彼女を知る誰一人とて、生涯忘れることはないでしょう。
 
時代の喧噪に翻弄されることもなく、雨にも負けない枯葉のように
じっと立ち止まり、心に築かれた静かなしじまの中で、ひっそりと、
”立ち向かうための凛々しさ”を燻らせておられた彼女の存在じたいが、
これから先に訪れるであろう困難な反時代への、希望であり指標であり、
僕らの時代に刻印された、忘れ得ぬ墓標のように…


彼女が、僕らに残してくれたブログのアドレスです↓


 
 


P.S
他人には、決して弱音や愚痴を言われない、真から心の強いお人でしたが、
日々、蝕まれて行く病への恐怖や痛み、或いは、
残されるご家族の将来や、日本や世界の不穏な行く末の事などを、
寡黙に一人で背負い込み、どれほど心を痛めておられたことでしょう…
 
どうか、どうか、天国では、いつまでも安らかに…



 




この曲と拙写真を、我が最愛の友でいてくださった、
Alf.momさんへ捧ぐ― 








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時代

 
詞/曲:中島みゆき
 
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今はこんなに悲しくて
 
涙も涸れ果てて
 
もう二度と笑顔には なれそうもないけど…
 

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そんな時代も あったねと
 
いつか 話せる日が来るわ
 

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あんな時代も あったねと
 
きっと 笑って話せるわ

 
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だから今日は くよくよしないで
 
今日の風に 吹かれましょう

 
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まわる まわるよ 時代はまわる
 
喜び悲しみ 繰り返し

 
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今日は 別れた恋人たちも
 
生まれ変わって 巡り会うよ

 
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旅を続ける 人々は
 
いつか 故郷に出逢う日を

 
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たとえ 今夜は倒れても
 
きっと 信じて ドアを出る
 

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たとえ 今日は果てしもなく
 
冷たい雨が 降っていても

 
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めぐる めぐるよ 時代はめぐる
 
別れと出逢いを繰り返し

 
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今日は 倒れた旅人たちも
 
生まれ変わって 歩き出すよ…
 

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まわる まわるよ
 
時代はまわる

 
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別れと出逢いを
 
繰り返し
 

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今日は 倒れた旅人たちも
 
生まれ変わって 歩き出すよ

 
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今日は 
 
倒れた旅人たちも

 
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生まれ変わって
 
歩き出すよ…


 
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木蓮の涙



ご無沙汰しております。
 

久しぶりの更新なので、何をどう書けば良いのかすら分からないですが。
あの日以来、ただ心打ちひしがれていたわけではなく、生きるために、生かすために、
朝から晩までびっしり仕事で日が埋まり、身体的にも青息吐息のような、
文字通り、息の詰まる日々を繰っていました。

なので、身近な出来事を深く思惟し対象化して表現することはおろか、
皆様とも、これまでのようにブログライフにおいて緊密な関係を長く維持することは、
相変わらずの不安定な心身のみならず、物理的にも限りなく困難な状況です。
 
さらに、再読に耐える文を綴れるだけの時間の不足や能力の欠如だけではなく、
現実ライフが充実しているわけではないにせよ、
ブログライフから久しく離れていると、めっきりブログへの興味や関心が薄れてしまい、
細々とでも、ブログを続けるべきか惑ってもいます。
それでも、願わくば、心通う人たちとの小さな繋がりを大切にできればと…

また、この夏、せっかく撮り溜めた写真もあり、
ここへ来てくださる皆様へ、木枯らし的「旬の沖縄風景」をご紹介したく、
手前勝手で恐縮ですが、今日は、ふいにブログを再開してみようと思い立ち。

一方で、思いが未だ、「訪問」への意欲までには至らず、
今回は、わがままな更新であることをご容赦ください。
皆様の記事へは、心身のあれこれに整理がついてから、
とつおいつでも、少しずつ訪問させて頂ければと。
 


ほんとうは、「写真」ではなく、「良い文章を書きたい」と、常々思っています。


例えば、ブログ休止中に再読し、舐めるように精読していた、
作家である辺見庸さんのエッセイ集、『水の透視画法』の中の、
「吐く男とさする青年」や「アジサイと回想」、或いは「悲しみの美」などの
即物的な意味や解釈から限りなく遠い、奥行きと広がりのあるメタファーに満ちた秀逸な短編と、
ささやかな日常を詩的に物語ることのできる能力に堪らなく憧れると共に、
文章表現における自らの語彙力や想像力の圧倒的な乏しさを思い知らされ。
 
結果、彼我の“豊穣と貧困”、どちらの意味でも「読書の大切さ」を再認し、
限られた自由時間を、仕事以外での自身の本分(のつもり)である「写真」と、
思考の質や“溜める力”を鍛えてくれる「読書」に費やしたい思いに
駆り立てられている自分もいます。

そういういきさつもあり、自身の文が納得のいく形で綴れない時は、
優れた詩などを紹介するような簡易な記事に留めたく。
さっそく今宵は、乱読していた詩篇の中から、心惹かれた作品をひとつ。
  

フェデリコ・ガルシーア・ロルカ 作 『奇想曲』 より
 
どの鏡の後ろにも
死んだ星がひとつずつ
それから眠っている
幼い虹がひとつずつ。
 
どの鏡の後ろにも
永遠の静けさがひとつずつ
それから飛び去らなかった
沈黙たちの巣がひとつずつ




そう言えば、前回の記事で取り上げた、亡くなった彼の仏壇に添えられた遺影を見た時、
そのはにかんだ愛を知る笑みに、この世で彼が知っていたのは絶望だけではなかったことを知り、
誰かが言った「愛が蘇るのは、ほかの人間らしい気持ちがすべて戻ってからのことだ。
愛は最後にやってくる。愛は最後に蘇る」ことを裏切ることもある人の心の不可思議に、
ささやかな希望を感じたことを付記しておきます。 
 









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木蘭の涙
 
詞:山田ひろし
曲:柿沼清史
唄:夏川りみ
 
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逢いたくて 逢いたくて
 
この胸のささやきが
 
あなたを探している あなたを呼んでいる

 
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いつまでも いつまでも
 
側にいると言ってた
 
あなたは嘘つきだね 心は置き去りに…

 
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いとしさの花篭 
 
抱えては 微笑んだ

 
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あなたを見つめてた
 
遠い春の日々

 
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やさしさを紡いで
 
織り上げた 恋の羽根

 
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緑の風が吹く
 
丘によりそって

 
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やがて 時はゆき過ぎ
 
幾度目かの 春の日
 

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あなたは眠る様に
 
空へと旅立った

 
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いつまでも いつまでも
 
側にいると言ってた

 
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あなたは 嘘つきだね
 
わたしを 置き去りに

 
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木蘭のつぼみが
 
開くのを見るたびに


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あふれだす涙は
 
夢のあとさきに
 

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あなたが 来たがってた
 
この丘に ひとりきり
 

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さよなら と言いかけて
 
何度も振り返る…

 
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逢いたくて 逢いたくて
 
この胸のささやきが
 

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あなたを 探している
 
あなたを 呼んでいる
 

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いつまでも いつまでも
 
側にいると言ってた

 
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あなたは
 
嘘つきだね

 
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わたしを
 
置き去りに…


 
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