たいまつ

体調不調により、ブログをお休みします。

【Songs】&【詩など】

[ リスト | 詳細 ]

ここでは、身近な話や季節に絡めて、個人的に好きな音楽や詩などに、自分の写真を添えて、皆様の癒しの一時を演出したく思っています♪
記事検索
検索

全79ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

守ってあげたい




ライブハウスの照明が落ちる。

その人は深々と一礼し、無言のまま、グランドピアノのイスにゆったりと座り、
唐突に、2曲歌った。
ピアノの旋律に合わせて流れるように揺らめくその人のシルエットは、
くっきりと濃く鮮明でいて、闇の中に溶け入りそうなほどの淡い儚さをも湛えていた。
拒みもせず動じもしない強い意志が、木陰のようなやさしさで会場を包み込むように。

 
藤田 麻衣子(ふじた まいこ)さん。
僕は、シンガーソングライターである彼女のことを、その日、初めて知った。
時は今月15日午後6時、場所は国際通り近辺の小さなライブハウス。
 
その数日前、四肢に重度の障がいを抱え、常に車椅子を必要とするMさんの
「藤田さんのライブを観たい」という要望に沿い、車椅子での移動やトイレ介助などを含めた、
「ライブ鑑賞付き添い」という形で、都合5時間に渡る彼の介助を、僕が任されることになった。

その日は、すでに朝から各々異なる4件の訪問介護をこなしており、
彼との待ち合わせ時刻である午後5時頃には、
「あと5時間、安全無事な介助に自分の身体が耐えられるだろうか」という不安と緊張で、
僕には、行き先のライブに心躍らせる心身の余裕などまるでなかった。

 
開演の午後6時から午後9時までの3時間、時折トークを交えながらも、
ほぼ休むことなく彼女は歌い続けた。
148cmという小さな体から放たれる歌声と華奢な指先で奏でられるピアノの旋律は、
ライブ開演までの数十分間、身体の疲労と痛みに人知れず喘ぎ乾いていた僕の心でさえ、
少しずつ震え始め潤い出すほどの、”切で純な”響きを備えていた。
 
ふと、右隣を見ると、車椅子に全身を預けながらも、自身の存在を示す濃い影を
頬の辺りにくっきりと刻んでいる彼も、彼女の「切純」に打たれたのか、
自由の利かない手足で、会場に轟く歌に合わせた皆の手拍子にリズムを合わせていた。
手を合わせられない代わりに、閉じも開きもしない硬直したままの両の手で、
恐らくは一張羅の、鈍色に煤けた青いジーンズを懸命に叩いていた。

 
彼を迎えるまで誰のライブかすら知らなかった僕が、彼に会ってからライブの仔細を尋ねた時、
「彼女の 詩が いい です」という短いセンテンスを、10秒程を有する長さで
均等に言葉を分けて教えてくれた。
その均等で均質でもある正当な言葉の重さは、148cmの小さな身体から放たれる透明な歌声や、
か細い指から奏でられる力強いピアノの旋律の響きにも重なるものだった。

未だ無明の闇をさまよう僕の薄い影を飛び越えて、影が濃いほど輝きを増す二つの光が、
「人間は、人間によってしか救われない」という避けがたく苦しい道のりを、
それでもめげず、静かに照らし、そっと見守ってくれているかのように。

 
エンディング。
藤田麻衣子さんは、舞台から駆け降りて、会場に集まった100名ほどの観客全員へ、
一人一人順番に、両手でハイタッチをしてくれた。
僕の両手にも触れてくれた彼女の手の感触はなぜか覚えていないのだけど、
自力では手を挙げることすらできないMさんの左手を、彼女の手に向けて
心ばかり持ち上げた時、彼女はMさんをしっかりと見据えてMさんの左手を
握り締めた後の刹那、持ち上げている僕の瞳へ、まっすぐに視線を向けた。
 
澄み潤んだ眼差しに、人と全身で向き合おうとする誠意と、人への愛が溢れていた。
愛されているがゆえのその愛を、他者へ繋ごうとする愛が。
閉ざす者へさえ開かれている愛が。
 
「彼女の 詩が いい です」。
彼の言葉を反芻しながら、後ろの人たちへハイタッチして行く彼女の方へ視線をやると、
まだあどけなさを残す一人の少女が、淡いピンク色の小さなハンカチで、目頭の辺りを拭っていた。
ハンカチの色と大きさと、その人が俯いた時の影の若さが、
人目をはばかる純な恥じらいの象徴のように見えた。
 
藤田麻衣子さんの胸の中に宿り輝き続けている、いつまでも色褪せることのない、
ピュアな少女の心のように…




 


〜〜♪ 以下、「藤田麻衣子さん」の三つの動画のアドレスを添付しておきますね ♪〜〜

 

(あなたは幸せになる)


(手紙 〜愛するあなたへ〜)

 
(伝えたい言葉 ・ おぼろ月)











..::.::.*゜ .+:(*´`*).+:。 ..::.::.*
 

 
守ってあげたい
 
 
詞/曲/唄:松任谷由美
 
..::.::.*゜ .+:(*´`*).+:。 ..::.::.*
 
 
 
 
 
 

 
You don't have to worry,worry,
 
守ってあげたい
 
あなたを苦しめる 全てのことから…

 
イメージ 1

    
 



初めて言葉を 交わした日の
 
その瞳を 忘れないで

 
イメージ 2

   
 
いいかげんだった 私のこと
 
包むように 輝いてた


 
イメージ 3

    
 
遠い夏 息をころし 
 
トンボを採った

 
イメージ 4

  
 
もう一度 あんな気持ちで
 
夢をつかまえてね

 
イメージ 5

    
 
So, you don't have to worry,worry,
 
守ってあげたい

 
イメージ 16


   
 
あなたを苦しめる 全てのことから
 
Cause I love you, 'Cause Ilove you.
 
 
イメージ 6

   
 


このごろ沈んで 見えるけれど
 
こっちまで ブルーになる

 
イメージ 7

    
 
会えないときにも あなたのこと
 
胸に抱いて 歩いている

 
イメージ 8

   
 
日暮れまで 土手にすわり
 
レンゲを編んだ

 
イメージ 9

    
 
もう一度 あんな気持ちで
 
夢を形にして

 
イメージ 10

    
 
So, you don't have to worry,worry,
 
守ってあげたい

 
イメージ 11

    
 
他には何ひとつ できなくてもいい
 
Cause I love you, 'Cause Ilove you.

 
イメージ 15



    
 
So, you don't have to worry,worry
 
守ってあげたい

 
イメージ 12

    
 
あなたを苦しめる 全てのことから
 
Cause I love you,

 
イメージ 13

    

 
守ってあげたい…


 
イメージ 14

    












※なお、仕事の負担と、それに伴う体調不良が続いているため、
すみませんが、体調が改善するまでは、
「訪問」或いは「ナイス」のみに限らせて頂きますね。

※また、今回の選曲が藤田麻衣子さんとは無関係であることも、ご容赦ください(笑)。






こころたび




ご無沙汰しています。
 
今日は、久しぶりに小康を得。
それで、少しだけ書いてみようと思い立ちました。
今回の曲とねんごろではない、“不爽やか”な記事ですが(苦笑)。
 
書きたいことがあるようでない気もするし、その逆かもしれない。
仕事量の増加に伴い、8月、9月と、月を追うごとにかつて経験したことがないほどに
体調が悪化してしまい、主体性の伴わない苦役としての労働に翻弄され、
僕としてのあれこれが壊れゆく日々の中で、心の中に留めておくべき多くのものが
あっけなく揮発したことだけは事実だと思う。

 
唐突だけれど、事件・事故、或いは、ゴシップネタなどの即物的事柄を話題にして、
寄生虫のようにそれらにすがり、ものを書くのは易い。
そうではなく、何の事件性もドラマもない至極、個人的で凡庸な身振り手振りを振り返り、
いわば「無」から、普遍に通じる実存的価値のようなものを探り導くことの方が、僕には難しく感じられる。
そうした意識の多くが揮発したものだから、内面の病は身体的な痛みよりも根深く深刻だ。
 
そう思う別の理由は、極論や断定、或いは、強いメッセージ性などから遠ざかるほど、
思考や思想はより分かりにくく相対化して深まって行き、大衆から敬遠されればされるほど、
すなわち、孤絶の淵に立たされるほど、個としての知性はむしろ、輝きを際立たせると確信しているから。
 
それは、「盛り土」や「賭博」を喜々として糾弾するより、或いは自らの体調不良を露骨に嘆くことより、
例えば、気づかぬうちに肩口に張り付いたひとひらの木の葉を、
心寄せる異性に、そっと払ってもらった時の彼や彼女の指先の微細な所作や感触と、
払われた時の自らの心の動きにどこまでもこだわることから生まれてくる、
他と交わることのない分類不可能な個としての自律した感情。
 
或いは、理非曲直を問わない、倫理や道徳に阿らない、体調という身体性に縛られない、
それでいて、別の意味での”身体性”を率直に担保しているがゆえに、容易には揮発しない言葉。
無論、それらは、「写真の撮り方」にも当てはまると思う。
 
だから、痛くてもキツくても、もとめる文に程遠くても、体調不良を言い訳に、
僕自身がまるごと揮発してしまわないよう言い聞かす。
「言葉を吐け!」と。
想い、ではなく、事柄を。微温を帯びたことがらを。
 
 
今日、左患側に片麻痺を抱える利用者さんの買い物援助に入る。
不運にも、呼んだタクシーが、狭隘な路地で立ち往生し、身動きが取れなくなる。
とにかくバックして車の体勢を整えようと、運ちゃんが後ろへアクセルを踏み込むのに合わせ、
僕は車を前から押すが、あいにくそこは急な勾配で、タイヤがスリップしてズルズルと前進し、
僕の身体が、危うく、車と民家の塀の間に挟まれそうになる。
つられて、心身の”余裕のなさ”も、どんどん狭まる。 

様子を見ていたのか、近くで土木作業をしていた屈強な体つきをした二人の若い男性が、
木の葉がふっと離れるような自然な動作で助太刀に入り、僕と三人で車を後ろへと押し返し、
何とかタクシーは息を吹き返した。
「運転のプロか?」と、タクシーの運ちゃんの腕を訝る前に、二人の好青年に軽く会釈する。
正確には、二人の青年の「目」に。
 
ふと、かつてインドの旅で出会った人々の「目」を想う。
「してあげた」が混在しない、人の喜びを共に有しようとする素直な心の働きが、
刹那にせよ、あきらかに二人の眼差しへ映し出されていることが見てとれた。
同時にそれは、「してあげた」と断定していない緩やかなものであるにも関わらず、
「してもらった」ことにどこかで媚びている僕の目つきを真似ない、ないしは、
他者の悲惨さに連帯しない確固としたものを含みもつ、したたかなゆるやかさを伴うものだった。

「彼らの無償が束の間であることも良い」と思った。
言うまでもなく、人の善性は永続しない方がまっとうだから。
 

買い物が済んで帰宅した後、その利用者さんは早速、買ったお肉を鍋に入れてゆで始める。
僕は、沖縄名産の「三枚肉」の香ばしいささやかなかおりに気づけるだけの余裕を取り戻していた。
そして、「ささやかなものがささやかなものを取り戻す」などと簡単にまとめようとしない方が、
二人の純粋な眼差しに近づけるような気がした。
 
ただ、人は、高邁な思想や潔癖な哲学よりも、「おいしい匂い」という肉感的な俗情によってこそ、
案外、「揮発したもの」を取り戻せるのかもしれない。











..::.::.*゜ .+:(*´`*).+:。 ..::.::.*
 
 
こころたび
 
詞:池田綾子
曲:平井真美子
唄:池田綾子
 
..::.::.*゜ .+:(*´`*).+:。 ..::.::.*
 
 
 
 
 
 


 
誰だってあるんだろう
 
こころの奥に
 
宝物の地図 大切な場所へ…
 

イメージ 1

    
 
小さな頃は 毎日が
 
不思議の世界で

 
イメージ 2

    
 
だんだん顔を 変えてゆく雲を
 
追いかけ走った

 
イメージ 3

    
 
手のひらに 揺れる木洩れ日は
 
太陽のかけら

 
イメージ 4

    
 
土の匂いがした
 
それはきっと 宝物

 
イメージ 5

   
 
君だってあるんだろう
 
大切な場所が
 

イメージ 6

    
 
思い出すたびに
 
笑顔になれる

 
イメージ 7

    
 
見つけたいんだ
 
その宝物

 
イメージ 8

   
 
こころが知ってる
 
ぬくもりを

 
イメージ 9

    

 
遠い日の 夕映え


 
イメージ 10

    
 
あのとき 言えなかったことも
 
泣きたかったことも
 

イメージ 11

    
 
みんな 時を越え
 
きょうの笑顔に変わってく
 

イメージ 12

    
 
ゆっくり 行こう
 
思い出は いつもやさしく
 

イメージ 13

    

 
明日へ 続いてる…







イメージ 14

    
 
行ってみたいんだ
 
大切な場所へ
 

イメージ 15

    
 
思い出すたびに
 
笑顔になれる

 
イメージ 16

  
 
探しに行こう
 
その宝物

 
イメージ 17

    
 
輝きつづける
 
その場所を

 
イメージ 18

  
 
もういちど…


 
イメージ 19

   
 
 
 
 
 
 
 
 
 


時代

  


昨日、そぼ降る雨の中、次の訪問介護の時間を待つために、
僕は、とある小さな公園の軒下で雨を凌ぎながら、
目の前にある植え込みの中に小さく揺れる、
幾枚かの赤茶けた枯葉を、ぼんやりと見つめていた。
 
もうほとんど命の宿らない、風景の中の骨のような寒々とした枯れた葉っぱなのに、
眺め続けていると、命眩しい新緑の輝きを見るよりも、なぜだか不思議に心が落ち着く。
運命に殉ずる無様な姿を、あけすけに人目に晒す、潔い痩せた枯葉の心意気に、
自分には、そうはできないゆえの憧れを抱いたからかもしれない。

そんな僕のちっぽけな忖度さえ意に介さず、深々としたしじまの中で、
折りからの雨に打たれながらも、葉はひっそりと、潔く在り続けていた。


 
ある時、その人は、潔く言った。
「今の私の身体は、幼子のように痩せ細り、35㎏くらいしかありません。」
僕は不遜にも、その言葉に、慎ましく控えめでありながら、
ほんらい拡散せず、小さく凝縮していることが至当な、
“凛々しい”という言葉とその意味を重ね、
そのサイズを、「彼女に相応しい」と、好もしく思った。
 
日が当たり、眩しく輝く新緑のように脚光を浴びることもなく、
むしろ、枯葉のように「浴びることから無縁でいたい」ような気配さえ、
その人の紡ぐ端正な文章からは感じられ、そんな彼女の「忘れられたさ」に
却って、強く惹かれもした。
 
そして、「今の時代」を憎しんでおられたけれど、自らは決して誰をも憎しまず、
その憎しみが、平然と弱者の心を踏みにじる者たちへの怒りと、
踏みにじられた人たちの悲しみへの慈愛や共感に根差すものであったことを、
僕を含む彼女を知る、誰もが知っている。
 


「時代」は、また、ひとつの偉大な良心を失った。
すなわち、つい先日、彼女の訃報を知りました。
 
愛、優しさ、真心、誠実…
僕たちは、もうとっくに、「言葉に見放されている時代」に生きているけれど、
ほとんど奇跡的に、広告やCMに安く躍るこれらの言葉に見かぎられることなく
言葉の意味合いに正しく引き合う「愛や優しさや真心」を、最後の最後まで、
誠実に貫かれた彼女の生涯は、幸せなものであったと同時に、
彼女を知る誰一人とて、生涯忘れることはないでしょう。
 
時代の喧噪に翻弄されることもなく、雨にも負けない枯葉のように
じっと立ち止まり、心に築かれた静かなしじまの中で、ひっそりと、
”立ち向かうための凛々しさ”を燻らせておられた彼女の存在じたいが、
これから先に訪れるであろう困難な反時代への、希望であり指標であり、
僕らの時代に刻印された、忘れ得ぬ墓標のように…


彼女が、僕らに残してくれたブログのアドレスです↓


 
 


P.S
他人には、決して弱音や愚痴を言われない、真から心の強いお人でしたが、
日々、蝕まれて行く病への恐怖や痛み、或いは、
残されるご家族の将来や、日本や世界の不穏な行く末の事などを、
寡黙に一人で背負い込み、どれほど心を痛めておられたことでしょう…
 
どうか、どうか、天国では、いつまでも安らかに…



 




この曲と拙写真を、我が最愛の友でいてくださった、
Alf.momさんへ捧ぐ― 








..::.::.*゜ .+:(*´`*).+:。 ..::.::.*
 

 
時代

 
詞/曲:中島みゆき
 
..::.::.*゜ .+:(*´`*).+:。 ..::.::.*
 
 
 
 
 

 
 
今はこんなに悲しくて
 
涙も涸れ果てて
 
もう二度と笑顔には なれそうもないけど…
 

イメージ 1

    
 
そんな時代も あったねと
 
いつか 話せる日が来るわ
 

イメージ 2

    
 
あんな時代も あったねと
 
きっと 笑って話せるわ

 
イメージ 3

    
 
だから今日は くよくよしないで
 
今日の風に 吹かれましょう

 
イメージ 4

    
 
まわる まわるよ 時代はまわる
 
喜び悲しみ 繰り返し

 
イメージ 16

    
 
今日は 別れた恋人たちも
 
生まれ変わって 巡り会うよ

 
イメージ 5

    
 
旅を続ける 人々は
 
いつか 故郷に出逢う日を

 
イメージ 6

    
 
たとえ 今夜は倒れても
 
きっと 信じて ドアを出る
 

イメージ 7

    
 
たとえ 今日は果てしもなく
 
冷たい雨が 降っていても

 
イメージ 8

   
 
めぐる めぐるよ 時代はめぐる
 
別れと出逢いを繰り返し

 
イメージ 9

    
 
今日は 倒れた旅人たちも
 
生まれ変わって 歩き出すよ…
 

イメージ 10

    
 
 
 
まわる まわるよ
 
時代はまわる

 
イメージ 11

    
 
別れと出逢いを
 
繰り返し
 

イメージ 12

    
 
今日は 倒れた旅人たちも
 
生まれ変わって 歩き出すよ

 
イメージ 13

    
 
今日は 
 
倒れた旅人たちも

 
イメージ 14

   
 

 
生まれ変わって
 
歩き出すよ…


 
イメージ 15

   
 
 
 
 
 



木蓮の涙



ご無沙汰しております。
 

久しぶりの更新なので、何をどう書けば良いのかすら分からないですが。
あの日以来、ただ心打ちひしがれていたわけではなく、生きるために、生かすために、
朝から晩までびっしり仕事で日が埋まり、身体的にも青息吐息のような、
文字通り、息の詰まる日々を繰っていました。

なので、身近な出来事を深く思惟し対象化して表現することはおろか、
皆様とも、これまでのようにブログライフにおいて緊密な関係を長く維持することは、
相変わらずの不安定な心身のみならず、物理的にも限りなく困難な状況です。
 
さらに、再読に耐える文を綴れるだけの時間の不足や能力の欠如だけではなく、
現実ライフが充実しているわけではないにせよ、
ブログライフから久しく離れていると、めっきりブログへの興味や関心が薄れてしまい、
細々とでも、ブログを続けるべきか惑ってもいます。
それでも、願わくば、心通う人たちとの小さな繋がりを大切にできればと…

また、この夏、せっかく撮り溜めた写真もあり、
ここへ来てくださる皆様へ、木枯らし的「旬の沖縄風景」をご紹介したく、
手前勝手で恐縮ですが、今日は、ふいにブログを再開してみようと思い立ち。

一方で、思いが未だ、「訪問」への意欲までには至らず、
今回は、わがままな更新であることをご容赦ください。
皆様の記事へは、心身のあれこれに整理がついてから、
とつおいつでも、少しずつ訪問させて頂ければと。
 


ほんとうは、「写真」ではなく、「良い文章を書きたい」と、常々思っています。


例えば、ブログ休止中に再読し、舐めるように精読していた、
作家である辺見庸さんのエッセイ集、『水の透視画法』の中の、
「吐く男とさする青年」や「アジサイと回想」、或いは「悲しみの美」などの
即物的な意味や解釈から限りなく遠い、奥行きと広がりのあるメタファーに満ちた秀逸な短編と、
ささやかな日常を詩的に物語ることのできる能力に堪らなく憧れると共に、
文章表現における自らの語彙力や想像力の圧倒的な乏しさを思い知らされ。
 
結果、彼我の“豊穣と貧困”、どちらの意味でも「読書の大切さ」を再認し、
限られた自由時間を、仕事以外での自身の本分(のつもり)である「写真」と、
思考の質や“溜める力”を鍛えてくれる「読書」に費やしたい思いに
駆り立てられている自分もいます。

そういういきさつもあり、自身の文が納得のいく形で綴れない時は、
優れた詩などを紹介するような簡易な記事に留めたく。
さっそく今宵は、乱読していた詩篇の中から、心惹かれた作品をひとつ。
  

フェデリコ・ガルシーア・ロルカ 作 『奇想曲』 より
 
どの鏡の後ろにも
死んだ星がひとつずつ
それから眠っている
幼い虹がひとつずつ。
 
どの鏡の後ろにも
永遠の静けさがひとつずつ
それから飛び去らなかった
沈黙たちの巣がひとつずつ




そう言えば、前回の記事で取り上げた、亡くなった彼の仏壇に添えられた遺影を見た時、
そのはにかんだ愛を知る笑みに、この世で彼が知っていたのは絶望だけではなかったことを知り、
誰かが言った「愛が蘇るのは、ほかの人間らしい気持ちがすべて戻ってからのことだ。
愛は最後にやってくる。愛は最後に蘇る」ことを裏切ることもある人の心の不可思議に、
ささやかな希望を感じたことを付記しておきます。 
 









..::.::.*゜ .+:(*´`*).+:。 ..::.::.*
 
 
木蘭の涙
 
詞:山田ひろし
曲:柿沼清史
唄:夏川りみ
 
..::.::.*゜ .+:(*´`*).+:。 ..::.::.*
 
 
  





 
逢いたくて 逢いたくて
 
この胸のささやきが
 
あなたを探している あなたを呼んでいる

 
イメージ 1

   
 
いつまでも いつまでも
 
側にいると言ってた
 
あなたは嘘つきだね 心は置き去りに…

 
イメージ 2

   
 
いとしさの花篭 
 
抱えては 微笑んだ

 
イメージ 3

    
 
あなたを見つめてた
 
遠い春の日々

 
イメージ 4

   
 
やさしさを紡いで
 
織り上げた 恋の羽根

 
イメージ 5

  
 
緑の風が吹く
 
丘によりそって

 
イメージ 6

    
 
やがて 時はゆき過ぎ
 
幾度目かの 春の日
 

イメージ 18


    
あなたは眠る様に
 
空へと旅立った

 
イメージ 7

    
 
いつまでも いつまでも
 
側にいると言ってた

 
イメージ 8

    
 
あなたは 嘘つきだね
 
わたしを 置き去りに

 
イメージ 9

    
 
木蘭のつぼみが
 
開くのを見るたびに


イメージ 10

    
 
あふれだす涙は
 
夢のあとさきに
 

イメージ 11

    
 
あなたが 来たがってた
 
この丘に ひとりきり
 

イメージ 12

    
 
さよなら と言いかけて
 
何度も振り返る…

 
イメージ 13

    

 
逢いたくて 逢いたくて
 
この胸のささやきが
 

イメージ 19


    
あなたを 探している
 
あなたを 呼んでいる
 

イメージ 14

    
 
いつまでも いつまでも
 
側にいると言ってた

 
イメージ 15

    
 
あなたは
 
嘘つきだね

 
イメージ 16

    

 
わたしを
 
置き去りに…


 
イメージ 17

   











開く トラックバック(0)

急なお知らせです。


 
 
実は、仕事が定休日であった昨日の朝方、
職場から、2つのショッキングな知らせを受けました。
 


一つは、僕が「入浴介助」を担当している利用者さんの奥様のお姉様が、
2日前の水曜の晩、亡くなられたことです。
 
この奥様のお姉様とは、長く入院されていたため、直接、
面識があるわけではないのですが、利用者さんの奥様は、いつも
若輩者の僕にさえ、とても懇意なお付き合いをしてくださり。
 
その大らかでウソのない生き方に触れ、爽やかに撫ぜられるだけで、
時に、邪険で窮屈な世間の酷薄さに負けて、尖りがちな僕の心を、
平らかに整えてくださっているだけに、僕の中にも思慕が生まれ、
奥様のお気持ちをお察しすると、そのことだけでも、
昨日は夜まで、PCを開く気にもなれませんでした。
 
けれども、このお姉様は、沖縄県初の刑事部門の婦警として、十分に納得できる形で、
89年間の人生をまっとうされたので、文字通り、「大往生」と言え、
そこに救いがあるのですが、もう一方(ひとかた)の死に、
僕は、失意と動揺を隠せず、そのあまりにも痛ましい亡くなり方を知らされた瞬間から、
僕自身も、大きく体調を崩してしまいました。
 
 
僕が、毎月、第2第4日曜日の午後に、「掃除介助」を担当している
ご高齢の利用者さんがいるのですが、この方は、かつて患われた脳梗塞の後遺症で、
軽い認知症と、右半身の麻痺を抱えておられ、奥様に先立たれた今は、
軽い精神の病気を患っている一人息子さんと、二人暮らしをされています。
 
そして、水曜日の夕刻、この利用者さんの介護プランを総括している上司から、
「○○さんのお宅から、酷い異臭がしないか?」という確認の連絡がありました。
聞けば、僕の他に、このお宅へ週に数回、調理介助や身体介護で入っている
幾人かの別のヘルパーさんから、「最近、猛烈な悪臭が立ち込めていて、気分が悪く、
とても仕事ができる状態ではない」との報告があったとの事。
 
 
ここから先のお話を書くことは、「死者やご家族を冒涜するのではないか」と迷ったのですが、
広い意味では、主に政治の欺瞞による、今の日本の格差社会の拡がりや、
自己責任の名の元に、在宅での看取りを強要して弱者を追い詰める、
介護の在り方の縮図であり象徴でもある普遍的なテーマだと思い、
できる限りプライバシーに配慮しながら、話しを続けることを決断しました。


 
単刀直入に言えば、精神の病気を抱えている息子さんが、
上述のお姉様が亡くなられたのとほぼ同時刻の、2日前の水曜日の深夜に、
異臭に気づいた近所の人からの通報により、死後、1週間以上経ち、
真夏の酷暑で、肉体の腐蝕がかなり進んだ凄惨な遺体の形で、
彼の自室の中で発見されたそうです。
 
つい先日のことなので、死因や死亡時刻は、これから行われる行政解剖の結果を
待たなければ分かりませんが、もしかすると、僕が最後に介助に入った、
先月の24日(第4日曜日)の時点で、すでに自室で亡くなられていた可能性もあります。
ただ、彼の部屋のドアは常に閉ざされており、職場の方からも、息子さんの部屋には
立ち入らないよう指導されていたので、臭いなどの僅かな異変の兆候すら感知できませんでした。
 


息子さんは、ご自分の病気のこともあり、ほぼ引きこもりの生活をされていて、
お父様(利用者さん)の障害基礎年金と、ご自身の特別障害給付金などで
何とか暮らしを立てておられたようです。
 
そして、僕が介助に入る際には、たいてい自室から出て来られ、
挨拶をしても、憮然とした表情で、何かの用事を済ましてから自室に戻ったり、
サングラス姿で、そのままどこかへ出掛けられることが多かったのですが。
 
ある日、彼の部屋から、長渕剛さんの「とんぼ」が漏れ聞こえて来たことがあり、
以前から彼とも親しくなりたかった僕は、その際、部屋から出て来られた瞬間を見計らい、
「長渕談義」をきっかけに音楽話を続けていると、今まで誰にも見せたことのないような
優しい微笑みを浮かべ、嬉しそうに彼の好きな歌手や曲のことを教えてもらったことが
ありました。
 
そして、夭折された歌手の「尾崎豊さん」が好きだと話してくれた彼に、
「僕は、尾崎さんの名曲集を持っているので、いつかお貸ししますね♪」と
約束したのが最後になり、約束を果たせぬまま、「尾崎さんのいる場所」へと
旅立って逝かれました。


 
この世に生を受けてから、40数年間、その不運な病のためだけによって、
友を知らず、恋愛を知らず、働く喜びを知らず、家庭の温もりを知らず、
ただ、「生きることの辛さや悲しみ」を唄った歌手の曲へ、救いと慰めを求めながらも、
予めの人との触れ合いの喪失によって、悲しめるだけの贅沢さすら持ち得なかったために、
曲の中の主人公の悲しい生き様にさえ、自らの実人生を重ねることができなかった彼の無念…
 
 
ほんとうは、これから少しずつ、皆様との温かな交流を育んだり、
これまでに撮り溜めていた“旬の沖縄”の写真を、
ここへ来てくださる皆様へご紹介するつもりでいたのですが。
 
この「ふたつの出来事」によって、今は、見知らぬ誰かの手によって、パッと何かが引き剥がされ、
底の見えない流砂の中へ、どこまでも引き摺られて行くような冷たく虚しい感覚と、
心のそれへ忠実に付随する、身体面でのコンディションの悪化によって、
何かを素直に楽しめる状態になく、立ち直るまで、ブログをお休みしようと思います。
しばらくの間、亡くなられたお二方に対し、喪に服す意味でも。
 
人の痛みや傷みを、長く真摯に悼む精神さえ失われつつある、出来レースな時代だからこそ…
 



イメージ 1






とりわけ、僕らに成り代わり、
この世のあらゆる不幸を、一身に引き受けてくれたような彼のために、
僅かでも、祈りを捧げてくださると幸いです。










全79ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事