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第2楽章は、アンダンティーノ。やはりソナタ形式によっていますが、緩徐楽章らしく展開部が短いため歌謡形式のようにも見えます。 この楽章の特徴は、ハ短調で書かれていることです。 これ以前に、モーツァルトの長調の協奏曲やシンフォニーで、短調の中間楽章を持つものはありませんでした。当時の協奏曲はいわば社交的な場としてのコンサートでの花形音楽で、楽しく華麗なものが好まれていたわけで、ここに短調の厳しく哀しげな響きを持ち込むというのは、バロック時代ならいざ知らずかなり大胆なものだったはずです。 しかも、この第2楽章は、すでに後期の短調作品をも思わせ、ロマンティックとも形容したくなるような哀感を持った印象的な響きと旋律で満たされています。まず冒頭、重々しくもため息をつくような旋律が弦のみで示され、次にピアノがさらにメランコリックな美しい旋律を奏でると、冒頭の弦の旋律がそのままその伴奏となっていくのです。 第3楽章はプレスト。ロンドーと表記されるフランス風のロンドですが、その中間部に前後の部分と全く対照的なカンタービレの優雅なメヌエットが挿入されているです。 この楽章も斬新で個性的な形式を有し、とびきりの愉悦感に満ちた上機嫌な音楽が展開されます。 まず、冒頭34小節にわたってピアノのみで無窮動風の非常に活気のあるロンド主題が提示されます。次いで管弦楽が加わってさらに推進力とスピード感を増していきます。ロンドなので、AとBの2つの主題があるはずなのですが、あまりに流れがよくて聴いていてもその境目がわからないほどです。 第1のアインガング(カデンツァよりは短い本来は指ならしを意味する即興的な部分)を披露する部分が来て、再度ロンド主題が帰ってきます。 そのあと、ピアノだけが残ってフェルマータのついたアインガング的な1小節を経て、ロンドのCの部分となる中間部のメヌエットなります。ここはゆったりと落ち着いたテンポとなって、それまでとは違う世界に来たかのようなとても優しく美しいところです。 また第2のアインガングを経ると、ロンド主題が戻ってきて、例のごとく縦横無尽に走り回った後、コーダでは勢いを落としつつ、最後はきっぱりと曲を閉じます。 なお、この曲のために、モーツァルトは、第1楽章と第2楽章のカデンツァをそれぞれ2種、第3楽章の2カ所のアインガングをそれぞれ3つも残しています。このことは、いかにモーツァルト自身がこの曲に自身と愛着を持ち、後年になってからも繰り返し演奏したことを物語っています。 こうしたカデンツァ的な部分以外にも、ピアノがソロで活躍する部分が多いのも特徴です。 昨年5月の「熱狂の日」音楽祭で、ジャズ・ピアニストの小曽根真がこの曲を弾いたコンサートをNHKの番組でやっていました。そこで彼はそのカデンツァやアインガングを長い即興で披露し、クラシックがジャズに変容し、再びモーツァルトの協奏曲に戻ってくるといったとてもスリリングで愉快な演奏を聴かせてくれました。これもそうした自由で即興的な展開をも許容する懐の大きさをこの曲が持っている証かもしれません。 この曲は、さすがにモーツァルト後期の協奏曲(旧番号で20番以降)に比べたらCDの数は少ないですが、コンサートでも比較的取り上げられる機会も多く、初期の協奏曲の中ではダントツの人気を誇っています。それは、決して「ジュノム」という愛称のためばかりではなく、やはりこの曲の持つ自由で闊達な雰囲気と充実した内容が人気の理由だと思います。 現在手元にあるこの曲のCDは10種ほど。ピアニスト名で挙げると、ハスキル、ゼルキン、アンダ、ティーポ、ペライア、エンゲル、ヘブラー、ビルソン、インマゼール、内田となりますが、思いつくまま紹介していきたいと思います。 なお、このほか未入手CDでは、ラローチャ盤とシフ盤は聴きたい。それに往年のハスキルやリリー・クラウスは知らず現代では最高のモーツァルト弾きの一人であるピリス盤は押さえておきたいところと思っています。 まず、クララ・ハスキル盤。ハスキルはこの曲の録音を何種か残していますが、手元にあるのは、カール・シューリヒト/シュトゥットガルト放送交響楽団との演奏(ANDROMEDA1952年録音)です。 録音年からもわかるとおり古い放送音源のモノラル録音の上、私のCDはレコードからのいわゆる盤起こしと思われるので、ややこもり気味の音で、音質は万全とは言えないかもしれません。 それでも、この曲を好んで取り上げたハスキルの演奏がシューリヒトのバックで聴けるのはうれしいことです。演奏は、今日の感覚からはややロマンティーク寄りの解釈かもしれません。でも、ハスキルの病弱なイメージに反して、意外に明確でしっかりした感じの演奏という印象を持ちました。 これに比べると、イングリット・ヘブラーの演奏(PHILIPS1968年、ロヴィッキ/ロンドン交響楽団)のほうが、ずっと柔らかい感じです。 次は、ゲザ・アンダがザルツブルク・モーツァルテウムのカメラータ・アカデミカを弾き振りした録音(DG1968年)。 これはしっかりした構成感があって、しかもメリハリがあり、モーツァルトの、この曲を聴く愉しみというところにも不足を感じない演奏です。 アナログ全盛期の録音で音質にも不満はありません。 弾き振りによる演奏では、マレイ・ペライアとイギリス室内管弦楽団による録音(SONY1976年)も定評がありますが、こちらのほうがやや肉厚な感じ。 むしろ、私の好みとしては、カール・エンゲルとレオポルト・ハーガー/ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団の演奏(TELDEC1978年)が、一見地味ながらとても安心してきていられ、モーツァルトらしさにも欠けていない好演だと思います。 ルドルフ・ゼルキンとアバド/ロンドン交響楽団の演奏(DG1981年)は、晩年のゼルキンのピアノに深みがあり、たとえば第3楽章の中間部メヌエットのようにテンポのゆったりしたところなど非常に美しい。 ただ、アバドの指揮ともども、テンポの速い部分などはもう少しこの曲特有の愉悦感がほしいような贅沢な不満を持ってしまいます。オーケストラにももっと明るい響きがあったらさらに良かった。 日本では知名度が低いのですが、イタリア人のマリア・ティーポとリッカルド・シャイー指揮ロンドン・フィルハーモニーによるCDは、この曲の愛聴盤の一つです。(PLATZ1983年) ティーポのこの曲の演奏は、ラテン的な明るさ、軽やかさとでもいうのでしょうか、実に魅力的です。 同じことが、古楽勢のマルコム・ビルソンとジョン=エリオット・ガーディナー/イングリッシュ・バロック・ソロイスツの演奏にも言えるような気がします。これも非常に安定感があって、見事な演奏なのです。ただ、欲を言えば、あの第3楽章のプレストで踊り出したくなるような気分があふれ出るという感じがもっとほしいのですね。 古楽系では、ジョス・ファン・インマゼールがアニマ・エテルナ管弦楽団を弾き振りした演奏のほうが、むしろ楽しさが出ていて、この曲には合っているのかもしれません。 というわけで、今回は、名曲揃いのモーツァルトのピアノ協奏曲から、「ジュノム」協奏曲をお届けしました。
ではまた。 |
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