樹公庵さんの「今月のこの1曲」

[ リスト | 詳細 ]


<曲目一覧>
2004.1月 モーツァルト・交響曲第38番
2004.2月 ビゼー・交響曲第1番
2004.3月 ハイドン・交響曲第100番
2004.4月 ベートーヴェン・交響曲第3番
2004.5月 ストラヴィンスキー・春の祭典
2004.6月 ディーリアス・二つの小品
2004.7月 ベートーヴェン・交響曲第5番
2004.8月 ショスタコーヴィチ・交響曲第5番
2004.9月 ブルックナー・交響曲第7番
2004.10月 シベリウス・ヴァイオリン協奏曲
2004.11月 シューベルト・ピアノ三重奏曲第2番
2004.12月 J.S.バッハ・クリスマス・オラトリオ
2005.1月 モーツァルト・エクスルターテ・ユビラーテ
2005.2月 チャイコフスキー・交響曲第2番
2005.3月 ベートーヴェン・ミサ・ソレムニス
2005.4月 モーツァルト・弦楽四重奏曲第1番
2005.5月 シューベルト・交響曲第8(7)番
2005.6月 メンデルスゾーン・真夏の夜の夢
2005.7月 ヴォーン=ウィリアムズ・ロンドン交響曲
2005.8月 ブリテン・戦争レクイエム
2005.9月 ドビュッシー・ベルガマスク組曲
2006.8月 ホルスト・組曲「惑星」
2007.1月 モーツァルト・ピアノ協奏曲第9番
2007.3月 テレマン・パリ四重奏曲集
2007.4月 J.S.バッハ・フルートソナタ ロ短調
「今月のこの1曲」 曲目一覧へ *読みたい曲に直接ジャンプ出来ます。
記事検索
検索
 皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

 この冬は寒い日もあったものの、全体には暖冬だと言うべきでしょうか。特にこの2月は暖かい日も多かったように思います。
 その2月ももう過ぎようとしていることに気づき、あわてて「今月のこの1曲」を書いております。


 2月生まれの大作曲家には、ヘンデルやロッシーニ、メンデルスゾーン、ベルクといった人たちがいますし、亡くなった人には、ワーグナー、ボロディン、エルガーなどがいます。
 初演された曲も、ベートーヴェンの第8交響曲、ロッシーニの「セヴィリアの理髪師」、ブルックナーの第9交響曲やプッチーニの「蝶々夫人」など有名どころが少なくありません。

 しかし、今回は、同じ2月に初演された曲でも、ずっとマイナーな、でも、とても美しくはつらつとした、私の特にお気に入りの1曲を取り上げたいと思います。



 それは、ジョルジュ・ビゼー(1838-1875)の交響曲(第1番)ハ長調です。

 この曲が初演されたのは、1935年2月26日。
 作曲されてから80年目のことでした。


 この交響曲は、ビゼーの純粋な交響曲としては、残された唯一の作品です。
 作曲されたのは、1855年、まだビゼーは17歳!パリ音楽院でジャック・アレヴィの作曲クラスに在籍中に作曲されたものと伝えられています。
 アレヴィとともに、ビゼーを可愛がっていたグノーの交響曲を聴き、交響曲を書いてみようと思い立ち、わずか一月足らずで書き上げたらしい。
 グノーの交響曲は、まだ私は聴いたことがないのですが、大方の評では、直接のきっかけとなったグノーの曲よりも、こちらのほうが遥かに魅力的だということです。

 木管とトランペットが2管、ホルンのみ4本で、弦とティンパニという、シューベルトの後期作品より小さな古典的編成で、フォルムも古典派的標準の4楽章構成の作品です。
 モーツァルトやロッシーニを好んでいたという若き日のビゼーへの音楽の影響を知るとともに、後年の色彩的な管弦楽法はまだ見られないものの、ハープを思わせる弦のピッチカートの多用やオーボエ、ホルンのソリスティックな扱いにその片鱗をうかがわせます。
 ともあれ、いわば習作で、作曲者の生前には初演もされず、しまい込まれていたものですが、とても魅力的な音楽に充ち満ちています。



 この曲が「発見」されたいきさつは、次のとおりです。
 作曲家の没後、この曲のスコアは、他の遺稿とともに、夫人によって、友人であったレイナルド・アーン(この作曲家も最近ピアノ曲や室内楽のCDが出て、少し人気が出てきたようですが)に託したのですが、アーンはこの曲に気づかないまま、パリ音楽院の図書館に1933年に寄託してしまったらしい。
 こうして図書館に埋もれてしまう運命にあったこの曲でしたが、偶々、音楽院図書館の事務局長であったシャンタヴォアーヌが見つけたのでした。グラスゴーの音楽学者でビゼーの評伝作者のパーカーがそれを知り、オーストリアの指揮者ワインガルトナーに報告し、これに興味を持ったワインガルトナーが、1935年スイスのバーゼルで初演したということです。
 以後、瞬く間に世界中に知られ、フランス初演は、翌年ミュンシュによって指揮されたそうです。


 この曲は、しばしば交響曲第1番と呼ばれます。
 しかし、ビゼーに、第2番以下の交響曲はない。
 実際には、第2番と第3番があったらしいと言われていますが、破棄されたのか、紛失したのか、現在は残っていません。
 ほかに、組曲「ローマ」という管弦楽曲があり、これが交響曲「ローマ」と呼び慣わされていますが、これが第2番というわけではないようです。
 ビゼーは、生前、書簡でこの「ローマ」を交響曲と呼んでいたそうですが、第1番とか第2番とは言っていなかったらしい。
 現在の第1番のことは本人はすっかり忘れていたというのが真相に近いのかもしれません。

 では、なぜ、現在はこの曲が唯一の交響曲なのに「第1番」と呼ぶのか、本当のところはわかりませんが、「ローマ」がやはりハ長調なので、交響曲ハ長調ではこれとまぎらわしいから、という説が一応有力です。(実際、近時は「ローマ」は組曲と表記されることが多く、それに従い、こちらは単に交響曲ハ長調と表記されるようになってきたみたいですが。)
 でも、将来、第2番や第3番が発見されることを期待して、第1番ということにしておきたい気がします。

 もっとも、ビゼー自身は、オペラ作家としての芽が出ず、困窮していた時期に、サンサーンスから、純音楽に戻っては、と進められた際、「自分は交響曲を書くようにはできていない。自分には劇場が必要なんだ。」と言ったと伝えられており、交響曲などの純音楽作品は自分の適性ではないと考えていたようです。
 たしかに、後年の「アルルの女」や「カルメン」こそが、ビゼーの真価を発揮した作品であることは疑いないのですが。それでも、この交響曲を聴くと、少し惜しい気も。


 それら、わずか36歳の短い生涯の晩年に書かれた諸作と比べたら、この曲は、あくまで、ほんの習作。
 音楽院の学生だったビゼーの若書きの作品で、たぶん作曲の技術的、形式的な面では未熟なところも多々あるのでしょうが、そうした欠点をはるかに上回る魅力が、この曲にはあります。

 青春の記憶とでも言うのでしょうか。
 とにかく、溌剌として、みずみずしく、弾むような、音楽に自然な流れがあって、途切れることがない、そんな感じです。

 初めてこの曲を耳にしたのは、おそらく10代の終わり近くか、学生時代であることは間違いないと思いますが、私自身若き日のことでした。以来、この曲は、私の大好きなお気に入りの作品です。
 私の好きな交響曲ベスト10に入れてもいいとまで思っています。


 第1楽章は、アレグロ・ヴィヴォのソナタ形式。このVivoというのが、いかにも南欧風な感じでいいですよね。
 いきなり、フォルテで、威勢よく、生き生きとした第1主題が始まり、主題の後半はピアノになるけど、すぐにまた、うきうきするような楽句が続き、少しも頭の中でこねくり回したようなところの感じられない、自然で若々しいメロディが奔流のようにあふれて流れていくのです。
 弦のピッチカートで奏される副次楽句も、後年アルルの女などでのハープの用法を予感させて美しい。
 独墺古典的派なフォルム、書法にもかかわらず、やはり聴いた感じはラテン的というか、フランスの作曲家による交響曲なんだなあと思わせます。かと言って、サンサーンスとも違う。ましてやフランクなどとはまったく異なる、アルルの女などに通ずる、明るい南欧風な響きがします。
 まさにアレグロ楽章という感じで、終わりまで、息もつかせず一気に聴かせてくれます。

 第2楽章は、一転、ヴィオラのピッチカートをバックにした、オーボエのややメランコリックで叙情的な美しい主題が印象的なイ短調のアダージョとなります。
 中間部では少し明るさも出てきて、フランスオペラの古典舞踊のようなところもあり、まさにオペラの一場面か間奏曲のようで、ビゼーらしい面目躍如といったところ。
 「アルルの女」組曲の中の音楽に似た、とにかく美しい楽章で、この楽章だけでもビゼーの天才を感じさせる、習作だなどとは片づけられない音楽です。

 第3楽章は、アレグロ・ヴィヴァーチェのスケルツォ。ベートーヴェンのスケルツォを南欧風にした感じといえばいいでしょうか。ベルリオーズあたりの影響もあるかも。
 始まりはなかなか堂々としているが、すぐに流麗な流れとなる。
 中間部トリオのドローンバス風のメロディは、聴いているとスコットランドの民俗楽器バグパイプの演奏のような鄙びた感じがユーモラス。

 第4楽章もアレグロ・ヴィヴァーチェ。ロンド風ソナタ形式と言われるフィナーレ。
 ピアノ(弱音)で開始される無窮動風の細かくきざむような主題で始まるが、第1楽章と同様、まったく音楽の流れが淀むことがない。
 ハイドンやモーツァルトを聴く楽しみでもある、そして若いベートーヴェンやシューベルトあたりまでは聴かれながら、ロマン派以降には、なかなかお目にかかれなくなる、軽やかに駆け抜けるようなアレグロ・ヴィヴァーチェな楽章がここにはあります。
 しかも、古典的な装いながら、楽器法、オケの響きは、明らかに古典派時代の曲とは違う、19世紀フランスの音楽を感じさせながら。
 最後は、けれんみなく、さっと駆け抜けるように終わるのも、後味さわやかです。こういうところが独墺系のシンフォニーと違うところかしら。



 この曲は、作曲したのが有名なビゼーとは言え、やはり習作ということで、それほど、大量の録音があるわけではありません。
 が、逆にそうした習作としては、むしろ多いほうかとも思われ、この曲の魅力、隠れた人気をうかがわせます。

 「発見」されたのが、1935年と比較的新しいので、往年の大指揮者の録音はあまりありません。
 曲想からは、ワルターあたりが録音したらどうだったろうかとも思いますが・・・。

 実は、この曲が特に好きな私としては、さまざまな演奏を聴きながら、なかなかこれさえあれば、というものに出会えず、この曲独特の青春の息吹を伝える演奏というのは難しいのかもと、長らく思っていました。
 しかし、今回、これを機に、手持ちのCDを集中的に聴いてみて、いや、なかなか皆それぞれにいいなあと思えるようになりました。
 評論家ではないのだから、音楽を聴くのに、批評的な態度をとる必要はなく、それぞれの良いところを感じるようになれれば、それで結構幸せな時間が得られるという当たり前のことに気づかせてくれたひとときでした。


 初演者ワインガルトナーの録音というのはありませんが、幸いフランスでの初演を行ったシャルル・ミュンシュの録音は残っています。
 1966年、フランス国立放送管弦楽団を指揮したものです。
 ミュンシュとしては晩年期の演奏ですが、冒頭からハイテンポで飛ばし、とても70代半ばとは思えない若々しさの感じられる演奏です。ビゼーにしては少々熱血過ぎるところもあるかもしれませんが。
 この演奏、コンサートホール・レコーディング・シリーズのミュンシュBOX中の1枚で聴いたときは、あまり音質がよくなくて、以前、その旨、書いたところ、神様ミュンシュ様のはちろべえ師からきついおしかりを受けたのでしたが、今回、「20世紀のグレート・コンダクター」シリーズのミュンシュ盤では、ずっとクリアだったので、安心しました。
 パリ管と再録してくれたらもっとよかったでしょうに。
 ともあれ、この曲の代表盤と言えるでしょう。


 フランス国立放送管弦楽団(のちフランス国立管弦楽団)は、この曲の録音にけっこう力を入れていて?このオケによる、ビゼーの交響曲第1番の録音は、この60年代のミュンシュ盤を含め、50年代から80年代にかけての5種類あり、偶然その全部を持っていました。

 その最も古いのが、53年録音のアンドレ・クリュイタンス盤です。
 これはモノラル録音です。さすがに音の広がりはもちろん、鮮度の点でも、劣勢は否めません
 が、ミュンシュよりは遅めのテンポながら、演奏はストレートで、若きビゼーらしい。フランス音楽を得意としつつ、ベートーヴェンなどの交響曲にも見事な演奏を残したクリュイタンスらしいものだと思います。


 次が、59年録音のサー・トマス・ビーチャム盤。
 これも、ビーチャム最晩年の録音の一つですが、いかにもハイドンを得意としたビーチャムらしいウィットと中庸の美徳を兼ね備えたチャーミングな演奏だと思います。
 また、晩年は、税金の高い?英国を離れて、フランスに移り住み、フランスがかつて持たなかったフランス音楽のベスト指揮者とまで評されたビーチャムだけに、フランス国立放送管との相性も良いようです。
 テンポは、ミュンシュニ比べたら、さらに落ち着きを感じさせるものですが、実際には決して遅いということはなく、十分曲想に見合ったテンポで演奏しています。
 熱いミュンシュに対し、大人の粋人ビーチャムというところでしょうか。
 録音も年代を感じさせない良い音質で、ミュンシュ盤と並ぶ名盤だと思います。


 70年代からは、73年録音のジャン・マルティノン盤です。
 これも元気のよい演奏です。
 マルティノン時代は、フランス国立放送管の第二のピークとも言われ、ドビュッシーやラヴェルの名演のほか、サンサーンスの交響曲全集やら、数々のフランス音楽の録音を残していますが、この曲の演奏も、きびきびとしたオーケストラの反応が実に心地よい、ビゼーの交響曲を演奏し、聴く喜びが伝わってくるような録音です。
 これまた、隠れた名盤と言ってもよいのではないかと思うようになりました。


 80年代は、われらが小澤征爾です。
 フランスのブザンソン指揮者コンクールで一躍世界に躍り出た小澤は、フランスのオーケストラとは早くから親しまれ、まだ若い時代に、いくつもの録音を残していますが、このビゼーは、その頃の代表盤の一つかもしれません。
 ややおとなしく、もったりして、淡泊な感じがあり、粋でまっすぐな天才的閃きに満ちた感じが命のこの曲の代表盤と言うにはためらわれますが、第1楽章と第4楽章の提示部を反復するなど、小澤らしいまじめで丁寧な音楽づくりが光ります。
 この曲のCDが必ずしも多くなく、真に成功したものが少ないことを思うと、日本人指揮者が残したこの演奏の価値は決して小さくないと思います。


 フランス国立管以外のフランスのオケでは、トゥール−ズ・キャピトル管を振ったミシェル・プラッソン盤があります。
 1993年の録音。
 フランスの田舎のオーケストラですが、パリのオケが国際化して、フランス訛りを失いつつある今日、貴重な存在です。
 プラッソン/トゥールーズ・キャピトル管が来日した折、すみだトリフォニーホールで聴きましたが、メインプログラムより、ビゼー/「アルルの女」からのアンコール曲に感激した覚えがあります。
 この交響曲の録音でも、はじめ、ややおとなしく、どんくさいかなと思いましたが、だんだん調子が出てきて、最終楽章では粋な感じが出てきて、かなり楽しませてくれます。


 今日、フランスのオケよりもフランス的と言われた、モントリオール交響楽団とシャルル・デュトワによる録音は、いかにも洒脱で流麗な演奏です。
 往年の名演奏に比べると、若々しいパワー、わくわくするような推進力という点でやや薄味な気もしますが、そういうところも含めて、オケのうまさなど、洗練の極みを行く今風な演奏だとも言えましょう。
 スケルツォ主部の反復もきちんとしている。
 1995年の録音。


 これらフランス系の演奏とはやや異色なのが、オットマール・スイトナー指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団盤。
 オケの響きが厚く低音が充実したドレスデン・シュターツオパーの名手揃いの最もドイツ的な名門オケならではの演奏は、ホルンの響き一つとっても、いかにもドイツ・ロマン派風だけど、そこは、モーツァルトを得意にしたコンビでもあり、歯切れも決して悪くはない。
 ハイティーンのビゼーのさっそうとした若書きの交響曲というよりはハイドンやモーツァルト、若いベートーヴェンからメンデルスゾーンあたりの交響曲に通ずる、古典期から初期ロマン派の大交響曲といったイメージかしら。



 この交響曲が作曲された1855年は、ベルリオーズを例外として、フランス近代の交響曲といえば、わずかにサンサーンスの第1番とグノーの第1番があるくらい。いずれもまだ古典模倣の習作的な域を出ない段階でした。
 のちにフランスを代表する交響曲となったサンサーンスの第3番やフランクの交響曲はずっとのちになりますし、ダンディやショーソンも然りです。

 独墺においても、メンデルスゾーンとシューマンは全交響曲を書き上げていますが、ビゼーより年長のブルックナーもブラームスも、まだ交響曲を習作すら世に問うてはいません。
 そういう時代背景を思うとき、作曲者本人にとっても自らの作曲家としての存在をかけたようなものとはほど遠い習作とは言え、このビゼーの交響曲の見事な果実は貴重なものと思われてくるのです。


 ブラヴォー、ビゼー!


 つい、また、だいぶ長くなってしまいました
 お読みいただき、ありがとうございます。

 ではまた。


                   樹公庵  日々    敬白 
みなさま
 いかがお過ごしでしょうか。

 先日来、なにやら、むつかしいオーディオ装置の話から始まり、ミュージカル「ラ・マンチャの男」やら、ソフィア・ローレン、はては日露戦争とフィンランド、シベリウスの関係、などなど、さすがに先輩達の話題は尽きず、面白かったですねえ。
 おかげさまで、このところ、体調を崩して元気の出なかった私も、久々に元気をいただきました。



 さて本日1月27日は、わが愛するモーツァルトの、ええと・・・248年目の、誕生日でした。
 というわけで、今月は、モーツァルトを取り上げることにいたしました。

 もっとも、1月は、ヴィーンゆかりのもう一人の大作曲家シューベルトの誕生日−31日−もあるのですが。
 だからというわけではないのですが、実は、私は、中学時代に音楽を聴くようになるまで、モーツァルトとシューベルトの区別ができませんでした。
(たしかにどちらも姓の末尾がRTで終わりまぎらわしい?ちなみに別のヴィーンゆかりのコンビ、ブルックナーとマーラーも、末尾がともにERで終わるという共通点が?!。)

 それはさておき、私は、お正月、年の一番初めに聴くのは、モーツァルトと決めています。
 それも、たいていは、ワルターによる後期の交響曲から。これは、もう学生時代からずっと続く慣例のようなものになっています。
 そもそもクラシックのレコードを買い始めた私が満を持して?中二の正月に買ったモーツァルトのレコードが、ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団による後期六大交響曲集と銘打った3枚組LPのカートンボックスセットでした。爾来このレコードは、私の第一の宝物で、これはずいぶん聴きました。
 ちなみに今年最初の音楽は、第41番「ジュピター」でした。

 ですが、今回取り上げるのは、この曲ではなくて、その少し前、旧全集で第38番とつけられていた通称「プラハ」と呼ばれる交響曲です。
(ちなみに、蛇足ですが、モーツァルトの交響曲は、41曲ではありません。この旧全集の中には第2番、第3番のように他人の作品と判明しているなど、モーツァルトの真作で入ってないものがかなりある一方、旧全集時代にはまだ知られていなかった曲もあって、今日では最大で60曲程の数字が挙げられているようです。)



 モーツァルトの交響曲(第38番)ニ長調K.504「プラハ」。
 この曲は、モーツァルトの交響曲の中では、珍しく?初演の記録がはっきりしています。
 1787年1月19日、プラハの歌劇場におけるコンサートで、この曲は初演されたと、その場に居合わせたプラハの教師ニーメチェック(のち最初期のモーツァルトの伝記作者となった)が書き残してくれたおかげです。
 これは、モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」が、ヴィーンではいまひとつだったのが、プラハで絶大な人気を博し、このため、この町に招聘されたモーツァルトが開いたいわば凱旋公演の回想です。
 このとき初演された交響曲が、今日「プラハ」交響曲と呼ばれているこの作品です。

 有名な「ジュピター」もそうですが、モーツァルトの交響曲に付いているニックネームはすべて、作者のまったくあずかり知らぬことです。
 その中でこの「プラハ」のほかにも、「パリ」、「リンツ」という都市の名を付けられた曲がありますが、このうち、プラハだけが、作曲地でなく初演されたという縁だけによるものです。

 しかし、他のどこにも増して、この、モーツァルトに最も好意的だった都市には、その名を冠される資格があると思います。
 ニーメチェックは、先のコンサートについて、モーツァルトの30分以上もの即興演奏を最高のクラヴィーア演奏だったと述べたあとに、こう書いています。
” 彼が、この機会に作曲した交響曲は、器楽曲の中でも最高の傑作である。それらは斬新な推移句や素早くて情熱的なパッセージに満ちているので、たちまち人々の魂を何か崇高なものを待ち受ける気分にさせるのである。 ”

 また、モーツァルト自身も、プラハからヴィーンのゴットフリート・フォン・ジャカンという親しい友人に宛てて、
” ぼくは当地で最高の好意と名誉を受けている。・・・・・プラハは実に美しい、気持ちのいいところだ。 ”
という手紙を残しています。

 私も一度だけこのボヘミアの古都を訪ねたことがあります。その折、まさに到着したその晩に偶然「プラハ」交響曲を含むコンサートがあったのですが、ホテルのコンシェルジュがこの方面に疎くて、結局聴き逃してしまったのが、いまでも心残りです。
 それでも、翌日は、市内にモーツァルト記念館として残る、モーツァルトが2回目のプラハ旅行で滞在した友人ドゥーシェク夫妻の別荘「ベルトラムカ荘」を訪ねることができましたし、国民歌劇場で、オペラを見ることもでき、プラハはたしかによい町でした。



 また、この曲は、3楽章の交響曲で、4楽章制の曲に通常置かれるメヌエット楽章を欠いています。このため、ドイツでは「メヌエットなし」と呼ばれるそうですが、これは4楽章の交響曲が標準となった後世からの呼び名で、モーツァルト自身やそれ以前のシンフォニーには、3楽章のものはたくさんあります。
 なのに、この曲がことさらにメヌエットがないと注目されるのは、19世紀に一般に聴かれたモーツァルトの交響曲が「ハフナー」交響曲以降の後期作品が中心であったため、ハイドン後期やベートーヴェンの交響曲に見られないその構成がいろいろな憶測を生んだためと思われます。

 実は、その秘密を解く鍵が、モーツァルトの3楽章シンフォニー中でも、有名なもう1曲、同じく都市名を冠された「パリ」交響曲(第31番)にあるらしい。
それは、自筆譜やスケッチの考証的研究から、1786年の初めに、もともとは「パリ」交響曲の改作用に、「プラハ」のフィナーレが作曲されたのではと考えられるようになったからです。
 しかし、そのときは結局使われず、その年の11月から12月に、いまの1、2楽章が新たに作曲されて、まったく新しい「プラハ」交響曲として完成したというのです。
 つまり「パリ」と「プラハ」は姉妹都市もとい姉妹曲だったんですねえ。
 モーツァルトが「パリ」の改作を放棄したおかげで、私たちはもう1曲のさらなる名曲を持つことができたというわけです。


 3楽章ということのほかに、この曲のもう一つの大きな特徴は、開始楽章の冒頭に緩やかなテンポの序奏が付いていることです。
 ハイドンの交響曲では一般的なアダージョの序奏ですが、モーツァルトの曲ではむしろ珍しく、全部で60曲くらいと言われるモーツァルトの交響曲中、こうした序奏を持っているのは、第36番「リンツ」、第39番とこの曲の3曲を数えるのみなのです。
 しかも36小節と、3曲中でも最も長い序奏を持っていて(「リンツ」は19小節、第39番は25小節)、これが非常に充実した序奏なのですね。

 ロマン派時代と異なり、ハイドンやモーツァルトなど古典期のソナタ形式においては、序奏はその後に続く主部アレグロとは直接なんの関連も持たないことが多いのですが、この曲の場合は、序奏中で主部の動機を予告していることが注目されます。
 私は、モーツァルトは、ベートーヴェンより早くに、ロマン派の先駆となっているのではないかと思っていますが、この序奏と主部の密接な連関、クラヴィーア協奏曲の書法の中で培われた木管が独奏的に活躍する、当時としては破格に斬新で難しい管弦楽法、ソナタ形式の中での対位法のめざましい使用など、いずれも、後の19世紀のシンフォニストたちに大きな影響を与えたのではないでしょうか。

 難しいと言えば、この曲から、モーツァルトの交響曲は格段に難しくなります。
もともと18世紀のシンフォニーというのは、シンフォニア=序曲の意のとおり、主としてコンサートの開始と終わりを告げるファンファーレが大きくなったような役割、機能を持った楽曲でした。従って、シンフォニーは、それほど複雑でなく、壮麗で輝かしい音調の音楽であればよく、後世のわれわれが抱く器楽の最高形式といったイメージは、ベートーヴェン以後のものです。

 しかし、交響曲の歴史も、いきなりベートーヴェンでそうなったわけではなく、18世紀の終わり近くになって次第に単なるファンファーレ、演奏会の額縁的な役割では済まない性格を持つようになっていくわけですね。交響曲のその大きな進歩に貢献したのが、モーツァルトの後期の作品群であり、中でもこの「プラハ」と、最後の3大交響曲(第39番、40番、41番「ジュピター」)こそは、18世紀交響曲の金字塔と言えると思います。


 プラハ交響曲は、さきほど触れた深遠なアダージョの序奏で第1楽章が始まります。
 トゥッティによる主和音がフォルテで鳴らされたと思うとすぐピアノとなり、またフォルテの三連符を伴った短い上昇音型が繰り返され、という具合に強音と弱音とが頻繁に交代しながら、半音階的に長短の調性の間を行き来しながら進んでいきます。
 強音のトゥッティと弱音の弦のみあるいは木管のみの部分の対象が鮮やかです。
 この序奏なくして、後にベートーヴェンが第4、第7交響曲に用いた手探りで進むような導入部は生まれなかったのではないかしら。
 この異様な緊張感を持った序奏は、このあとプラハからの依頼で書かれることになる歌劇「ドン・ジョバンニ」の音調を思い起こさせます。

 序奏がピアニシモで、属和音上に半終始すると、ピアノで、第1ヴァイオリンのみが単純な同音反復の、しかしシンコペーションのリズムで、第1主題を奏し始めて、主部アレグロに入ります。
 この主題は、単調なようで、それでいて変化を予感させ、なにかわくわくするような、とても不思議な感じのするものです。1小節遅れて他の弦楽器が対旋律を奏し、弦の旋律が一段落するとすぐ今度はフォルテでティンパニを伴った管楽器が付点付きの素早く上昇下降する合いの手のような主題後半の動機を出し、またピアノで第1ヴァイオリンのシンコペート主題。
 十分力をためながら、やがて走り出す。「フィガロの結婚」と同時期の作らしいオペラ・ブッファ的な性格も持っています。

 ふっと一瞬力を抜いたようになって、弦だけになって柔らかな第2主題が提示されますが、すぐにこれは半音階的に転調されていきます。
 そのあとはもう一気に走り出します。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンがカノン風に回転するような音型を交互に繰り返し、疾走感を高めていきます。
 展開部では、さらに見事な対位法による主題動機の発展が待ち受けています。
 第1主題が帰ってきて、一瞬再現部かと思わせるが、フェイントをかけ、改めて第1主題が主調で戻ってきて本当の再現部という趣向も。
 最後は息もつかせぬという感じで突っ走りながら、四分音符3つの主和音をぶつけるようにしてけれんみなくこの楽章を閉じます。


 アンダンテの第2楽章は、やはりシンコペーションを含むなだらかな部分に細かい音符が続く主題で始まりますが、その後半はスタッカートで刻むような曲調になります。
 ここでも、おだやかな旋律が途中で短調の翳りを帯び、従来の古典派交響曲の第2楽章に多い、ただやさしい息抜き、くつろぎとしての緩徐楽章であるだけではなく、より深遠な、ベートーヴェンからロマン派のアダージョ楽章につながっていくような予感すら感じさせます。

 よく言えば優雅な、悪く言えば、ややシリアスな緊張を欠くことになりがちなメヌエットがないこの曲では、ゆったりしたアンダンテが静かに終わると、ただちにフィナーレが走り出します。


 プレストの第3楽章は、まさにモーツァルトらしい急速なフィナーレです。ここでもやはりシンコペーションリズムが支配的で、8分休符を多用してたたみかけるように推進するところも、フォルテとピアノ、トゥッティと1、2の楽器との対比の鮮やかさも、第1楽章をさらに一歩進めた感じです。

 特に、ここではフルートのソロの活躍が目立ちます。モーツァルトは、当時まだ完成途上にあったフルートという楽器を好まなかったと言われていますが、なかなかどうして、ここでは大活躍です。
 バロック期以来の従来型の管弦楽法では低弦と重ねられることの多いファゴットも、モーツァルトの新しい楽器書法では独立した動きを聴かせてくれます。
 展開部での次々と転調しながら主題動機が対位的に重ね合わされていく様子も見事としか言いようがありません。まさに一気呵成という感じでコーダまで突っ走っていくのです。

 なお、この第3楽章の主題は、「フィガロの結婚」第2幕のスザンナとケルビーノの二重唱「早く開けて」の冒頭とそっくりということで知られています。たしかに旋律形は同じですが、受ける感じはずいぶん違います。



 この、かつては最後の3大交響曲の陰に隠れがちであった、名交響曲は、さすがに今日では、その3曲に比肩することが認識され、演奏、録音頻度も多くなっています。
 39番から41番「ジュピター」に匹敵する内容を持ち、かつその最初の現れと言うべきこの曲は、むしろ演奏も難しいと言われていますが、見事に演奏されたときの効果、高揚感は格別です。
 ただ、フルトヴェングラーのこの曲の録音は知られておらず、(トスカニーニはあるらしいが一般的ではない)ロマン派時代に好まれ、盛んに演奏された第40番ト短調などと異なり、この曲の録音史はむしろ比較的新しいのかもしれません。


 そうした中で、古い時代の巨匠を代表しては、やはりこの曲においても、20世紀最高のモーツァルト指揮者ワルターの演奏があり、これは私にとってすべての演奏の指標でもあります。

 特に晩年のコロンビア交響楽団とのステレオ録音盤では、ワルターは、第1楽章の序奏を堂々と鳴らしています。
 主部もあまり急がず、といって決してもたもたした感じは与えず、インテンポで雄大に響かせてくれます。

 第2楽章は、歌の人ワルターらしく、アンダンテというよりはアダ−ジョのような、ゆったりとした歌を聴かせています。
 昨今のピリオド系の新解釈からすれば時代を感じさせる面もあるかもしれませんが、終楽章も爽快でありながらたっぷりとオーケストラを鳴らした、交響楽らしい演奏です。

 もっとも、この曲に限らず、ワルターのモーツァルトは、当時としてはフルトヴェングラーなどの浪漫的な解釈とも、トスカニーニらのザッハリッヒカイトな演奏とも一線を画す、古典的なフォルムと歌心との独自のバランスを持ったものなので、いま聴いても少しも時代遅れという感じはしません。


 シューリヒト指揮パリ・オペラ座管による演奏は、序奏などワルターよりかなりテンポが速いという感じを受けますが、全体の演奏時間はあまり変わりません。
 次のベームあたりを含め、これらの世代は、基本的にスコアの反復指示を実行しないので、モーツァルトの交響曲で30分を超えるということはあまりないのです。
 シューリヒトの第3楽章は、ほんとに速い。これぞプレストという感じです。巨匠時代の人には珍しい。もっともトスカニーニも快速を好んだようですが。
 パリのオペラ座管弦楽団というのはムラがあって録音評では余り芳しくないのですが、さすがにシューリヒトは存分に駆使しているというところでしょうか。ただ、このオケ、シューリヒトをもってしても一糸乱れず、というわけにはいかなかったようです。


 ベームは、若いときと晩年にヴィーン・フィルと入れたものもありますが、この曲の演奏では、ベルリン・フィルとの全集盤のほうが評価はよいようです。
 ベームは、若いときに、ミュンヘンあたりでワルターの指導を受けたことがあるらしく、モーツァルトは悪くないと思います。ワルターやE.クライバーのようなチャーミングさというのはありませんが。
 とても生真面目な楷書のような演奏といったらよいでしょうか。
 ベームという人は、晩年、日本ではものすごく人気が高かったのですが、没後、すっかり忘れられたようになってしまいました。
 モーツァルトとR.シュトラウスのオペラを得意として、本質的にカペルマイスターなのでしょう。本人はドクトールであることを異常に誇りにしていたそうですが.....。


 スイトナー/ドレスデン・シュターツカペレも、オーソドックスな演奏です。無難で面白味がないという見方もあり得ますが、今日、モーツァルトらしさを失わずにかつ安定感のあるモダン楽器での演奏というのが少なくなっているという面からは、古き良き時代の名残といえなくもないかなと思います。


 むしろモーツァルトらしい歌と愉悦にも不足せず、安心感もありながら、パッションもある、という意味では、やはりクーベリックを推すべきでしょうか。
クーベリックは長年の手兵バイエルン放送交響楽団とのスタジオ録音の定盤がありますが、ここでは、最晩年に故国のチェコ・フィルハーモニーとライブで残した録音を挙げます。
 堂々とした押し出しもあり、近年主流の小編成のオケによるものとは異なるフルオーケストラによるモーツァルトのシンフォニーを聴く醍醐味があります。クーベリックはライブで燃えるタイプとも言われ、ライブ録音の多少の傷も気になりません。


開く トラックバック(1)

 もうひとつ、お薦めは、P.マーク指揮パドヴァ管による演奏です。
 これは、メンデルスゾーンなどとともに、先年亡くなったマークが晩年に残した録音の一つですが、それほど実力のあるオーケストラとも思えぬイタリアのパドヴァ管を振って、非常に美しく、透明感のあるモーツァルトを聴かせて、近年のCDでは出色だと思います。
 こういう演奏家は、市場ではメジャーにならないのですねえ。


 こうした伝統的な解釈、演奏に対して、ここ10年余りの間にめざましく進展した音楽学の成果を踏まえ、すっかり定着し主流ともなった、ピリオド楽器による演奏もしくはピリオド系の解釈を取り入れた演奏、録音があります。

 その泰斗とも言うべきアーノンクールは、意外なことにモーツァルトの交響曲は、モダン・オケと録音しています。
 アムステルダム・コンセルトヘボウとの演奏、ヨーロッパ室内管との演奏です。
ただ、そこはアーノンクール。相手がモダン・オケでも伝統に安住しない大胆で個性的な演奏を聴かせてくれます。
 慣れないうちはアクセントがきつく、かなりエキセントリックな感じもしますが、決して奇をてらっているのではなく、真摯に自分の考える音楽を貫いているという感じがします。


 正真正銘のピリオド・オケをピリオド系指揮者が振ったものとしては、ガーディナーとイングリッシュ・バロック・ソロイスツによる演奏があります。
 ガーディナーも、アーノンクールと同様、古楽オケだけでなく、モダン・オケや由緒あるオペラ・ピットにもしばしば招聘されるピリオド系出身の指揮者で、私の好きな一人です。

 ブリュッヘン/18世紀オーケストラというのもあります。

 しかし、聴いてみると、たしかに管楽器、特に金管やティンパニの音などに、現代楽器よりストレートな響きが感じられ、弦もおそらくビブラートをかけないなどの奏法から来る違いはあるのですが、意外に、その解釈はオーソドックスというか、あまり違和感はないという感想を持っています。
 ブリュッヘンの最後の終わり方など歌舞伎の見得みたい。楽器は古典派時代の様式のコピー楽器などを使いながら、演奏としては、むしろワルターやベームなどより現代的な解釈なのではないかと思います。古楽派といえども、まあ現代の世代の指揮者や奏者達なのですから当然といえば当然なのですが。

 こうした世代の演奏では、スコアの指示どおり、反復も完全に実施するのが普通で、モーツァルトの交響曲も軒並みトータルの演奏時間が長くなります。
 「プラハ」は、ワルターやシューリヒトでは、24分前後ですが、これら現代の古楽(変な言い方ですが)演奏では、38分くらいになります。(ジュピターあたりでは40分を超える例もあります。)

 ソナタ形式の楽譜に付いているこうした反復記号は、指示どおり実行すべきか否か、よくわかりませんが、少なくとも、この曲の場合、第2楽章の提示部反復(58小節目)は、完全な繰り返しでなく、1回目(58a小節)と2回目(反復時、58b小節)とで書き分けているので、19世紀以来の演奏慣習と異なり、作者は反復することを当然としていたと思われるのですが。


 同じ古楽系でも、ピノック/イングリッシュ・コンサートは、ガーディナーらと違い、バロック中心でベートーヴェン以降ロマン派は見向きもせず、モーツァルトの後期交響曲でも、通奏低音的にハープシコードを入れています。
 これは初期交響曲はともかく後期作品になるとやや耳障りに感ずるときもありますが、演奏全体はさわやかで、とても聴きやすいものです。
 古楽系では、ほかにリンデン/アムステルダム・モーツァルト・アカデミーの全集がありますが、「プラハ」は未聴です。


 ハープシコードといえば、オーケストラは、現代楽器オケですが、マッケラス/プラハ室内管盤にも、入っています。
 しかしながら、演奏は、テンポも速くきびきびしていて、推進力を感じさせるものです。


 比較的小編成の現代オケによる演奏では、ほかに、テイト/イギリス室内管とグラーフ/ザルツブルク・モーツァルテウムによるものを持っています。
 特に後者は、派手さはありませんが、新モーツァルト全集版スコアに基づくしっかりした、淀みのない演奏だと思います。


 手持ちのCDをざっと挙げてみましたが、このほか、まだ持っておらず、未聴のため、紹介はできませんでしたが、期待できるものとして、モダン・オケなら、クレンペラー盤とクリップス盤、ピリオド系では、ホグウッド盤などがあります。
 これらはいずれ入手したいと思っています。
 残念ながら、セルは「プラハ」は残していないようです。



 公私ともにいろいろあって、しばらく、メールも遠ざかっていて、久しぶりに、しかも格別に好きなモーツァルトとあって、つい、長々とひとりよがりの駄文を連ねてしまいました。
 ここまで、読んでいただいたことに、心からお礼申します。


 申年になったばかりというのに、世間では鳥のウィルスが大流行のようです。
コンピュータのウィルスも困りますが、やっぱり生命に関わるのはもっと困りますよね。

 寒中、お風邪などひきませぬよう。
 ではまた。


               樹公庵 日々     敬白 





《補遺》
 その後、ホグウッド盤の全集は入手できました。あまりに曲数が多くて、まだ聴き込めていませんが。
 また、ジェーン・グローヴァーという女性指揮者とロンドン・モーツァルト・プレイヤーによる第25番以降を入れたCDは、なかなか出色です。
 あと、クレンペラーのモーツァルトや廃盤扱いのクリップスの録音が、まとまった形で出ないものかしら。

.
hs9655
hs9655
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
検索 検索

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事