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3月に入ってから、ところによっては雪が降ったり、むしろ寒い日が続いていましたが、やはり季節の変化は正直なもので、この週末あたりはすっかり暖かくなって、桜の開花も一気に北関東まで北上しました。 みなさま、いかがお過ごしでしょうか。 さて、来る3月31日は、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンの誕生日。(1732年同日生まれ。) ハイドンには、100曲を超える交響曲、60曲以上の弦楽四重奏曲、40曲ほどのクラヴィーア三重奏曲、50曲余りのクラヴィ−ア・ソナタがあり、古典派器楽曲形式の完成者と目されるほか、晩年を中心に、12曲ほどのミサ曲と3つのオラトリオなど声楽曲の分野でも傑作を残しています。 このところ、ずっと交響曲が続いたので、今回は傑作のそろう弦楽四重奏曲かオラトリオでもとも考えたのですが、やはり交響曲の父とも呼ばれるハイドンを取り上げて、交響曲に触れないのは片手落ち。 そこで、ハイドンの後期交響曲の代表作ザロモン・セット12曲の中から、ちょうど210年前、1794年のハイドンの誕生日に初演された、番号も何となく目出度い感じのする第100番「軍隊」を取り 上げることにしました。 1790年、長年の雇い主ニコラウス・エステルハージ侯爵の死去により、58歳のハイドンは、ヴィーンに完全に活動の拠点を移し、ロンドンの音楽興行主でヴァイオリニストのペーター・ザロモンの招 聘を受けて、英国に渡ります。 このとき、モーツァルトは、ハイドンの健康を気遣い、二人は別れを惜しんだと伝えられますが、逆に若いモーツァルトが、翌年まだハイドンの渡英中に亡くなってしまいます。 ハイドンは、ザロモンに、モーツァルトを推挙し、モーツァルトがもう少し長生きしていたら、モーツァルトのザロモン・セット交響曲が誕生していたかもしれません。 必ずしも書かれた順番ではありませんが、その93番から104番までの最後期の交響曲群が、このロンドンでの活動のために書かれたザロモン・セット(又はロンドン・セット)です。 第100番「軍隊」は、この第2期の、実際の作曲順では101番「時計」に続く3曲目の作品で、ヴィーンで作曲に着手し、ロンドンで完成、初演されています。 てくるのがわかりました。 モーツァルトもやはり、この時期に交響曲んの書法が複雑深化し、あっと言う間に当時のハイドンの先へ行ってしまうのですが、ハイドンはまこと晩成の人という感じがします。 それだけにザロモン・セットの12曲は、どれも円熟したハイドンの力作ですが、就中第2期の6曲は傑作揃いです。 ハイドンの交響曲のニックネームは、みな他人が勝手に付けたもので、作曲者のあずかり知らぬ曲の内容とは関係ないものですが、それでもこの「軍隊交響曲」は、すでに初演時の新聞広告に載っ ていたと言われています。 主に第2楽章における軍楽隊的なファンファーレや変則的な楽器法がその理由ですが、これは当時の一般的な交響曲の編成から見ると、かなり珍しいものだったでしょう。 後世、20世紀の初めになっても、マーラーは交響曲にさまざまな打楽器を使いすぎると言って風刺されていますが、それより100年以上も前に、ハイドンはこんな型破りな試みをしていたのですね。 ユーモリスト、ハイドンの面目躍如といったところでしょうか。 ハイドン作曲、交響曲第100番ト長調「軍隊」。 曲は、古典的な4楽章構成で、第1楽章と第4楽章がソナタ形式、第3楽章がメヌエットとなっていますが、第2楽章は三部形式のアレグレットで、普通のアンダンテ等の緩徐楽章でないところが変わっています。 第1楽章冒頭には、ハイドン後期交響曲のトレ−ドマークとも言うべき、アダ−ジョの序奏が付いています。初めは主調でのどかな感じで始まり、後半、主短調をとり、属和音上に半終止するというお馴染みの手法です。 主部アレグロは、オーボエに支えられたフル−ト独奏が楽しげな、玉をころがすような第1主題を奏して開始されます。 この曲は、管楽器が目立って活躍するのも特徴で、モーツァルトや後のベートーヴェンの交響曲を思わせますが、その奏楽はいかにも楽しげでハイドン独特の雰囲気があります。 第2主題も、似た動機で構成されていますが、さらにリズミックで楽しいメロディです。 これらを聴いていると、「軍隊」なぞという物騒な名前より他の陽気な名を付けたくなりますが。 展開部ではもっぱら第2主題が展開されます。 コーダが拡大され、第2展開部的になっているのも、来るベートーヴェンの交響曲を準備しているようです。 第2楽章が、名前の由来となった問題の楽章です。 ハイドンの交響曲中、他のポピュラーな2曲、第94番「驚愕」も、第101番「時計」も、やはり第2楽章の仕掛け、ないしは聴覚上の特徴がニックネームの由来となっていることが偶然とは言え、面白い一致です。 まず、ここでは、通常とられるアンダンテなどのゆっくりしたテンポではなく、アレグレットという比較的速いテンポが与えられています。(ベートーヴェンの第7番や第8番の走り?) この楽章は、実は以前に、ナポリ王からの依頼で書かれた「リラ・オルガニッザータ協奏曲」の1曲中からの改作だというのですが、この「リラ・オルガニッザータ」という楽器がどういうものなのか皆目わかりません。(古いレコードではフルートとオーボエのための協奏曲の形で録音されているものもありますが...。) この楽章も、初めはゆったりと、木管楽器でのびやかに緩徐楽章風に始まります。 三部形式の中央、ミノーレ(短調部分)で、突然、通常のティンパニに加え、軍楽用の大太鼓、シンバル、トライアングルまでが動員されて、古典派器楽曲には珍しい、不思議な響きを聴かせます。 当時流行ったトルコの軍楽風の響きだと言われればなるほどと思いますが、特にトライアングルの音が耳に残ります。(ずっと後に、リストはピアノ協奏曲にトライアングルを入れて、トライアングル協奏曲と悪口を言われたのに...。ブルックナーの第8番やマーラーはともかく、ブラームスの第4番にもトライアングルが効果的に使われていますが、ここでのハイドンはそれらの先駆です。) コーダに入るところでは、トランペットのファンファーレが鳴り響き(ここもちょっとマーラーの第5番冒頭を想起させる)、にぎやかな軍楽隊風な響きと木管の柔らかい響きが交代しながら曲を閉じていきます。 第3楽章メヌエットは、いかにも流麗で力強い、ハイドンらしいメヌエット楽章です。 メヌエット主部の主旋律は、弦楽器が主体となって、旋回するような前打音の付いたもの。トリオは、これと対照的なのびやかなものです。 終楽章はプレストのソナタ形式。きわめて緻密で、寸分の隙もなくつくられた充実したフィナーレです。 いかにも、プレストといった、無窮動風な第1主題から、休符を生かしてはずむような第2主題と、息つく間もなく変化し、前回のビゼーの交響曲でも述べたような、これぞ古典派交響曲を聴く喜び、醍醐味といったいった感じのよどみなく快速に流れる音楽が続きます。 再現部では、第2楽章で登場した打楽器群も参加して、にぎやかに盛り上げながら、一気にコーダに突入、幸福な気分のうちに全曲を閉じます。 まず、この曲を得意とした、ブルーノ・ワルターの指揮コロンビア交響楽団の演奏。 ワルターにはヴィーン・フィルを指揮した戦前1938年の録音もあって、評価が高いのですが、残念ながらこれは手元にない。 しかしながら、この最晩年1961年のステレオ録音も素晴らしい。 ワルターのハイドンは、モーツァルトのようだとか、モーツァルトの側から見たハイドンだという人もありますが、軍楽風の部分も何となしに雅で柔和な感じがします。 これがヴィーン・フィルだったらという嘆きもわかりますが、風格があって上品で、これは、これで立派なものだと思います。 どうもわが国の評者には、アメリカの録音用オーケストラというだけで、コロンビア響を必要以上に過小評価する癖がありますが、音楽を無心に聴いたらどうでしょう? |
樹公庵さんの「今月のこの1曲」
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<曲目一覧>
2004.1月 モーツァルト・交響曲第38番
2004.2月 ビゼー・交響曲第1番
2004.3月 ハイドン・交響曲第100番
2004.4月 ベートーヴェン・交響曲第3番
2004.5月 ストラヴィンスキー・春の祭典
2004.6月 ディーリアス・二つの小品
2004.7月 ベートーヴェン・交響曲第5番
2004.8月 ショスタコーヴィチ・交響曲第5番
2004.9月 ブルックナー・交響曲第7番
2004.10月 シベリウス・ヴァイオリン協奏曲
2004.11月 シューベルト・ピアノ三重奏曲第2番
2004.12月 J.S.バッハ・クリスマス・オラトリオ
2005.1月 モーツァルト・エクスルターテ・ユビラーテ
2005.2月 チャイコフスキー・交響曲第2番
2005.3月 ベートーヴェン・ミサ・ソレムニス
2005.4月 モーツァルト・弦楽四重奏曲第1番
2005.5月 シューベルト・交響曲第8(7)番
2005.6月 メンデルスゾーン・真夏の夜の夢
2005.7月 ヴォーン=ウィリアムズ・ロンドン交響曲
2005.8月 ブリテン・戦争レクイエム
2005.9月 ドビュッシー・ベルガマスク組曲
2006.8月 ホルスト・組曲「惑星」
2007.1月 モーツァルト・ピアノ協奏曲第9番
2007.3月 テレマン・パリ四重奏曲集
2007.4月 J.S.バッハ・フルートソナタ ロ短調
「今月のこの1曲」 曲目一覧へ *読みたい曲に直接ジャンプ出来ます。
2004.1月 モーツァルト・交響曲第38番
2004.2月 ビゼー・交響曲第1番
2004.3月 ハイドン・交響曲第100番
2004.4月 ベートーヴェン・交響曲第3番
2004.5月 ストラヴィンスキー・春の祭典
2004.6月 ディーリアス・二つの小品
2004.7月 ベートーヴェン・交響曲第5番
2004.8月 ショスタコーヴィチ・交響曲第5番
2004.9月 ブルックナー・交響曲第7番
2004.10月 シベリウス・ヴァイオリン協奏曲
2004.11月 シューベルト・ピアノ三重奏曲第2番
2004.12月 J.S.バッハ・クリスマス・オラトリオ
2005.1月 モーツァルト・エクスルターテ・ユビラーテ
2005.2月 チャイコフスキー・交響曲第2番
2005.3月 ベートーヴェン・ミサ・ソレムニス
2005.4月 モーツァルト・弦楽四重奏曲第1番
2005.5月 シューベルト・交響曲第8(7)番
2005.6月 メンデルスゾーン・真夏の夜の夢
2005.7月 ヴォーン=ウィリアムズ・ロンドン交響曲
2005.8月 ブリテン・戦争レクイエム
2005.9月 ドビュッシー・ベルガマスク組曲
2006.8月 ホルスト・組曲「惑星」
2007.1月 モーツァルト・ピアノ協奏曲第9番
2007.3月 テレマン・パリ四重奏曲集
2007.4月 J.S.バッハ・フルートソナタ ロ短調
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次に、ザロモン・セットの本国英国のウィットとジョンブル精神を代表するトーマス・ビーチャム卿指揮ロイヤル・フィルの演奏。 ザロモン・セット全12曲を入れた中の1曲、1958年ステレオ最初期の録音ですが、音も決して悪くありません。 これは、かなり速いきびきびしたテンポの演奏です。私の持っているCDの中では最も演奏時間が短い。一聴するとやや素っ気なさ過ぎるようですが、それでありながら、ビーチャムらしく、恬淡としていて、背後にユーモアを感じさせるものとなっています。 わざとらしいところや、これ見よがしの素振りは見せずに、自分の好きな音楽を好きなように指揮しているだけで、自然と、さまになってしまうという趣があります。 そして、まだ若かったレナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルの演奏。
1970年。大阪万博で来日した直後くらいの録音でしょうか。このコンビのもっとも意思疎通がうまくいっていた時代の記録でもありましょうか。 バーンスタインは、かなり長いスパンで少しずつ録音していって、全12曲を完成させています。 演奏は、ハイドンをわりと好んで取り上げたバーンスタインらしく、直截で、現代の大オーケストラを堂々と鳴らしたものですが、古楽的な奏法はまだ主流でなく、これにさほど関心を示したわけでもないバーンスタインですが、ここで聴くNYPのトランペットは、なんとなく古楽のトランペットのような音がするのが面白いところです。 やはりというべきか、軍楽打楽器群はかなり盛大に鳴らしています。 しかし、全体のアプローチは、基本的にはかなりオーソドックスなものだと思います。 ロンドンのオーケストラがけっこうドイツ的な響きを聴かせてくれるのも、ヨッフムの棒によるものか。もっとも、この作品は本来英国のオーケストラが初演したのだから、必ずしも「ドイツ的」である必要はないのだけれど。 テンポといい、響きといい、解釈もまさに中庸の美徳というべきか。英国勢の音楽のこの中庸さをお気に召さない向きもあるようですが、真にバランスの良い中庸な演奏は、曲のありのままの姿を伝えてくれるのでは、と思います。 ドイツの名匠ヨッフムの指揮によるこの演奏は、まさにそんな感じがします。 これも、全12曲のセットから。1973年の録音で、アナログ期の録音としても完成されています。 A.フィッシャーはハンガリーの指揮者で、ブダペスト祝祭管弦楽団の創設者として知られるイヴァンの兄。オーケストラは、ハンガリー国立交響楽団のメンバーを中心に、ヴィーンやハンガリーの音楽家を集めて編成した臨時的なオケながら、中にはヴィーン・フィルのコンマスや主席クラスも含まれるなど水準は低くないらしい。 現代オケの奏法によりつつも、ハンガリーやヴィーンのお国訛り的な味わいがあるともいう。 録音場所が、ハイドンゆかりのオーストリア、アイゼンシュタットのエステルハーザー宮(ハイドン・ザール)というのもなかなか興味深い。 発売当初、33枚組で、1万円を切っていた。 演奏は、決して安かろう悪かろうではなく、きびきびした現代的なハイドン演奏を聴かせてくれます。 しかし、曲のせいもあるのか、ハイドンの音楽がとくに古楽器に調和するのか、これまでのモダン・オケによる演奏を聴いてきて、少しも違和感はありません。 ブリュッヘンは、モーツァルトよりハイドンのほうが良いかもしれないとまで感じさせます。 1990年、デジタル録音で、音質も良い。 これは、シュトゥルム・ウント・ドランク期の19曲の交響曲と、パリ・セットの6曲、ザロモン・セット12曲に、その間の88番から92番までと協奏交響曲の6曲を加えた13枚組セットの中のひとつでした。 モントゥーなどあったらぜひ聴きたいものですが。 ドン・ガラリン卿お薦めのクナッパーツブッシュのハイドンに、この曲があるのか、残念ながらわかりませんでした。このほか、これはという情報をお待ちします。 |
<曲目一覧>今月のこの1曲(2004.1月)モーツァルト・交響曲第38番 今月のこの1曲(2004.2月)ビゼー・交響曲第1番 今月のこの1曲(2004.3月)ハイドン/交響曲第100番 今月のこの1曲(2004.4月)ベートーヴェン/交響曲第3番 今月のこの1曲(2004.5月)ストラヴィンスキー/春の祭典 今月のこの1曲(2004.6月)ディーリアス/二つの小品 今月のこの1曲(2004.7月)ベートーヴェン/交響曲第5番 今月のこの1曲(2004.8月)ショスタコーヴィチ/交響曲第5番 今月のこの1曲(2004.9月)ブルックナー/交響曲第7番 今月のこの1曲(2004.10月)シベリウス/ヴァイオリン協奏曲 今月のこの1曲(2004.11月)シューベルト/ピアノ三重奏曲第2番 今月のこの1曲(2004.12月)J.S.バッハ/クリスマス・オラトリオ 今月のこの1曲(2005.1月)モーツァルト/エクスルターテ・ユビラーテ 今月のこの1曲(2005.2月)チャイコフスキー/交響曲第2番 今月のこの1曲(2005.3月)ベートーヴェン/ミサ・ソレムニス 今月のこの1曲(2005.4月)モーツァルト/弦楽四重奏曲第1番 今月のこの1曲(2005.5月)シューベルト/交響曲8(7)番 今月のこの1曲(2005.6月)メンデルスゾーン「真夏の夜の夢」 今月のこの1曲(2005.7月)ヴォーン=ウィリアムズ・ロンドン交響曲 今月のこの1曲(2005.8月)ブリテン・戦争レクイエム 今月のこの1曲(2005.9月)ドビュッシー・ベルガマスク組曲 今月のこの1曲(2006.8月)ホルスト・組曲「惑星」 今月のこの1曲(2007.1月)モーツァルト・ピアノ協奏曲第9番 今月のこの1曲(2007.3月)テレマン・パリ四重奏曲集 今月のこの1曲(2007.4月)J.S.バッハ・フルートソナタ_ロ短調 |
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街の樹々の緑も日に日に濃くなり、さわやかな季節です。 みなさま、お元気にお過ごしのことと存じます。 ところが、こうした風薫る、緑溢れる五月に、こともあろうに、世界遺産にもなっている屋久島の縄文杉が傷つけられたという報道がありました。心ない人がいるものです。何千年を生き抜いてきた大樹に、からっぽな人間が何ということをするのか。わずか60年前の歴史的事実も反省と誓いすらもすぐに忘れてしまう人間たちを、この巨樹は痛みに顔をしかめながらも、憐れんでいることでしょう。 昨今人間の現実世界はかくも嘆かわしく、自然の営みに比べたら、人の所行などいかにも小さくたかがしれていると思うのですが、人の創り出したものの中で、音楽は最もすばらしいものの一つだとつくづく思います。 今月は月初めの連休も何かと落ち着かず、あっという間に過ぎてしまい、さて、何を書こうかなと考えましたが、候補がいくつか浮かんでは消えているうちに、また月末になってしまいました。 実は最近、上尾のドクターS氏が、道楽と言うには少々桁外れなオーディオとクラシック音楽についてのブログ( http://blogs.yahoo.co.jp/hs9655 )を開設されて、その中の1コーナーに私の拙い「今月のこの1曲」を転載したいとのご提案をいただきました。 拙文は必ずしもかのブログのトーンや来訪される方々のご興味とはやや場違いの感もないわけでなく、もともとが不特定多数の人向けではなく身近な親しい人たちに宛てて書いた個人的なものなので、迷ったのですが、とりあえず今回ご厚意に甘え、暫定的に載せていただくことにしました。おかげで、今月のこの曲のバックナンバー(まだ全てではありませんが)をまとめて振り返ることができるようになりましたが、そうしてみると、いろいろ気づかされる点がありました。 そもそも「この1曲」は、当初、気楽につれづれに聴いている音楽について、その時々の話題や思い出に結びつくものを書き散らしてみるということで始め、親しくしている近しい先輩、友人方に読んでみてもらおうということで(ご迷惑な向きもありましょうが)やってきたものでした。 それが近時はいろいろな演奏を聴き比べて論評の真似をするなど、柄にもないことに手を拡げ、半可通の恥をさらすばかりでなく、自分自身、1曲を書くのに、同じ曲のCDを何度も聴かなければといった一種強迫的な感じがしてきて、また、どうしても時間がないので大曲やCDを何種類も持っている曲は躊躇したり先送りになってしまうなど、プロの批評家じゃあるまいに音楽を楽しむという原点から外れてきているのではと、反省しているところです。 今後は、そうしたCD比較視聴などはその道の専門家に任せて、もう少し気軽に好きな曲を取り上げるようにしたいと思っています。 さて、5月につながる曲、聴きたい曲はいくつもありますが、そうした中で、最も古い思い出につながるのは、シューベルトの「未完成」交響曲です。 そもそも私は、中学時代に、K先生という恩師のおかげでクラシック音楽に目(耳か)を開かせてもらったのですが、K先生はその1年生に、教科書の鑑賞曲には載っていない曲をいくつも聴かせてくれました。(その中には武満徹や渡辺浦人の作品までありました。) そうした1曲に、シューベルトの「未完成」があったのです。 まだ、音楽に初心者で、体を動かしている方が面白かった坊主連(実はわが中学では、私の1年生の時には男子はほんとに坊主頭でした)にも、この曲の美しさは感じられたようです。 そんな仲間に、同級生で私を陸上部に誘ってくれた親しい友人のA君がいました。彼は、私と違って俊足のスプリンターでしたが、なぜか気が合って、よく一緒に遊び、語り合う仲でした。中学1年の終わりクラス替えになる直前の春分の頃に自転車で遠乗りした帰途、メンバーの中の誰が言い出したのかもう思い出せませんが、偶然レコード店に立ち寄ったのが、思えば今に続く私のクラシックとのつきあいの直接の始まりでした。 このとき、Aが買ったのが、「未完成」の17cmLPでした。私は、そのときは別のレコードを買ったのですが、二人で同じ時期にクラシックレコードを聴き始めたわけです。(高校は別になり、卒業後、A君は遠くに転居していつか音信も途絶えてしまいましたが、彼は今でも音楽を聴いているかしらん。) 私と「未完成」との再会は少し遅れて、その2ヶ月後、5月の半ばの頃でした。当時よくあった「運命」/「未完成」というカップリングのレコードで、この曲を聴き始めたのです。未完成は、渡辺暁雄指揮日本フィルの演奏でした。 まだレコードもあまり持っておらず、部活の練習を終えて、夕方帰宅してから、繰り返しこのレコードを聴いていました。ベートーヴェン以外の交響曲では最初の曲でした。 その後、何かで、ホ長調は、緑を感じさせる調だというのを読んで、(シューベルトのこの曲の第2楽章はホ長調なのです。実は調性音感に乏しい私にはホ長調がどうかなんて本当はよくわからないのですが、)さきの思い出ともつながって、爾来、この曲は、私には5月に聴くべき曲となっているのです。(またまた個人的な思い入れですみません!) 曲調は、全体的にはメランコリックな気分も濃く、この季節より秋向きだという人がいてもそれはそれで正しいとは思いますが。(この曲の総譜着手は10月末だし。) でも、この曲は、ただメランコリックという単純な表現だけでは言い表せない深い情趣、美しさを持っていると思います。 モーツァルトの長調作品に対し、明るさの中に透明な哀感というか涙がかいま見えるなどということがよく言われますが、私は、この「未完成交響曲」には、短調の支配する調べや激情の間合いに不思議な明るさというか永遠への憧れの光が射し込み照らすのを感じるのです。 (「交響曲CD絶対の名盤」の著者福島章恭氏は、この曲に、慟哭と死への予感の支配する交響曲版「冬の旅」という比喩を使っていますが、この曲の時点で作曲者の死を結びつけるのはやや早すぎますし、私には、短い人生の後期とは言え、むしろまだ十分青年期にあったシューベルトの青春の悲壮感や激情が現れこそあれ、徹底的に暗い音楽とは思えず、この喩えには同意しかねます。) フランツ・シューベルト作曲、交響曲第8(7)番ロ短調 D.759 「未完成」。この交響曲としては未完の作品こそは、ロマン派交響曲の真の始まりであり、また、ハイドン、モーツァルトから、ブルックナー、マーラーへと連なるオーストリアン・シンフォニーの歴史の大きなターニングポイントになりえた作品だと思います。 シューベルトは、このあと、あの偉大なハ長調(第9番。2003年10月のこの1曲)で、見事に完成した一つの成果を挙げますが、それでも残された短い人生では、この未完成交響曲が示す可能性の全てを汲み尽くせずに終わってしまったような気がします。 なお、最新の「新ドイチュ作品目録」では、かつてそれぞれ第8番、第9番とされた「未完成」、「ザ・グレート」(後者は「グムンデン・ガスタイン交響曲」と呼ぶべきだが)を、1番ずつ繰り上げて第7番、第8番としていますが、ここでは、まだ多くのCD等が採用している第8番としておきます。 この曲の斬新さは驚くばかりで、ハイドンらの古典交響曲はもとより、当時の前衛ベートーヴェンの作品と比べても、新しい響き、交響曲の世界を創り出しています。また、シューベルト自身のこれ以前の交響曲と比べても、突然変異とでも言うべき飛躍を示しており、例えばすぐ前の第6番と聞き比べたとき、両者の間に4年の歳月があり、この間にスケッチに終わった3曲の交響曲の試みがあったとしても、あまりの世界の違いに驚きます。 それは、交響曲というジャンルにおいて、真実、叙情的な交響曲というものが存在しうるということを初めて示したものだという気がします。 それは、ベートーヴェンとは違う新しい別の方向を交響曲の世界にもたらしたのです。 仮にこの曲が作曲者の生前早くに世に出たとしても、より古典的なフォルムに穏やかにまとめられた「ザ・グレート」すら演奏不能とした当時のヴィーンのオーケストラには理解できなかったかもしれません。 この曲が、作曲者の死後に、作曲から40年以上も経ってから発見されたいきさつは有名なので、ここでは繰り返しませんが、その未完成のままに終わった理由については、古来いろいろ憶測されているもの、真相はわからず、永遠の謎とされています。作曲者もいつの間にか忘れてしまったのだろうとまで言われていますが、(さすがにK先生の授業で中坊どもを喜ばせた映画「未完成交響楽」の名調子「わが恋の終わらざるごとくこの曲も終わらざるべし」の物語を想起する人は少ないでしょうが、)私には、この突然とでも言うしかない新しい交響曲の世界を開きながら、シューベルト自身、まだその先を続ける準備が整わなかったためではないかという気がします。 実際、完成された2楽章に続く第3楽章スケルツォのできを聴くと(マリナーの全集盤で聴けます)、その世界は先行楽章の域には到底達していないとの感を抱かせます。 ともあれ、未完の傑作というのは、文学であれ、音楽作品であれ、大きな興味をかき立てずにはおかない宿命を持っています。ましてや、この比類ない美しさを持ったこの曲は、古今の交響曲の中でも傑作の評価を得て、高いポピュラリティを獲得しています。 従って、この「未完成」がその後の交響曲史に与えた影響は決して小さくはないことも確かで、さきにオーストリア・ロマンティック・シンフォニーの嚆矢に挙げたのはそのゆえですが、と同時に、ここで後世の我々が留意しなければならないのは、今日一般に想像されているほどには、その影響は早い時期から存在したわけではないということです。 つまり、作曲年だけ見て、判断すると大きな誤りを犯しかねないのです。 この曲は、「ザ・グレート」より早く作曲されているものの、後者が1839年にはシューマンによって発見され、メンデルスゾーンにより初演、メンデルスゾーンの交響曲の最後の2曲(第2、第3番)とシューマンの交響曲創作に大きな影響を与えたのに対し、「未完成」が発見された1865年には、両者はすでにこの世を去っているのです。(シューマンが生前この曲を知ったら何と表現しただろう!) ブルックナーの第1交響曲(1866年)、ブラームスの第1交響曲(1876年)の完成は、「未完成」発見後とは言え、前者はヴィーンに出てくる前で、「未完成」を知っていたかどうか疑問だし、後者も作曲中にその初演に接した可能性はあるものの、それ以前に作曲は始まっていたということです。(にもかかわらず、ブルックナーの第1交響曲にはシューベルトに通ずる気分のようなものがあり、これは風土に根ざしたものか、はたまた「ザ・グレート」は知っていたのかどうか。) |
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そういう意味で、私は、実際にはシューベルトの「未完成」交響曲の直系の後嗣は、マーラーの第1交響曲ではないかと密かに思っています。(マーラーの第2交響曲がパリで初めて演奏されたとき、アンチ・ロマン派のドビュッシーはシューベルトみたいだと批判したと言われる。)未完成交響曲が、実際に聴かれるようになり、流布した頃以降に交響曲作曲家として登場する最大の人物はマーラーを措いてないからです。 このシューベルト、ブルックナー、マーラーのオーストリアン・ロマン派シンフォニスト3人が、いずれも美しい未完の交響曲を残しているのは不思議な偶然といえましょうか。 シューベルトの「未完成」交響曲は、通常4つの楽章から成る交響曲の前半2楽章しか完成されておらず(シューベルトに3楽章や5楽章の交響曲の例はない)、第3楽章のスケルツォについては、全曲のピアノ・スケッチはあるものの、最初の部分しかオーケストレーションがされておらず、第4楽章に至ってはスケッチも全く残されてはいない。 しかし、これまで述べたごとく、残された2楽章のみで比類のない高みに達しており、演奏するには十分な完成度を示していると言えます。 第1楽章は、アレグロ・モデラート。ソナタ形式。 曲頭、チェロとコントラバスによるモットー主題とでも言うべき深みのある旋律が重々しく示されます。これは一見序奏部のようですが、テンポは初めからアレグロ・モデラートであり、あとの扱いからしても単なる序奏ではありません。直ちにヴァイオリンとヴィオラ以下の弦とがさざめくような複合的なリズムの伴奏をバックに、オーボエとクラリネットが哀愁を帯びた美しい旋律を奏で、これがソナタ・フォームとしての第1主題となります。 トゥッティ(総奏)で確保した後、ホルンの長く延ばしたブリッジから、チェロに穏やかな感じの第2主題が奏されます。 これも、トゥッティで先ほど以上に激しく昂揚して展開部になったかのような部分を経て、もう一度柔らかく提示されると、短い和音の強奏の後、ピッチカートに導かれるコデッタ(小結尾)となります。提示部を反復する場合は、それがそのまま冒頭主題となって、ここまでがもう一度繰り返されます。 展開部では、この冒頭主題が徹底的に取り扱われ、シューベルトの音楽ではかつてない一面をかいま見せるような激しさも持っています。 再現部は、展開部で扱った冒頭主題を省いて第1主題で始まり、ここでのフレーズの区切りごとの合いの手のような木管とホルン等の応答は憧憬に満ちた響きで何とも言えないロマンティックな味わいがあります。第2主題の導入も木管が彩りを添えます。 コーダ(結尾)は、静かに冒頭主題が現れ、次第に力を増していって、いったん静まったかと思うと激しく和音を叩いた後、消えるように音を延ばして終わります。 第2楽章は、アンダンテ・コン・モート。2部形式とも展開部を欠くソナタ形式とも言われます。ホ長調の美しい緩徐楽章ですが、なかなかどうして、かなり激しく変化にも富んだ楽章です。主調のロ短調に対してホ長調は、古典期には考えられないかなりロマンティックな調選択と言えるのではないでしょうか。 第1主題は、コントラバスのピチカートとホルンの和音吹奏に導かれて、ヴァイオリンとチェロが対位的な旋律を穏やかに奏でるもの。以前、第9番を取り上げたときにも触れましたが、こうした木管の取り扱いをいったいシューベルトはどこから学んだのか。まことにロマンティック。 これに対して、第2主題は、弦のシンコペートされた伴奏の上に、クラリネットがメランコリックで憧れるような旋律を奏でていきます。突如、ティンパニが轟きトゥッティで激しく展開されるものの、再び流れるように、そして木管楽器やホルンが移行句を連ねるうちに、第1主題が再現します。 後半は、楽器の組み合わせを変え、音色に変化を持たせながら(例えば第2主題を奏でるのはオーボエに)、三たび第1主題が管楽器で奏されるとコーダに入っていきます。ピチカートの歩みとともに、哀しみも憧れもすべてが穏やかな雰囲気の中で、静かで透明な響きが遠く虚空に昇っていくように、永遠に未完の叙情が余韻を残しつつ消えていきます。 この古今のシンフォニー中でも最も美しい交響曲の代表格の作品には、さすがにたくさんの録音があるのでしょうが、いま私の手元にあるCDだけでも15種ほどを数えました。 しかし、ここでは、その中から日頃気に入っているものをいくつか紹介するに止めたいと思います。 この曲のCDで、まず挙げたいのは、やはりブルーノ・ワルターの演奏です。 中でも俗にワルター/ヴィーン・フィルのフェラウェア・コンサートと呼ばれる、マーラー生誕100年祭の折1960年のヴィーンでの演奏(マーラーの第4番とともにこの未完成が演奏された)は、この曲を得意としたワルターの演奏の中でも伝説的な評価を得たものですが、残念ながら手元にありません。(フィラデルフィア管とのモノラル盤はあるにはあるのですが、状態が良くありません。) しかし、ステレオ期に録音が残された1958年のニューヨーク・フィルとの録音(SONY)も、この曲の代表盤と呼ぶにふさわしいものだと思います。 ゆったりとした格調高い表現の中に、ワルター自身の古典的教養とロマンティックな性格、ナチスによって追われ離れざるを得なかった古き良き欧州への追憶、ベルリン生まれの都会人としてのセンスと亡命以来晩年になってようやく得た幸福、そういったものすべてが詰まっているという感じがします。 モーツァルトとマーラーに定評のあったワルターですが、大都市ヴィーン生まれで、古典的なフォルムに新しいロマンティシズムを注ぎ込んだシューベルトは、それらにも劣らない最もしっくりくるレパートリーだったのではないかと思うのです。ステレオ初期の録音でさすがに音質はやや古さを感じさせますが、ニューヨーク・フィルからこの上品な演奏を引き出しているのは見事です。嗚呼、さらにこれがヴィーン・フィルだったなら。 |


