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で、次はそのヴィーン・フィルの演奏、イシュトヴァン・ケルテスの指揮(1963年DECCA)。 初め、低弦による冒頭主題があまりにも小さな音で、また続く第1主題もひそやかに始まったので、他のCDに比べ録音レベルが小さいのかなと思ったら、トゥッティでは決してそんなことはない。つまりは演奏としてのダイナミックレンジが広い(音の物理的特性ではなく)演奏だということなのです。 木管楽器やホルンのフレーズの何と柔らかいことか。ワルター/ヴィーン・フィルをステレオの良い音で聴けない憾みをはらすかのような、まだよき時代の香りを残すヴィーンの音がここにあります。第1楽章第2主題に移る直前のホルンのブリッジの永遠に続くのではないかと錯覚するような響きのまろやかで雅なこと。 ワルターに比べたらやはり古き良きヴィーンのという雰囲気には多少不足するのは仕方ない。でも、ケルテスの指揮は、旋律の「間」をたっぷりととり、曲の構造や曲想を十二分に計算し設計していながら、さりとて少しも人工的な嫌みを感じさせず、音楽の流れを損なっていないことに感心します。歌うところは歌いながらも、輪郭の明晰な演奏というのでしょうか。 このとき、ケルテスはまだ30代前半。ヴィーン・フィルに対し自分の音楽をしっかり伝えているところは立派です。40代半ば前で急逝し、ブラームスの全集を収録中だったヴィーン・フィルからも惜しまれたというのもうなずけます。 それから、オットー・クレンペラーの演奏。ただし、これは手兵フィルハーモニア管ではなく、1966年、バイエルン放送交響楽団とのライブ録音(EMI)。 クーベリックの下、短期間でベルリン・フィルに迫る西ドイツを代表するオーケストラに成長していた同オケに、クレンペラーが客演したときの録音です。 ワルターはもとより、ずっと若いケルテスよりも、速めのきびきびしたテンポの演奏で、これがニュー・フィルハーモニアとのあの遅いマーラーの7番の録音と同じ人かと思うほどです。 若い頃、ベルリンで、現代音楽や同時代のオペラ紹介で勇名を馳せたクレンペラーらしく、過度なロマン的表現を避けたかのような造形的な「未完成」と言えるでしょうか。(シューベルトにしてはやや立派すぎる?)とは言え、「未完成」もまた、これぞ独墺の交響曲という感じで嫌いではありません。シューリヒト/ヴィーン・フィルのやはり世評の高い演奏ほどにはドライな感じ(たまたま私の持っているCDがそうなのか)にはなっていませんし。ワルターは、19世紀人らしく提示部の反復をしませんが、ここでのクレンペラーはきちんと反復をしているのもむしろ現代風で面白い。 ただ、第2楽章は、やはりワルターの優美さ、哀感、つらい思いを隠して微笑んでいるような雰囲気には一歩譲る感じがします。もっとも、このやや素っ気ないような淡々とした表現も、幾多の災難を乗り越えたクレンペラーが到達した至芸と言うべきなのでしょう。クレンペラーにもヴィーン・フィルとのライブがあるそうですが、そちらではこのあたりはどういう違いが出ているか興味のあるところです。 そして、昨夏亡くなったカルロス・クライバーがヴィーン・フィルを指揮した演奏(1978年DG)。 これはまた、クライバーらしい生きのいい演奏。クライバーが振るとヴィーン・フィルが、たとえは悪いけど、ポップス・オーケストラ(もちろん超高級な)のようにリズミックになる気がします。 この演奏、全体には速めのテンポですが、部分部分ではテンポが伸びたり縮んだりして、特に第1楽章では、クライバーはかなり頻繁にテンポを動かしています。シューベルトの音楽としての時代様式感からはどうかなという気もするのですが、それ以上に実際に聞こえてくる音楽が生きているという感じがするので、まぁいいかと思わされてしまうのです。 また、そうしたフレーズや楽段、曲の中の部分単位でのめまぐるしいほどに千変万化するテンポ設定の結果、あたかもマーラーの変化の激しいスコアをすら想起させ、まさにこの曲がマーラーの交響曲の遠くない直系の祖であるとの確信を強めてもくれるのです。 音楽が生々しいのは、下手なデジタル録音よりアナログ成熟期の録音のせいもあるかもしれません。 そうした第1楽章の後だけに、第2楽章に入ると急におとなしくなりすぎるように感じるのは、ややバランス的に物足りない感も否めないのですが。 最後は、ピリオド楽器(古楽派、時代楽器)による演奏から、ジョス・ファン・インマゼール指揮アニマ・エテルナ響盤(1996年SONY)。 ピリオド楽器によるオケでは、グッドマン指揮ハノーヴァー・バンドの全集やブリュッヘンの18世紀オーケストラの演奏もありますが、このインマゼール盤は比較的新しい全集の成果です。 古楽器による演奏というと、初期の頃はなにやらアクセントがきつく、滅法速くてせわしない演奏といったイメージがあったことも事実ですが、さすがに近時は、もはや古楽もエキセントリックなイメージはなく当たり前になって、演奏も練れて個性は持ちながら角の取れた自然なものも多くなってきていますが、このコンビなどもそうした一つだと思います。 ただ、どうしても、ロマンティックな情感というか雰囲気にはまだもう一歩の感は否めませんが、シューベルトのこの曲や第9番は、木管の扱いに非凡で独特な色彩感があるので、作曲当時の楽器による音色で、往時の響きを想像しながら聴くというのも時にはよいものです。 このほか、オーソドックスなところでは、ベーム/ベルリン・フィル盤、ブロムシュテット/シュターツカペレ・ドレスデン盤、ヴァント/ベルリン・フィル盤(ヴァントは、最後の来日公演でブルックナーの第9とともにこの曲を演奏したのを聴きました)といったところでしょうか。未聴ですが、モントゥー/アムステルダム・コンセルトヘボウなどは期待できそうです。コンセルトヘボウでは、アーノンクール盤は持っています。クーベリックあたりは曲と相性がよさそうな気もするのですが、正規盤では見あたらないようです。 というわけで、5月の思い出の曲、シューベルトの未完成交響曲をとりあげてみました。雨上がりのまだ明るい夕方、第2楽章など特にお薦めです。 今後は少し短くと思ったのですが、好きな曲なので、ついまた、思い入ればかりが先行して、まとまりのない長いものになってしまいました。 今回もおつきあいいただき、ありがとうございました。
ではまた。 恐惶謹言 樹公庵 日々 |
樹公庵さんの「今月のこの1曲」
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2004.1月 モーツァルト・交響曲第38番
2004.2月 ビゼー・交響曲第1番
2004.3月 ハイドン・交響曲第100番
2004.4月 ベートーヴェン・交響曲第3番
2004.5月 ストラヴィンスキー・春の祭典
2004.6月 ディーリアス・二つの小品
2004.7月 ベートーヴェン・交響曲第5番
2004.8月 ショスタコーヴィチ・交響曲第5番
2004.9月 ブルックナー・交響曲第7番
2004.10月 シベリウス・ヴァイオリン協奏曲
2004.11月 シューベルト・ピアノ三重奏曲第2番
2004.12月 J.S.バッハ・クリスマス・オラトリオ
2005.1月 モーツァルト・エクスルターテ・ユビラーテ
2005.2月 チャイコフスキー・交響曲第2番
2005.3月 ベートーヴェン・ミサ・ソレムニス
2005.4月 モーツァルト・弦楽四重奏曲第1番
2005.5月 シューベルト・交響曲第8(7)番
2005.6月 メンデルスゾーン・真夏の夜の夢
2005.7月 ヴォーン=ウィリアムズ・ロンドン交響曲
2005.8月 ブリテン・戦争レクイエム
2005.9月 ドビュッシー・ベルガマスク組曲
2006.8月 ホルスト・組曲「惑星」
2007.1月 モーツァルト・ピアノ協奏曲第9番
2007.3月 テレマン・パリ四重奏曲集
2007.4月 J.S.バッハ・フルートソナタ ロ短調
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第3楽章は、いかにもモーツァルトらしいおおらかなメヌエット。 |
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「グロリア」は、神の栄光を讃美する讃歌。解説者により、大きく6つ又は4つの部分に分けられるとされます。 |


