樹公庵さんの「今月のこの1曲」

[ リスト | 詳細 ]


<曲目一覧>
2004.1月 モーツァルト・交響曲第38番
2004.2月 ビゼー・交響曲第1番
2004.3月 ハイドン・交響曲第100番
2004.4月 ベートーヴェン・交響曲第3番
2004.5月 ストラヴィンスキー・春の祭典
2004.6月 ディーリアス・二つの小品
2004.7月 ベートーヴェン・交響曲第5番
2004.8月 ショスタコーヴィチ・交響曲第5番
2004.9月 ブルックナー・交響曲第7番
2004.10月 シベリウス・ヴァイオリン協奏曲
2004.11月 シューベルト・ピアノ三重奏曲第2番
2004.12月 J.S.バッハ・クリスマス・オラトリオ
2005.1月 モーツァルト・エクスルターテ・ユビラーテ
2005.2月 チャイコフスキー・交響曲第2番
2005.3月 ベートーヴェン・ミサ・ソレムニス
2005.4月 モーツァルト・弦楽四重奏曲第1番
2005.5月 シューベルト・交響曲第8(7)番
2005.6月 メンデルスゾーン・真夏の夜の夢
2005.7月 ヴォーン=ウィリアムズ・ロンドン交響曲
2005.8月 ブリテン・戦争レクイエム
2005.9月 ドビュッシー・ベルガマスク組曲
2006.8月 ホルスト・組曲「惑星」
2007.1月 モーツァルト・ピアノ協奏曲第9番
2007.3月 テレマン・パリ四重奏曲集
2007.4月 J.S.バッハ・フルートソナタ ロ短調
「今月のこの1曲」 曲目一覧へ *読みたい曲に直接ジャンプ出来ます。
記事検索
検索

みなさま

 いかがお過ごしですか
 立春も過ぎたというのに、相変わらず寒い日が続きますが、目には見えなくても一歩一歩春に近づいてはいるのでしょうね。
 県内では川本町の白鳥がすっかり有名になりましたが、私のふるさとを流れる利根川にも一時はたくさんの白鳥が来ていたこともあったのですが、今はどうなのでしょうか。北の国から渡ってきたそうした冬鳥たちも、もうじき北に帰っていく準備を始めていることでしょう。

 冬鳥と言えば、いまでは種ごとに限られた地域でしか見られなくなってしまった鶴ですが、江戸時代には全国各地に渡ってきて、冬を過ごし、各地に鶴の字のついた地名が残っています。そうそう鶴の恩返しという昔話もありました。鶴は、わが国では古来おめでたい鳥として愛されてきました。
 北海道の留鳥となっている一部の丹頂鶴を除き、鶴類の生息の本場は、ロシアや中国などの北方の原野なのでしょう。
 ロシアやウクライナの民謡には鶴を歌ったものがあるそうです。原曲は知らないのですが、そのウクライナ民謡に「鶴」という歌があって、その節を主題にした交響曲があります。

 チャイコフスキーの交響曲第2番ハ短調「小ロシア」作品17です。
 今月は、この冬鳥の鶴にちなみ(何と強引なこじつけ?!)、かつ2月に初演されたという縁により、この「小ロシア」交響曲を取り上げたいと思います。
(初演はロシア歴では1月ですが、新暦では、初稿が1873年2月7日、第2稿は1881年2月12日となります。)

 この曲のニックネーム「小ロシア」(又は「ウクライナ」とも)は、その第4楽章の主題がそのウクライナ民謡に拠っていることから、チャイコフスキーの友人がつけたと言われています。
 この小ロシアとはウクライナ地方のことであり、「小ロシア」という言い方は、ロシア人が自らを大ロシア人とし、ウクライナ人を見下して小ロシア人と呼んだことから来ているようです。
 ウクライナは、古くはコサックの国、旧ソ連時代にはソ連の穀倉と言われた農業地帯ですが、もともとステップ(草原)を起源とする肥沃な土地の拡がるところであったようです。
 ウクライナと言えば、昨年暮れのウクライナ大統領選挙のやり直しをめぐる、いわゆる「オレンジ革命」と言われる一連の政治変動やEUとの関係、大統領選に続いて、またも初の女性首相をめぐるロシアとの確執など、このところ国際面のニュースをにぎわせていますが、経済的にはロシアとの深い関係を有しながら、小ロシアの呼称に見られるような長い歴史的、民族的な問題が、こうした変動の背景にもあるようです。
 チャイコフスキーの交響曲第2番を「小ロシア」と表記せず、「ウクライナ」とするものがあるのは、こうした歴史的事情に配慮しているのかもしれません。
が、ここでは、一般に広く使われ、馴染んでいる「小ロシア」で進めます。

 さて、チャイコフスキーの「小ロシア」交響曲は、1872年に初稿が完成しましたが、1979年に大幅な改訂が施された第2稿ができ、現在はこの第2稿が演奏されています。
 チャイコフスキーの交響曲は全部で6曲あります(番外の標題交響曲である「マンフレッド交響曲」は含めない)。これを、一般に3曲ずつ初期と後期に分けて、後期の3曲がチャイコフスキーの個性が発揮され円熟した傑作であり、初期の3曲は一種の習作的な完成度の低い作品群と扱う解説書の類が多いのです。
 たしかに、作曲技法や作品の完成度としてはそのとおりなのでしょうが、私は、音楽を聴き始めた中学生の頃、これら初期交響曲が聴きたくて仕方ありませんでした。少年期から、へそ曲がり、よく言えば好奇心旺盛ということでしょうが、そういうあまり人が聴かないマイナーな曲を聴くのが好きでした。当時はレコード店に行っても、第4番以降の曲ばかりで、第3番以前のレコードはほとんどなかった。まあ、都内の大きいところなら少しはあったのでしょうが、私の住む田舎のレコード店ではお目にかかれなかったのです。もっとも、あっても廉価盤でなくては手が出なかったでしょうが。

 当時は、マーラーやブルックナーもそうでしたが、滅多に聴けないとなると、ますます興味が湧くものですが、その頃、ある意味チャイコフスキーの初期交響曲はマーラーより聴く機会がなかったのです。仕方ないので、音楽の友社の名曲解説全集の旧版(交響曲編のみ)を購入して、その解説を見て、どんな曲だろうと想像するしかありませんでした。ですから、初めてFM放送で、この「小ロシア」を耳にしたときは嬉しかったものです。ラジカセでテープにとって、何度も聴いたものでした。
 以来、この曲は、後期の「悲愴」などと並んで、私の好きなチャイコフスキー作品となっています。初めて聴いたときに、特に印象が強かったのは、第2楽章の冒頭、やや剽げた感じの行進曲テーマでした。いまでも、ここを聴くと中学時代の懐かしい感情に包まれます。


 チャイコフスキーの交響曲第2番「小ロシア」は、前作第1番(「冬の日の幻想」というニックネームで呼ばれる)以上に、ロシア民謡的な旋律がふんだんに使われ、ロシア国民楽派5人組(リムスキー=コルサコフ、ムソルグスキーら)からも評価の高かった作品です。(後期になると、チャイコフスキーはより西欧的で洗練された作風となり、国民楽派の人々からは批判の対象となっていきます。)
 それは、第1楽章序奏部の主題及び主部第2主題でのロシア民謡「母なるヴォルガ」のウクライナ風扱い、第2楽章中間部での「紡げ、私の紡ぎ女よ」大衆歌謡からの借用、そして、終楽章第1主題となるウクライナ民謡「鶴」の直接引用が、ロシアの民族的な音楽資産を生かし、芸術作品に創り上げたということが、国民楽派の共感を勝ち得たのであろうと思われます。
 後にチャイコフスキーは、これに飽きたらず、より西欧流の抽象的な洗練を目指していくことになりますが、それでも、この豊かな民謡的旋律を生かした作品にも、それ自体の価値があるように思います。(ドイツ古典音楽の厳格な形式制を尊しとするわが国アカデミズムの主流は、こうした民族的な作風を一段低いものとする傾向がいまだにあるようですが。)もっとも、現在演奏されるこの曲は、有名な第4番やヴァイオリン協奏曲のあとに改訂されており、必ずしも初期作品とばかりは言えない面も持っていますが。
 チャイコフスキーというと、どうも過度にメランコリックなイメージがありますが、この曲は短調ながら、全体的には明るい感じの曲で、そこも好きなところです。(実際主調のハ短調は冒頭楽章のみで、中間2楽章は変ホ長調、終楽章はハ長調。)ちなみにチャイコフスキーの7曲の交響曲(マンフレッド含む)の中では演奏時間の最も短い曲です。(約33〜36分)

 交響曲の第1楽章は、アンダンテ・ソステヌート、冒頭トゥッティで和音を鳴らし、そのままホルンだけが残って、いかにもロシア的な序奏主題を吹いて始まります。これが「母なるヴォルガ」というロシア民謡をウクライナ風に変形したものと解説書に書いてあるもので、どこがウクライナ風で何が純正ロシア調と違うのか、実は私にはわからないのですが、一応そう書いておきます。
 この第1楽章全体の3分の1くらいかかる長い序奏が再びホルンに戻り、その持続音で終わると、主部アレグロ・ヴィーヴォとなり、律動的な第1主題がクラリネットに現れます。第2主題はさきほどの序奏主題をテンポが速くなった分拡大したものです。
 この曲は、通常の2管編成を基本としながらも、ピッコロ、トロンボーン、チューバと、高低両方向に拡大され、タムタムまで含む打楽器群を擁したものですが、後期のチャイコフスキー作品のように騒々しい?金管の咆吼も少なく、木管や弦が主体で、編成がやや大きめな割には随所に愛らしい響きがします。
 第1楽章はチャイコフスキーらしい自由なソナタ型式で、楽章を支配するのは第1主題の弾むようなリズムです。これを中心にさまざまに変化しながら進み、最後はまた序奏を回想しながら静かに楽章を閉じます。

 第2楽章は、この曲の中でも私の最も好きな楽章で、アンダンティ−ノ・マルチアーレ・クアジ・モデラートのゆったりした行進曲形式の楽章です。1869年に完成されながら、後に破棄された歌劇「ウンディーナ(水の精)」の結婚行進曲が原曲の素材と言われています。
 冒頭、静かにティンパニが打ち出すリズムに乗って、クラリネットが印象的な3連前打音のついたユーモラスな感じの漂う歯切れのよい主題を奏し出します。このティンパニのリズムは、感じはまったく異なりますが、マーラーの第1交響曲の第3楽章(葬送行進曲楽章)のティンパニを思い出させます。
 中間部トリオは、ややなだらかな感じの木管による主題が出てきますが、これが「紡ぎ女」の旋律です。
 クライマックスをつくり、再び静かに終わりますが、その楽章の終わりも印象的で、ティンパニが例のリズムを叩く上に、これまでのさまざまな楽想の断片が現れては消えながら、消えるように弱音で終わります。

 第3楽章は、アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェのスケルツォです。せわしない感じの主題がチャイコフスキー好みのシンコペーションリズムで奏されて始まります。イメージとしては、ややアクの強いメンデルスゾーンといった感じでしょうか。ピチカートの扱いなどはベルリオーズを彷彿とさせるところもあります。
 オーボエで示されるトリオの主題も単純な旋律ですが、さまざまに装飾されます。スケルツォが反復された後、この楽章のコーダは、クレッシェンドして強奏で終わる。

★★★その2へは[前の記事へ]をクリック下さい。

 第4楽章フィナーレは、モデラート・アッサイの序奏付きで、主部はアレグロ・ヴィ−ヴォ。冒頭楽章と異なり金管による分厚い響きの序奏(ちょっとムソルグスキー/ラヴェル編曲の「展覧会の絵」を思わせる)は短く、すぐに主部に入り、弱音で踊り跳ねるような第1主題がヴィオリンで示されます。これがウクライナ民謡「ジュラーペリ(鶴)」で、弦と木管の軽やかな舞曲調旋律は、どことなくビゼーの「ファランドール」をも思い起こさせます。(日本人が鶴に抱く感じとはかなり違うようです。)
 第2主題は、対照的な柔らかい感じのこれまたシンコペーションの旋律です。
 ソナタ型式というよりはロンドに近い感じで、この二つの主題が交互に現れては、次第に第1主題の性格が支配的になり、ピッコロや金管、多彩な打楽器が活躍して、段階的にクライマックスを築いていきます。コーダの直前でタムタムのボワーンという音で一瞬静まったかと思うと、直ちに速度をプレストに速めて狂瀾怒涛(というのは大げさですが)の勢いで一気呵成、チャイコフスキーにしては男性的な響きで豪快に全曲を閉じます。


 さすがに今日では、チャイコフスキーの初期3曲も含めた全集が録音されるようになったのか、この曲のCDも現在はかなり容易に手に入れることができるようになりました。もちろん第6番「悲愴」や第4,第5番とは比べるべくもありませんし、全集盤でなく単体でとなると思ったほど多くはないのですが。
 私が、学生時代に耳にし、初期交響曲(特に第1番「冬の日の幻想」)の演奏では気に入っている、指揮を始めた初期のロストロポーヴィッチ/ロンドン・フィル盤がなかなか廉価輸入盤で出てこず、未入手なのが残念ですが、いま、手元に5種のCDがあります。

 まず、1967年録音のエフゲニー・スヴェトラーノフ指揮ソビエト国立交響楽団による演奏。昔のメロディア盤で出ていたものを、スクリベンダムがライセンスをとって、交響曲全集でCDに復刻したものですが、音の状態は思った以上に良く、ステレオの分離もよくとれています。(このシリーズの第5番は、私が1970年大阪万博のソ連館パビリオンで初めて買った外国製レコードでした。)
 晩年もいわゆる巨匠然と枯れるタイプではなかったスヴェトラーノフの若い頃の録音ですが、生粋のロシア生まれの指揮者らしく、正攻法で共感に満ちた力強い演奏をしています。同じソ連の指揮者でも巨匠ムラヴィンスキーの細部まで神経を張りつめた演奏とは違う種類の演奏ですが、ソ連の官立オケを煽ってその気にさせているのは立派ではないでしょうか。
 後期の3曲ではムラヴィンスキーに軍配を挙げざるを得ませんが、いま、廉価で手に入るロシア(ソ連)の指揮者とオーケストラによるチャイコフスキーの交響曲の完全な全集としては、底力もあり、最も「らしい」ものではないかと思います。
 この「小ロシア」でも、テンポの緩急の対比をつけて、メリハリのある演奏を繰り広げています。金管のたっぷりした音量や弦の分厚い響きはさすがにロシアのオケだなぁと感じさせます。スヴェトラーノフ盤で聴くと、この曲が後期の交響曲と遜色ない大曲に聞こえます。(第2楽章の開始なんて、まるでマーラーの楽章かと錯覚してしまうほど。フィナーレもすかっとします。)

 ヘルベルト・フォン・カラヤンは、「悲愴」などは何度か録音していますが、さすがにこの曲は、70年代も最後の年になってようやく録音したようで、再録音もしていないようです。(ドイツ・グラモフォン)
 カラヤンというと、人工的に磨き抜かれた演奏というイメージがあり、好悪が分かれ、熱烈なファンがいる反面、アンチ派も多いという訳(私もどちらかというと後者でした)ですが、さすがに最強の関係を築いていた頃のカラヤン/ベルリン・フィルの演奏は、個人的な好みはともかく完成度が高いです。
 この録音では、最初こそいかにもカラヤン時代のベルリン・フィル・サウンドかなという感じ(どことなく勿体つけたようなゴージャスな)がする気味もあるものの、聴いているうちに次第に気にならなくなってくるのは不思議です。カラヤンが繰り返し録音し磨き上げ(過ぎ)たベートーヴェンやその他の有名曲と異なり、指揮者もオケもこの新しいレパートリーを楽しんでいたのでは、という想像すらしてしまいます。
 第2楽章ではもう少し軽ろみがほしいなと思いますが、後半の2楽章、とりわけ終楽章はオーケストラの優秀さ(今回挙げた5種ではやはりダントツ)が如実に出て感動ものです。ちょっとカラヤンを見直します。(決して皮肉ではなく、カラヤンは超一流の作品より少し軽量級の作品を最上に再現してみせることができるという話を思い出します。)

 カラヤンの後を襲ってベルリン・フィルの監督となったクラウディオ・アバドのチャイコフスキー全集は、シカゴ交響楽団との演奏で、この「小ロシア」は、1984年の録音(ソニー)。
 アバドのチャイコフスキー(マーラーなどもそういう感じあるけど)は、中途半端というか、掘り下げ不足というか、やや物足りなさが残るのですが、幸い、この曲に関してはさほどそんな感じもせず、おとなしめではありますが、それなりに楽しませてくれました。もっとも、大病から復帰した近年のアバドはかなり変わったという評もあるから、あくまで7、80年代のCD(それも一部を聴いたのみ)の印象なので、アバドを好きな方がいたらごめんなさい。

 意外にと言ったらこれまた失言になるのかもしれないけど、美しくまとまっているのが、ロリン・マゼール指揮ピッツバーグ交響楽団の演奏(1986年録音テラーク盤)です。これは珍しく単体のCDで、有名な割に比較的マイナーなリムスキー=コルサコフの第2交響曲とのカップリング。ピッツバーグ響というのはアメリカのビッグ5には入らないのでしょうが、なかなか上手いですね。
 マゼールという人も、器用なんだろうけど、日頃私はあまり面白いと思わない(失礼)指揮者なのですが、この曲は、全集セット以外で手軽に聴けるという意味でも一応薦めてもいいのではないかしらと思います。

 最後は、エイドリアン・リーパー/ポーランド国立放送交響楽団の演奏による、廉価盤で有名なナクソスの全集から(1992〜96年録音、この曲が何年かは不明)。これはどういうわけか第1、2、4番がリーパーで、第3、5,6番とマンフレッド交響曲、ピアノ協奏曲3曲はアントニー・ヴィット指揮となっていて、指揮者が違っている。
 これは、今回の5種の中で最も知られていない指揮者とオケによる演奏で、感銘も控えめではありますが、それでも丁寧な演奏をしており、特に個性的な演奏とは言えないかもしれませんが、まず曲を知るという面では十分だと思います。 新しいので、さすがに録音はよいです。今のところ入手しやすさという点では最右翼でしょう。ウクライナというのは、ポーランドとロシアの狭間で、歴史的に両国の支配、影響を受けているので、ポーランドのオケというのもそれなりにお国ぶりの演奏になっているのかもしれません。


 チャイコフスキーはとにかく憂愁に満ちて、情緒纏綿としているからいいのだ、悲愴で暗いのが好きという人には、この明るさ、軽さはちょっと違うと言われてしまうかもしれませんが。
 ロシア人だっていつもしかめ面してため息ついてるわけではないのですから、ロシア(ウクライナ?)的な美しいメロディにも事欠かず、変化にも富み、交響曲らしい「アレグロ」を堪能できるこの1曲、もしまだお聴きになっていなかったら、ぜひ一度お聴きになってみてください。

というわけで、今回は、「小ロシア(ウクライナ)交響曲」でした。


今回も最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。
ではまた。


                             恐惶謹言

                    樹公庵 日々

みなさま

新年明けましてと挨拶するにはいささか日が経ちましたが、いかがお過ごしですか。
ここ数日、パソコンの無線LANの調子が悪く、長い時間安定してネット接続ができない状況ですので、この通信も無事届くとよいのですが。


さて、元旦は毎年モーツァルトのシンフォニーで聴き初めとしていますが、今年はハフナー交響曲でした。明日というより、もう本日、27日は、彼の誕生日でもあります。

そこで、今回の「今月のこの1曲」は、またモーツァルトを取り上げることといたしました。
ただし、今回は交響曲ではありません。

本日の1曲は、教会音楽、と言っても小さな喜ばしく美しいモテットの1曲です。
それは、モテット「エクスルターテ・ユビラーテ」(踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ)K.165です。
モーツァルト249年目の誕生日を言祝ぐのにうってつけの1曲です。

この曲を初めて知ったのはいつの頃だったか、まだ十代の頃であったのは間違いないのですが。
一番最初は、その全曲ではなく、有名な終曲「アレルヤ」でした。

皆さんの中には、映画「オーケストラの少女」をご覧になったことのある方も少なくないと思います。私も中学生か高校生くらいの時に、テレビで放映していたのを見たのです。
主演はディアナ・ダービン。オーケストラの指揮者としてレオポルト・ストコフスキーも出ていました。
映画の中でディアナ・ダーヴィンが歌うのが、この「アレルヤ」です。
私はすっかりこの曲が好きになり、また聴きたいと思っていたところ、偶然、FM放送で、「踊れ、喜べ」を聞いていたところ、何とその終曲が「アレルヤ」だったというわけです。

以来、この曲は、マイ・フェイバリットの1曲です。


この曲は、とても美しい曲ですが、教会音楽というよりも、まるでソプラノ歌手とオーケストラによる協奏曲のような作品です。
当時の教会音楽、特にイタリアのそれは、19世紀とは違って、音楽そのものは極めて世俗的な娯楽音楽のような親しみやすさを持っていたとはよく言われますが、この曲などは、その最たるものでしょう。

今日では、若く美しいソプラノ歌手がその美声を披露する機会としてコンサートで取り上げられるこの曲ですが、意外なことに初演は男性によって行われています。
もともとはいま述べたように神に捧げる宗教音楽であり、教会での演奏ということで、当時は当然ながら女性歌手は歌うことはできなかったのです。そこで、初演は男声のソプラノによって行われたのです。

1773年1月、当時16歳のモーツァルトは、第3回イタリア旅行の途次、前年暮れに歌劇「ルーチョ・シッラ」をミラノで初演し、当地に滞在していました。
そのミラノで、1月16日、モーツァルトは1曲のモテットを作曲し、翌17日にテアチノ教会で、同オペラでチェチーリオ役を歌ったヴェナンツィオ・ラウッツィーニというカストラート歌手の独唱で初演されています。
カストラートというのは、18世紀まではたくさんいた去勢して成人してからもソプラノで歌えるようにした男性歌手です。中国の宦官みたいで少々不気味で、ちょっとこの曲の晴朗なイメージと合わない気もしますが、教会で女性が歌えなかったその時代には普通のことだったのでしょう。
今日では、美人のソプラノ歌手が歌ってくれるので、まさに幸いなるかな、です。


曲は、2曲のアリアに、2曲のレチタティーヴォ、そしてアレルヤというモテットの定型にほぼ沿っています。(もっともこの曲ではレチタティーヴォは一つですが。)
しかし、その実体は、まさに協奏曲であって、ヴォーカル・コンチェルトとでも呼ぶべき内容となっていて、第1楽章?には独唱者のカデンツァまであるのです。
全体は、協奏曲らしく3つの楽章から成っています。(この数え方では第1楽章と第2楽章の間にレチタティーヴォが入りますが、これはたいへん短い。)

ソプラノ独唱にオーケストラによる作品で、編成は、オーボエとホルン各2本と弦楽4部にオルガンというものです。

第1楽章は、ヘ長調。展開部を欠く協奏ソナタ形式と考えられています。
まずトゥッティで、まことに明るく幸せな気分のアレグロの第1主題で始まります。
器楽のみの主題提示部の後、ソプラノによる歌唱を伴った提示となり(器楽協奏曲なら独奏楽器が登場するところ)、さきほどの器楽主題を伴奏として伸びやかな歌の旋律が登場します。あとはソプラノ独唱がオーケストラをバックに歌い継いでいきます。
楽章の終わり頃にはソプラノのカデンツァも聴かれます。
歌詞の大意は、踊れ、喜べ、祝福された幸せな魂よ、おまえたちの歌に応えて、天もともに歌う、というもの。

このあと、オルガンと低弦のみを伴奏とする、12小節の短いセッコ・レチタティーヴォが来ます。これを第2曲と数え、全体を4曲(楽章)と考える見方もあります。
歌詞大意は、雲も嵐も消え失せ、暁が訪れた。恐れず起きよ喜ばしい者たちよ。

第2楽章は、アンダンテ、イ長調。この調選択は5度圏ではなく3度関係となるので、モーツァルトにあっては珍しいと言われます。
これも協奏ソナタ形式。なだらかで歌謡的な旋律が美しい。
歌詞大意は、純潔の王冠である汝よ、私たちに平安と望みを与えよ。
やはり終わり近くにカデンツァが置かれ、そのあと、結びの音楽がヘ長調へ復帰するための転調部分となって、ロマン派の協奏曲のように、そのまま切れ目なく第3楽章へと続きます。

第3楽章は、お待ちかねのアレルヤ。
最も有名な楽章で、この曲のみ単独でもしばしば歌われます。
歌詞は、神を讃えるアレルヤの語のみですが、特に冒頭の「ア」の音を中心に、コロラトゥーラの技巧を見事に生かして、まさに珠を転がすような一編の歌唱となっています。
映画「オーケストラの少女」で効果的に用いられたのもこの曲です。
聴いているだけで幸福な高揚した気分になってくるモーツァルトの音楽の奇跡を実感します。


この曲は、昔から有名な曲ですが、その割には国内で単体のCDとして手軽に入手できるものは、そう多くはないようです。
私の手元には、現在4種。

まずは、エディット・マティスの独唱、ベルンハルト・クレー指揮ドレスデン国立管による演奏。1978年録音。
マティスは、オペラ畑というよりリート畑で有名な仕事をしていますが、それでもこの演奏は、マティスらしい清楚な歌い口の中にもかなりオペラティックな感じを出しています。
クーベリックの戴冠ミサの余白に入っていたのですが、できればクーベリックの指揮でも聴いてみたかった。


次は、エマ・カークビー独唱、クリストファー・ホグウッド指揮エンシェント室内管の演奏。録音は1983年。
これは、ピリオド楽器と古楽唱法による演奏です。
カークビーの歌声は、やや線が細いものの透明感のある美しい歌声です。
近代のオペラティックな歌唱法とはかなり異なり、いかにも古典派の宗教音楽に相応しい歌い方という感じもしますが、この曲のオリジナルの初演はオペラ歌手(カストラートですが)なので、もともと宗教音楽的な歌い方が正しいのかオペラ的な歌い方が正しいのかは難しいところです。
この録音のもう一つの意義は、これが1779年頃に、三位一体の祝日用の歌詞に編作された版による演奏だということです。
こちらでは、オーボエに代わって、フルートが用いられています。


次は、キャスリーン・バトルとアンドレ・プレヴィン指揮ロイヤル・フィルによる1985年の録音。
バトルは、モーツァルトの「フィガロの結婚」などのスープレット役などでも定評があり、重くならない声質が、この曲に相応しいとも言えます。

★★★その2へは[前の記事へ]をクリック下さい。

最後は、アンネマリー・クレメールというソプラノ歌手に、ニコル・マット指揮南ドイツ選定侯室内管による2001年の録音。超廉価レーベルのブリリアントクラシックから出ているモーツァルト全集中の宗教音楽セットの1枚です。
これも古楽系の演奏ですが、歌唱としては並といったところでしょうか。


ほかに、以前、テ・カナワとコリン・デイヴィスのコンビの演奏があり、この曲にしては独唱がやや色っぽすぎるなどといった評があった記憶がありますが、聴いてみたいものです。
新しいところでは、アーノンクールのものも出ています。
が、これも未聴です。


いずれにしても、この曲は、教会音楽だという堅苦しいイメージとは無縁の、美しく楽しい曲です。ミドル・ティーンの作曲とは思えぬ完成度がありながら、そこにはいかにも若いモーツァルトらしい溌剌とした明朗さがあります。
お薦めの1曲です。


というわけで、今回は、「エクスルターテ・ユビラーテ」をお届けしました。
えー、今回もおつきあいいただき、ありがとうございました。
ではまた。


                             恐々謹言

                      樹公庵  日々

みなさま

 あわただしい年の瀬、いかがお過ごしでしょうか。
 今年の冬は暖冬だなどと言われていましたが、さすがにこのところ、だいぶ寒さが厳しくなってきました。

 夜更けて バッハを聴きて 柚子の風呂

 これは冬至の晩に風呂に入っていて思いついた拙句ですが、冬至を過ぎると、もうクリスマスです。米国では、宗教的公平のため、メリー・クリスマスをやめて、ハッピー・ホリデイズとやることになったと報道されていましたが、もともとキリスト教と無関係に年末商戦の一環として賑やかに繰り広げられるわが国のクリスマスは、さてどうでしょう。


 しかし、本来、クリスマスはキリスト教徒にとっては救世主イエス・キリストの誕生日でありますが、もともとはキリスト教以前の冬至祭から来ているという説もあります。おそらくはヨーロッパより東方から伝わったキリスト教が、中欧、北欧など冬の長い地方における冬至を春への第一歩(1年の始まり)とする風習と結びついたものではないかと思われます。

 私の祖母が、冬至で日は定まる、あとは毎日畳の目一目ずつ日が伸びるとよく言っていたと、子どもの頃父から聞きましたが、これと同じような感覚で、昔の欧州人は冬至の頃を1年の初めとしたのではないでしょうか。
 いまでも、欧米では、元日よりクリスマスのほうを盛大に祝うということです。


 さて、クリスマスというと、サンタクロ−スですが、これは、もとは聖ニコラウス(12月6日が聖ニコラウスの日)で、オランダではシンター・クラース(Sinte Klaas)の日として盛大に祝われていた。アメリカへの移民がこの風習を伝えたが、なまってサンタ・クロース(Santa Claus)となったようです。
 聖ニコラウスが子どもの守護聖人であったことや貧しい三姉妹の靴下に金貨を施し救った説話などから、次第にクリスマスのプレゼントと結びついたのはヨーロッパでも当然の成り行きだったようですが、いま見る赤い服と白い髭は、コカ・コーラの広告で使ったのが広まったのだと言いますから、聖ニコラウスは全くあずかり知らないことです。

 英語でクリスマスとは、キリストのミサの意ですが、独語のヴァイナッハトは聖なる夜、仏語のノエルはラテン語の誕生日を語源とするということです。
 しかし、福音書ではマタイ伝とルカ伝がキリストの降誕物語を載せているものの日付には言及がなく、12月25日にイエスが実際に誕生したという記録はないようです。キリスト教では、この日は降誕を記念する日というくらいの意味であるようです。(そもそも西方教会と東方教会とでは使っている暦が違うので、12月25日も2週間近く違うらしい。このあたり詳しく知りたい方は、八木谷涼子著「キリスト教歳時記」(平凡社新書)をご参照ください。)

 いずれにせよ、クリスマスは、キリスト教会においては最も重要な祝日であり、一般の民衆にとっても、喜ばしい新年の祝いの期間の始まりなので、古来、クリスマスにちなんだ芸術、音楽は多いのです。
 ドイツのシュッツの「クリスマス物語」(オラトリオ)やフランスのシャルパンティエの「真夜中のミサ」など名曲も少なくない。フォークソングレベルでも、キャロル(英国)やノエル(フランス)など、昔から親しまれた歌もたくさんあるようです。

 こうしたクリスマスに関わる音楽の中で、今日最もよく知られ、世界中で演奏もされるのは、やはりJ.S.バッハの「クリスマス・オラトリオ」ではないでしょうか。
 ヨハン・ゼバスチャン・バッハは、しばしば音楽の父とも呼ばれる、バロック盛期のドイツの大作曲家ですが、さまざまな分野で、それ以前の音楽の集大成ともいうべき作品を書いています。
 このクリスマスのための音楽物語ともいうべきジャンルでも、バッハは、最大にして最高の音楽を残しました。


バッハのクリスマス・オラトリオは、第1部から第6部までありますが、その実態は、ヘンデルの「メサイア」のような一つのオラトリオというより、それぞれが一連の降誕物語を下敷きにした6曲のカンタータの集合といったものです。 各カンタータともいうべき各部は、7〜14曲の合唱やレチタティーヴォ、アリアなどで構成されています。バッハの大曲は、既存の自作を転用したパロディによる創作が多いのですが、この曲も、ザクセン選帝侯家のために書いた世俗カンタータ(「岐路に立つヘラクレス」など)が原曲と言われています。

 この曲は、オペラや劇のように物語の筋をたどっていくものではなく、降誕物語の説明と信仰的精神的な解釈やら自由な詩的な部分などが混合したものなので、劇のような筋の流れを期待するとわかりにくく思われるかもしれません。
 しかし、その音楽、合唱や特にアリアの数々はとても美しいものです。
 全体を通して聴くと2時間半ほどかかりますが、もともとは1734年の12月25日から翌年の1月6日にかけて断続的に1部ずつ演奏されたもので、本来は全曲通しで演奏されたものではありません。

すなわち、第1部は12月25日用、第2部が26日、第3部が27日、第4部が翌年の1月1日、第5部が1月2日から5日の間の日曜日(初演の1735年は1月2日だった)、第6部が1月6日と、本来の演奏日が決まっているのです。
 今年から来年にかけては、ちょうどこの曲の初演から270年目ということになります。(来年の最初の日曜日は6日なので、第5部を演奏する日がなくなってしまうので困りますが。)


バッハのクリスマス・オラトリオBWV248の各部は、基本的には合唱曲で始まり(第2部のみ例外)、最後はコラールで終わり、その間にレチタティーヴォやアリア、重唱や合唱曲がはさまれるという形をとっています。

第1部は、「歓呼の声を放て、喜び踊れ」。ヨセフとマリアのベツレヘム帰郷と
小屋でのイエスの誕生までが主筋で、合唱と独唱を支える伴奏の器楽は、トランペットとティンパニ、フラウトトラヴェルソ(現在のフルートの原型)やオーボエ、弦と通奏低音(B.C.)の全楽器のフル編成。
 輝かしく生き生きとした開始曲やアルトのアリア(第4曲)、バスのアリア(第8曲)などが聴き所。

第2部は、「このあたりに羊飼い野宿しており」。羊飼いたちへの天使のキリスト誕生告知がテーマ。器楽のみの牧歌的なシンフォニア(パストラーレ)で始まる。アルトの有名なアリア(第19曲)。器楽は柔らかな音色の木管と弦、B.C.のみ。

第3部は、「天を統べたもう君よ」。羊飼いたちのベツレヘム訪問、幼子イエスとの出会いがテーマ。ソプラノとバスの二重唱(第29曲)、アルトのアリア(第31曲)。冒頭第24曲には再びトランペットとティンパニが加わる。

第4部は、「感謝をもってひれ伏せ」。トランペットとティンパニは省かれるが、ホルンが加わる。アリアは、エコー効果が印象的なソプラノによるもの(第39曲)とテノール(第41曲)。

第5部は、「神に栄光あれ」。ユダヤの真の王誕生へのヘロデ王の不安がテーマ。バスのアリア(第47曲)と三重唱(第51曲)など。最も室内楽的な器楽伴奏。
第6部は、「主よ、おごれる敵の迫り来るとき」。東方の三博士のイエス訪問が主題。冒頭の合唱曲(第54曲)は、トランペット等の加わる堂々としたもの。アリアは、ソプラノ(第57曲)とテノール(第62曲)です。

宗教音楽といっても、有名なマタイ受難曲のような暗い厳かな性格の曲ではなく、とても明るく、音楽的には舞曲的な要素を持った作品なので、聴きやすい音楽だと思います。全曲は長くても、先に触れたように6部ずつ分けて聴けばそれほど負担でもありませんし、私は、バッハの宗教大作の中で、この曲とロ短調ミサが気に入っています。


クリスマス・オラトリオのCDですが、現在4種ほど手持ちがあります。
 カール・リヒター/ミュンヘン・バッハ管弦楽団、合唱団のDG1964年盤の演奏は、まず独唱陣がよい。ソプラノがグンドラ・ヤノヴィッツ、アルトがクリスタ・ルートヴィッヒ、テノールがフリッツ・ヴンダーリッヒ。バスのフランツ・クラッスだけ知らなかったですが。
 器楽も、第1部冒頭など、輝かしいトランペットとティンパニが快い。クレジットを見たら、トランペットに懐かしいモーリス・アンドレの名があった。
 全体にゆっくり目のテンポで、端正で品のある演奏といえるでしょう。それでいて、この曲特有の愉悦感にも不足してはいないところもさすがです。比較的古い録音にもかかわらず音も聴きやすく、長い間、バッハ演奏のスタンダードと目されてきたのもうなずけます。

★★★その2へは[前の記事へ]をクリック下さい。


.
hs9655
hs9655
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
検索 検索

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事