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日本最古の道を山辺の道といいます。奈良から天理を経て桜井へ出る道です。 伊予にある、古い時代の遺跡を結んだハイキングコースが出きていました。 伊予山辺の道とい名付けています。 まず、兄と妹の恋物語から。紀元435年のこと。允恭(いんぎょう)天皇の皇太子,木梨軽太子は同母の妹、王女軽太郎女(かるのおおいらつめ)と許されぬ恋いにおちます。 天皇の後を継ぐことも決まっていましたが、即位するまでの間に、おきた恋物語です。 穴穂皇子が即位することに決まり、軽太子は伊予の湯へ流されるのです, 後を追った妹と ついには心中してしまいます。 古事記には「自ら共に死にたまひき」と書かれています。 心中した二人を共に葬るのが比翼塚です。 軽之神社から竹薮に沿って蜜柑畑を登ると左側に軽太子と軽大郎女への五輪塔が2つ並んでいます。 古いサクラの樹に下に、碑があり、古事記にある相聞歌が彫り込まれています。 「空をとぶ鳥も私の使いですから、私の名を尋ねてください)と軽太子は呼びかけ 軽太郎女は、「待ちきれません。、お迎えに行きます」と応えているのです。 「姫原」という土地は、なにか由緒があるように思えたのですが。訪ねたのは初めてです。 いつの頃からか二人ゆかりの「軽之神社」が出来ました。(比翼塚)が御神体とされています。 土地の人は「ヒメミヤサン」と呼び,4月28日が春祭です。土地の人々はサクラを愛でながら 酒を酌み交わし、二人のことを偲ぶのです。 |

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英さん、おはようございます。。。
天に住まわば比翼の鳥、地に住まわば連理の枝ならん。。
って事ですね^^
古事記おもしろそうですね^^
2007/9/17(月) 午前 6:12
おはようございます。二の姫の物語ですか。駒込吉祥寺のお七・吉三(きちざ)の比翼塚は連想したけれど。知識が古代に偏っていると反省しました。
古事記読み返していますが、最近のコミックにも注目しましょう。
2007/9/17(月) 午前 7:08
英さん、この道は知っています。
山辺の道なんですね〜知らないうちに歩いていました。
十六日桜やロシア人墓地、護国神社など一日で周れますね。
2007/9/17(月) 午後 0:06 [ coffee_mocha ]
こんにちは。若い人はいいなー。全部回ると何日かかるか見当がつきません。近く還熊八幡さんでも、のぞいてみましょうか。
2007/9/17(月) 午後 2:46