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高松ミュージアムで開催された 列島発掘2010の2大テーマについての感想を 求められていました。 文化庁が全国巡回を計画した発掘された日本列島2010 (新発見考古速報)が、この2大テーマを基に 企画、巡回されているからです。 近年、邪馬台国に関連があるとみられる開発調査が 箸墓古墳、纏向古墳など奈良県の各地でおこなわれました。 なかでも纏向古墳から整然と並ぶ、巨大な建物群が 認められ宮殿ではないかとされました。近くにある 箸墓古墳が卑弥呼の墓地だとする従来の意見と 相まって、一気に邪馬台国畿内説が頭をもたげてきました。 近くにある史跡三雲、井原遺跡は奈良時代の大規模な環濠集落であり、 邪馬台国の伊都の国に比定されていること、 纏向遺跡の発掘では東海から南九州までの土器が大量に 出土し、人々の流れがあったことが予想されることも、 畿内説の後押しをしています。、 一方、九州説の根拠となるのは、吉野ケ里遺跡、 須玖遺跡群でしょう。 奴の国の王都とも言われる須玖遺跡群は春日地方の 丘陵一帯にあり、弥生時代の大規模な遺跡群で 福岡平野のなかで最大の大規模であると同時に すばらしい生産能力を持つことも重要視されて います。 吉野ケ里は数多くの甕棺が埋葬されたほか、 物見に使ったとされるやぐらがある遺跡です。 しかし、 纏向遺跡が立派な宮殿とされても、 そのまま、邪馬台国と結びつけるには、資料不足です。 これで結論がでるわけではないという意見が学者の間でも 多いので、あと、数カ所の開発、資料待ち状態が続くでしょう。 写真 邪馬台国と周辺各国を想像して地図に書き込むと こうなります。 近畿圏域では特定出来ないので、ざっとしています。 明日香村の高松古墳から、ほぼ完全な状態の壁画を 発見したのは、昭和47年の春。男子群像と女子群像の 彩色がとても美しく、世紀の大発見といわれました。 厳密に言えば玄武、白龍、青龍が加わります。 11年後キトラ古墳の壁画が見つかりました。 南壁に朱雀、北壁に玄武、天井には星宿図です。 朱雀は盗掘の影響でか十分見ることが出来ません。 鎌倉時代の盗掘孔からファイバースコープを差し込んで 研究を続けたのですが、急激な環境の変化とカビに よる被害が出始めました。被害を食い止めることが困難になったので 保存のための方針が練られました。 平成16年になって石室の壁画を全部取り外し、 温度、湿度管理が出来る部屋に持ち込み、修復することに なりました。 写真 女子群像の現状です。鮮明さはなくなり ぼんやりとしか見えません。これ以上良くなることは ありません。 (3) この展示会にも出展されていますが、狭い石室から 安全に壁画をはぎ取る方法について、模型を作り 実験を続け、最善の方法で、古墳の外に持ち出しました。 10年近い年月が流れた今、二つの古墳から持ち出された 壁画は、年に1度か2度公開されています。 写真 石室移動の練習用模型です。 発見してもう40年近い時間の流れを止めることは不可能 だったのです。 これ以上、悪くはならないだろうとしか言えないのです。 千年以上、暗黒の中に置かれた壁画が、日の目を見ると 同時に傷みはじめたのです。 今後発掘される壁画があるならば、記録をとどめたあと
盗掘孔を閉じ、閉塞するのがベターだという意見が ありました。そう思います。 |
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{邪馬台国はどこなのか!}〜関心を持っている一人です
{盗掘孔を閉じ、閉塞するのがベター}
素晴らしいブログ拝見 有難う!
MY Web log 御訪問 感謝致します 今後とも 何卒宜しく!
2010/12/23(木) 午前 11:53