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一生のうちでマイハウスを新築することは何度もあることでは ありません。 親戚で棟上げが始まると、噂でもちきりです。 「披露宴に呼んでくれる。ほして何時やるの」うるさいのですが、 むげに却下することも出来ません。 (1) 21日(土曜日)は大安ではありません。が、近代人は気にかけません。 自分ら夫婦がそろって休みの日を選択するようです。だから 21日になりました。 わが夫婦と家内の姉と、妹夫婦、私の娘二が集まりました。つい先頃までは サケを飲む会に欠席する男も女もいませんでしたが、 今回は、一番上の姉の主人が欠席です。定年を控えた息子が相談に 帰省中なので、しかたありません。 家の外観は(1)の通りです。 松山市の岩崎町。高級住宅地です。 (2) 我が家にはありませんが俗に言う42インチ。そう。横長の ハイビジョンです。 高校野球の決勝戦が始まり、じっくり観戦したかったのです、 乾杯が少し早かったので、歓声のたび、振り返るたびに得点が追加されていて、 ろくに見ていません。 飲むか見るかどちらかハッキリしないと二兎追うことになろとわかっているのです、 ついついビールの冷えが加減が気になってしまいました。 だが、興南の闘志には頭が下がります。 テレビの画面を見た時には大量リードされていたのに、終わってみると 興南勝利の図式でした。連覇という極めて難しいワザを簡単にやってのけた ように思います。 リビングの隅に作った即席の和室にテーブルる並べて開式です。 小さいテーブルを並べ、周囲に座布団を置けば、参加者の収容は終了します。 万能の部屋として使えること。大事なことなんですね。痛感しました。 古いアルバムが出てきました。若い世代には誰が誰やら検討がつきませんが 興味津々。集まってきます。「ヘー、オヤオヤ」反応はそれぞれに違いますが、 近親の一人と認識したことは間違いないでしょう。 砥部焼のコーヒーカップを引き出物にいただきました。
元気で過ごしてもらいたいものです。 |
夏の出来事
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昔流にいえば散髪なんですが、犬のトリミングも 時間がかかります。シャンプーではじめて 毛並みの刈り込み、爪の手当などがあるので、 タップリ2時間かかります。 サッパリしてお帰えりです。 全体に短く刈られているので、一回り小さく なった感じです。 リボンも2つ、ついていました。 身軽になったせいか動きがずいぶん 軽やかになったようです。 私でも、散髪したあとは、ハイになり
弾んでいるように思いますから当然でしょう。 |
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雨が多かったお盆ですが、15日に終わりました。 終戦記念日。全国戦没者慰霊祭が行われる中、 高校野球の熱戦が続きました。 恒例の出来事ですが、選挙が加わって あわだだしい中のお盆でした。 来年のお盆には、国民のためになる政治が、行われている ことを望んでいます。 互いの悪口を言い合うばかりでなく。成熟した政治家と して、日本のために努力してほしいのです。 わが家の送り火は、ご先祖様方にそうめんを供えた あとの行います。 16日はヤブイリ。どう過ごしましょうか。
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(1) 家内の実家からゲンペイカズラをもらって来ました。 お盆には、玄関先でお客さんを迎えています。 ゲンペイクサギともいいます。 正しくはクマツヅラ科 クサギ属。 ネットの通販サイトでは、「つる性の低木で、 枝先に花をつけます。花びらは赤色がくは白色です。 この対比により名前が付けられました」と説明しています。 葉が斑入りになるフイリゲンペイカズラや、 がくが桃色になるベニベンケイカズラもあります。 (2) 日当たりが必要だということなので、当分の間、 昔使っていた火鉢の底に穴を開け利用することにしました。 サイズがこの木には最適です。 秋口までは戸外の明るい日なたに。寒さには弱いので
冬は室内の中に置くつもりです。 |
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東温市の拝志小学校から上村にかけて、俗にいう森松街道沿い 約2キロの間に四つの神社が並んでいます。 片山神社、築島神社、船川神社そして徳川神社です。 祭神も由来もそれぞれ違うので、独立した神社なのでしょうが、 気になります。1社ずつ歩いてみます。 今回は、平成16年東温市の有形文化財に指定されている 船川神社です。 上村大橋を渡り、右に行けば森松へ、左に折れると 横河原に向かうので、よく通った道ですが、 ここに、お宮があるとは全く気がつきませんでした。 神名石の側にあざやかな朱塗りの欄干が目につきます。 橋の上から拝殿を望むと狛犬の向こうに 拝殿が見えますが、ごくありきたりの神社に見えます。 ところが、本殿に回ると。すばらしい彫刻が並んでいます。 (3) (4) 鳥居の下の説明板に由来の説明を略して、彫刻の説明に 入ります。 明治12年、棟梁武智八郎。高田貞治郎の手により 建立されました。 春日造りの形式です。 本殿には随所に彫刻が施されています。 地元の友澤彌三郎が晩年に力を振るった傑作とされます。 中でも、籠彫は傑作と言われます。 網状に仕上げた籠の中に、いろんなモノが入っている状態を 籠彫りと言います。 ほんの一部ですがご紹介しておきます。 初めが象鼻と籠彫。 松山北梅本の自衛隊駐屯地の下にある、日吉神社に残る 彫刻も彼の作品です。 (6) 境内には、小さい祠が並んでいるのは当然ですが、 一つ一つの祠に、神社名と祭神をプリントアウトして キチンと貼りつけてあるのです。 宮司さんの気心をうかがい知ることが出来ます。 句碑がありました。野首杯子翁という人の句で 昭和41年に当時の県知事久松定武酸を迎えて落成の式を あげています。酒井黙禅と交流があったということは わかりました。「遠山の雪を見て掃く」からあとの 二文字が読めません。半日かけて縁者を捜したのですが わかりませんでした。写真をアップしますので、 どなたか読んでください。 |





