うたかたの思い

人生最後の坂道を歩んでいます

おじんの目

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 ?H3>白梅が大きくなりました (1)
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2006年の4月、松山市堀之内から現在地に移転した
四国がんセンター。地域のがん医療に努力中です。

敷地内に植えた白と紅のウメが随分大きくなり
一面に馥郁な香りをばらまいています。

?H3>1週すれば800メートルあります

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バベ樫を植え込んだ外周の石垣沿いに歩くのが
私の散歩道です。約800メートルあります。
周回800とわかれば、散歩の距離も都度修正できるので
気に入っています。犬も一緒に思いますが嫌がります。

?H3>敷地内には伊予の細道と句碑

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当然、敷地内の1週コースも、それに近い長さがあるわけで
患者さんの散歩道に整備した「伊予の細道」には
果樹や草花を植え込んでいます。
病院側は
少しでも自然のよさにふれていただき、
癒やしと潤いを提供できればといっています。

フジ棚があったり、ミニチュアの句碑があったり
患者さんでなくても、それなりに楽しめます。

ミュージカル正岡子規

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昨年の4月3日から東温市の坊っちゃん座で
ロングラン中のミュージカル正岡子規は
3月末が終演だから最終段階に入りました。
見学してきました。

  === なぜ今、子規なのか ===  

劇中歌を聞けば、ある程度、理解できると思うのです。
終わり近く、子規役の近藤真行が唄います。

   命果てても 人の心は 人の心面影残す。
   嘆きはやがて 空にのぼり 思い出だけが 人を包む
   生きたあかしは 誰も消せない

正岡子規、俳句の改革を試み、ありのままに写生します。
肺病から転移した脊髄カリエスを患い、激痛に、もだえ苦しみながら
自分の意思を曲げず壮絶に生きようとした男です。

病いに臥せつつ『病床六尺』を書きましたが、わずかの感傷も暗い影もなく、
死に臨んだ自身の肉体と精神を客観視し写生した優れた人生記録で、
今でも読まれています。

死を見つめる子規は、この部屋から庭を眺め、宇宙を作り上げます。

機械文明に押し流されようとする現代社会の中で人類はこのままでいいのか。
もっと自然を見つめ、循環する一切のクウキを身中にとりいれることは
できないのか。改めて、子規の人生観と歩んだ道を記録しておきたい。
制作の意図はこのあたりにあるのでしょうかな。

 ?H3>ミュージカル 正岡子規

冒頭、ベットの子規の周りで、死神どもが乱舞します。この男は何故くたばらないのか。
手下は言います「最近始まった17文字のマジナイのおかげで往生しないのです」それは俳句だというのです。
「17文字のマジナイ」とは何だ。秘密があるに違いない。さっそく探りにかかります。

ジェーム三木という人


このミュージカルの脚本、作詞。演出を手がけた人です。
坊っちゃん劇場開幕以来のミュージカルは、すべて三木さんが担当しています。

私は、30年近く前、今治市で勤務していました。
市内で居酒屋を営む女将と知り合いました。

女将さんは年をとったお母さんを喜ばせるために、偽りでもいいから
結婚式をあげたい。ドレスを着る私の相手役で、お婿さんを探していると話していました。

この気持ちを受け止め、白いタキシードで東京から乗り込んできたのは
ジェームス三木さんでした。
ホテルで式のまねごとをすることになり、今治在住の知人は、来賓として
出席、花束を捧げることになるのです。
いやな顔一つしなかった三木さん。
偉い人なんだ」という印象が消えません。

?H3>松尾芭蕉と子規が対面

子規が近づいた子規の病床を松尾芭蕉が訪ねます。
びっくりです。
そのシーンの中で、
芭蕉の句 荒海や佐渡によこたう 天の川について
子規は俳句は写生でなければならないと持論を崩しません。

芭蕉は、子規死直前の句 糸瓜咲て痰のつまりし仏かなについて
議論を吹っかけますが、写生であるべきだと言い切ります。
子規の考えは、死の直前になっても、変わりませんでした。

子規、芭蕉ご対面の架空場面をつくり強調したかったのだと思います。

子規が生前、見たかったのはサーカスとか、自転車競技だとか、ライオンも
含まれていました。
弟子たちとの会話の中で出てきたのですが、作者の気配りだと感じました。

食のための民具展

東温市歴史民俗資料館で展示中です。どこかの商家から
まとめて寄付されたものでしょう。種類も、数も多いので
紹介することにしました。


懐かしいものばかりが集合しました。揃って集めるのは
困難なものばかりです。

?H3>本膳からはじめます (1)
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この展示会のメインは本膳の陳列になりましょう。
道具が散らばって行方不明のものが多い中で、よくそろっています。

本膳とは冠婚葬祭にかかわる会食で利用される膳のことを言います。
家の格によって膳の数はマチマチですが、本膳ともなると3から5の膳が並びます。
はじめに出る膳を本膳と言います。

手前にあるのが角樽。酒の容器ですが普通の角樽は白木。
めでたい席には漆をかけて樽を使いました、一升樽です。

足の形が違うのに気づかれましたか。
蝶あし、ネコ足、銀杏足などがあります。
本膳より少し低い四足膳のことです。

この席では、左の三膳が主賓用にしつらえています。
皿に料理や菓子んどを並べます。

現代の感覚で、復元した祝い膳の献立はこうなります。

先付御祝肴】 紅白なます 床節旨煮子持昆布 
        衣かつぎ雲丹焼
        春子鯛手毬寿司 
        焼栗(揚芽くわい)
        車海老芝煮 花蓮根
【御吸物】 蛤潮仕立 紅白色紙大根人参、粒椎茸、
      芽蕪、木の芽、金箔
【御祝灯籠造里盛り】 まぐろ、天然鯛、白烏賊、平貝、赤貝、祝い妻、山葵
【家喜物】 子鯛塩焼 菊花大根(はじかみ)酢立
【多喜物】 海老芋 昆布巻 壬生菜 柚子
【寿の物】 ずわい蟹奉書巻
       針菊、正姜、土佐酢
【御食事】 赤飯 胡麻塩
【香の物】 三種盛り
【御留椀】 赤出汁 結び三つ葉
【水菓子】 フルーツ盛り


 ?H3>羽釜はいろいろな」サイズがありました (3)
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普通の家庭で使ったのは一升炊き。商家など使用人の多い
所では五升炊きを使ったようです。

  

蒸籠、豆腐箱、もろぶた

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懐かしいものばかりが集合しました。揃って集めるのは
困難なものばかりです。

蒸籠は蒸し物に、自家用に作った豆腐をいれる箱、
もろぶたは、ついたばかりの餅を並べて乾燥、保存するために
使いました。

 

箱膳からちゃぶ台へ

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一人用です。食事が終わると、茶か湯で食器をゆすぎ
そのまま箱の中にしまいました。洗うのは月に一度くらい
でした。主人と使用人には身分の差が、あったので
同じ食卓を使う訳にはいかなかったのです。

ところがこの時期、画期的な起こります。
ちゃぶ台の普及です。
ちゃぶ台は飯台の一種で、中国の卓袱台、西洋のテーブルから
ヒントを得て家族が畳に座って使えるようにしました。
家族が同じ食卓で食事するようになったのは、身分の差がなくなり
生活様式が大きく変化しました。


 ?H3>弁当箱の変遷 (10)
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弁当行李(ごうり)、薄くしたヒノキ、スギなどを曲物にした
わっぱ。昭和に入ってからアルミニューム制が市販されましたが
耐久性がないので、表面を皮膜加工したアルマイトの弁当箱は
人を集めました。

椿の苗木3本がお輿入れ

 ?H3>旧正月が終わったので

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松山市が市の花に制定しているのは、ツバキです。

寒さに凍てついた道後平野東部の東温市でも、
旧正月が終わり、気候もどうにか落ちついてきたようです。
サクラが咲くのは待ちきれません。
先週、わが家の庭にツバキの苗木3本が持ち込まれました。

 註:ワビスケです。

?H3>紅ワビスケ 濃紅色の赤蓑 外国ツバキ

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詳しく説明するには資料不足。また椿オタクでもないから
きわめて大まかに報告すると、中見出しだけで十分。
それに、立派な花をつけてから、栽培の注意も添えて
報告するのが最上と思うので、今日は植え付けの
報告だけにとどめます。

農協ストアや園芸店で買い求めたものです。

 註:これは外国産の最新花だといいます
   もう1本は取り扱い不注意で、ツボミをなくして
   しまいましたのでご勘弁を。

?H3>松山と椿花との関連

昭和47年、松山市は市花として「つばき」を選びました。
596年聖徳太子が道後に行啓された時の金石文に
「温泉の周囲には椿の樹が茂って温泉を取り囲み実にたくさんの
キヌガサをさしかけたようにみえる」という意味の句があります。
石碑は現存していませんがこの碑文の由来からヤブツバキが選定
されたのです。

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?H3>小津安二郎とは

あまりにも古〜い昔の話なので、少々解説が必要でしょう。

大正12年 3月に上京し松竹キネマ蒲田撮影所に入社した映画監督です。
初めての大ヒット作は昭和16年の「戸田家の兄妹」。戦後は『長屋紳士録』で復帰。
昭和24年の『晩春』で小津映画を貫くスタイルに到達したといわれました。
小津作品の特徴といえばローポジションと切り返しといわれる編集技術です。
地面ギリから撮影する独特なカメラアングルなのです。
切り返しとは対話するふたりとかけらを結ぶ三角形の頂点かAB交互にアップを
撮る。会話ごとのアップを繰り返すことをいいます。

以後、『麦秋』『東京物語』などの名作を立て続けに発表し、興行的な成功も得て、
日本映画界の重鎮となります。この時期の多くの作品は野田高梧との共同脚本であり、
原節子や笠智衆などをメインキャストとしています。

?H3>今 氾濫する格安DVD

このところ、格安のDVDが氾濫しています。洋画でも邦画でも
著作権消滅による、古い映画を再編集したDVDを1枚500円を切る
価格でお手軽に見てくださいという編集意図が奏功して売れ行き順調の
ようです。
日本の映画監督で筆頭という人気を誇る黒澤明の作品をDVDに再編集して
ボックス販売したこともあります。羅生門、7人の侍、野良犬、生きるなど
を作品が10枚以上入った価格が、庶民のくろさわファンにとっても
手が届か無かった高額であったため、爆破的な人気は出ませんでした。

そこで、小津安二郎没後50年と、格安DVD時代をセットにして
全集発売の計画が出たのでしょう。
発売されたことは聞いていました。だが、値段のことまで取材出来て
いませんでした。
何気なくのぞいた書店で、DVDコーナーの小津安二郎全集を見つけました。
値段派と見ると、1980円。買わないという選択はありませんでした。
格安でなければ、1セット1万300の値がついています。

 

小津安二郎全集の中身


順不同になりますがご紹介します。

戸田家の兄弟、麦秋、晩春、父ありき、風の中の牝鳥、一人息子、
お茶漬けの味、長屋紳士録、東京物語 以上9点。

早速、見ているのが東京物語です。笠智衆、東山千栄子、原節子らが
生き生きと動いているなかで、ローアングルの撮影が続きます。

ちゃぶ台に並ぶ家族の表情をとらえるため、たたみに直接置ているのでは
ないかと感じるほどカメラ位置は低いのです。
親子二人がちゃぶ台を囲んで、ビールを飲むシーンでは
切り返しがふんだんに使われています。
笠と東山の二人が熱海海岸の堤防に腰掛け時々言葉を交わしている姿も
ローアングル。小津安のすべて・・・。

彼の作品は1927年懺悔の刃から1962年秋刀魚の味まで54作にのぼります。

私も、映画には目がない青春時代を送りました。が、全集の中で見たのは
ただの1本。麦秋だけなんです。
この9本を何日かけて見るのか。思うだけでニコニコです。

実は私、10日が81回目の誕生日。いいプレゼントをいただきました。

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