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羽田発 札幌行きの最終便まで十分に時間があり
思い切って横浜まで足を伸ばして夕食を食べに行きました
何を食べようか シヨーウインドーを覗く度に お腹の虫が鳴きます
大きな旅行カバンを引きずって
お店を品定め?
仲通の方が 面白そう (#^.^#)
若いカップルがアイアイ傘で・・・
北京ダックがなんと食べ放題 \(~o~)/
迷ったあげく 大衆食堂へ Go (#^.^#)
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旅へ
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川越と言えば つけ麺か うなぎ
ホテルのすぐそばに つけ麺のお店がありましたが昼時間帯の営業のみ
タクシーの運転手さんに夜間営業のお店を紹介され食べてきました
(タクシー往復約¥3.000・・・夕食は鰻にすればよかったかな (#^.^#))
隣の席では メガガンジャラーメンを食べていました
そのボリュームの多さにはびっくりします とにかくでかい
辛つけ麺 ¥850
玉子焼 おはな OHANA
お店の名前は、ハワイ語の家族の意味
小江戸 川越 時の鐘の近くの卵料理のお店で昼食
このお店もTVで紹介され行列のできるお店でした
(蔵造りの町並みと大正ロマン通りの間にあって山崎美術館の隣です)
地養鶏の極上親子丼 ¥950
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徳川家ゆかりの天台宗寺院
川越大師 喜多院を旅しています
寛永15年(1638)1月の川越大火で現存の山門(寛永9年建立)を除き堂宇はすべて焼失しました。
そこで3代将軍徳川家光公は堀田加賀守正盛に命じてすぐに復興にかかり、江戸城紅葉山(皇居)の別殿を移築して、客殿、書院等に当てました。
家光誕生の間、春日局化粧の間があるのはそのためです。
その他慈恵堂、多宝塔、慈眼堂、鐘楼門、東照宮、日枝神社などの現存の建物を数年の間に相次いで再建し、
それが今日文化財として大切に保存されています。
(記事はHPからおかりしました)
拝観料を支払い 客殿 徳川家光誕生の間・湯殿・厠:書院 春日局化粧の間を見て回ります
残念 写真撮影は禁止、廊下からお庭の撮影は許可されました
慈恵堂
慈恵堂は、比叡山延暦寺第18代座主の慈恵大師良源(元三大師)をまつる堂宇です。
大師堂として親しまれ、潮音殿とも呼びます。裄行(たけゆき)9間、梁間(はりま)6間、入母屋造りで銅版葺。
現在、喜多院の本堂として機能し、中央に慈恵大師、左右に不動明王をお祀りし、毎日不動護摩供を厳修しています。
川越大火の翌年、寛永16年(1639)10月に大火以後、いち早く再建され、近世初期の天台宗本堂の遺構として貴重なものです。
昭和46年度から4年間にわたり解体修理が行われました。天井に描かれた数々の家紋は、その際に寄進をされた壇信徒のものです。 (記事はHPからおかりしました)
慈眼堂(国指定重要文化財)
慈眼堂は、慈眼大師天海をまつる御堂です。天海僧正は、寛永20年(1643)10月2日寛永寺において入寂されました。
正保2年(1645)に徳川家光公の命によりこの御堂が建てられ、厨子に入った天海僧正の木像が安置されました。
建物は、裄行(けたゆき)3間、梁間(はりま)3間の比較的小さな御堂で、屋根は中央から四方の隅へ流れる宝行(ほうぎょう)造り、本瓦葺(ほんがわらぶき)。
小高い岡の上にあり、この丘は7世紀初頭の古墳を利用しています。昭和30年度に部分修理が行われています。
(記事はHPからおかりしました)
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川越の観光名所の中でも、ことのほか人気の高い喜多院の五百羅漢。日本三大羅漢の一つに数えられます。
この五百余りの羅漢さまは、川越北田島の志誠(しじょう)の発願により、天明2年(1782)から文政8年(1825)の約50年間にわたり建立されたものです。
十大弟子、十六羅漢を含め、533体のほか、 中央高座の大仏に釈迦如来、脇侍の文殊・普腎の両菩薩、左右高座の阿弥陀如来、地蔵菩薩を合わせ、全部で538体が鎮座しています。
笑うのあり、泣いたのあり、怒ったのあり、ヒソヒソ話をするものあり、本当にさまざまな表情をした羅漢様がおられます。
そして、いろいろな仏具、日用品を持っていたり、動物を従えていたりと、観察しだしたらいつまで見ていても飽きないくらい、変化に富んでいます。
また、深夜こっそりと羅漢さまの頭をなでると、一つだけ必ず温かいものがあり、それは亡くなった親の顔に似ているのだという言い伝えも残っています。 (記事はHPからおかりしました)
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※ コメントをいただいておりますが
お返事が遅れておりますことご了承ください。
小江戸 川越を旅しています
歴史と文化の町川越。数々のお寺や神社、博物館、美術館など
一日では回りきれない観光名所がいっぱいです
障害物の電信柱が撤去され蔵造りの町並みに観光客でいっぱいです
小江戸の町に今も時を告げる「時の鐘」。
情緒あふれる蔵造りの町並みにひときわ高くそびえる川越のシンボル「時の鐘」。
城下の頃の面影を残す建造物で、江戸時代初頭から城下の町に時を告げ、庶民に親しまれてきた時計台であ
「菓子屋横丁」
色とりどりのガラスが散りばめられた石畳の道に、22軒の菓子屋・駄菓子屋がひしめく
川越の有名なスポット「菓子屋横丁」
素朴で昔懐かしい味を今に伝える菓子作りの店が立ち並び、一歩足を踏み入れると、
誰もが子供に返ったような気分になってしまう。
醤油の焼ける香ばしい香り、ニッキやハッカ飴、駄菓子やだんごなど、
昔ながらの手法で作られる飴菓子・カルメ焼きなど、
思わず「あっこれ!」と言ってしまう駄菓子の数々…。
百円玉を握りしめ、あれにしようかこれにしようかと頭をひねった幼い頃を思い出す大人も、
駄菓子をあまり知らない子供も世代を超えて、誰もがワクワクしてしまうような場所である。 『記事はHPからお借りしました』
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