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いたたた・・タイ
2016・12/16−100万アクセス突破”皆さま感謝★★★★★★★★★☆

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先ずは前々回、郷里の生家の八重桜楊貴妃が開花寸前、15日の母の納骨式には咲くのではと書いたが・・

ご覧のように開花したのでご報告申し上げ候。




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■どうです樹齢70年大輪の八重姥桜のアップ。

いかにも楊貴妃の名に恥じぬ妖艶華麗な花でしょう☆☆☆




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■序でに納骨式後、自宅での兄弟妹3人の食事風景・・

八重桜同様これが見納めになるやも知れずと記念に・・☆。


妹の旦那Yu氏が撮影。





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■序でにお墓の写真も貼り付けて置きましょう。


背後のお山は郷里の最高峰覗(のぞき)山、標高121m☆。


 


+


イメージ 5東京に帰ったのは16日夜で、17日はブロ友ぼそっとさんと雨の上野で愉しいオフ会だったが、本日18日記念すべき出来事があった。

それが左の写真、そうです4年ぶりに自転車に乗ったのです。

私がバイクを買ったのは自転車が壊れた703ヶ月前の2013221ですが、以来すべてバイク移動、この間事故多発&ツーリング記事が当ブログ更新の原動力となってきたことはご承知の通りであります。

また2年前の脳梗塞後も自動発進の利便さもあってバイク乗車は不変、自力走行の自転車は怖くて不安でこの4年間乗るのを避けてきた。

イメージ 6しかし、バイクの無い日本に来ると当然杖突き歩行一本となるが、平衡感覚失調のヨタヨタ歩きゆえ疲労度は酷く、右往左往往生してきた。

そんな中本日もアササンに出たが、自転車で颯爽と私を追い越していく爺さん婆さんたちを見ていると・・

バイクに乗れるのなら自転車だって乗れるんじゃないか、要は足を動かすか動かさないかの違いだけジャン☆

と本日は陽気もイイし・練習して見っかとなったのである。

すると最初乗るときはふらつく不安があったが・・漕ぎ出すとバイクと一緒・何の不安も霧散霧消して街を一周・・・帰宅して奥様に撮って貰ったのがこの2枚の写真である。

ともかくも4年ぶりの自転車走行は気持ちええですなあ・・運動にもなってチェンマイでも自転車又買おうかなあ。

とりあえず明日はタクシーに変えて自転車で病院にいこう。

























ちゃんちゃん
 

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ここんとこ自転車の後輪が不安定で揺れながら漕いでいたが、そのせいか昨日は3回にわたってチェーンが外れ、お手々は真っ黒けとなった。
 
これはたまらんといつもの爺さんチャリンコ屋に行ったが、どうやら見放されたようでマイダーイと拒否された。
 
仕方なくチャンモイ通りの専門店に行ったが、私の骨董自転車を見ただけで金にならぬと一瞥、お客も多く1時間も待たされた挙句500バーツと吹っ掛けられて自転車と決別することにした。
 
前々から6キロも先のサンパリアンプールや5キロのスーパー真っ黒への往復が苦痛になっていた折、これを機にバイク購入を決心したのである。
 
 
善は急げで急遽4万バーツを下ろし、本日来るタイ語のセンセにお願いしてバイク屋へ出かけた。
 
最初は板さんに紹介された領事館近くの大きなバイク屋へ行ったが中古でもオートマは4万B台後半と高く、結局フェイケオ通りのヤマハ店へいった。
 
センセのバイクがヤマハで家にも近く、バイクに詳しい恋人のファランSさんもやってきて品定めしてくれた。
 
 
 
 
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その結果購入したのがこの中古バイク、ヤマハフィオレ、正確にはスクータでオートマ・ガス使用も可、走行距離は6千キロ、値段は3万8300バーツ(約12万円)であった。
 
早速午後近くのサンパコイ市場まで買い出しに行った、やはり自転車よりはウンと早いが、一方通行の多いチェンマイの道はバイクは大回りしないとダメで往復時間は自転車と大差は無かった。
 
ところで私がバイクに乗ったのはかれこれ50年以上前の高校時代以来だが、当時は父のバイクを借用もちろん無免許で、2度ほど田んぼに突っ込んだ記憶がある。
 
それ以降は飲酒運転でしょっちゅう人身事故を起こしていた父のトラウマから車の免許すら持たず、以来50年間無事故のチャカヤーン生活を送ってきた。
 
てなわけでこれからタイでのバイク生活が始まる、だが飲酒運転が日常茶飯事の当地ゆえいずれ事故は起きるような気がするが、♪先のことなど分からない・・ケセラセラ。
 
 
 
 
 
 
 
 
ちゃんちゃん

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昨日朝太郎さんから「最近自転車の話が出てきませんね」のコメに対し、「自転車の話あるんですが、どうもタイ人の悪口になりそうで」と返コメしたが、本日は早速その悪口とやらを書いて見ようかと思った次第・・。
 
あれは一週間ほど前の話、朝9時過ぎだったかプールに行こうと自転車に乗ったがパンク!。
 
チキショー!つい45日前にパンク直ししたばかりじゃないかと嘆きつつ自転車を押して12分、いつもの爺さんの自転車屋へ出かけた。
 
この店以前にも書いたようなと過去ログを調べるとあった、去年の412日ギョギョギョッー!同じ命日じゃないか。
 
あの日は自転車の解体修理で半日がつぶれた「○の悪い一日」→http://blogs.yahoo.co.jp/hsm88452/42797552.htmlとなっていた。
 
イメージ 3さて今回は如何にと持って行くと爺さん、タイヤの亀裂を見せてもう古いから新しいのと交換するかと云う。
 
私も擦り減ったタイヤは先刻承知、この際替えた方が良いと判断、了解した。
 
前回は解体修理のため時間が掛かったが、今回はタイヤ交換だけなら1時間もあれば大丈夫だろうと見学待機することにした。
 
ところが今回もあっという間に後輪を取り外してからリームの点検と交換、何だかこの前と同じような解体修理が始まった。
 
×    ×    ×
 
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この時点で本日のプールは諦めたが、11時過ぎ2時間経っても終わりそうもない。
 
しびれを切らした私は暑い中付近を散歩、マッサマンカレーの店を探しに出かけた。なおマッサマンカレーについては「世界一美味しい料理」→http://blogs.yahoo.co.jp/hsm88452/43905351.htmlで紹介。
 
収穫も無く再び戻ってきたのが11時半頃だが、爺さんの姿が見えない!!!。
 
いったいどこへ行ったのかと見渡すと奥のテーブルで婆さんと一緒にキンカーオ(食事)して居るではないか。
 
勿論私の自転車はそのまま放ったら可視である。
 
カッと来た私は日本語で「イイか原子炉(いい加減にしろ)・・いつまで待たせるんだ、飯は終わってから食えばいいだろう!!!」と怒鳴った。
 
すると婆さんキンカーオマイ(飯食っていけ)、冗談言うなレオレオタムガーン(早く仕事しろ)といったものの、平然とした二人にあっけにとられるばかり。
 
そういえばコチラ(客)の注文を放っといて自分たちの昼食を優先して作っていた日本食堂のタイ人もいたなと思いだす。
 
悠々と昼食を終えお茶をすすって出て来たのが12時前、やっとタイヤ交換が終わったのが12時半。
 
終了のハズだが爺さんアチコチニ油差したりタイヤを回したりとモソモソ、タオライ(なんぼや)?というとモジモジ・・そこへ婆さんが紙を持って登場。
 
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新品タイヤだから250バーツ、これはしょうがないにしても隣りに100バーツとある。
 
これは何だというとどうやら手間賃か修理代のつもりらしい、マイアオ・ペェーン(払わない高すぎる)!!!
 
後はどれだけ待たされたと思うかこんにゃろーと日本語で拒否、250バーツだけ渡してアバヨと帰った。
 
つまり爺さんは350バーツは高すぎるとモソモソモジモジ言い出せなかったが、因業婆さんが食事の際アタシに任せろあの日本オッサンからふんだくってやるとの談合があったに違いない。
 
とまあ予想通りタイ人の悪口になりましたが(笑)、こんなケチな婆さんは中国系タイ人に違いありません。
 
上の婆さんの写真は、前写真の黄枠から婆さんの顔をカットして拡大、これが因業婆ァの実像でござんす。
 
 
 
 
ちゃんちゃん
 

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一昨日は冷雨、昨日も午前中は曇天で出る気も失せ「末の松山波こさじ・・」を調べて過ごした。

本日は晴れ、午前中にソンクラン(タイ正月)の模様をと自転車でカメラスケッチに出かけた。

つまり午後は町中狂乱の水かけ祭りとなるのを避けたのである。 

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それでもこの通り、ラーメン屋のネエちゃんが出てきて見事トクトクを轟沈!


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お堀端では水かけ一家が場所取り,ついでにもうびしょびしょ・・


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私はそれらをやり過ごし旧市街のとあるお寺ワット・パンパーンに入った。

どのお寺でも正月には菩提樹の周りに樹皮を剥いだ生木が立てられている。

中には黄色に塗った木もあり、マイカムポーというらしいがお釈迦さまの化身とされる菩提樹が倒れないように支えるのか知らん。


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寺の一角で人が集まっているので行ってみるとナニヤラ水かけの儀式をやっているようだ。

老若男女否、男や若い人はほとんどいない。


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見ると左側にバアサマたちが座って右側の中年以下のオバハンたちが花を供えてジャスミン入りの聖水をバアサマの手に掛けているようだ。

長生きしたバアサマにタンブンして徳を分けてもらおうという魂胆だろうが、何故ジイサマはいないのだろう。


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ワットパンパーンから直進、チェンマイ水かけ祭りの中心ワットプラシンへ向かう。

この寺にはご本尊のシヒン仏というありがたい仏さまがソンクラン中だけ玄関前にお顔を見せ、皆がそれを目当てに水かけに殺到するのである。


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私は水も掛けずに自転車でうろついていると、オッとカッコイイ車を発見!(click拡大)。

お寺の旗があるのを見るとこのお寺の大僧正の御車であらせられるや・・


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いったい何て車だろうと近づいて見るとヘッドの飾りが凄い、竜の首と金の尾を持つ不死鳥フェニックスだろうか。

車名はVAUXHA_LL(ボグソール)でイギリスのメーカー、創業1857年、1925年にGM系列に入ったが現在はイギリス以外では生産されていないという珍車であった。


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ワットプラシンからワットチェディルアンを経てワットジェドリンの世界一高いという砂の仏塔へ来た(click拡大)。

お寺からの帰途お寺の砂が足や靴に着いて持ち帰るため、ソンクランに砂に幟をつけて返却するのだそうでこのような姿になっている。


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旧市街を出た南郊の場末の往来ではジャイアンとスネオ、のび太の三人が水かけをやっていた、だがドラえもんはどこにもいなかった。


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その往来をさらに行くとチェンマイで一番早い火炎樹がもう燃え始めていた(click拡大)。



ちゃんちゃん

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帰国4日目、もっぱら自宅近辺を自転車で回っているが、タイと比べて明らかな風景の相違は老人と自転車が多いことである。

タイでは老人はいないわけではないが人の数から言うと明らかに少なく、散歩する老人も遊んでいる老人もほとんど見当たらない。

それに比べて日本は昼間の街は老人だらけ、先日近くの複合商業施設アリオに映画を見に行ったが、どこもここも年寄りだらけの中にちらほらと保育ママやオバハンたちが混じっている感であった。

奥様の話では暑いこの時期は狭い家に居るより冷房の効いた広い場所に集まるのが当然といってたが、老人大国日本の現実をまざまざと見る思いであった。

×    ×    ×

街歩きの最も主な交通手段は自転車で、先のアリオやスーパー・コンビニの周辺は自転車だらけとなっている。

ところがタイでは自転車は極めて少なく、たまさか乗っているのは私を含む外人観光客が中心である。

ちなみにタイの庶民の足はモトサイ(バイク)で、以前にも紹介したように一家4・5人乗りも珍しくは無い風景となっている。 

日本も20・30年前まではバイクが多く暴走族なんてものが世間の顰蹙を買っていたが、今はすっかり様変わりまあ居ることはいるんだろうが(尤も私は日本にほとんど居ないせいもあるが)、少なくなったように思う。

そういえばOPさんのブログコメに>バイクで地方をツーリングしているのはみな60歳以上の人であり、彼らが爆音を立てて田舎道を暴走し、青春よもう一度とやっている状況で、これが昔は若い者だったわけですが、何かおかしいと思わないでしょうか・とあったが、

今じゃ若者は車もバイクにも乗らなくなり、乗るのは遠出のお爺さんばかりなのではなかろうか。

日本に自転車が多く、タイにバイクが多い理由のひとつは、日本では電車・地下鉄などの中距離公共交通機関が発達しているが、近距離用交通手段としてのは自転車はなお大きな役割を担っていること。

その点タイは中距離公共交通機関が未発達なためバイクは不可欠の輸送手段となっており、バイク交通の発達が近距離の自転車交通発達を阻害する要因となっているように思われる。

×    ×    ×

これだけではナと「老人と自転車」で引いてみると老人用電動自転車パナソニックオフタイムと上の写真が目を引いた。

自転車の陰で拡大鏡を持った女が居るが、これが本日の一日一善(なんてね!?)


ちゃんちゃん

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