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いたたた・・タイ
2016・12/16−100万アクセス突破”皆さま感謝★★★★★★★★★☆

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イメージ 1■写真は今紅葉が始まったフークワン(ももたまな)の葉っぱで、本日は季節の風物詩として「チェンマイの紅葉」について書こうと思っていた。

しかし、昨夕からのある騒動が今朝まで続いたことで「タイ人への不信感」が増幅、のんびりと"紅葉話し”の気分ではなくなったのである。

で昨日5時くらいだったか夕食を作ろうとしてフライパンに肉野菜を入れて炒めていたところガスがプッツン、プロパンガスが切れたようなので大家さんにガス屋への連絡を依頼した。

しかし7時ころになってもガス屋は来ず、大家さんもお寺(中国寺)にタンブンに行ったとかで不在、7時半にはPが来るのでそれまでに料理を終えねばならないがガスが無い。

で窮余の策として隣りの料理人O氏のガスを借用して慌てて野菜炒めとミソスープを仕上げた。

740分ころ来たPとの夕食になったが、野菜炒めのごぼうの炒めが不十分で固く・こんにゃくにも味が馴染んでいない・ンでPは食べられないと食事を拒否、ビール3本のみ呑む始末となった。

ガスさえあれば調理を再開してなんとかなるんだが、結局8時になっても9時を過ぎてもガス屋は来なかったのである。

なんというエエ加減なガス屋奴!下宿人の難儀を顧みないタンブン狂いの大家も大家だと、喰いものの恨みが沸々と沸騰していたところに大家さんが帰宅したのが10時であった。

怒り心頭に達した私は「ガス屋はとうとう来ず飯が喰えなかったがどうしてくれるんだ!!!」と怒鳴り散らした。

大家さん「ごめんなさいタンブンで頭いっぱい・・夕食のおかずあるけど食べる?」・・私「マイアオ(要らない)!!!どうせキンゼー(ベジ食)だろうが私はリンリー(犬)とはチャイマイカップ!」などと口論しているとそこへPがやってきた。

「おっさんジャイロ―ン(熱い心)駄目ナ・・ジャイエン・ジャイエン(心冷まして冷まして)ナ」大家さんも悪いと反省してるんだからそんなに怒っちゃ!大家さん可哀想と一転して私の言動批判が始まった。

そういえば帰チェンの折雲助タクシーが私の出した金を安いと投げ捨てた際にもP登場でオッサンケチっちゃ運ちゃん可哀想と余分な金を払わされた一件を思い出して不愉快となり、部屋でもPとの口論が続いたのである。



イメージ 2で結局ガスは翌朝ということになったが、今朝はいつもより1時間遅い7時起床、ガス屋が来ないと食事不能で散歩に出かけた。

今日は日曜だがまさかガス屋休みじゃないだろうなと不安になって大家さんを訪ねるが、もう不在。

・・どうやらお寺にタンブンに行ったようだが、やることをやらず何においてもタンブンのみを優先するタイ人にはブアレーオ(飽きた)と思わずPがよく私に言っている言葉が突いて出た。

でガス屋であるが、8時になっても9時になっても来ず・・ああ〜〜〜今日ダメなら明日(月曜)以降か〜とあきらめかけた10時前ようやく出現した。

それも私には一切挨拶なく裏の台所を勝手に入ってゴソゴソ・・で「チャーチャーヤンガイ(なんで遅い)」というと一応アイムソーリーと口先謝罪後「405バーツ」と代金請求!

高けえナ!400バーツしかない、大遅れなんだから5バーツくらい負けろと言うと405バーツの繰り返し、たぶんPが居たら払ったろうが意地でも払わぬと・しぶしぶ400で退散した。

いずれにせよ気分の悪い一日であった。


























ちゃんちゃん

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イメージ 1●今朝チット―!ヤバかった 金曜朝のイスラム市は毎週出かけているんだが今日はボヤ――ンとして失念!隣の料理人O氏が「今日はゴボウがあった」と言ったので思い出した。

でどうせ暇だ今からでも行ってみるかと朝食後の8時ころに出かけた。
道はいわゆる朝の通勤ラッシュ帯のようで、おびただしいバイクに車が犇めき合う中、陸運局前の交差点の青信号を直進していると突如前のバイク女が右折ランプ!!

ヤバイと思ったが直進しかなく・・左側にチット―(接触)!!!
振り返ると女のバイクが横転、34m行って停車すると信号で見ていたポリスがやってきた。

まあしゃあないかとUターンして倒れたバイクの方へ向かうと、女は慌ててバイクを起こし私を見るやすぐさま発進!あっと言う間に立ち去ってしまった。
後で隣りの料理人に話すとポリスが怖くて逃げるのはタイではよくある<無免許運転>ではないか!?とのこと。

で残った私のところに来たポリスにバイク免許を提示すると「イープン(日本)?!マイペンライカップ」とその場で放免コップンカップというニアミスロッチョン事件があった。

朝夕のラッシュ時運転はヤベー・・避けた方がイイと肝に銘じたが、5月には後期高齢者免許も返上したがイイかなあ・
・・ていうか脳梗塞で運転はもっとヤバイとも想定するが日本では認知症だけが問題のようで、ポリスの言うように「イープン!マイペンライカップ」なんだろうか。


                ✙

イメージ 2

■さて余談が長くなったが、本日のメーンは昨年に続いて「私に来たタッタ一通の年賀状」の話である。

昨日プールから帰宅するとポストで年賀状を見つけた大家さんがオッサン手紙来てるよと言いつつ「これリンリーじゃないの!!!」と仰天顔!

見れば去年も来た孫Kからの賀状だったが、今年2018年は戌年に因んでなんとわがジャングルアパートの噛みつき犬リンリーが描かれていたのである。

添え書きには「てつじいオッサンのことの近所に居そうな犬→」とあって、(リンリー)と書いてあるではないか!

ン?(リンリー)とカッコにしたのは名前に自信が無かったからなのか?

イメージ 3■それにしても孫K(今年6年生)がチェンマイに来たのは2年前の夏休みだったが、わがジャングルアパートに泊ったのは確か一週間だったと思うが?!

そんな短い中でよくぞリンリーのことが記憶にあるもんだ・・私なんかと違って脳の中マッサラなんだろうな。

しかも犬年の干支の年賀状の題材としてリンリーを描くなんて発想は・大家さんならずとも吃驚仰天モノであった。

ちなみに先日撮ったリンリーの近影(左画像)と比べてみてもソックリではないか。

ひょっとして孫Kは例の「セザンヌ殺人」じゃないが「天才」なのかもしれんなと思った・孫バカチャンリンのてつじいであった。



























ちゃんちゃん
 

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●一昨日7時だったかアササンに出ると丁度日の出の時刻だった。

出る瞬間をカメラに収めて3分ほどの全景が見える田圃まで出かけ、「真っ赤な太陽」の出現する全景を収めた。

まずまず上手く収まったようで満足のいく写真が撮れた。

ところで「真っ赤な太陽」と言えば美空ひばりか三橋美智也・・どちらもあの世に逝っちまったが、先に逝った三橋美智也を偲んで子供のころ歌った「快傑ハリマオの真っ赤に燃える太陽」を入れて掲載することにした。

懐かしんで一緒に歌ってもらえれば幸いである。


・・と書いたが知らない人がほとんど見たい・・「快傑ハリマオ」は今から 58年前の1960年(昭和35年)に東南アジアを舞台にした月光仮面のような日本人ヒーローが活躍するテレビドラマでであるが、・・当時の私の家にテレビは無く流行っていた歌だけを記憶している。




イメージ 1


 


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■なお、三橋美智也の「快傑ハリマオの歌」が聴きたい方はクリックすると当時のテレビ映像を見ることが出来ます。































ちゃんちゃん


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正月明けからチェンマイは暖かくなってプール解禁、Pなんぞは冬はもう終わったなどとほざいていたが、12(金)から寒さがぶり返し、温泉へ行った13(土)も最高気温は20度前後(最低は13℃)と冷えて絶好の温泉日和となった。

私は昨今バイクツーリングはヤバイと遠慮してきたが、H隊長のご厚意により今回はクルマ同乗可ということで隊長ほか4人の同乗者に加えてもらい、元気なバイク組5人と合わせて計9人のツーリングとなった。




イメージ 1

■場所はチェンマイから東へ35kmほどのシッパー温泉、というより公営サンカムペーン温泉公園に隣接する私営リゾート温泉で、近くのルンアルン温泉などを含めて一体をなすサンカムペーン温泉郷の一角を占めている。

リゾート温泉の名のように森の中の瀟洒なホテルと林間の温泉付きコテージが散在(写真)、一泊2500バーツ(約9,000円)と高いが、当温泉に目を付けたツーリング隊が入浴交渉の結果、4時間 
200バーツ(約700円)で合意、以来ツーリング隊の定番温泉コースとなったようである。

ちなみにシッパー温泉は2年前に同行して以来今回が2回目で、上画像は前回T−57で貼った写真の再使用である。




イメージ 2

■シッパー温泉は個室男女浴場と温度の異なる露天風呂が3面あって、一番手前が熱くて日本老人向き、真ん中は温くてタイ人・ファラン・子供などの初心者向き、屋根のある一番奥はジャグジーがあって丁度いい加減なお湯である。





イメージ 3

■いい加減な私はもちろん一番奥の湯、熱くもなく温くもない・長湯するにはもってこいの湯で景色も良く、やや冷んやりするチェンマイの冬を満喫したイイ加減なお湯でやんした。

写真は奥の湯から撮った景観だが、手前左手がジャグジーバス、正面の三角屋根が個室浴場その右は更衣室でやんす。

入浴者は私一人だったが、後で北海道から来たという56人の団体客が入湯・・・聞けば北海道は街も野山もすべて真っ白なんだとか・・寒いんだろうなあ。






イメージ 4

■この温泉ツーリング同好会の目玉は専属シェフが同行、現地で料理したまんまの和食が毎回味わえることで、今回はご覧のような江戸前ざる蕎麦で、海苔・天かす・ネギ・わさびの薬味も効いた絶品でありました。

ちなみに専属シェフはわがジャングルアパート隣人の料理人O氏で、毎週土曜は大型バイクに食材・鍋釜・食器・調味料一切を満載して出陣しています。

なお、ビール・ラオ酎等の酒の外、おにぎりや白菜漬け(オッサン漬)・ぬか漬け・焼き鳥・ケーキなど各自持参の一品が加わり、この日は昨日東京より帰チェンしたRさん持参の「石焼き芋」に日本の冬の味覚を懐かしく堪能致しました。


                 ✙



イメージ 5ところでこの日はオプショナルツアーとしてチェンマイ郊外にいくつかあるらしい小型遊覧飛行場の一つに寄り道見学した。

飛行機はこのような2人乗りのカイト(凧)型軽飛行機で、前にパイロット後に乗客が搭乗、115分飛行、料金は2,200バーツ(約8000円)なんだそうです。




イメージ 6

■ンで私がというよりツーリング隊の大半が、興味を持ったのは飛行機ではなく受付嬢のノーイさん(22歳)、愛嬌あってスタイル抜群のスワイ&カワイイお姉ちゃんでした。

この娘がパイロットだったら是非乗りたいナと思いましたが、

・・・てな訳で結局・誰も乗る人はいませんでした。

























ちゃんちゃん

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■本日CM温泉ツーリング同好会のお誘いを受シッパー温泉に出かける予定、でブログ更新を早めにと旧記事「世界一長い首都名」再考を考えていた・・。

だが調べると第1回目が20077月、2回目が20093月に再更新していることが判明、いくらなんでも同じ記事を3回も更新するなんてことは「オッサンついに認知症発症か?」と疑われるのは必定と断念することにした。

しかし、じゃあ何と言っても他を考えるのは面倒で、最初の導入部分だけ同じ世界一長い首都名クルンテープ考」として以下加筆修正を加えることで3度目の更新に挑戦してみようとなったのである。



             ×    ×    × 




イメージ 1

私は教師在任中、世界一長い首都名はスリランカのスリ・ジャヤワルダナ・プラ・コッテだと教えてきたが、タイに来てそれよりもはるかに長い首都名があるのを知った。言うまでもなくタイの首都バンコク(上写真)である。

すなわちバンコクの正式名はクルンテープ・マハーナコーン・アモーン・ラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロッカポップ・ノッパラッタナ・ラーチャタニープリーロム・ウドム・ラーチャニウェート・マハーサターン・アモーンラビーマン・アワターンサティット・サッカタットティヤ・ウィットサヌカヌカム・プラシットと呼び、タイ文字では114字、カナで書くと124字、英文字では

168字もある。

ちなみにタイ文字ではกรุงเทพมหานครอมรรัตนดโกสิทร์ มหินราอยุธยา มหาดลกภพนพรัตน์ราชธานีบุรีรมย์อุดมราชนิเวศน์ มหาสถานอมรพิมาน อวตารสถิตสักกะทัตติษณุกรรมประสทธิ์であるが、

これを日本語に訳すと『天使の都(クルンテープ)、偉大な都、エメラルドの仏陀の住む都、インドラ神(帝釈天)の住む信仰篤きアユタヤの都、9つの宝石を授けられた世界の大いなる都、神の化身の住まわれる天国のような固き王宮の幸多き都、インドラ神によって与えられたウィシュヌ神によって造られた都』という、まさにジュゲムの如くタラチネの如き長ーい名前になるのでであります。




ところで日本語訳の「天使の都、偉大な都、エメラルド仏の都・・」の文句、なんとなく「東京ラプソディ」の「♪楽し都 恋の都 夢の楽園(パラダイス)よ 花の東京〜☆」に似てますよね。


実はタイ人もこんな長い地名を覚えるのは容易じゃなく、通称は最初のクルンテープ(天使の都)だけを使用していますが、1889年に「クルンテープの正式名歌」クリックが小学校唱歌として採用され、以来今日では「東京ラプソディ」以上にタイ人誰もが暗唱できる地名になっているようです。

 
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イメージ 2ところでこんな長たらしい首都名がいつ決まったのかというと・・

1782年現タイ王朝(チャクリ朝)がチャオプラヤー川西岸のトンブリから東岸のバンコクに遷都した際、新王朝の権威づけのために制定された儀式名に発祥しているようです。

ちなみに1767年のアユタヤ朝滅亡後潮州系華人タークシン王によって再興されたのがトンブリ朝であるが、

1782年のチャクリ朝は潮州系華人の内紛(宮廷クーデター)でタークシン王を殺害した武将チャクリ(ラーマ一世)が創設したもので、新首都クルンテープの住民も当初は大半が「王室華人」と呼ばれた潮州系華人で占められていた。

すなわち今日のタイ王国(バンコク=チャクリ王朝)はタイ人ではなく中国南部から移住してきた潮州系華人によって作られた植民王国なのである。



ところでバンコクの名は、トンブリの河岸に自生していたウルシ科の植物マコークの村に由来するといわれるが、当時流入していたヨーロッパ系貿易商人には難解なクルンテープ云々の地名は浸透せず、安易なバンコクの名が定着したもので・・・、

欧米人にはバーン・コック=「ちんぽこ村」と蔑称されて広まったとも聞いたことがある。

















ちゃんちゃん

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