ここから本文です
いたたた・・タイ
2016・12/16−100万アクセス突破”皆さま感謝★★★★★★★★★☆

書庫過去の投稿月別表示

2018年05月

← 2018年4月 | 2018年6月 →

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


イメージ 1
■現在94歳の紫蘭さん(左写真)のブログは、以前「人肉響食とカーニバル」の記事で私の知る限りでは日本最高齢ブロガーとして紹介したことがある。

で、実際はどうなんだろうと調べてみると世界最高齢ブロガーはスウェーデン女性のD・カールソンさん(105歳)だと判明した。

日本の場合は統計が無いが、私の調べた範囲では紫蘭さん以外の最高齢は92歳で、やはり紫蘭さんが日本最高齢ブロガーのようである。

それはともかく先日紫蘭さんのブログで「馬賊の歌」に惹かれてYouTubeで聞いた際、同時代の「蒙古放浪歌」を加藤登紀子が歌っているのに興味を覚えちょっと調べてみた。




蒙古放浪の歌作詞仲田三孝 作曲川上義彦 192030年代)

YouTubehttps://youtu.be/_yf8iCoozfI加藤登紀子)


心猛くも 鬼神ならず
人と生まれて 情はあれど
母を見捨てて 波こえてゆく
友よ兄等(けいら)と 何時亦会わん

波の彼方の蒙古の砂漠
男多恨の身の捨てどころ
胸に秘めたる 大願あれど

         生きては帰らむ 希(のぞみ)はもたじ

砂丘を出でて 砂丘に沈む
月の幾夜か 我等が旅路
明日も河辺が 見えずば何処に
水を求めん 蒙古の砂漠



朝日夕日を 馬上に受けて
星の示せる 
如何(どう)じゃを行かば
砂は逆巻き 嵐も何ぞ
我は越えなん 千里の砂漠
 


         朝日夕日を 馬上に受けて
 続く砂漠の 一筋道を
       大和男子(おのこ)の 血潮を秘めて
          行くや若人 千里の旅路



イメージ 2

■蒙古放浪歌は192030年代(大正から昭和初期)日本の傀儡国家満州国建国に至る時代、若者が大陸雄飛を夢見た時代に作られた流行歌のようである。

しかし詳細は不明で、作詩・作曲者についても諸説あり、元来巷間で発生して歌い継がれた俗謡のようなものともされている。

そのため歌詞も4番が2通りあるように一定ではなく、4番の最初は加藤登紀子、次は鶴田浩二・アイジョージらの歌唱、後者には5番(省略)まである。

いずれにせよ未だ見ぬ蒙古の茫漠たる砂漠を想い、島国日本の大陸雄飛を掻き立てる勇壮な歌で、満州国のみではモノ足らず明日は大蒙古そしてやがては中国大陸をも併呑しようとする奢れる大日本帝国の気概に満ちた歌と言えよう。

ンで・調べていくに私が興味を持ったのはこの歌には歌詞とは別個に前口上があって、それは今日においても拓大や日大・防衛大その他多くの大学の体育系クラブの寮歌・応援歌の前口上として歌い継がれているということであった。

すなわち今話題の日大アメフト部など大学部活の精神構造を知る上で大変興味深いモノではなかろうかナモシと思った次第であるが、ご参考まで・・否大きなお世話か?

で「蒙古放浪歌」の口上は以下の通りである。


     
     ■蒙古放浪の歌(序文口上)

    風紀名門の子女に恋するを 純情の恋と誰が言う

路頭に迷う女性に恋するを 不純の恋と誰が言う

雨降らば降るがよい 風吹かば吹くがよい

泣いて笑って月下の酒場に媚び売る女性は 水蓮の如き純情あり


 幼少美女の膝枕に快楽の一夜明ければ 夢もなしまた金もなし 

     我は浮草 根無し草 明日の命を誰が知ろう

砕く電剣握る美林 覗くコンパス六分の儀 ああ我山行かん渡り鳥 


  いざ歌わんかな 蒙古放浪の歌を〜オリャア!!!!




イメージ 3
■以上その根本精神は「酒は飲むべし百薬の長 女は買うべし人生無上の快楽」・・豪放磊落・というよりもこれぞ男尊女卑の大和男子の本懐!。

まさにわが麻生カポネ財相()が絶唱しそうな時代錯誤のセクハラ=パワハラ昭和艶歌全開の歌である

私の幼少時代まではふーんこれぞ大人の世界かあ〜と羨望の眼差しで見ていた・ドリームワールドそのものでありました。

で若干意味不明な文を解説すると「幼少美女の膝枕に快楽の一夜明ければ・・」云々は変態!いくら何でもマズイでしょと調べれば「幼少」ではなく「妖装」、あるいは「幼少美女」をそっくり「胡蝶美人」とする歌詞もありました。

砕く電剣握る美林 覗くコンパス六分の儀」は何のことやら意味不明ですが、「電剣」はモールス無線の「電鍵」、「美林」は舵取り操舵の「舵輪」の誤りだという真説がありました。




















ちゃんちゃん


開くトラックバック(1)

イメージ 1

以前メンマオ(羽アリ)は一年に一度雨季の初めに大発生すると書いたが、どうやら違うようで昨夜もご覧のように来襲、雨季に入ってこれで3度目である。

・・で本日は終日雨模様ということから推察すると、メンマオはどうも大雨の前の晩にウンカの如く発生するようである。




イメージ 2

■つまりメンマオの来襲は大雨の前兆ではないかと思ったが、それに大喜びなのはジャングル荘の主神様トッケーで、

ご覧のように棲家の樋管から一家総出で繰り出して一心不乱に食べていた。






イメージ 3

これは主神様が食べた瞬間を撮ったモノで、口先の外腹の下にもメンマオが隠れているのが分かるでしょう。

夜間フラッシュ無しでの撮影でこれだけ鮮明なのは、トッケーが食べるのに夢中で近づいても逃げないからなんです。


とにかくわがジャングル荘はマレーン・パラダイス(虫の天国)でそれを捕食するトッケー(ヤモリ)だのチンチョク(トカゲ)だのカローク(リス)だのなんだのかんだの等の小動物の天国にもなっているようです。





イメージ 4
イメージ 5

■■虫の中には可愛い虫もいますが、たいていはキモイ虫の方が多く、昨今当ブログはねえねさんを筆頭に毛嫌いされる方も増えているようです。

そんな中で先日私の部屋の窓のガラスに張り付いていたキモイ虫の巣を発見しましたー左の写真がそれで大きさは5〜6センチくらいでしょうか。

大家さんに見せると布を食べる虫ということでしたが、巣の殻を落として割って視ると右写真のように中から小さなサナギの幼虫のような虫が這い出してきました。

しかし、ご覧のように幼虫が出た途端!あっと言う間にアリが群がりすべてどこかに運んでいきました。

厳しい自然界の現実を垣間見て・・少し反省いたしました。



イメージ 6イメージ 7
■■・・というのは真っ赤なウソで・

昨日アササンのジャングルで、木の幹にもっこりと張り付いた大きなアリ塚のような塊(上写真)を見つけました。

1メートル以上もある虫の巣、これには一体どんな虫が営巣しているんだろうと興奮、早速今朝金づちを持って打ち壊してみたのが右の写真です。

最初羽アリのような虫が出ましたが直ぐに奥へと遁走、ご覧のような穴ぼこだらけの写真となりました。

正体を探るにはこの大きな巣をすべて打ち壊さないと判明せず、結局徒労を覚えて中止いたしました。

                +


イメージ 8
キモイ虫の話ばかりじゃ何なので可愛いカローク(リス)の話でも・・

チェンマイはジャングルと言わず街中といわず至るが所リスだらけで、電線は皆リスの通路になっているとことは周知のことであるが、実はリスは可愛い顔をしているが怖くて危険な動物なのである。

4日前だったかPが右手に大仰な包帯を巻いて来たのでどうしたと問うと、今朝カロークに噛まれて病院に行き注射を両手両腕とお尻に計15本打たれ、保険適用なれど2万バーツ(7万円)もかかったと聞いて仰天!

聞けば朝室内で頭が禿げて尻尾の無い病気で弱ったリスを発見、可哀想だと手を差し伸べた瞬間に噛みつかれたとのこと。

何でタイ人なのに病気のリスは大変危険な事が分からんのかドアホというと病院でも同じこと言われたようで沢山の予防注射を打たれ、その2日後にも病院で8本注射され、さらに2日後も通院せよとのことであった。

以上可哀想だと蚊もハエも殺せないホンマにアホでドジなPの話であるが・・これにて一件落着?!





















ちゃんちゃん

開くトラックバック(1)

おお
イメージ 1
25
日よりプールを近くのサンパリアン(SP)から以前のチェンマイランド(CL)に変更した。

先日触れたがYさんはSPプールと1年(13ヶ月分=8000B)契約延長したが、これでしばらくYさんと会えなくなるのはやや寂しい。

SPプールは1年契約だと120バーツとCLプールの30バーツよりお得でスポーツジムも併設され、かつ私の家から約1キロちょっとと近い利点がある。

しかし、問題は衛生面でプールはいつも前夜の虫の死骸が浮かび、しかも水の中に小さなガットマレン(噛みつき虫)が棲息しているのなんとも不快であった。

で私は行くたびほぼ毎日プールボーイに清掃を命じてきたが、私より先に来るYさんは清掃指示を遠慮、汚いプールでゆっくりと平気で泳いで居るのがなんとも癪だったのである。

2か月ぶりのCLプールだったが、広くて快適そして当たり前だが「何よりもプールの中に虫一匹浮いていない清潔感」が最大の魅力と再発見したのである。


プール変更で再発見はもう一つあった。

最初の私の写真の右手の森に黄色い長四角の囲みの上にオクトパスツリーと表示があり、四角の囲みの中に赤いボヤケた線が見えるでしょう。





イメージ 2

■それをアップしたのが上の何とも奇妙な形をした樹木オクトパスツリー、つまり「タコの木」なんでやんす。

オクトパスツリーはSPプールにもあり、CLプールの木がここにあることは以前から承知していたが、こんなに奇妙にくねくねとタコのように曲がっていたことは気付かず、まさに再発見でありました。




イメージ 6

■まず左の木からアップしてみましょう。

赤いイボイボおのついたタコ足が何本も広がっていることは知っていましたが、今回発見したのは赤いタコ足の付け根までくねくねと曲がって伸びる白く長い枝(胴体)・・これはもうタコとは言えずあのダイオウイカの足モドキではありませんか。

その後ろで黄緑の傘をさしているような若い新芽と合わせて見ると大昔に想像した火星人の姿にも似ていますね。





イメージ 3

■右手の木はなんとなくオーソドックスなオクトパスツリーで2匹の赤い大蛸が元気いっぱいに蠢いているようです。

でもこちらもその根元には白っぽくてぶっといダイオウイカの大足のような曲がったたくましい巨根と繋がっておます。





イメージ 4

■赤いイボイボの大蛸の足の部分をアップしてみましょう。

ド迫力ですよね!!・でもよく見ると赤い足のイボイボはオクトパスツリーのツボミと花だったようですね。

かなり臭気が強いらしくハチやブヨ・コバエなどたくさんの昆虫が群がっていました。

                 +



イメージ 5オクトパスツリーはインドネシア・ニューギニア原産のウコギ科の常緑高木で、和名はフカノキと呼び沖縄県にも生育している。

なお、オクトパスツリーを直訳するとタコノキであるが、タコノキは小笠原諸島原産の別種(写真)の木で


オクトパスツリーは花がタコ足のように咲くのに対し、タコノキはごらんのように幹を取り巻く気根がタコ足のように四方に伸びているのである。


























ちゃんちゃん


開くトラックバック(1)


イメージ 1
イメージ 2
■■来週29日はウィサカブ―チャー(仏誕日)、タイもどうやら本格的雨季に入ったようで、本日は朝10時ころまで雨であった。

ところで風がほとんど無いチェンマイの雨の日の散歩にはに傘は不要、写真のような菅笠スタイルで十分である。

ちなみにこの菅笠は2008年にラオスの世界遺産王都ルアンパバーンに行った折(右写真)購入したもので、以来今日まで10年間雨のアササン日の必需品となってきた。





イメージ 3

   ■雨の中ジャングル内のひょうたん道を歩いたが、

   バナナガーデンはすっかり水浸しの洪水状態であった。






イメージ 4

     ■も一つオマケに別の角度から見ると・・

    こっちの方がジャングルの雰囲気は出てるかもナ。






イメージ 5

  ■さらに奥を曲がると鮮やかな火炎樹の赤い色が・・・

    もう2ヶ月近く咲いているような気がするが・・

桜吹雪と違って同じ気候が続く熱帯の花は寿命が実に長〜〜〜い。






イメージ 6

■先日「花か木の芽か?」で紹介したが、これもその典型的な例だろう。

マムアン(マンゴー)の新芽で、いかにも美味しそうな花芽のようでしょう・・

タイ人はこの新芽を採って肉や魚と一緒に食べますが、大家さんの話ではほとんどの木の新芽が食用となるんだそうです。





イメージ 7

     ■大家さん宅の軒先にあったタイの「盆栽」

      枝に吊るした割れたガラス瓶?の中に
      草花が活けてありますが、わかりますか?




イメージ 8

  ■その「盆栽」のすぐ下でタイではあまり見かけない

        真っ赤な薔薇が咲いていました。






イメージ 9

■最後にジャングル荘の主神様トッケーちゃんも健在です。

前の記事でお父さんと説明しましたが誤りでお母さんでした。

トッケーはタイ同様に母系制社会でメスの方が数倍大きく、お父さんは交尾したら用無しになって遁走、長居してるとお母さんに食べられちゃうこともあるんだそうです。























ちゃんちゃん

開くトラックバック(1)


本日の予定は先日ネットでタイの干支に兎の代わりに猫があるのを発見、ソレを基にPの輪廻転生願望について書こうと思ったが、本日来訪のタイ語のセンセ&大家さんが異口同音に猫干支を否定され中止を余儀なくされた次第。

でアササンネタならいくらでもあるが、アササン大好きのU女が例の誕生日の性事記事を契機に当ブログから退散した今アササンばかりもなんだナと躊躇、先日アクセス解析で登場した当ブログ最大のヒット記事「Nスぺjapanアジアの一等国を見て」を再掲しようと思った。

で最大のヒットとは如何にであるが、アクセス数ではなく反応の大きさ即ちコメント数でその大半がネトウヨ諸氏を中心とする批判コメであるが、今回コメントを含めて一挙公開するのも一考だと思った次第である。


               ―200946

イメージ 1

昨夜、NHKスペシャルJAPAN「アジアの一等国」を見たが、いち早く
ラメさんブログで感想記事を発見

<日本人という民族は決して過去の歴史を振り返って見ない民族である、多くの歴史的な評価があるにも関らず見ない知らない、聞かないで平気である。

今日のNHKはその歴史に鋭く迫って恥ずべき歴史に遠慮なくメスを入れていた、日本が世界中で評価されないのには一つの事実が存在する、口下手で宣伝が苦手というのも事実であるが脳内構造が完全に「お花畑」で世界が見えないのである。>

相変わらず手厳しいラメさんであるが、最初の<日本人という民族は決して過去の歴史を振り返って見ない民族である>と<脳内構造が完全に「お花畑」で世界が見えない>の指摘は鋭いと思った。

過去を振り返ってみないは反省しないことで、脳内構造が「お花畑」ということはきれいごとだけしか見ず、臭いものにはフタでは世界が見えないのは当然である。

                  +

で番組は1895年に獲得した日本最初の植民地である台湾をヨーロッパ列強注視の中で日本がいかに統治したかであるが、よく言われる台湾の親日感情の裏側に迫った見ごたえある内容であった。

日本の台湾支配は当初は失敗、特に世界の7割を占めていた台湾の最大商品であった樟脳生産は激減した。クスノキから採る樟脳は衣服の防虫・防腐剤としか知らなかったが、当時はセルロイドや無煙火薬製造に不可欠のモノで、台湾の生産中止は欧州市場に大きな打撃を与えたという。

しかし、最初の台湾民政長官後藤新平は台湾人の臣民化政策とともに特別法を施行して従わない匪徒に対しては徹底的に弾圧、この硬軟両面の政策が奏功して19世紀初頭には樟脳生産も回復した。

台湾経営の成功は日露戦争での勝利とともに日本が欧州列強と同等の一等国に伍する力のあることを示したとされ、1910年にロンドンで開催された日英博覧会では野蛮人の矯正見本として台湾の山岳民族バイワン族が人間動物園に展示されていた。

第一次大戦後は世界的な民族自決の潮流が台湾にも波及したが、日本は逆に台湾の同化政策を推進、先に同化された琉球(沖縄人)を導入して同化教育を強化、台湾では一等国民日本人、二等国民沖縄人、そして三等国民が台湾人と揶揄された。

そして1937年に日中戦争に突入後は台湾人の皇民化政策を強化、日常会話での台湾語・中国語の使用は禁じられ日本語の全面使用が義務化、道教寺院は破壊され代って各地に神社が建設された。

なお、韓国のような創氏改名は強制されなかったが、台湾人の多くが日本式改姓名を行った。

皇民化推進とともに戦争は拡大激化する中で兵力不足が深刻化して台湾人志願兵を募集、1945年には徴兵制も施行、台湾人約21万人が戦地に送られ、うち約3万人が戦死した。

しかし、同年8月に戦争に敗北した日本は皇民化した台湾人を見捨てて帰国、台湾人は軍人年金も遺族年金も支給されないまま放置されたのである。

日本が去った後代って入ってきたのは、毛沢東に敗れ中国本土から逃亡してきた国民党の蒋介石である。

当初台湾人は光復(祖国復帰)として歓迎したが、腐敗した国民党政府に失望、“犬(日本人)は去りて豚(国民党)来る”(犬は小うるさいが番犬として役にも立つ、豚はただ貪り食って寝るだけ)と罵った。

しかし、蒋介石は日本人化した台湾人を毛嫌いして徹底的に弾圧、特に19472月に勃発した228暴動はその象徴で台湾全土に拡大、数十万に上る犠牲者を輩出したとされている。



★コメント☆彡

▲日本人には “水に流す”という 生き方がある 反省しない民族といわれればそうかもしれないじゃあ聞くが どこにそんな立派な国 民族がいるの 見本にするから教えてくださいナ 私は褒めらてのびるタイプなのでナ 過去=歴史と捉えるなら 歴史は勝者がつくるもので敗者ができるのは 過去に捉われず<温故知新でなく> 新しい発想で 再挑戦することだとおもうがナ -2009/4/6() 午後 6:31ー [ hiro ]

hiroさんどうも。
「水に流す」とは「過去のことをとやかく言わず、すべてをなかったことにする」と言う日本独特の和の精神でしょうが、強者相食むグローバル世界では通用しないのじゃないかな〜。
麻生さんがイスラエルとパレスチナに「まあまあここは水に流して無かったことにしましょう」で和解させられたら大したもんです。しかし、実際は「やられたらやり返す」とソマリアくんだりまで自衛官を派遣、水に流すどころか水をぶっ掛けるようなことをやってます。

09/4/6() 午後 7:09迷えるオッサン

▲歴史を鑑みて反省しろ、と言われても、時代も違えば、状況も同じではない。人間だって、あの携帯がこの世に現れてからというもの、まるでそれまでとは別人のような感覚の人類に変身してしまったではないですか。
歴史を振り返る、といったら、どの時代の歴史まで振り返るのですか。嘗て、昔々2000年ぐらい前には、中国、朝鮮半島辺りから、大勢の人々が日本にやって来て、日本のそれまでの文化をひっくり返してしまっているんですよ。そういうのはどうするんですか。
 

2009/4/6() 午後 8:43ーafuro_tomato

afuro_tomatoさんどうも。なんかちょっと噛み合ってない様な…。
私は<歴史を鑑みて反省しろ>と言っていますか?
テレビを見て日本最初の植民地台湾統治の中身について、私自身も不知なところが多々あると紹介したのが内容の大半です。そして知らなかったことは反省不足ではなかったろうか?と反省した次第ですが。

09/4/6() 午後 10:25迷えるオッサン

▲歴史をどう評価するかは人によって意見がいろいろとあるでしょうが、まずはどのような事実があったか、過去を振り返って見る必要がありますね。
1915
年の日英博覧会のことは初めて知りました。
第5回内国勧業博覧会の人類館事件(1903年)の後なのに、まだこんなことがあったとは… 2009/4/7() 午後 6:06安田陽介


●安田さんどうも。
歴史の評価はまず事実確認ですが、1915年の日英博?第一次大戦中なのに???と調べてみると正解は1910年、展示されたのはハイワン族ではなくバイワン族でした(早速本文訂正)、ありがとうございました。20
09/4/7() 午後 10:01迷えるオッサン


▲わたしも「大戦中に?」と不審に思いました。
が、不審に思うだけで放置しておくところが、きちんと調べられるオッサンにかなわないところです。 

2009/4/7() 午後 10:56-安田陽介

●歴史家の安田センセゆえ、遠まわしに事実確認せよと言われたようで慌てて調べただけです。思いやりの後記ありがとうございます。 
2009/4/7() 午後 11:30迷えるオッサン

▲悪意に満ちた偏向番組でした。
まず、台湾人≒漢民族(支那人)ではありません。台湾では、漢民族は少数です。
それと、「人間動物園」。そもそも、様々な建物や風習や服装や踊りや演奏や演技などの文化や何かの実演を披露するのが博覧会です。
この「日英博覧会」には数十人の京都相撲の力士団もロンドンに渡って土俵を作り、まわし姿て半年間相撲を披露しています。
また、農村風景を描いて、そこで日本人農民が米俵製作の実演を披露していました。
NHK
は、同じ日英博覧会で、相撲を披露した京都相撲一団や、米俵製作の実演を披露した日本人農民たちも「人間動物園」で展示されたと言うのでしょうか?
2009/4/8(
) 午前 2:25-coffee


( ´ー`)y─┛チァーパーボェー
この番組の記事書きましたからTBさせていただきました。
2009/4/8(
) 午前 3:33チアーパーポエー
 


offeeさんどうも、コメントそしてTBありがとうございました。
さて<悪意に満ちた偏向番組でした>と言いますが、私には珍しくまともな番組に見えました。
台湾人≒漢民族(支那人)ではありませんと言いますが、漢民族とは何でしょう?漢字を使っている民族とすれば台湾語(日本語も)は漢民族でしょう。まして台湾語は対岸福建省のミン南語が母語とする支那語の方言ですから、完璧な漢民族でしょう。もしかして外省人=漢族で本省人=台湾人と決め付けているのではありませんか。


開くトラックバック(1)

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事