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いたたた・・タイ
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わがブロ友に「ひきこもり」の大家ぼそっとさんがいることは先日「奥様は今日もお出かけ・猫トカゲ」で紹介したが、彼は単なるニート系ひきこもりではなく・・

1985年のソトコモリ(海外ひきこもり)を経てひきこもりの人権認知活動を推進、201712月にはGHO(世界ひきこもり機構)を結成して世界中のひきこもり人を束ねる活動を展開している。

彼の本日のブログはひきこもりの起源についての考察であるが、曰くひきこもりは現代社会や先進国特有の現象ではなく大昔から存在したのではないかと問うている。

で一節を以下紹介すると・・


 
<現代(いま)という時代から目を移して、昔を考えてみよう。
 
たとえば、いつも私が引き合いに出すように、約100年前のフランスの文学者、マルセル・プルーストは、りっぱなひきこもりであった。
 
老子も、仏陀も、達磨大師も、古代ギリシャのディオギネスも、みんなひきこもりであった。
 
アインシュタインでさえ、相対性理論を生み出す直前の彼はひきこもりと言われても仕方のない生活であったはずだ。
 
色恋とセックス談義ばかりに花を咲かせ、知行地など見向きもしなかった平安貴族の青年たちは、今でいえば金持ちのぼんぼんのニートひきこもりである。
 
夏目漱石の小説に出てくる高等遊民たちも、りっぱなニートひきこもりである。
 
「山中にて幽人と対酌す」などと酒を飲んで詩ばかり書いていた唐代の詩人、李白は、今の日本でいえば、日本酒を飲んでブログばかり書いているひきこもりであろう。>


 
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■つまりプルーストに始まって老子も仏陀も達磨さんもディオギネスもアインシュタインも光源氏も夏目漱石も李白も、みんなひきこもりであったと世界的天才ともいえる賢人・聖人たちを列挙している。

そういえば彼はブログで以前三島由紀夫を例に独自のひきもこもり文学論を展開していたが、三島も含めたこれらの傑出したひきこもり列伝中の人物はいわば「ひきこもりの天才たち」と言うことになるんだろうナ‥と思った次第である。

右画像はアインシュタイン掲載の予定であったが、彼がひきこもりなら先日逝去したホーキング博士だって当然そうだろうと、ニュース性のある後者を優先して掲載した。

               +

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■さて突然話題を変えるが、以下は先日の「奥様は今日もお出かけ・猫トカゲ」で頂いたmayukoさんのコメントである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 
食べ物が他で満たされてる猫ちゃんは、トカゲはおもちゃですよね。

古代では外に出て食べ物を調達しなきゃ生きていけない時代、ひきこもってたら人は餓死するだけだったでしょうね。


奥様は、ひきこもれるのに外に出るという選択
。この毛並みツヤツヤ黒猫 ちゃんは、お外でトカゲをおもちゃに楽しんでるwww


奥様と黒猫ちゃん、似てます〜♪

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

で私はmayukoさんに「ひきこもれる力が手に入る現代はなんて素晴らしい」とは慧眼ですね、ぼそっとさんが思い浮かびます」とリコメしたが・・私がハッと思ったのはその前段の「古代では外に出て食べ物を調達しなきゃ生きていけない時代、ひきこもってたら人は餓死するだけだったでしょうね」の件である。

この部分が大昔からヒキコモリがあったとするぼそっと説の最大の弱点ではないだろうかと思ったのである。

つまり大昔にヒキコモリがあったとするならインドの王族の子息であった釈迦(仏陀)や平安貴族の光源氏のような金持ちの特権階層のみで、一般人の貧しいヒキコモリはいなかったのではないか・・すなわち外に出て労働(食べ物を調達)しなきゃ餓死してしまうのである。

つまり一般人も「ひきこもれる力が手に入る現代はなんて素晴らしいのでしょう!!!ということになりヒキコモリはぼそっとさんが否定する「産業社会の発展した先進国を中心に見られるようになった新しい社会現象である」と言うことが出来るのではないだろうか?



ところでmayukoさんが「ひきこもれる力が手に入る現代はなんて素晴らしいのでしょう!!!というように、私も「ヒキコモリ力」は現代文明発展の不可欠の推進力だと思っている。

今安倍ちゃんの音頭で旧態依然の「金持ち優遇型働き方改革」が叫ばれているが、今後は金儲けではない労働すなわちヒキコモリ層も参画する労働の重要性が増してくることが、必然のように思える。

mayukoさんはそんな労働を「ノマド(遊牧民)ワーカー」と呼んでいる・・そこに私の姿は無いことは100%確実だが、今とは違った新しい良き未来であってほしい。


























ちゃんちゃん

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イメージ 1
  
■先日「拓郎の夏休み」に適当な画像を探していた折、女の子たちが浜辺でジャンプしているこの写真が目に留まり、ブログ採用はしなかったがデスクトップの待ち受け画面に飾ってニタニタと「イヤア〜若いって素晴らしいなあ」と眺めていた。

で昨夜・私だけが独占するより公開して皆さんにもご披露しようかと思い立ったのである。

よく見ると全員日本人のようで水平線の向こうに島のような陸地が見えるが、いったいどこなんだろうと調べてみた。

するとこれは夏休みの中高生の英語研修短期留学生の募集広告で、午前中は現地での英語学習だが午後はアクティビティと称して浜辺での海水浴その他のスポーツ体験が出来ると言うもので、アメリカ西海岸やオーストラリア・ニュージーランド・マルタ島その他の留学地が上げられていたがこの写真の説明は無かった。

つーことは海外なんかなあと思いつつ・・そういえば昔このような元気一杯の女の子のことを「ぴちぴちギャル」といってたなあと思い出し検索すると、その言葉は今は「さむ〜い死語である」とアベックやナウいなどと一緒に「現代死語辞典」にリストアップされているらしい。


イメージ 2■しかし、「ぴちぴちギャル」のインパクトは強く、ドラクエやドラゴンボールでも多用され、前者に登場するダーマ老人や後者の亀仙人(左絵)は「ぴちぴちギャル」になることを夢見ている私のような色惚け爺さんであった。

だが、いかな架空漫画であっても老人を「ぴちぴちギャル」にすることは世間が許さず、亀仙人はもし「ぴちぴちギャル」になれたら「マンモスうれぴー」と当時流行ったノリぴー死語で願っていたが当然叶えられなかったのである。

で「ぴちぴちギャル」が死語なら今はナンと言うんだと類似語を検索したが出て来ず、読者の皆さんに聞いてみようかな・と思っていた。

ところがこのブログ作成中「ぴちぴちギャル」の言葉が直ぐに出て来ず・・思わず「キャピキャピぎゃる」となったが、検索してみると「若くはじけている女性のこと」とあってどうやら死語ではなくピンポーンであった。



























ちゃんちゃん

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イメージ 1■こちらに来て不思議に思うのはファラン(白人)が連れているタイプーイン()は、僅かな例外を除いて大半が色黒・鼻ペチャ・猿顔といった典型的シコメで占められているのであるゴーギャン1893「ジャワ女アンナ」


ちなみに日本人は若くて色白でスリムな可愛い子ちゃんという典型的チェンマイ美人タイプを好み、間違っても前者のような類人猿タイプは好まないどころか、毛嫌いして近づかない。


すなわち此方では価値基準の相違から各々棲み分けが出来ていて同系人物をめぐっての国際紛争が起こらず、それがタイを・チェンマイを黄白共同の国際的楽園観光地にしている所以である。



イメージ 2■しかし、日本人がチェンマイ美人を好むのは分かるが、なぜファランは色黒・猿顔のシコメを好むのだろうか。


思うに彼らは金髪・碧眼・白肌の大柄女というヨーロッパ型白豚美人の対極を求めているとしか考えられない。


すなわち冷涼な高緯度地方に住む彼らにとって年中温暖な熱帯への憧れは終生からの夢でもあるが、その憧憬の地で求める女は当然のことながらその地に相応しい顔と体形をしていなければならないのである。

つまり彼ら白人の求める女性は舎飼の白豚美人ではなく、野生の黒豹すなわち色黒で小柄な原住民なのである。




イメージ 3
タヒチの女(浜辺にて)1891年


■その代表例がタヒチの女(写真)を描いた画家P・ゴーギャンである。
彼は35歳で会社を退職して画家を志すが、43歳の時に渡った南海の楽園タヒチが彼に画家としての決定的な啓示を与えたのである。


ちなみに彼は現地人と2度結婚(?)しているが、2人とも色黒・猿顔の小柄なポリネシアンで、しかもともに13歳と14歳の幼な妻という典型的なファラン好みの女性なのである。

ファランのロリコン好みというか幼女好みは多く、当ブログでおなじみのYさんもその典型で、彼がチェンマイに30年も住み着いている最大の理由は、温暖な気候と物価安に加えて1215歳の子供とセクスできることである。

勿論タイでも幼女売春は犯罪であるが、Yさんの通う女郎置屋はミャンマー山岳民の不法移民専門の闇売春なのである。ちなみに正規(?)のカラオケ売春が1時間2000バーツに対しYさん置屋では
600バーツと3分の1以下で、しかもカラオケガールは25歳以上のおばさん中心に対し後者は中学生くらいのバージン中心だから雲泥の差である。

どうも話が変な方向にそれてしまったが、要すればファランは非ヨーロッパ系南国の小柄な(幼い)原住民好みで、容姿は白豚系から遠ければ遠いほどよいということらしいのである。





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■「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々は何処へ行くのか」の言葉は、ゴーギャン50歳の時、2年をかけてタヒチで描いた長さ4m近い大作(写真)の題名であるが、
一見するとなにやら意味深な哲学めいたモノを感じさせる言葉である。


解説によれば右から左へと移行する人間の一生を描いたもので、右の子供と3人の人物が人生の始まりで、中央に立つ人物が成人期を意味し、左端に「死を迎えることを甘んじ、諦めている老女」が、老女の足もとには「奇妙な白い鳥が、言葉がいかに無力なものであるかということを物語っている」とゴーギャン自身が書き残している。・・と言うことですがお分かりになったでしょうか?・分かりませんねハイ。

しかしこの大作はパリで売れ、ゴーギャンはそれを元手にタヒチからさらに未開僻遠の地マルキーズ諸島へ移住、そこで14歳の幼女と結婚するも、出産とともに幼妻は実家に出奔、それきり帰っては来なかったようだ。

失意のゴーギャンは持病のうつ病とアル中に苛まれる中、梅毒の悪化から歩行困難となってモルヒネ・アヘン中毒に陥り、19035月、心臓発作を起こして53歳で逝去したのである。



























ちゃんちゃん

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「覆面女郎」回想

●昔のブログを見ていたら「気候風土」書庫の20096月の記事に「覆面女郎・三態」を見つけた。

現在の文字は大きく表示しているが昔は皆小文字で拡大しないと読みづらい記事が多く、旧稿を拡大・再考してみることにした。

+

イメージ 1■昨日朝、散歩から帰宅ふとマンション前の道をを見ると左写真の如き奇怪な覆面をした女に出会った。
 
日焼けとUV(紫外線)カットのためか、頭と顔は頭巾と長タオルのような布ですっぽりと覆われ、しかも目には黒サングラスを着けている。
 
さらに長袖シャツに長ズボンおまけに長靴を履いて大きな前掛けをし、草取り機を操っている。一見・男女の区別はつかないが、小柄で胸や尻の膨らみから女性と判定した。
 
朝7時曇天とはいえここは熱帯、さぞや暑苦しかろうと想像するが、何よりもお肌の方が大事なのであろう。
 
これを見て・ふと昔見た「覆面女郎」を思い出した。
 
×    ×    ×
 
イメージ 2■今から40年以上前だったか私が初めての海外旅行に台湾海峡の澎湖諸島(地図)に行ったとき、似たような異様なファッションをした女たちに出会った。
 
澎湖諸島は平坦な64のさんご礁の小島からなる群島であるが、年中強風に晒されて樹木がほとんど無い島であった。

唯一の産業は漁業で男女ともよく働くようだが、潮風と日射防止のためか女は完全武装のミイラ・ファッションであった。

 
イメージ 3■お土産に絵葉書を買ったときの説明に「覆面女郎」とあったのを記憶しているが、40年前の大昔ゆえ無論写真は手元には無い。
 
だが、ひょっとしてネット画像があるかもと・・

「澎湖の覆面女郎」で検索してみると、HITしたのがこの写真である。
 
月光仮面や鞍馬天狗、或いは後述のアラブ女性なら目元で人物を特定できるが、「覆面女郎」はまさに「ミイラ仮面」、ちいちゃな目玉2個だけなので中身は全く判別できない。

 
ちなみに中国語では「女郎」は若い女性を意味し、日本語の女郎(売春婦)は妓女と言うらしい。ついでに中国語の「娘」はお母さんで、「老婆」が女房、「老公」が主人、「皮肉」は文字通り肉と皮付きの<肉体>を意味している。
 
×    ×    ×

イメージ 5■最後に「覆面女郎」と言えば,本家本元のアラブ・イスラム女性の民族衣装アバヤを出さないと片手落ちであろう・・
・と右写真を例にコピペ記事を書いたのが、2009年版の「覆面女郎・三態」であった。

イメージ 4■しかし、2012年にペナンへ行った際自分の目で確認、「泥濘と黒鼠女の群れるリゾート」(左写真)を書いて新たな印象を持ったので、そちらの方を読んで欲しい。
つまりペナン島のリゾートビーチに来訪したアラブ人と遭遇したのだが、男は普通の格好なれど女性はビーチでも海水浴でも上写真のような全身黒ねずみ姿だったのである。詳細はクリックしてどうぞ。























 
ちゃんちゃん

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明日帰タイ・・あっという間の2週間であったが、金満大国日本ゆえタイ在2ヶ月分のお金が飛んでった。

イメージ 1■さてナニ書くか・・と日本滞在写真を見ていると娘より送ってきた孫Kの袴姿の写真に出会った。

???七五三は確か45年前に写真屋にボッタクられたことを思い出したが・・なんで今時そんな格好を???であった。

それが先日奥様との話で疑問が氷解した。

ナンでも今は10歳の小学校4年の学校行事で「2分の1成人式」をやるそうで、その時写真館で七五三同様の記念写真を撮ることが流行っているらしいことが分かった。


ヘェー!バレンタインのチョコレート同様、写真屋の宣伝に乗せられたもんかしら??それにしても学校行事になっているとは変だな・・と調べてみた。

2分の1成人式の発端は1980年に兵庫県西宮市の小学校4年の担任のS先生が10歳になった児童に「今までを振り返り、これから先を考える」ため「親への感謝を改めて知ってほしい」と言う意図で始めたようである。

それが2002年以降東京都を中心とする小学校に拡大「両親への感謝状」や「未来への手紙」を書いてタイムカプセルに埋め10年後の本当の成人式で開封するなど「親子が参加する感動的な学校行事」として定着、以来全国に広まったようである。

イメージ 2■なるほど子供に感謝状を読んでもらった親は感動して泣いて喜ぶだろうな・・と思ったが、

待てよ東京都に定着した200212年と言えばかの石原慎太郎知事時代、式典での日の丸君が代を強制する一方で親への感謝を強要する2分の1成人式の学校行事化とは、なんとなく森友学園の教育勅語暗唱が思い出されてならないが・・。

で先日娘に2分の1成人式のことを聞いたが、昨年から大阪府では学校行事としての式は中止したらしい・・学校には両親の揃った健全な家庭ばかりではなく離婚による母子・父子家庭や死別家庭、あるいは児童虐待も多く、親への感謝状の強要には問題が多いと言うことらしい。

しかし未だ現役の奥様に聞くと。東京都は小池知事の現在もまだやっているそうだ。

なお、孫Kの記念写真だが、学校行事では無くなったが本人の希望で写真屋へ参じたようである。




























ちゃんちゃん
 
 
 
 

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