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いたたた・・タイ
2016・12/16−100万アクセス突破”皆さま感謝★★★★★★★★★☆

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●竹田の子守歌(民謡フォーク「赤い鳥」1971)
YouTubehttps://youtu.be/1IeuDyR3ax4(赤い鳥)

守りもいやがる 盆からさきにゃ
   雪もちらつくし 子も泣くし

   盆がきたとて 何うれしかろ
   帷子(かたびら)はなし 帯はなし

   この子よう泣く 守りをばいじる
   守りも一日  痩せるやら

またも竹田の もんば飯

   はよも行きたや この在所こえて
   向こうに見えるは 親の家

   向こうに見えるは 親の家



イメージ 2■朝方プール前にYouTubeを流していたら、赤い鳥の「竹田の子守歌」が流れてきた。
切なくて悲しい童謡のような郷愁を誘う・私の青春時代の名曲であるが、この歌はその後“放送禁止歌”となったと知って調べてみた。
“放送禁止歌”については先月岡林信康の「手紙」を紹介した際、歌詞に「部落」の文字があり、民放連が差別用語として自粛したためだと記したが、
この歌にも「在所」という文字が京都では「部落」を指す用語ということに加えて、歌全体が京都伏見区竹田の被差別部落民を歌った歌ということが判明したようである。
つまり竹田の「子守り歌」とあるが、正確には歌詞にもあるように着の身着のままの貧しい暮らしを強いられてきた部落民「守り子」の労働歌ということらしい。

そのため元歌には赤文字で記載した久世の大根飯 吉祥の菜飯 またも竹田のもんば飯」のような竹田村の守り子の貧しさを強調した歌詞(後に削除)もあったようである。

これは近郷の久世村では大根飯、吉祥村では菜っ葉飯を食べているが、竹田村ではほんの少しの飯も無く、代わりにもんぱ(おから)を食べていると蔑んでいる訳である。

この解釈は当時存在した同地域の部落解放同盟の話であるが、その名称が「解同京都、竹田・深草支部」とあった。

地図で検索すると竹田と深草は伏見区の鴨川下流に沿う隣接地で、現在は一面の宅地であるが昔は文字通り竹藪や深い草に覆われた寒村で、南隣りにはかつて京都盆地底にあった巨大湖巨椋池に続く大湿地帯が広がっていたのである。

で待てよ深草とはもしや、かの小野小町に恋して百日通いの末に非情の死を遂げたあの「深草の少将」と関係あるのでは?

イメージ 1■と調べるとピッタシカンカン!
竹田・深草は昔の「深草の里」で、当地で最期を遂げた伝説の絶世の美女歌人「小野小町」がいるが、
晩年は乞食(コツジキ・非人=部落民)に零落して「卒塔婆小町」(画像)と呼ばれて蔑まれ、犬に喰われて野晒しとなる非業の死を遂げたのである。
つまり、「竹田の子守歌」発祥の地ー京都竹田の被差別部落のルーツは、遠く平安は深草の里、小野小町伝説にまで辿り着いたという訳でやんす無論オッサンブログのみの新迷説であるが)
なお、小野小町の晩節について知りたい方は2年前に花の色は移りにけりな―小町外伝“に書いたのでクリックしてどうぞ。



いやあ本日は脱線脱線で支離滅裂‥途中で「巨椋池」を説明してたら一巻のオワリだったでしょうナ。































ちゃんちゃん

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♪時には母のない子のように・・
(作詞 寺山修司 作曲 田中未知・歌カルメンマキ 1969年)
YouTubehttps://youtu.be/Iyf3Qy9Ro5I1969-紅白)


                    時には 母のない子のように


                   だまって 海を見つめていたい


                          時には 母のない子のように


                       ひとりで 旅に出てみたい


                             だけど 心はすぐかわる


                             母のない子になったなら


                             だれにも愛を 話せない


 


                            時には 母のない子のように


                       長い 手紙を書いてみたい


                      時には 母のない子のように


                       大きな声で 叫んでみたい


                         だけど 心はすぐかわる


                         母のない子になったなら


                         だれにも愛を 話せない




イメージ 1

■いつものようにYouTubeを流してぼんやりしてたらこのカルメンマキの「時には母のない子のように」が流れてきた。

1969年、前回の歌謡曲で岡林の「手紙」を紹介したが同年に発表された曲だ。当時私は26歳、大学を出て定職に就かず、貧乏絵描きを気取ってふらふら遊んでた頃で、23歳から7年間・正確にはその3年前の日本脱出失敗から10年間、30歳まで続いた貴重な「青春の蹉跌」時代であった。

そんなアウトローを気取ってた関係で好みの歌も岡林や浅川マキなどの暗い歌が中心で、演劇も唐十郎の赤テントや無言劇「水の駅」などへ気取って出かけたこともある。

カルメンマキのこの歌ももちろん好きで作詞した寺山修司にも何となく憧れていたが、絵描きには関係ないと読書はせず・深く知ることは無かった。

で改めてこの「時には母のない子のように」の歌詞をよくみると

>時には母のない子のように だまって海を見つめていたい
時には母のない子のように ひとりで 旅に出てみたい

だけど心はすぐかわる 母のない子になったなら だれにも愛を話せない・・・

どうやら寺山修司のお母さんを歌った歌のようだが、どうもお母さんとの関係が尋常では無さそうだなとググってみると・・・

寺山の母ハツは、いわゆるⅤさんの言う「毒親」否大変な「毒母」だったようで・・、

この歌はそんな母をきっぱりと捨てて「母のない子」になって一人旅に出て「黙って海を見つめていたい」との願望の歌であるが・・・

「だけど心はすぐ変わる」、もしも・母を捨ててしまって

・つまり人を愛する資格が無くなるのが怖いと怖気づいてしまい、結局「母捨て」はあきらめた歌のようである。

その結果、寺山修司は終生毒母からの自立は出来ず、最後まで毒母に憑りつかれ蹂躙され47歳で早逝したが、毒母ハツはその後も7年間寺山の遺産を食潰し、78歳で大往生した様子である。

「母地獄」など本の中では何度も母を殺した寺山修司だったが、現実には一度たりとも反抗も反撃も出来ず・・・、

”人間は子は選べるが親は選べない”んだナ。

・・と書いてきて先日、”私には「おふくろの味」がない”とコメを頂いたブロ友Ⅴさんを思い出した。

                ✚

無学な寺山の母ハツとは違ってⅤさんのお母さんは東女卒の教育熱心な才媛で、一家に君臨してⅤさんを虐待してきたが、結果的にⅤさんは一流大に進学後一流企業にも内定した。

しかしその時点で人生はプッツン、Ⅴさんは毒母と断絶して出社せず、世界一人旅に出かけて黙って海を見つめて来たが、帰国後はひきこもり生活を選択したようである。

でⅤさんは今も50過ぎで未婚、やはり「母のない子になったなら 誰にも愛を話せなくなる」のだろうか・・・

Ⅴさん勝手に引用ゴメンナサイ。



なお、寺山は最初の結婚は母に邪魔され離縁を余儀なくされたが、終生寺山を慕う田中未知(時には母のない子のようにの作曲者)との事実婚など、女性には大変持てたようである。
































ちゃんちゃん

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『手紙』作詞:作曲 岡林信康 1969年)放送禁止歌


私の好きな みつるさんは
おじいさんから お店をもらい
二人いっしょに 暮らすんだと

うれしそうに 話してたけど

私といっしょに なるのだったら

お店をゆずらないと 言われたの

お店をゆずらないと 言われたの


私は彼の 幸せのため

身を引こうと 思ってます

二人いっしょに なれないのなら

死のうとまで 彼は言った

だからすべてを あげたこと

くやんではいない 別れても

くやんではいない 別れても


もしも差別が無かったら 
好きな人とお店が持てた

部落に生まれたそのことの  
何処が悪い何が違う

くらい手紙になりました 
だけど私は書きたかった

だけども私は書きたかった




イメージ 2本日は珍しく終日雨模様でプールは中止。何と無しにYouTubeを流していたら懐かしい岡林信康(写真)の「手紙」が流れてきた。


岡林は「山谷ブルース」や「友よ」「私たちの望むものは」などの反戦フォークで一世を風靡、「フォークの神様」として神格化されていた所謂70年安保闘争の象徴的存在で、当時20代後半の私にも大きな存在だった。

久しぶり聴いた「手紙」・・岡林の澄んだ声と哀愁のあるイイ歌だなア・・と検索してみると「放送禁止歌」と注釈が付いていた。

なんで❓・・と歌詞を見ると3番に「もしも差別が無かったら 好きな人とお店が持てた 部落に生まれたそのことの 何処が悪い何が違う という文言があって部落差別を歌ったことが分かる。

しかし、この歌は部落差別を批判した歌であり、差別批判が不可とあらば当時過激だった部落解放同盟(解同)に糾弾されるのではと見ると、岡林の「放送禁止歌」は「手紙」にとどまらず、代表曲の山谷ブルース・友よ・私たちの望むものは勿論、チューリップのアップリケ・ヘライデ・くそくらえ節・がいこつの歌など全8曲にも上っていた。

しかし厳密には放送禁止歌と指定された歌は無く、民放連の自粛規制で効力は無く、岡林本人も承認の自粛歌といえそうである。


イメージ 1■ところで部落解放同盟といえば、今一人思い出す人物がいた。

西岡智、今日の解同の原型を作ったレジェンド的大親分(解同大阪書記長)で、怖い解同の名を世に知らしめた「狭山事件闘争」の事務局長であった。

なんでそんなドエライ人物を只のオッサンがであるが、私がジャングルアパートに引っ越した2年前、近所の在住者より紹介されたもので、彼は拙宅に来訪したこともある。

解同の大親分西岡さんはかつて○○億円の大金を動かしていたとのホラ話❓をしていたが、金には縁もゆかりもないオッサンは全く興味無し・・ンでそのまま疎遠になって行ったが、昨年療養で来チェン時にはずいぶん老けたなと思ってたら、先日6月末だったか逝去したとの事をアササンで知った。

享年は87歳、元解同の大親分も晩年は訪う人もなく、私が「卒塔婆池」と命名した近くの火葬場で焼却後、ピン川で散骨した模様で、私も同じ予定であるが・・・

写真はネットで見つけた3年前の狭山再審決起集会での西岡さん(当時84歳)、隣りのオバハンがなんとも邪魔クサイが、写真には狭山闘争の父と紹介されていた。





























ちゃんちゃん

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■日本は今、熱帯国タイよりも暑いところが多いようだ。

 ✿チェンマイの天気予報(7・19〜24--
日本気象協会/ALiNK

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19日
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   天気





曇時々雨


曇時々雨


曇時々雨

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気温(℃)

27℃
24℃

25℃
23℃

27℃
20℃

27℃
20℃

28℃
21℃

29℃
21℃


上表はチェンマイの明日から一週間の天気予報ー毎日雨となっているが終日降ることは滅多になく所謂夕立に似た驟雨で、大半が3040分ほど降ってすぐに止むスコールである。

しかし、毎日のスコールで高温は緩和され最高気温でも2529℃と30℃に達せず、夜もご覧のように2024℃と快適である。

つまりチェンマイは日本よりはるか南の熱帯圏に位置するが、日本の真夏である7〜8月には真夏日(30℃以上)や猛暑日(35℃以上)は無く、25℃以上の熱帯夜も無い気候なのである。

そんなバーカなと思われる方が大半でしょうが、実は私も34年前まではタイの方が暑いと思い込み、日本の気候とほぼ同じになるはずの78月の夏休みに帰国していました。

しかし、4年前の8月奥様とチェンマイと東京の棲家を1ヶ月間チェンジした際、扇風器のみの涼しいチェンマイと終日エアコン全開の猛暑の東京を対比して達観した次第です。

以来私は日本の真夏の帰国を中止、春か秋を選んで帰国するようになりましたが、ここ2年は訃報の関係で寒い寒い冬の帰国を余儀なくされ、「暑くて寒い国日本」の厳しい気候を骨身に沁みて体感した次第・・とにかく日本は私のような高齢者には向かない気候だとつくづく思う今日この頃でやんす。
 



イメージ 1

♪すごい男の唄作詞:仲畑貴志 作曲:服部克久 1987年)


YouTube→https://youtu.be/fkfYsl9usdIサントリービールCM


 


          ビールをまわせ底まで飲もう


        あんたが一番 わたしは二番


        Ha. ドン!ドン!


 


        すごい男がいたもんだ


        海でばったり出会ったら


        サメがごめんと涙ぐむ


        ビールをまわせ底まで飲もう


        あんたが一番 わたしは二番


        Ha. ドン!ドン!


 


        すごい男がいたもんだ


        山でばったり出会ったら


        熊が裸足で逃げていく


        ビールをまわせ底まで飲もう


        あんたが一番 わたしは二番


        Ha. ドン!ドン!


 


        すごい男がいたもんだ


        川でばったり出会ったら


        ワニが子分になりたがる


        ビールをまわせ底まで飲もう


        あんたが一番 わたしは二番


        Ha. ドン!ドン!


 


        すごい男がいたもんだ


        森でばったり出会ったら


        虎がすりすりにじり寄る


        ビールをまわせ底まで飲もう


        あんたが一番 わたしは二番


         Ha. ドン!ドン!




イメージ 2

さて猛暑の日本で頑張っている人も沢山いますが、先日新潟在住のアルさんのブログに「毎日暑いけど汗かいて〜美味しいビールを飲んで頑張ってまーす」の記事を見て思い出したのがこの「すごい男の唄」でした。

今から30年前のサントリー生ビールのCMソングであるが、
ビールをまわせ底まで飲もう〜あんたが1番 わたしは2番ドン! ドン!と歌う三好鉄生の骨太でハスキーなだみ声がなんともビールを飲みたくてたまらない気分にさせられたものでした。

その時CMに出ていたのはいかにもビール党らしい野性味溢れる冒険作家椎名誠だったが、最近はアルさんやウチのPのように女性のビール党も大幅に増加したようでビールCMでも女性の進出が目立っている。
  
そんな中で一番は偽ビール金麦CMの戸田恵梨香ちゃん(上写真)・・何とも美味しそうに飲んでますナア!!

伝説の「すごい男」の時代は終焉!現代は着実に「ビール女」の時代に移行しているようですなア



























ちゃんちゃん

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■昨日は昼寝し過ぎて5時起床・・Pの来る日もあって炊事優先でブログはお休みにした。

前回予告した「シャキーラ」を書こうかと一応用意はしたのだけど皆さんの反応はゼロ、それなら金曜朝市の「貧者の食卓」にするかと上の写真を撮った。

毎度のことだが数字は値段バーツ(1B=35円)で、牛蒡250B以外は日本より安いのでは?(温帯作物の牛蒡は当地では1000m以上の高地栽培のため少量生産で、朝市に出る機会も少なく高いのである)
 
この日のメーンは手前の丸鶏(120B)で、腹に山人参(20B)を入れて市販の大根(20B)と一緒に圧力鍋で煮るのだが・・、

その前に山人参の隣のトムヤムセット(レモングラス・こぶ蜜柑の葉・ウコン=5B) と唐辛子・ニンニク・ホムデーン(赤小玉葱)を混ぜて石臼で擂り潰す作業が面倒で最低30分は要し、出来上がりまでたっぷり1時間以上はかかるのである。

なお、圧力鍋には外に鶏ガラパウダーと酒・醤油を入れていたが、日本産の鶏ガラパウダーが在庫切れとなったため、最近は牡蠣油やナンパ―・味の素などタイ産調味料を使用、今では完全にタイ料理化している。




イメージ 2

■一日休んで・これだけじゃあ何なのでやはりシャキーラちゃんを紹介しましょう。

1977年コロンビア北部カリブ海の港町バランキヤ(人口170万)生まれというから現在41歳(どうやらPと同年齢のようだ)。

8歳の頃から作詞作曲を始めたシンガーソングライターで、15歳でレコードデビュー後は首都ボゴタおよびブラジルへ進出、特に2002年以降はスペインから英語圏のアメリカへと進出する世界ツアーで脚光を浴びてきた。

最大のヒット曲は2006年発表したヒップス・ドント・ライ(お尻は嘘つかない)で全米NO.1ヒットを達成してグラミー賞を獲得、「セクシークィーン」シャキーラの世界的地位を不動のものにした曲で、今日までYouTube5億6000万回再生されている。

私が最初にシャキーラを観たのもこの曲で、「お尻は嘘つかない」のタイトル通り躍動するシャキーラのシェイクヒップの魅力に目が点になったのを覚えているクリックしてご覧あれ

ちなみにシャキーラはイギリスでのインタビューでセックスシンボル化した自分自身を問われた際「胸は無いがヒップはある」と発言、お尻には自信満々のようであった。



イメージ 3
つまりシャキーラはお尻で世界を制覇したのであるが、シャキーラをお尻だけじゃない世界の歌姫に躍進させたのが、

2010年のW杯南アフリカ大会のテーマソング
を作って歌ったことである

■その結果ワカワカは全世界に大ヒットしてCD売り上げ400万枚、YouTube再生世界記録を更新したばかりか、

この曲を契機に10歳年下のスペインサッカーバルサの名DFジェラール・ピケ(写真)と結婚、ご覧のように2児の母となる人生最大の幸運も手に入れたのである。

メデタシメデタシ
































ちゃんちゃん
 

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