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いたたた・・タイ
2016・12/16−100万アクセス突破”皆さま感謝★★★★★★★★★☆

書庫タイ語とタイ文化

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イメージ 1■前回の「新カースト云々」は折角のマドンナブームに水をぶっ掛けるようなシラケ記事だったようで、特に女性はドン引!ナイス・コメントは激減した。

AI化の加速する現代、格差社会はさらに拡大して新カーストが固定化、下々の未来は夢もチボーもない」との屁理屈記事が支持される訳無いなと反省した次第である。              下着姿のオッサン

反省すると即変わり身が早いのがオッサンブログの特徴だが、本日は昨日のタイ語授業から得た話題である。

                 +

それではタイ語のお勉強でーす・・・
เสื้อผ้า(スアパー=服)・กางเกงガーンケン=ズボン)・กระโปรงクラプローン=スカート)などと服装用語をやっていたが、เสื้อในスアナイ)は当然「下着」だろうと答えると・・
NO‼下着ではなくブラジャー」のことだという。

スアナイは「中で着る」という意味だから「下着」じゃないかというと、「タイ語にはブラジャー以外に下着はありません」と異なことを言う。
 
じゃあパンツはというとガーンケン・カーサン(短い足ズボン=短パン)、ランニングシャツはスア・クワーム(筋肉シャツ),
Tシャツはスア・ユート(伸びる服)というそうで、いずれも下着ではなく外着として着用している。

つまり年中温暖なタイは女性のブラジャーを除いて下着(スアナイ)を着ける習慣がなく、下着といえばブラジャーを指すのだそうであると納得した。
             +

イメージ 2■それで思い出したのが以前「パンツをはかないタイ人⁈」という記事を書いたことがあった。

検索すると8年前の記事で、これはパンツを買いにスーパーに行ったところ見当たらず「ひょっとしてタイ人はパンツをはく習慣が無いのじゃないか?」と思って書いた記事である。

で一部を引用すると

★タイ人が水遊びの時ズボンのまま飛び込むのはパンツを穿いてないからじゃないのか?!
そういえば日本人は毎日パンツを取り替えるからズボンはしょっちゅう洗濯することは無いが・・タイ人は毎日ズボンを洗濯するようで、
私の短パン・ズボンも脱ぎ捨てておくとPが直ぐに持ち帰って洗濯してしまうので困ったことがしばしばあった。
又タイ人と結婚した日本人妻のブログだが、タイでは子供は先ずオムツもパンツもはかないようである。

理由は簡単暑いから、確かに熱帯国ゆえ子供はスッポンポンが理想、大人もパンツにズボンは二重穿きだから蒸れるんだろうなあ〜。


つまり8年前は「下着(パンツ)をはかないタイ人」に驚いたのだが、今改めて「ブラジャー以外に下着という言葉さえない」ことを知ってカルチャーショックを覚えた次第である。

もっとも今はエアコンの普及もあってタイの下着文化も大きく変容したようで、大家さんに聞くと女性はブラジャー以外にパンティを着用するのが普通であり、その呼び名はガーンケン・ナイ(内ズボン)というそうである。
























ちゃんちゃん

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イメージ 1

昨日又事故った。小脳梗塞で平衡感覚失調障害が出ているが、こうしょっちゅう事故るの繰り返しはバイク運転にも警報アリと見た方が正解か。

加えて本日大家さんに指摘されたがオッサンはスピードの出し過ぎ!!!ゆっくり乗りなさい。無論Pにも、オッサン死ぬの病気じゃないモーターサイ100!!!

マママ・・それはさておいて転び慣れた身ゆえ今回もかすり傷のみ・赤チンとサロンパスでも貼ってればOKカップと病院にも行かなかったが・・夕刻来たPがヒジがぷっくり腫れている・病院でX線撮った方がイイとノタモウタ。


イメージ 2■肩は少し痛むが肘は何とも無いと無視、明日はプールにも行く予定と強がってみたが・・、

翌朝(本日)腕を上げると痛むので薬屋でタイで人気の筋肉痛薬D(写真)を購入後、プールは中止して病院に寄ってみた。

で病院では肘と肩に何枚も✖線を撮ったが大過無し、薬飲んでDifelene塗っとけばOKカップとのこと。
しかし、病院代は事故の翌日なので.ร.บ(自賠責保険)が利かず2520バーツ(約9000円)請求された。

こんなことなら来るんじゃなかったは後の祭りだが、聞けば警察へ事故届を出して.ร.บ(保険)事務所へ出頭すれば返金してくれるとのことで、どうせ暇プールも無理とあらば本日ヤッタローかと思った。

でこの時点で10時だったが帰宅すると大家はタンブンで不在、事故届は事故った場所の警察で出すと言うが都心のワロロットまでは遠く、ジャングルアパートの前で事故ったことにして近くのメーピン警察へ行った。

パスポートと免許証、それに.ร.บ(保険)の書類を見せて「昨日6時ジャングルアパート前で転倒事故」と書いて提出すると「英語できるかに・NO/タイ語少し」というとアホと見たか、質問・尋問は皆無のサインのみで30分ほどでOKカップ!。

・・怖い日本の警察と違って皆ニコニコ笑ってマイペンライ・さすがタイ実に感じヨシ「コップンカップ」と・満面の笑顔で返し意気揚々と退散した。

11時過ぎに帰宅も頼りの大家は未だ不帰、30分にいつものラーメン屋で昼食後12時過ぎたがまだ不在、代わりに居た尼さん修行の娘に大至急カカさんの帰宅を依頼して帰ってきたのが、私の昼寝が終わった1時半であった。

イメージ 3■で大家の車で.ร.บ(保険)事務所に出かけたのが2時、それからノンビリした係りの女の子がダラダーラと書類審査を3040分、
やっと終わって・・

サア〜払った2520バーツが帰って来るかと思ってたら付き添いの大家さんが呼ばれて何やらコソコソ?

そして私が呼ばれて受け取ったのは2070バーツの銀行小切手❓❓❓、450バーツ(約1600円)何で引かれたの?と大家さんに尋ねると、それは「クレーム料金」とのことであった。

そういえば受付窓口にClaimと書いてあったが、後で.ร.บ(保険)代を後で請求する客は「クレーム(苦情)客」と指定してクレーム料金を別途徴収するんだろうか?・・警察のネズミ捕り同様のカモーイ(泥棒)料金かと憤慨したが‥。

クレームは日本でいう「苦情や文句」ではなく、英語同様 単に「請求」を指す言葉で、窓口のClaimは苦情ではなく請求窓口ということであった。

ツーことはクレーム料とは請求手数料ということになるが、請求金額の2割近い手数料となると・やはりオッサンにはカモーイ料金に見えますがノオ・・。






















ちゃんちゃん

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●本日水泳中ふとタイ語のマイサバーイ(よくない=不運)はマイペンライ(問題なし=OKカップ)と同義ではないだろうか?の疑念が湧き、私の書庫の「マイサバーイ」も思い切って「マイペンライ」に変更することにした。

ちなみに私の旧マイサバーイ書庫の記事はバイク事故や病気・盗難などの不運な記事をまとめてあるが、その大半はマイペンライとなったから記事にしていることに気づいたのである。



イメージ 1

さて私の書庫なんぞどうでもイイことであるが、マイサバーイ=マイペンライの発想の契機となったのは今話題沸騰の「タイ洞窟幽閉13少年救出騒動」である。

で13人のサッカー少年であるが、仲間の誕生日を祝う肝試しというお遊びで洞窟に入り出られなくなって大騒ぎ、はては世界を巻きこむ大ニュースとなって海軍潜水部隊や海外派遣隊など3000人強が捜索に出動、9日目に英人プロダイバーの発見により9日ぶりに少年たち全員の生存が確認された。

しかし雨季最中の大雨もあって救出作業は難航、2週間目の76日には救出作業中の海軍ダイバー(38歳)の死亡事故が発生(本日9日うち4名救出の報アリ-上写真)した。

これが日本ならお遊びで危険な雨季の洞窟に入った少年たちへの批判やとりわけ一緒に入った25歳のサッカーコーチを非難する自己責任論が沸騰、マスコミの追求と非難にさらされた少年たちの保護者は言葉も無く、雨戸を閉め切って沈黙する姿が想像できる。



イメージ 2

しかし、ここは子供には大甘なマイペンライ国家タイ・・・、
特に全員の無事が確認されて以降はハッピーハッピー!チョークディー!!!とよく頑張ったムード一色の英雄扱い、勿論自己責任論など皆無の非国民。

特に僧侶経験のある同行のコーチに対しては少ないお菓子を子供に配分して自分は食べず、瞑想させて疲労を抑えた命の恩人とまるで聖人のように称賛している。

ところで日本ならマスゴミがこれまでにいくらかかったかと救出費用を大々的に算出、1ヶ月続けばン億円ですべて我々国民の税金だと喧伝するはずであるが・・・、

しかし、Pを始め国民の大半が直接税を払って無いタイでは税金で負担しているとの感覚は極めて薄く、むしろこのような困窮時に大尽が支援するのはタンブン(功徳)を積む絶好の機会なのである。

ちなみに評判の悪い現軍政にとっては軍の奮闘を宣伝する一大チャンスで、少年たちを自然災害の被害者として見舞金を支給する方針を発表、先日現地洞窟を慰問したパユット将軍(首相)に対して少年の父母たちが理不尽な要求をしているのをテレビで見たが、少し違和感を覚えた。


すなわちマイサバーイはマイペンライと化し、時にはチョークディー(ベリーハッピー)にもなる国、それが「ジス・イズ・
タイランド」なのである。

























ちゃんちゃん

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先月半ばだったか田んぼの稲刈りを紹介したが、2度目の田植えが近いようでご覧のように田んぼに水が張られ、代かきが始まったようである。

タイは年2回収穫する2期作が一般的だが、かんがい用水のある田んぼでは10月からの3期作も可で、ピン川用水の整備された当地も該当するが、労働意欲がイマイチの国民性ゆえ手間のかかる水田耕作を年に3度もやるだろうか?


イメージ 2■もっとも今は機械の世の中でタイとて同様だが、田んぼの代かきは大変な労働で昔は右写真のようにコッテ牛を使って一家否村中総出でやったものです・・。

ネットで入手したが懐かしい写真でしょう・・コッテ牛を操るのは勿論タイ(怠)女ではなく、今は日本でも完全消滅した大和早乙女七変化でやんす。


                +



イメージ 3

■さて稲刈りの終わった6月下旬の農閑期が当地の村祭りで、私も出かけて昼食を頂きマンモスと「ラッキーカムカム」に書きましたが、翌日も出かけて写真を撮ったのが残ってたので紹介しましょう。

この日のメーンもフリーの昼食で、写真のように私とソックリ瓜二つのボンビーオッサンに遭遇しました。

手前の女の子たちはこのようなフリー飲食者にジュースや茶を配る係りに選ばれた子供たちです。




イメージ 4


■こちらは仏様に供えるチャナン(?)を作っているオバハンたち・・

男は皆無ですがワイワイガヤガヤホントに楽しそうですねえ。





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■祭りとくれば定番のドサ周り劇団による村芝居が掛かり、これを見ながらお食事でやんす。

左は劇団のスーパーヒロイン女郎蜘蛛の姐さん、右はオカマ
のオッちゃんですが・・・実は女郎蜘蛛のお姐ちゃんもオカマちゃんでやんした。





イメージ 6

■しかし一番の人気者はキーマオ(酔っ払い)の小人のオッちゃんで、手に地酒のラオ酒を抱えてあっちにフラフラこっちにフラフラと千鳥足で♪放歌朗吟&七転八倒ダンス。

お寺で開催の村祭りゆえ禁酒禁煙禁欲ゆえ、その反動を演じるキーマオちゃんやオカマちゃん人気となるんでしょうナ‥それはもうやんややんやの大喝采でした。



イメージ 7■最後にお寺の入口にあった禁断の御触れ書き・・

すなわちお寺では左のような足や手や胸を露出させた服装は禁止で、右のような長ズボンや長スカートを着用のこと胸開きシャツもいけませんとある。


―ただし女性のみで男性は不問―当然でやんすよね。































ちゃんちゃん

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●PⅭ不調で投稿できず6時間・パスワードを変更して漸く投稿可・参りました。


●昨日は調整休業日を取った。先日更新の「私の一日」でも触れたが、隔日のブログ更新日と炊事日が重なる重複日が一月も続いて忙しなく、調整を余儀なくされるに至ったのである。
 
で昨日は久しぶり手の込んだ丸鶏スープ料理をしたが日本から持ち込んだ鶏ガラ出汁やハマグリ出汁が切れて味覚ダウンでPにも不評、今後はトムヤム出汁などタイ料理研究の必要性を痛感した次第。
 
3日ぶりの本日だがいつものアササンじゃ食傷気味だし・おおそうじゃ以前から気がかりだった「沙羅双樹」の再考といくかとなったのである。
 
ところで「沙羅双樹」だが当ブログでは200710月が初稿で、20092月に改訂版を出しているが、どうもその改訂版を読み直してみるとイマイチ得心が行かず、今回3度目は1から再考してみようと思ったのである。
 




イメージ 7
先ず名称の「沙羅双樹」であるが、双樹は一対の木を表す形容詞で、すなわちサラ(沙羅)の木である。
 
沙羅双樹といえば日本では平家物語冒頭の「祗園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必滅の理をあらはす 」 で有名で、

続いて「 奢れる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし 」、つまり”沙羅双樹の花の色”とは最期の花=「死に花」を咲かせるの意である。
 
仏教では釈迦入滅時の涅槃図(上画像)のように釈迦を囲んで嘆き悲しむ大勢の弟子や動物たちとともに、四方を囲んでいた四対八本の沙羅の木も枯れて鶴の羽根のように白くなったとの伝説から、仏教の聖木とされてきた。
 





イメージ 1

■私が沙羅双樹に関心を持ったのは200412月の初来タイ時にチェンマイのドイステープ寺院訪問の折、ガイドがこの木が沙羅双樹で、タイ語ではサーラ・ランカーสาละลังกาと呼ぶと教えられ、これがかの有名な沙羅双樹かと感銘したことを覚えている。
 
上がそのサーラ・ランカーであるが、ドイステープではなく翌年ランプーンのハリプンチャイ寺院に行った際撮影、日本では類稀なる豪華絢爛な花に魅せられたのを鮮明に記憶している。
 
 
 
 
 
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■しかし、その後サーラ・ランカーを花木図鑑で調べるとホウガンボク(砲丸木)と記されたサガリバナ科の常緑高木とあった。
 
すなわちこの木は花が終わると上写真のような「球形の砲丸」のような果実を結び、英語名はキャノンボールツリー、イコール砲丸木で、原産地は南アメリカのギアナ地方とあった。
 
つまり、南米原産のホウガンボクが釈迦入滅時の2500年以上前にインドやタイにあろうはずもなく、となるとサーラ・ランカーは沙羅双樹では無いということになる。
 
 
 
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■ではホンモノの沙羅双樹はいかなる木かと見ると、釈迦入滅地の北インド原産のフタバガキ科の常緑高木にサラノキ(サラ・インディア)がありました。
 
左の写真がその花であるが、ご覧の通り「な〜んだコレ…」がというような小さくてみすぼらしい花で、

かの豪華絢爛たるホウガンノキの花とは比すべくもない貧相な花でありました。

 
 
イメージ 4
■じゃあ「平家物語」に登場する日本の沙羅双樹は???

寒くて厳しい冬のある日本ゆえ、ホウガンボクもサラインディアも育たず、ツバキ科の落葉高木ナツツバキ(右)が代用の沙羅(シャラノキ)とされてきました。
 
清楚な白い椿の花、いかにも日本らしい仏前にふさわしい諸行無常の最期のお花ですね。
 
 
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ところでタイでは何故仏教とは縁もゆかりもないホウガンボクをサーラ・ランカー(沙羅双樹)のごとき名前を付けて聖木として崇め奉っているのだろうか?。
 
さらにタイのみならず隣国ミャンマーおよびスリランカに至る南方上座部仏教(小乗仏教)国では共通してホウガンボク=沙羅双樹とされており、ミャンマーでは国花ともなっている。
 
原産地は南米ギアナ地方だからホウガンボクが東南アジアにもたらされたのは、英仏の植民地時代となると19世紀以降であるが、何ゆえ仏教寺院がホウガンボクを沙羅双樹として受け入れたのかの疑問が残る。
 
まてよ・南方上座部仏教の中心スリランカが怪しい・スリランカとサラランカはよく似ている、サーラ・ランカーは「沙羅の島」という意味ではないのか?と調べるとランカーはスリランカの旧名セイロン(ライオンの島)を指しほぼ同意であった。
 

 
イメージ 6
スリランカにホウガンボクが輸入されたのは1881年であるが、前回20122月コメントを頂いたKentaroさんによると・
 
「ホウガンボクの子房の形状が仏塔に似ていること、またその子房をブッダそのものと見做し、それを取り囲むように密生する柱頭をブッダの弟子、対面するように生じる雄しべをブッダの説法を聞く人々に見立てるなど・・
 
ホウガンボクの諸々の形状・性質が仏教観と合致し、敬虔な仏教徒の心を捉えたのではないでしょうか」という傾聴に値するお説を頂いた。
 
ところでタイへのホウガンボク導入は1883年にラーマ5世国王が訪印の折持ち帰り、ワットポーに植樹したのが始まりのようで、以来聖木サーラ・ランカ-(沙羅双樹)として各地の寺院に株分けされたものだが、何も考えず即信心するタイ人のいい加減な心が透けて見えるような気がしてしかたがない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ちゃんちゃん
 
 

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