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いたたた・・タイ
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20145月、19回目の軍事クーデターでインラック政権を打倒したプラユット軍政は、以来国会を閉鎖・5人以上の集会を禁止してタクシン派など反対勢力には徹底的弾圧を加え、20168月には軍政継続を狙った19回目の新憲法を制定して軍事独裁体制を構築してきた。

しかし選挙では敗北続きの軍政は総選挙の実施を先送りしてきたが、20178月依然人気のインラック前首相(右写真)を国外追放後は、有力な候補不在から軍部に総選挙実施の機運が高揚、20192月の総選挙実施が発表された。

バンコクポストやテレビなど御用マスコミによる総選挙予想は、タクシン・インラックなど有力候補不在の野党より軍政の有利を報じてきたが、予期せぬ異変が勃発してシナリオは一変した。

即ち20181022日にヒップポップグループRAD(反独裁ラップ)がYouTubeに発表したラップソング「プラテート・クーミー(俺の国には)」 ←クリック再生可(日本語訳ありである

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■歌の中身は「このクソみたいな国になにがあるのか/俺たち全員で教えてやるよ」で始まる超過激な反軍ラップソングで、
20145月から続く軍事独裁政権下で起きたできごとを痛烈に批判する歌詞が続き、各パーツの最後には「プラテート・クー・ミー、プラテート・クー・ミー(俺の国には、俺の国には)」というリフレインが繰り返される
2日目に60万回再生とヒットしたが、4日目に軍政の国家警察副長官が「このラップのアーティスト、MV制作者、さらにはSNS上でビデオをシェアした人間はコンピューター関連犯罪法」に照らして、罪に問われる可能性がある」と発言した。
しかし、これがTVニュースなどで大きく取り上げられたことで火に油を注ぐ結果となり、同日中にタイポップスチャート1位を獲得、その晩のうちに再生回数は一気に数百万回増加、公開から1週間後の1029日には再生2000万回を突破した
あまりの反響に慌てた軍政は警察副長官が再び登場、「法に抵触する証拠はない、歌っても、聞いても、シェアしても罪には問われない」と自身の発言を撤回、結果的に反軍ラップを公認する、ことになったのである。
その結果、再生回数はさらに増大、119日には3000万人、現在は国民の75%強の5200万人がシェアしている。
表面上は王様・軍隊万歳と権力には従順そうに見えるタイ人だが、選挙となれば手のひら返し、反軍反権力のタクシン派への根強い支持を改めて感じた反軍ラップソング事件であった。
他方、軍政は「プラテート・クーミー」に対抗するアンサーソングとして113「タイランド40ラップ・タイ人は頑張れる」を発表した。
一節を紹介すると♪朝のタイ おはよう/あくびばっかりしてないで 立って立って/座ってため息ばっかりついてないで/やりなおそう もっと元気出そう/タイ人もイノベーション(技術革新)で頑張れる/プラテート・クーミー、プラテート・クーミー(俺の国には、俺の国には……
・・と怠惰なタイ人を叱咤激励しているが、上から目線ラップへ
の反響はゼロ、逆に大きな反発と反感を買うのみであった

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■こうした中で軍政は2018
 1211日、192月の総選挙を前に集会の自由など政治活動を解禁するとともに、プラユット軍政の継続を目指した軍政新党「パランプラチャーラット(国民国家の力)党」を設立


P家など年収10万バーツ以下の低所得者(約2割)には一律500バーツの「新年の贈り物」を配布、通院高齢者には同1000バーツ支給などのバラマキ政策を発表した。
しかし、タイ国立開発行政研究院が122426日に18歳以上のタイ人を対象に実施した「国民が必要とする新年の贈り物をプレゼントすることができる政党」の世論調査結果は・・!!!
1位は反軍タクシン派のプアタイ(タイ貢献党)で277と、軍政新党の165%を大きくリード、3位は反タクシン派民主党164%、4位反軍新党の新しい未来党59%であった。

タクシン派は28%と3割に満たないが政府実施の調査ゆえで選挙となれば倍増は確実、実施すればタクシン派の過半数獲得と軍政新党の少数派転落は確実視されている。


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なお、総選挙は224日実施予定であるが、軍政は現状では不利と判断、ワチラロンコン新国王の戴冠式がある5月以降に延期されるとの観測も遡上している。

しかし、総選挙は下院のみで、万が一負けても軍政派任命議員が独占する上院優位と改定した新憲法があり、

それでもだめなら20回目のクーデターと奥の手が控えている―それがタイ非民主主義人民王国の実態である。

(⁂上写真はジャングルアパートの独裁者トッケー総理である。)




































ちゃんちゃん

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いやあ「ニジェール内陸デルタと黄金郷トンブクツー」・・これほどまでにドン引かれるとは想定外でしたなあ。

ところで前々回の記事「いつまで続くタイの軍事独裁政権」でバンコクポストは、プラユット首相が約束した今年11月の総選挙公約を着実に履行させるため、今年元旦から選挙日までのカウントダウン日数を連日新聞一面に表示してきたことを書いたが・・

だが何をやっても聞く耳を持たない軍政には“蛙の面にションベン”、1月末傘下の暫定議会に早々と選挙日の3ヶ月延期(来年2月実施)を出させたが、バンコクポストは首相自身の言葉でないとこれを無視してカウントダウンを継続、226日にはあと273日と表示されたこところまで紹介した。

ところがそれから一週間も経たない(正確には2日後)内に大きな紙面の変動があったので急遽続報!!!・それが下記228日のバンコクポスト一面である。

イメージ 2つまり一面中央にあった選挙日までのカウントダウン数字(タイでは「カウダウ」と略称)が消えて・・

"Prayut’s new poll vow   met with scorn"の大見出しとともに演説するプラユット首相の大写真が貼られてあった。

で見出しには何と書いてあるかと見れば「プラユットの新選挙日の公約は、Scorn(嘲笑・軽蔑)に直面した」である。



イメージ 3■つまり右表の→→→→
BROKEN PROMISES(破られた公約一覧表)を見れば分かるように、

20151月から昨年10月まで総計5回も選挙日を延期し続けたプラユットの言葉は全く信用できず、

現在6回目の来年2月実施だって本当にやるかどうかは極めて疑わしく、国民から「ウソつき」と軽蔑され嘲笑されているとクソミソである。

したがってバンコクポストが一面に掲示してきた今年11月(5回目)の「投票日カウントダウン」も周知のようにとっくに破られており、本日より選挙リマインダ(予定通知)アイコン(表示)を削除することにしたと発表したのである。

つまりバカバカしくてこれ以上ウソつきパユちゃん(タイではrやtは発音せず、プラユットはパユッと呼称している)には付き合ってらんないてえこと見たいですナ。

さあてどうなりますか?バンコクポスト発刊停止か・・それよりウラを取らず推測と憶測のみで掻き立てて現政府を批判している当ブログも、痛い目に遭わない保証はないかも知れませんなア・・



てな訳でしばらくはタイの政治記事は遠慮いたします。


























ちゃんちゃん

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■■左写真は今日のバンコクポスト紙の一面であるが、巻頭写真のすぐ下に273の数字と白抜きの説明が記載され、その説明が右の英文であるが、訳すと以下の通りである。


poll countdown投票カウントダウン)


プラユット首相は、今年11月までに総選挙が実施されると述べた。
バンコクポストは彼の言葉に信頼して、11日から11月の最後の日曜日(25日)までの329日間のカウントダウンを設定しました。

バンコクポストは首相が総選挙を明確に延期すると発表するまで、このカウントダウンを継続します。


即ち軍政が昨年暮れに今年11月の総選挙実施を公約したが、それを信じて今年の元旦から投票日まで329日間のカウントダウンを設定、新聞一面の中央に毎日掲示していくというわけである。

本日はあと273日ということは投票日まで56日経過した計算で、タイ国民がいかに現軍政に飽き飽きし民主政治の復帰を待ち望んでいるかが分かろうというものである。

イメージ 4軍事クーデターによってインラック政権    を倒して現軍政が成立したのは20145月だからもうすぐ4年になるが、20068月のタクシン民政打倒クーデターから数えれば、もう12年間もタイの民主政治は崩壊していることになる。

この間総選挙は3回実施されたがいづれも農民・貧困層を支持基盤とするタクシン派が圧勝したが、その都度軍部が介入するクーデター(司法クーデターも含む)が勃発して民主政治は蹂躙されてきたのである。

2014年に成立したプラユット軍政は軍部や支配階層に有利な新憲法を制定して軍部独裁色を強め、タクシン派の徹底弾圧を断行して総選挙の先送りを続け、昨年8月にはその象徴であるインラック前首相を国外追放した。

つまり昨年暮れの総選挙実施公約は、最大の強敵であるタクシンもインラックも不在で選挙への出馬は出来ず、目玉のいないタクシン派なら勝てると踏んだからであろう。




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■しかし、4年に及ぶ軍事独裁政権は上の漫画のcorruption(腐敗)に象徴されるように、タクシン一族やタクシン系客家財閥の弾圧による資産没収とともに反タクシン系潮州財閥による汚職・収賄などの腐敗が蔓延、プラユットはもう飽きた早く辞めろの声が高まってきたのである。

本来は反タクシン系新聞であるバンコクポストのカウントダウンもその象徴で、上の漫画corruptionもバンコクポスト掲載で、いわば身内からの批判はさすがの軍政も動揺しているのでは・・?

・・とは外野から見た希望的観察であるが、飽食・金満にどっぷりの軍政にはカエルの面にションベン!先月末軍部暫定議会は総選挙の3ヶ月延期(来年2月実施)を発表した。

なお、バンコクポストはパユット首相の発言ではないと投票カウントダウンの続行を発表したが・・・、
さあてどうなりますか?無期延期にならなきゃイイが・・・。




























ちゃんちゃん

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■ブログネタに困るとタイの英字紙バンコクポストを多用しているが、上はWAR OF  WORDS(言葉の戦争)と題するトランプと金正恩を揶揄した風刺画である。

どう見ても国家元首とはほど遠い自己中の耄碌ジジイと自己中のクソ餓鬼同士の低劣なノノシリ合いであるが、セリフがあった方がイイだろうとオッサンが言葉(赤字)を付け足したものである。

「どっちもどっち」の輪をかけた自己中同士で日本列島を挟んで罵り合っているが、耄碌ジジイが頼りの安部ちゃんはクソ餓鬼を元寇に見立てて「国難突破解散」とはアンタライ!!!

そこへ行くとこの漫画を描いたタイ人は「対岸の火事見物」だけに沈着冷静、さすがは東南アジアで唯一の独立国家を保ってきただけに慌てず騒がず・・米朝を見下してますナア。

・安部ちゃんも少しは見習って欲しいものである。



イメージ 2■ところがタイ人「対岸の火事」はよく見えるが、自分のことはアキメクラ(明き盲)

つまりタイは不敬罪のある絶対王制国で国王および国軍への批判は許されず、「言葉の戦争」のようなお上を批判する風刺画も厳罰なのである。

しかし、選挙をやれば貧困層が支持するタクシン派が勝ち、そのつど軍事クーデターが勃発すると言うまさに「非民主主義人民王国」がこの国の実態となってきた。

上画像は先般米価政策が国に損害を与えたとの謀略で国家を追われたインラック前首相だが、現軍政におもねる新聞は「WANTED(お尋ね者)」とまるで指名手配のごとき悪人仕立て、暴力で政権を奪って4年も居座る軍政こそが悪の権化ではないのかと思うが・・どうも違うらしい。



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■なお、来年2018年には総選挙が実施される予定だが、本日の新聞には政府の実施した世論調査では715%が総選挙の延期を容認との提灯記事があった・・・この分じゃあ少なくともあと5年・否永遠に軍政が続きそうな予感がする。

大衆には根強い人気のあるインラック前首相だが、9月27日の最高裁不在判決ではコメ政策の職務怠慢とかで5年の禁固刑が確定・・これで選挙への出馬は不可能となった。
























ちゃんちゃん

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【非民主主義人民王国】の実態 インラック前首相は最高裁判決の直前に国外逃亡したが、27日インラックを除く前政権要人の判決が出されたので特記しておきたい。

繰り返すがこれは国会で承認された法令を執行したため国家が多額の損失を受けたとするこじつけ裁判であるが、それを軍政傘下の最高裁が有罪と判決、担当大臣のブンソン元商務相には禁固42年の実刑判決が下され、政府政府役人5名にも軒並み3040年の実刑、一番重かったのはコメ 商社オーナーA氏でなんと禁錮48年の実刑プラス169億バーツ(約507億円)の損害賠償支払い命令であった。

被告の年齢は一番若いインラックでも50歳だから3040年の実刑判決は死刑に等しい重罰であり、インラックには1ヵ月後の9月27日に判決が出されるらしいが、逃亡して正解(軍政の逃亡容認説もあるが・)だったろう。

日本を例にとるなら昨年の安保法が違憲だとして担当の稲田大臣が禁錮42年の実刑判決を受け、それを恐れた安部ちゃんは国外逃亡・・こんなアホなこと考えられまっか???

正にこの裁判は民主主義の弾劾判決となったが、私が現タイ政府を【非民主主義人民王国】と揶揄する所以・・お分かりいただけたのでは。

さて本日は前記事に追記して【客家】のURLを貼り付けたが、ほとんどの読者が読んでないようなので再掲一部再考してアップする。

×    ×    ×
 
●中国のユダヤ人【客家】

先に大金持ち客家のタクシン記事で,タクシンは中国系華僑客家(はっか)の出身であると書いたが、今回はその客家について記す。

客家は「お客さん」すなわち他所から来た「外来者」の意で、中国北部(華北)から南部(華南)へ移住してきた漢民族の一支流集団を華南先住民が呼んだ名称である。

客家の祖先は秦始皇帝時代からの正統漢民族であるが、4世紀の唐代以降北方諸民族に追われて移住を繰り返し、14世紀頃から華南の山地に定着するようになったが、19世紀以降は他の華僑同様に東南アジアへ各地へ移住する者も急増した。


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■客家の集落は写真のように円形や方形の巨大な土楼を巡らせた【客家土楼】と呼ばれる「要塞村」が有名で、1つの土楼に数百人が居住する村を形成、周辺先住民とは一線を画して孤立した独自の言語・文化を維持してきた。

客家土楼が最もよく見られるのが福建省の山地で、2008年には【福建土楼群】としてユネスコ世界遺産に登録されている。

彼らは家長制の下で一族の血を守るため婿をとらず、先祖代々の土地がないため流通や商人・軍人などに従事してきたが、教育熱心かつ勤勉で「中国のユダヤ人」とも呼ばれてきた。



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衣食習慣では黒服と犬肉食が知られるが、中世以降中国で盛行した女性の纏足(てんそく)の習慣は無く、先住民からは「山に住む大足の女」と悪口を言われたようだ。

客家は小集団維持のため中央政府には従順であるが、万能薬タイガーバームの胡文虎などの商売人は別として反骨精神旺盛な多くの革命や政治的リーダーを生んだことも特記される。

イメージ 3ちなみに客家出身の高名な政治家を見ると太平天国の乱の洪秀全や中華革命の孫文、改革開放の父小平(右写真)、台湾独立派総統の李登輝、シンガポール建国の父リークワンユー(李光耀)、フィリピン革命のコラソン・アキノ(許娜桑)大統領、それにわがタイのタクシン(丘達新)・インラック(丘英樂)首相など極めて多彩な逸材を輩出している。
 

ところで客家の総人口は12000万人とほぼ日本人口に匹敵するほどで、タイでは少数派であるが、東南アジア華僑の3分の1を占める一大勢力を形成している。

ところで貯金は銀行より金行で触れたようにタイ経済は中国系華僑が支配しているが、その中心は現王朝と繋がりの深い広東省出身の潮州人でバンコクを中心にタイ華僑の6割を占めている。

これに対し客家は第二勢力であるが16%程度とタイでは傍流で、潮州色の薄いチェンマイやイサーンを根城としてきた。


しかし、2000年以降タクシン政権の下で客家は勢力を拡大して潮州閥を急追、 20066月のタクシン追放クーデター及び2014年7月のインラック追放クーデターはこうした新旧華僑同士の対立が大きな要因の一つとされている。

ちなみに客家を「東洋のユダヤ人」と呼称したのは潮州人を遠縁とするラーマ6世国王(1911〜25年)が最初で、両者の対立は現チャクリ王朝創建時代に遡るほど旧い怨恨がある。



























ちゃんちゃん

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