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いたたた・・タイ
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いやあ「ニジェール内陸デルタと黄金郷トンブクツー」・・これほどまでにドン引かれるとは想定外でしたなあ。

ところで前々回の記事「いつまで続くタイの軍事独裁政権」でバンコクポストは、プラユット首相が約束した今年11月の総選挙公約を着実に履行させるため、今年元旦から選挙日までのカウントダウン日数を連日新聞一面に表示してきたことを書いたが・・

だが何をやっても聞く耳を持たない軍政には“蛙の面にションベン”、1月末傘下の暫定議会に早々と選挙日の3ヶ月延期(来年2月実施)を出させたが、バンコクポストは首相自身の言葉でないとこれを無視してカウントダウンを継続、226日にはあと273日と表示されたこところまで紹介した。

ところがそれから一週間も経たない(正確には2日後)内に大きな紙面の変動があったので急遽続報!!!・それが下記228日のバンコクポスト一面である。

イメージ 2つまり一面中央にあった選挙日までのカウントダウン数字(タイでは「カウダウ」と略称)が消えて・・

"Prayut’s new poll vow   met with scorn"の大見出しとともに演説するプラユット首相の大写真が貼られてあった。

で見出しには何と書いてあるかと見れば「プラユットの新選挙日の公約は、Scorn(嘲笑・軽蔑)に直面した」である。



イメージ 3■つまり右表の→→→→
BROKEN PROMISES(破られた公約一覧表)を見れば分かるように、

20151月から昨年10月まで総計5回も選挙日を延期し続けたプラユットの言葉は全く信用できず、

現在6回目の来年2月実施だって本当にやるかどうかは極めて疑わしく、国民から「ウソつき」と軽蔑され嘲笑されているとクソミソである。

したがってバンコクポストが一面に掲示してきた今年11月(5回目)の「投票日カウントダウン」も周知のようにとっくに破られており、本日より選挙リマインダ(予定通知)アイコン(表示)を削除することにしたと発表したのである。

つまりバカバカしくてこれ以上ウソつきパユちゃん(タイではrやtは発音せず、プラユットはパユッと呼称している)には付き合ってらんないてえこと見たいですナ。

さあてどうなりますか?バンコクポスト発刊停止か・・それよりウラを取らず推測と憶測のみで掻き立てて現政府を批判している当ブログも、痛い目に遭わない保証はないかも知れませんなア・・



てな訳でしばらくはタイの政治記事は遠慮いたします。


























ちゃんちゃん

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■■左写真は今日のバンコクポスト紙の一面であるが、巻頭写真のすぐ下に273の数字と白抜きの説明が記載され、その説明が右の英文であるが、訳すと以下の通りである。


poll countdown投票カウントダウン)


プラユット首相は、今年11月までに総選挙が実施されると述べた。
バンコクポストは彼の言葉に信頼して、11日から11月の最後の日曜日(25日)までの329日間のカウントダウンを設定しました。

バンコクポストは首相が総選挙を明確に延期すると発表するまで、このカウントダウンを継続します。


即ち軍政が昨年暮れに今年11月の総選挙実施を公約したが、それを信じて今年の元旦から投票日まで329日間のカウントダウンを設定、新聞一面の中央に毎日掲示していくというわけである。

本日はあと273日ということは投票日まで56日経過した計算で、タイ国民がいかに現軍政に飽き飽きし民主政治の復帰を待ち望んでいるかが分かろうというものである。

イメージ 4軍事クーデターによってインラック政権    を倒して現軍政が成立したのは20145月だからもうすぐ4年になるが、20068月のタクシン民政打倒クーデターから数えれば、もう12年間もタイの民主政治は崩壊していることになる。

この間総選挙は3回実施されたがいづれも農民・貧困層を支持基盤とするタクシン派が圧勝したが、その都度軍部が介入するクーデター(司法クーデターも含む)が勃発して民主政治は蹂躙されてきたのである。

2014年に成立したプラユット軍政は軍部や支配階層に有利な新憲法を制定して軍部独裁色を強め、タクシン派の徹底弾圧を断行して総選挙の先送りを続け、昨年8月にはその象徴であるインラック前首相を国外追放した。

つまり昨年暮れの総選挙実施公約は、最大の強敵であるタクシンもインラックも不在で選挙への出馬は出来ず、目玉のいないタクシン派なら勝てると踏んだからであろう。




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■しかし、4年に及ぶ軍事独裁政権は上の漫画のcorruption(腐敗)に象徴されるように、タクシン一族やタクシン系客家財閥の弾圧による資産没収とともに反タクシン系潮州財閥による汚職・収賄などの腐敗が蔓延、プラユットはもう飽きた早く辞めろの声が高まってきたのである。

本来は反タクシン系新聞であるバンコクポストのカウントダウンもその象徴で、上の漫画corruptionもバンコクポスト掲載で、いわば身内からの批判はさすがの軍政も動揺しているのでは・・?

・・とは外野から見た希望的観察であるが、飽食・金満にどっぷりの軍政にはカエルの面にションベン!先月末軍部暫定議会は総選挙の3ヶ月延期(来年2月実施)を発表した。

なお、バンコクポストはパユット首相の発言ではないと投票カウントダウンの続行を発表したが・・・、
さあてどうなりますか?無期延期にならなきゃイイが・・・。




























ちゃんちゃん

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■ブログネタに困るとタイの英字紙バンコクポストを多用しているが、上はWAR OF  WORDS(言葉の戦争)と題するトランプと金正恩を揶揄した風刺画である。

どう見ても国家元首とはほど遠い自己中の耄碌ジジイと自己中のクソ餓鬼同士の低劣なノノシリ合いであるが、セリフがあった方がイイだろうとオッサンが言葉(赤字)を付け足したものである。

「どっちもどっち」の輪をかけた自己中同士で日本列島を挟んで罵り合っているが、耄碌ジジイが頼りの安部ちゃんはクソ餓鬼を元寇に見立てて「国難突破解散」とはアンタライ!!!

そこへ行くとこの漫画を描いたタイ人は「対岸の火事見物」だけに沈着冷静、さすがは東南アジアで唯一の独立国家を保ってきただけに慌てず騒がず・・米朝を見下してますナア。

・安部ちゃんも少しは見習って欲しいものである。



イメージ 2■ところがタイ人「対岸の火事」はよく見えるが、自分のことはアキメクラ(明き盲)

つまりタイは不敬罪のある絶対王制国で国王および国軍への批判は許されず、「言葉の戦争」のようなお上を批判する風刺画も厳罰なのである。

しかし、選挙をやれば貧困層が支持するタクシン派が勝ち、そのつど軍事クーデターが勃発すると言うまさに「非民主主義人民王国」がこの国の実態となってきた。

上画像は先般米価政策が国に損害を与えたとの謀略で国家を追われたインラック前首相だが、現軍政におもねる新聞は「WANTED(お尋ね者)」とまるで指名手配のごとき悪人仕立て、暴力で政権を奪って4年も居座る軍政こそが悪の権化ではないのかと思うが・・どうも違うらしい。



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■なお、来年2018年には総選挙が実施される予定だが、本日の新聞には政府の実施した世論調査では715%が総選挙の延期を容認との提灯記事があった・・・この分じゃあ少なくともあと5年・否永遠に軍政が続きそうな予感がする。

大衆には根強い人気のあるインラック前首相だが、9月27日の最高裁不在判決ではコメ政策の職務怠慢とかで5年の禁固刑が確定・・これで選挙への出馬は不可能となった。
























ちゃんちゃん

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【非民主主義人民王国】の実態 インラック前首相は最高裁判決の直前に国外逃亡したが、27日インラックを除く前政権要人の判決が出されたので特記しておきたい。

繰り返すがこれは国会で承認された法令を執行したため国家が多額の損失を受けたとするこじつけ裁判であるが、それを軍政傘下の最高裁が有罪と判決、担当大臣のブンソン元商務相には禁固42年の実刑判決が下され、政府政府役人5名にも軒並み3040年の実刑、一番重かったのはコメ 商社オーナーA氏でなんと禁錮48年の実刑プラス169億バーツ(約507億円)の損害賠償支払い命令であった。

被告の年齢は一番若いインラックでも50歳だから3040年の実刑判決は死刑に等しい重罰であり、インラックには1ヵ月後の9月27日に判決が出されるらしいが、逃亡して正解(軍政の逃亡容認説もあるが・)だったろう。

日本を例にとるなら昨年の安保法が違憲だとして担当の稲田大臣が禁錮42年の実刑判決を受け、それを恐れた安部ちゃんは国外逃亡・・こんなアホなこと考えられまっか???

正にこの裁判は民主主義の弾劾判決となったが、私が現タイ政府を【非民主主義人民王国】と揶揄する所以・・お分かりいただけたのでは。

さて本日は前記事に追記して【客家】のURLを貼り付けたが、ほとんどの読者が読んでないようなので再掲一部再考してアップする。

×    ×    ×
 
●中国のユダヤ人【客家】

先に大金持ち客家のタクシン記事で,タクシンは中国系華僑客家(はっか)の出身であると書いたが、今回はその客家について記す。

客家は「お客さん」すなわち他所から来た「外来者」の意で、中国北部(華北)から南部(華南)へ移住してきた漢民族の一支流集団を華南先住民が呼んだ名称である。

客家の祖先は秦始皇帝時代からの正統漢民族であるが、4世紀の唐代以降北方諸民族に追われて移住を繰り返し、14世紀頃から華南の山地に定着するようになったが、19世紀以降は他の華僑同様に東南アジアへ各地へ移住する者も急増した。


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■客家の集落は写真のように円形や方形の巨大な土楼を巡らせた【客家土楼】と呼ばれる「要塞村」が有名で、1つの土楼に数百人が居住する村を形成、周辺先住民とは一線を画して孤立した独自の言語・文化を維持してきた。

客家土楼が最もよく見られるのが福建省の山地で、2008年には【福建土楼群】としてユネスコ世界遺産に登録されている。

彼らは家長制の下で一族の血を守るため婿をとらず、先祖代々の土地がないため流通や商人・軍人などに従事してきたが、教育熱心かつ勤勉で「中国のユダヤ人」とも呼ばれてきた。



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衣食習慣では黒服と犬肉食が知られるが、中世以降中国で盛行した女性の纏足(てんそく)の習慣は無く、先住民からは「山に住む大足の女」と悪口を言われたようだ。

客家は小集団維持のため中央政府には従順であるが、万能薬タイガーバームの胡文虎などの商売人は別として反骨精神旺盛な多くの革命や政治的リーダーを生んだことも特記される。

イメージ 3ちなみに客家出身の高名な政治家を見ると太平天国の乱の洪秀全や中華革命の孫文、改革開放の父小平(右写真)、台湾独立派総統の李登輝、シンガポール建国の父リークワンユー(李光耀)、フィリピン革命のコラソン・アキノ(許娜桑)大統領、それにわがタイのタクシン(丘達新)・インラック(丘英樂)首相など極めて多彩な逸材を輩出している。
 

ところで客家の総人口は12000万人とほぼ日本人口に匹敵するほどで、タイでは少数派であるが、東南アジア華僑の3分の1を占める一大勢力を形成している。

ところで貯金は銀行より金行で触れたようにタイ経済は中国系華僑が支配しているが、その中心は現王朝と繋がりの深い広東省出身の潮州人でバンコクを中心にタイ華僑の6割を占めている。

これに対し客家は第二勢力であるが16%程度とタイでは傍流で、潮州色の薄いチェンマイやイサーンを根城としてきた。


しかし、2000年以降タクシン政権の下で客家は勢力を拡大して潮州閥を急追、 20066月のタクシン追放クーデター及び2014年7月のインラック追放クーデターはこうした新旧華僑同士の対立が大きな要因の一つとされている。

ちなみに客家を「東洋のユダヤ人」と呼称したのは潮州人を遠縁とするラーマ6世国王(1911〜25年)が最初で、両者の対立は現チャクリ王朝創建時代に遡るほど旧い怨恨がある。



























ちゃんちゃん

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イメージ 1■昨日はアクセス数が400近くに急増、まさか「満鉄小唄」ではあるまいと思っていたが、本日のブログ解析で理由が判明した。

つまり昨日日本でもタイのインラック前首相の国外逃亡が大きく報じられたのを機にインラック・アクセスが急増、

当ブログのインラック記事検索も多く、中でも「世界三大美人首相」へのアクセスは「満鉄小唄」に次いで多く、本日はコレに「インラック脱出話」を加えて再アップすることにした。

×     ×    ×

インラックはタクシン元首相の実妹で2011年の総選挙で圧勝してタイ初の女性首相に就任したが、農民優遇政策でバンコク華僑と対立、20147月の軍事クーデターで追放された。

その軍事クーデターで成立したのが今日も政権を握るパユット軍政だが、インラック政権時代のコメ買い上げ制度で国に多額の損害を与えたとして職務怠慢の罪に問われ、その有罪判決がでる825日直前に国外脱出したと言うわけである。

政府が議会の承認を得て決定した政策が国に損害で思い出すのは、バブル期の1988年竹下内閣がやった全国市町村への1億円バラマキがあるが、使い道がなく村営キャバレーを作ったとか自由の女神像とかあったがユルイ日本でよかったね。

ちなみにタイの裁判官は全て軍政の任命制で有罪は100%確実であり、判決日には兄のタクシン元首相同様10年間の禁固刑と政治活動の永久禁止が言い渡される予定であった。

私に言わせりゃクーデターを起こした軍政こそ悪の権化で、憲法違反の大有罪だと思うが、クーデターが常態化した非民主主義人民王国タイでは民主主義が一番いけないらしい。

なお、バンコク華僑と対立と書いたが、タクシンもインラックも華僑(中国系タイ人)であるが、バンコク華僑が潮州系なのに対し後者は客家系で両者は中国本土でも対立している。

ちなみに以前【バンコク華人王朝の誕生】でも延べたが、タイでは王族そのものも潮州系で勿論軍上層部も官僚も同様であり、言って見ればタイの政争はタイ人は無関係で、中国系同士の権力抗争と言う見方も出来る。

 ×     ×    ×

●「世界三大美人首相20119月インラック政権誕生直後の記事です
 

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ステッカー


昨日サンパコイ市場のおばはんのTシャツをふと見るとインラック首相と兄のタクシン元首相の顔写真がプリントされていた。
 
そして夜、山のリス小父さんとジャングルバーに行ったが、壁にインラック首相の似顔絵を描いたステッカーが貼られていた。
 
写真を撮ろうとすると欲しいならあげると新しいステッカーを貰った。したがって右の写真は私の部屋の壁に貼ってあるインラックちゃんである。
 
とにかくタイ人は美人のインラック首相が大好きな様子で、皆がスワイマイ(綺麗でしょう?)と聞いてくる。
 
 
で私も・インラックさんは現在世界一美しい総理大臣だろうねというと皆満足気な様子だ。
 
これまでのタイ人の首相はアピシットでもタクシンでも仲間を集めてケンカばかりしてきた印象が強く、
 
インラック女史(44歳)の実力はともかく若くて可愛いだけでも価値があるというもんだ。
 
×     ×    ×

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■ところでインラックを現在世界一美しい首相だと言ったが、過去で思い当たるのはパキスタンのベナジル=ブット元首相(上写真)が最右翼だろう。
 
ブット女史は建国の英雄の名門家系に生まれた才媛で、父も首相だったが軍事クーデター後処刑され、

1988年に32歳で首相になったときはビープル誌で「世界でもっとも美しい50人」に選出されている。
 
1990年のクーデターで失脚後、93年の総選挙で復活したが、96年に軍人大統領に解任された。
 
しかし国民のブット人気はその後も衰えず、2007年の総選挙では優勢が伝えられる中、イスラム過激派(軍部??)の自爆テロ(狙撃??)で暗殺された。享年54歳であった。
 
なお、ブット女史は幼いころからの欧米暮らし(ハーバート&オクスフォード大卒業)で流暢な英語を話すが、母語のウルドゥー語やシンド語は苦手であり、
 
この点でミャンマーのアウンサンスーチー女史と比肩されることが多い。

  ×     ×    ×


イメージ 5■ところで「世界一美しい総理大臣」でググってみると、
インラックでもブットでもなく、
 
世界一の美人首相はウクライナのユーリア=チモシェンコ(現57歳)と出ていた。
 
ウクライナといえば棒高跳びの鳥人ブブカや同女子のイシンバエワが有名であるが、
 
チモシェンコ???という方も多いだろう。
 
政治好きな人には2004年のオレンジ革命、つまりウクライナがロシア派と西欧派に2分され後者が勝利した政変で首相に登場したのがチモシェンコ女史(当時45歳)である。
 
チモシェンコは2005年と2007年にも2度首相を務めたが、2010年大統領選挙に出て落選後、13年8月ロシアとのガス契約汚職で逮捕されたが、14年5月釈放後大統領選再出馬落選した。


 
 イメージ 6■したがって現在は完全に過去の人であるが、

最後にチモシェンコちゃんの若いころの写真を一枚。
                
                なお、左側の文字は<ユーリア!私たちは君を愛してる!>

                 (読者のshe-catさん訳でした・・・Thanks!!!)
 
 
 
 





お後がよろしいようで・・・ちゃんちゃん
 
 

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