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いたたた・・タイ
2016・12/16−100万アクセス突破”皆さま感謝★★★★★★★★★☆

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イメージ 1                          クリック拡大可
先日変ったWindows10の壁紙(上写真)を見て目を見張った。

オッ!!!なんじゃ・・この総天然色というか極彩色というか・奇怪奇天烈な画像は???。

未知の熱帯植物の花のズーム画像?それともコンピューターグラフィックで作成したバーチャル画像だろうか???

先ほど来たPに見せるとメンカプン(แมงกะพรุน=クラゲ)じゃないのか?・・だと!。


イメージ 2■否!Windows10の壁紙は風景写真が大半だ?

ツーことはひょっとしてこれは航空写真では?と画像URLをクリックすると、

インド洋に面するオーストラリア北部のケンブリッジベイ(湾)の空撮画像であることが判明した。




イメージ 3
■ケンブリッジ湾を地図で確認すると、西オーストラリア州北東部、キンバリー地方にあって、

インド洋に注ぐオード川など複数の河川下流部が沈水して形成された奥行き50㎞ほどの三角江状の湾入である。

オレンジで囲った四角形が航空写真の領域であるが、それにしても極楽カラーというかなんとも美しくもシュールで、不思議な航空写真である。

類推するに濃い青色は海面のやや深い部分で、岸に近い白や黄色の部分は泥質の干潟と見られ、上流部に見られる赤い細流は鉄分の濃い部分ではないだろうか。

そして河川周辺の濃い緑色はマングローブの繁茂する塩性湿原で、背後の黄緑色の部分は小高い台地を彩るブッシュ(荒蕪地)であり、乾季には灰色の砂漠と化すはずである。

               +

オーストラリアの北部一帯は20世紀までは大半が人跡未踏の荒地として放棄され、このキンバリー地方も同様だったが、

19世紀末には一時ゴールドラッシュが出現、1886年にウィンダムの町が建設されたが、ゴールドラッシュ後は衰退した。

しかし、第二次大戦後近郊のダイヤモンド開発で脚光を浴びて廃墟を免れ、今後は原始の大自然をバックにしたリゾート観光開発が期待されている。





イメージ 4


■しかし、ケンブリッジ湾一帯には「人喰いワニ」の異名を持つ獰猛な塩性クロコダイルの最大の棲息地(写真)であり、海でのダイビング・シュノーケリングは一切禁止され、まさに「ワニのパラダイスベイ」となっているのである。

したがって観光開発にはワニ駆除が不可欠だが、人間の海浜リゾートは他にいくらでもある「ワニの楽園リゾート」があってもイイじゃないかという原住民アボリジンの声もある。

なお、今日のキンバリー地方観光の中心は、1960年にオード川灌漑プロジェクトの本拠地となったカナナラで、豊富な水を活用した人工オアシス都市が形成され、北部オーストラリア観光の一拠点となっている。



































ちゃんちゃん

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PCの調子が悪い。

イメージ 3先ほど板さんに言われてウイルスバスターズをインストールしたのだが、再起動指示に従うと円マーク点滅のまま5分経っても10分経ってもサインイン画面が出て来ない。

イライラと15分経過!コンニャロメと電源を切った後再点火したが、前と変わらず20分経過!!茶碗洗いの雑用後見るとPCを修復しようとしています」の画面に変ってOKボタンをクリック。

そこへお隣の料理人さん登場で聞いてみると・「そんな時は15分や30分じゃダメこの間は3時間かかった」と驚天動地のアドバイス。

ヘエ――――――!!!そんなに待つの⁉?せっかちなオッサンにはとても無理と嘆息して3040分画面は同じ「PCを修復しようとしています」と円マークが点滅!!!

こりゃ駄目だと放置1時間半が経過したなと見るとやっとサインイン画面が出現したのである。



ところで本日こんなPC騒動なんぞじゃしょうもない・再掲記事にすっかと考えたが、先日「きっこのブログ」で絶滅した世界最大の象鳥(エピオルニス)を知り、皆さんにも紹介しようといつもの「好奇地理博物誌」に変更した。

イメージ 1■私の高校時代(1960年代)までの世界最大の鳥はかつてニュージーランドに棲息していた伝説の恐鳥ジャイアントモア(左画像)で、体高は36m、体重は250キロという飛べない巨鳥であった。

実はモアは大卒後の貧乏絵描き時代のイラスト誌「いたたた」1上画像は同3号)にモアの自作画を載せたことがあり、当時も同じ「好奇地理博物誌」であった。



同誌は生憎手元にないが、内容は哺乳類のいないニュージーランドで巨鳥に進化した恐鳥モアが、1300年に渡来した先住民マオリ族の乱獲によりわずか200年で絶滅したが、マオリはモアが砂嚢に小石を溜めてすり潰す習性を利用、焼け石を呑ませて殺すという極めて残虐な捕獲法であった。



イメージ 4■以来恐鳥モアが世界最大の鳥だと思っていたが、先日モアよりさらにデカい鳥が、マダガスカル島に棲息していたことを知ったのである。

それが「象鳥」と呼ばれるエピオルニス(右画像)で、体高34mだが、体重は倍の500キロという巨体であった。

しかし、体高がモアより低いためどちらが世界最大かの論争があったようだが、今年20189月英王立協会科学誌に1894年に発見されたエピオルニスの骨格は体高5mとキリンに匹敵、体重は860キロと発表され、恐鳥モアをはるかにしのぐ巨大種だったことが確認されている。

なお、象鳥エピオルニスははるか6000万年前から肉食獣のいないマダガスカル島の王者として君臨してきたが、

10世紀ころ現インドネシアからインド洋を渡ってやってきたマレー系海洋民の渡来後捕食の対象となり、植民者フランス人が来航した17世紀には既に絶滅していたと推定されている。


イメージ 2ところで巨鳥エピオルニスと遺伝的に最も近縁な鳥が現存するが、

意外にも現在ニュージーランドに棲息するはるかに小型のキーウィ(写真)とされている。



























ちゃんちゃん

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イメージ 1

■一度目にしたら永遠に忘れられないフレーズがあるが、私には「キリマンジャロの雪」もその一つで、いつか行けたら赤道直下の雪を眺めたいものだと思っていた。

しかしアフリカはあまりに遠いはるか彼方、しかも6000m近い高峰など私のへぼ足では無理難題もいいとこと諦めていた。

ちなみに私が歩いて登った最高峰は鳥取県の大山(1729m)で、同行者は女性だったが雨中登坂でへとへとヨレヨレ・山頂小屋で私だけぶっ倒れ、山なんぞ二度と登るかと思ったものだ。

ところがこの8月だったかWindows10の壁紙で、上画像のような鮮明な現在の「キリマンジャロの雪」を発見、即ゲットしてPCのデスクトップに保存したのである。



イメージ 2

キリマンジャロのある国はタンザニアで南麓のモシに登山基地があるが、この写真は北麓のケニアのアンボセリ国立公園から撮ったモノで、登らずに下から雪(氷河)が見えるのはココが随一の絶景ポイントらしい。

地図を付け「好奇地理博物誌」としたのでキリマンジャロ誕生の理屈を少し、アフリカ大陸の東部を南北に走るグレートリフトバレー(大地溝帯-地図参照)から噴出した孤立火山で、西に隣接するメルー山(4562m)も同様に形成された火山である。

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イメージ 3■さて地理の話はさておき、「キリマンジャロの雪」はかの文豪ヘミングウェイの短編小説で、1952年にはグレゴリー・ペック主演でハリウッド映画化(写真)されたことでも有名である。

しかし、残念ながらオッサンは小説も映画も不見とあらば語る資格は無きに等しいが、今はネット全盛時代・多少時間が掛かってブログは翌日順延となったが、小説も映画の中身も8割方知ることが出来たのである。

で小説の冒頭はキリマンジャロは、高さ19710フィートの、雪に覆われた山で、アフリカ第一の高峰だといわれる。

その西の頂はマサイ語で“神の家”と呼ばれ、その西の山頂のすぐそばには、干からびて凍りついた一頭の豹の屍(しかばね)が横たわっている。

そんな高いところまで、その豹が何を求めてきたのか、いままで誰も説明したものがいないあるが・・、


最初に高さ19710フィートをメートル換算すると6007mであるが、小説化した1936年当時の計測で、現在の高さは5895mと112m(3414フィート)も低くなっている。

尤も高さは問題外で、問題は太字部分のキリマンジャロ山頂に「干からびて凍りついた1頭の豹の屍」があったことである。

これは19282月の地元紙タンガニーカ・タイムズに出ていた記事がヒントになったようだが、ヒョウが何故そんな高いところまで登ったのか・それが小説の核心部分となっている。


アフリカで狩猟をしていた小説家ハリー(ヘミングウェイ自身)は脚の壊疽を患って瀕死の状態にあった。

死を悟ったハリーは看護する妻ヘレンの制止を振り切って自棄酒を飲み、昔を回想(映画では多くの恋愛体験)、ウソをつくために仕事をしてきた作家生活を反省そして死の影が去来した。

しかしある日、自分が今まで一度も無くしたことのないたった一つのものそれは「好奇心」だったと気づく。




イメージ 4

■前方を見ると広く大きく高く、陽光を浴びて信じられないくらい純白に輝いているキリマンジャロの山頂が見えた。

そのとき、彼は、自分の逝くところはあの「干からびた凍豹」が横たわっていたあそこだなと悟ったのである。


+


●消滅寸前!!!キリマンジャロの雪 最後に現在の「キリマンジャロの雪」について一言触れておこう。まずヘミングウェイが見た上の写真と最初の現在の写真を見比べて欲しい。

上の写真は2000年撮影、最初の写真は2016年で、どちらも同一地点から撮影したものであるが、比較して明瞭なようにキリマンジャロの雪は近年の地球温暖化の影響で急速に縮小・・、

現在はご覧のように万年雪(氷河)の90%強が消滅、国連環境計画によると東京五輪の2020年までに完全消滅する可能性があると警告している。

ちなみに赤道直下にあるキリマンジャロは夏・冬などの季節は無く、富士山と違って年中同じ景観なのである。

























 
ちゃんちゃん

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先日バリ在住のねえねさんよりインドネシアではスラウェシ島のマナドが美人の産地として有名で、メナード化粧品のメナードはマナドからとってるらしいです」とのコメントがあった。

ン!これは格好の好奇地理博物誌のネタになるナと直感した!!!

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イメージ 2ちなみにインドネシア人とマレーシア人は同一語族のマレー民族でともにイスラム教徒であるが、

私のマレー人像は3年前に行ったペナン島で見た印象が強く、鼻ぺちゃ丸顔・小柄で浅黒い肌をイスラム服で包んだネズミ女(右似顔)のイメージで、

好みは千差万別とはいえ、美人とは程遠い感じであったが・・。



イメージ 1「マナド美人」でググってみると・・・ネズミ女とは似ても似つかぬ超別嬪さん(左画像)が出てきたのである。

エンジェル・カラモイちゃん!!インドネシアでは「シネトロン(TVドラマ)の女王」と言われる人気NO.1女優で・・、

1987年1月マナド生まれの敬虔なクリスチャンである。

ねえねさん知ってる❔❓❓
 


イメージ 3
                               拡大可
■でマナドってどこにあんの?であるが、上地図を見て下さい。

世界最大の群島国家インドネシアのほぼ中央に蟹の足のような格好をしたスラウェシ島がありますが、その付け根から北〜東へひょろ長く600km伸びたミナハサ半島の先端にマナドとあるでしょう。

ちなみにスラウェシ島は今年928日に付け根のパルで大地震&大津波があった所で、昔はセレベス島と呼ばれたが今は現地語のスラウェシ島と呼称・・がフィリピンとの間にあるセレベス海は旧称のままとなっています。

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さてマナドが何故美人の産地なのかというと、それは世界史で教わった香料貿易と関係があるのです。

スラウェシ島の先端に位置するマナドの右側にモルッカ諸島があるでしょう、ここは香料(スパイス)諸島とも言われるクローブ(丁子)・ナツメグの特産地で、1617世紀にはこの香料をめぐってヨーロッパ列強が熾烈な獲得競争を展開していました。

最初に香料諸島へ到達したのは1511年のポルトガル人で、1519年には世界一周の途上マゼランも来航しましたが遅く、結果スペイン人はフィリピンに植民したのです。

以来ポルトガルが香料貿易を独占してきましたが、1623年にオランダ東インド会社が侵入してポルトガル人を駆逐、以来第二次大戦終了までの322年間全インドネシアはオランダの植民地となり、ポルトガルはわずかに東チモールのみ残留したのです。



イメージ 5■つまり香料諸島に近接するマナドはオランダ香料貿易の外港として繁栄、

オランダ人居留地や隣国フィリピン(スペイン領)のスペイン人も交流する国際港として発展、当然娼館もあって現地人との混血も進み、所謂マナド美人が誕生した訳である。

ちなみにインドネシア人の86%はイスラム教徒であるが、マナドは6070%がキリスト教徒で、市内には当然ながら教会も多く、

港を見下ろす丘上にある高さ50mの巨大なチプトラのキリスト像(写真)が、マナド市(人口42万)のシンボルとなっている。

なお、現マナドの王様ラジャはかつてのスペイン人コミュニティの子孫とされ、かの女優エンジェルちゃんもその遠縁と言われている。



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イメージ 4

■ところで日本のメナード化粧品の名前はマナド美人に由来するという風説があるが、どうやらガセのようである。


同社広報部によるとメナードの社名は、ギリシャ神話の酒の神バッカスに仕えた巫女メイナドに由来、メイナドが作ったワインに映る自らの姿に「永久不滅の美」を願ったとされている。

写真はマナド沖合8kmのセレベス海に浮かぶ世界一透明度の高いダイビングスポットとされるブナケン島20077月生きた化石魚シーラカンスが捕獲されたことでも有名。


✿メイナドの画像が無く代わりにブナケン島を選んだが、マナドは美人だけでなく海も超奇麗なところのようですナ。


































ちゃんちゃん

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先日9日に仏蘭共存のセントマーチン島を書いて、おおそうじゃ次はカリブ海のオランダ植民地にするかと予告したものの連続先送り・・待ってた人はほとんどいないとは存じますが、お待たせいたしました。

イメージ 4
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■最初に地図で位置を確認するとカリブ海が大きく大西洋に湾曲して半円状に張り出した部分に小アンチル列島があります。

ちなみにカリブ海の島々は一般的には西インド諸島とも呼ばれますが、地理的にはキューバ・ドミニカ・プエルトリコなど西側の大きい島の列を大アンチル列島と呼び、東側の小さな島列を小アンチル列島と呼び、大西洋側にありますが地形的には環太平洋造山帯の湾曲部に位置する火山列島を形成しています。

さて小アンチル列島の始まる北部に蘭領SSS3とありますが、カリブ海を隔てて南方800km、つまり小アンチル列島の終点に蘭領ABC3があり、その南北2つのオランダ領群島が本日のメーンテーマで、近年までは総称して「オランダ領アンチル」と呼ばれていました。



イメージ 5■北のSSS3はセントマーチン島南半部のSシントーマルテン島(面積34
 km2)とSシントーユースタチウス島(同32km2Sサバ島(同16km2)の3島からなりますが、

うち一番小さいサバ島には海抜887mのシナリ―火山(写真)がそびえ、山の無い国オランダの最高峰とされています。

SSS3島は1493年にコロンブスが発見後スペイン領になりましたが放置され、17世紀に侵入したオランダが植民、アフリカ黒人奴隷を移入して砂糖プランテーション開発を行った。

しかし、19世紀半ばの奴隷解放後はプランテーションも衰退、以後は自由港として観光開発が進展する中、1954年に南のABC3島に合併吸収され「蘭領アンチル」に編入された。


一方、南のABC3は比較的大きな島で最大のCキュラソー島(面積444km2)・Aアルバ島(同179km2)およびBボネール島(同294km2)からなり、南北合わせた蘭領アンチルの92%をABC3島で占めています。しかし、ABC3島の総面積は917km2と沖縄県の約40%、人口は25万人と2割にも満たない小領域である。

カリブ海南部のABC3島は1499年オヘダが発見後スペイン領に編入されたが、SSS3島同様入植しないまま17世紀にオランダが占領、オランダ西インド会社の下でアフリカ黒人奴隷を移入して植民地開発を行った

イメージ 1■■しかしABC3島は乾燥度の高い半砂漠気候のため大規模プランテーションは発展せず、小規模なれど牧畜やオレンジ生産が知られる程度であった。

しかしSSS3島のサトウキビを蒸留したラム酒とキュラソー産のオレンジの皮で精製されたリキュール(果実蒸留酒)キュラソーの名産地として特記され、

今日ではキュラソーはウオツカやジン・ウイスキーなどとのカクテル酒として不可欠の原酒となっている。


イメージ 2上写真はオランダ製キュラソーの名品ボルスと右写真はウオツカとのカクテルであるバラライカであるが、

写真を見ると私はパフィの♪北京・ベルリン・ダブリン・リベリア・・・聞かせてバラライカの歌を思い出すのだが・皆さんは如何?

           +

一方、蘭領アンチルの発展で忘れてならないのは1915年に始まった対岸ベネズエラのマラカイボ油田開発で、同油田は浅海のため大型タンカーは接岸できず、原油はパイプラインで沖合のアルバ島・キュラソー島から積み出され、両島には欄・米系大資本の製油所も建設されて目覚ましい発展を遂げたのである。

こうした中で1970年後半からの石油ショックは蘭領アンチル経済に大打撃を与え、1985年には両島の製油所は閉鎖されたが、1991年にアルバ島の米系エクソン製油所は再開、これが両島の経済格差拡大の要因となった。

そのため両島は悪名高いタックスヘイブン(租税回避地)や売春観光などオフショア金融業や観光開発に重点を置き、1997年にはキュラソー島の首都ウィレムスタッド旧市街が世界遺産に登録されている。

しかし、製油所のあるアルバ島は安定した経済を背景に、2010年蘭領アンチルを脱退して単独のオランダ自治領となったため蘭領アンチル植民地は解体され、残る各島は本国オランダと一体をなす海外県の道を選択している。

イメージ 3野球・サッカー強国オランダの秘密 最後に昨今著しい発展を遂げているオランダの野球やサッカーであるが、その選手の大半がキュラソー島を中心とする旧蘭領アンチルの出身者であることが特記される。

特に野球については以前「野球強国オランダの秘密」でも書いたが、日本のプロ野球にも大きな影響を与えている。

ちなみにヤクルトの不動の4バレンティン(写真)はキュラソー島の出身だが、2011年のデビュー直後にセリーグの本塁打王、翌12年には伝説のホームラン王55本を抜く 
 60本の日本記録を達成、翌々13年のWBCではオランダの4番として活躍同国ベスト4進出の立役者となっている。

サッカーについても書きたいが本日タイムオーバー!!!

































ちゃんちゃん

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