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いたたた・・タイ
2016・12/16−100万アクセス突破”皆さま感謝★★★★★★★★★☆

書庫娘と孫

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イメージ 1●今朝チット―!ヤバかった 金曜朝のイスラム市は毎週出かけているんだが今日はボヤ――ンとして失念!隣の料理人O氏が「今日はゴボウがあった」と言ったので思い出した。

でどうせ暇だ今からでも行ってみるかと朝食後の8時ころに出かけた。
道はいわゆる朝の通勤ラッシュ帯のようで、おびただしいバイクに車が犇めき合う中、陸運局前の交差点の青信号を直進していると突如前のバイク女が右折ランプ!!

ヤバイと思ったが直進しかなく・・左側にチット―(接触)!!!
振り返ると女のバイクが横転、34m行って停車すると信号で見ていたポリスがやってきた。

まあしゃあないかとUターンして倒れたバイクの方へ向かうと、女は慌ててバイクを起こし私を見るやすぐさま発進!あっと言う間に立ち去ってしまった。
後で隣りの料理人に話すとポリスが怖くて逃げるのはタイではよくある<無免許運転>ではないか!?とのこと。

で残った私のところに来たポリスにバイク免許を提示すると「イープン(日本)?!マイペンライカップ」とその場で放免コップンカップというニアミスロッチョン事件があった。

朝夕のラッシュ時運転はヤベー・・避けた方がイイと肝に銘じたが、5月には後期高齢者免許も返上したがイイかなあ・
・・ていうか脳梗塞で運転はもっとヤバイとも想定するが日本では認知症だけが問題のようで、ポリスの言うように「イープン!マイペンライカップ」なんだろうか。


                ✙

イメージ 2

■さて余談が長くなったが、本日のメーンは昨年に続いて「私に来たタッタ一通の年賀状」の話である。

昨日プールから帰宅するとポストで年賀状を見つけた大家さんがオッサン手紙来てるよと言いつつ「これリンリーじゃないの!!!」と仰天顔!

見れば去年も来た孫Kからの賀状だったが、今年2018年は戌年に因んでなんとわがジャングルアパートの噛みつき犬リンリーが描かれていたのである。

添え書きには「てつじいオッサンのことの近所に居そうな犬→」とあって、(リンリー)と書いてあるではないか!

ン?(リンリー)とカッコにしたのは名前に自信が無かったからなのか?

イメージ 3■それにしても孫K(今年6年生)がチェンマイに来たのは2年前の夏休みだったが、わがジャングルアパートに泊ったのは確か一週間だったと思うが?!

そんな短い中でよくぞリンリーのことが記憶にあるもんだ・・私なんかと違って脳の中マッサラなんだろうな。

しかも犬年の干支の年賀状の題材としてリンリーを描くなんて発想は・大家さんならずとも吃驚仰天モノであった。

ちなみに先日撮ったリンリーの近影(左画像)と比べてみてもソックリではないか。

ひょっとして孫Kは例の「セザンヌ殺人」じゃないが「天才」なのかもしれんなと思った・孫バカチャンリンのてつじいであった。



























ちゃんちゃん
 

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●先日お知らせしたように奥様と孫Kはかのてるみくらぶ企画のインド旅行に出かけたが、4256日の旅を経て無事帰宅、昨日孫Kの旅行感想文が届いたので紹介する。

 
イメージ 1


■今回はT子(奥様の名前)さんとてるみくらぶ企画のインド旅行へ行ったが、みんなが知っているようにそのてるみくらぶは旅行直前の3月27日に倒産してしまった。

僕たちは25日のニュースでこりゃあやばいと思って、すぐさま購入した飛行機と保険契約をコリアンエアーに確認したが、チケット・保険とも生きていることが分かった。ホテルはだめだったがHISに頼んで現地ツアーを取って旅行日当日を待ったのだ。


27日倒産日の昼ごろに記者会見でてるみの社長、山田のおばさんが泣きながら「本当に申し訳ない」と話していたが、僕には計画倒産の事を泣いてごまかそうとしているようにみえた。

僕たちの旅行も、計画倒産のわなにかかってしまったようだが、それには1つ証拠がある。

アグラの世界遺産タージ・マハルは金曜日はお休みだが、てるみツアーではタージ・マハル観光金曜日に入って いた!つまりそのツアーは架空のツアーだったということになる。このインドツアーの企画を知ったのは昨年12月末頃で、僕たちが1月に申し込んでいた時点でてるみくらぶの計画倒産は始まっていたのだ!

もっと早く気づいていればと思うけど・・結果的にはT子さんの対応が早かったこともあってインド旅行は予定通り無事終了したので・・本題に入ります。ちなみにてるみツアーのコースはデリー→ジャイプール→アグラの順だったが、HSツアーではアグラ→ジャイプール→デリーと順番が少し違っただけでした。

イメージ 2■先ずはこの旅行のハイライトのタージ・マハル観光

ヤムナ川の川沿いにある霊廟で、ムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、奥さんのムムダズ・マハールのために作ったお墓なのだ。

とにかくデカくてすべて白大理石でできている。本当は自分が死んだら川の対岸に黒大理石のもう1つのタージ・マハルを作ろうとしていたが、これは実現しなかったようだ。

僕は世界一美しいといわれる白亜の巨大霊廟に圧倒させられました・・このタージ・マハルの景観は一生忘れないだろう。


イメージ 3タージ・マハルはアグラ郊外の高速の出口から離れたへんぴな村にある。

だからタージ・マハル以外には何もなく、入り口には沢山の物売りがいて「にこでぃしぇんいぇん(二個で千円)」「しゃんこでぃしぇんいぇん(三個で千円)」とず〜〜とついてくるのだ。

そしてT子さんはしぇんいぇん(千円)で「タージマハルのスノードーム」(右写真)を2個買ったが、安物の粗悪品で落とすとすぐに壊れた!


そういえばぼくたちについていたガイドさんの給料は月2万円くらいだと言っていた。働くのは月25日くらいだから20000÷25=800で、1800円なのだ。多分ガイドさんもい〜な〜と思いながらT子さんが渡した千円を見ていたのだろう。


イメージ 4■続いて高速で山の中の都市・ジャイプールに移動する。一番印象に残ったのはアンベール城(写真)

横はたいしたことはないが縦は幅広い。こでかくれんぼしたら絶対見つからないだろう。城にはいろんな仕掛けがあり、日本の城でいう大岩落としのようなものがたくさんあるのだ。もしも敵が攻めてきても隠れ場所はいくれでもある難攻不落の城なのだ。

この城はジャイプール一帯を治めたラージプート氏族、カチュワーラー家の本拠地として16世紀初頭に築かれた城だ。城全体が高い城壁で囲まれており、入り込むのは無理だろう。


イメージ 5

■しかしアンベール城は山の中にあるため水問題が致命傷になったため、町の中に宮殿をうつしたのだ。今でもその町の宮殿には24歳の王様が住んでいるのだ。

ピンクシティと呼ばれるマハラジャの風の宮殿(写真)で有名なジャイプールは、人口300万人と大きい街なので物売りはいなかったが乞食が本当に多い。アンベール城でも坂道に「ホンニャ〜」とかなんかありがたそうなことを言いながら手にツボを持った人が座っていた。多分田舎では仕事が見つからず、ジャイプールに流れてきたのだろう。

最後はインドの首都デリーだったが、さっきも言ったように都会のほうが乞食が多い。街中でタダでご飯がもらえるところがあるが、そこには何十メートルもの長い行列ができるのだ。

なんでみんな働かないんだろうと思ったが、多分仕事がないんだろうと改めて思った。

イメージ 6■インドはヒンドゥー教が多くて、その最高の神様が破壊の神シヴァ神(写真)だ。

そのシヴァは牛を乗り物に使っているので、牛肉は食べてはいけない。でもヒンドゥー教は外にも沢山の神様がいる多神教で、動物は神様の乗り物なのでほとんどの動物は食べられない。つまりヒンドゥー教のインド人はベジタリアンなのだ。

インドは宗教が無くならないと先進国には絶対なれないと僕は思った。インドは日本よりも何十歩も遅れているので食べ物も僕的にはそんなに美味しくなかった。

改めて、日本はすごい国 だと感じたのだった。



●「貧しい国の現実を見て宗教が悪いと安易に断定・日本に生まれてよかった」という孫Kの最後のまとめの一言オッサンは大変不満である。

しかし、モノが溢れ欲しい物は何でも手に入る安直消費文化に慣らされた日本のお子様の目には圧倒的に貧しく汚れたインドの現実は理解の限度をはるかに超えて言葉が無く、日本に生まれたよかったとしか答えは出なかったのだろう。

しかも今回の旅行は実体の無い格安ツアーを売って計画倒産を図るという醜い大人社会の現実に巻き込まれて頭が混乱・・それこそがスゴイ国日本の「欲しい物は何でも手に入る安直消費文化」の正体だと気づくにはあと50年はかかるかも知れない。






















ちゃんちゃん

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チェンマイは今日も雨、今年も明けて一週間というのに元旦から連日薄ら寒い曇天模様が続き、未だ一度もプールには行っていない。

こんな天候じゃあチェンマイにいる意味がないじゃないか・と「オ正月ナニシマスカ?」とプール閉鎖(303)でナニモスルコトガナイYさんが言ってたが、ひょっとして寒いプールに来ているんだろうか?

ところで昨日孫から一通の年賀状が届いた。

去年は引越で住所不定のため来なかったから2年ぶりの年賀状と言うことになる。

思えばタイに住んで13年目、最初の23年は3050枚(初年度は100枚くらい)出していたが・・、

日本と違って元日配達なんかあり得ず、早くて昨日(5日)・・遅ければ1ヶ月2ヶ月遅れが当然のタイ国ゆえ.年賀状は年を経るに従って激減、45年目あたりからほとんど出さなくなった。

こちらが出さない以上相手から来ることも日本の自宅にパラパラ程度で、奥様や兄弟との賀状もいつしか途絶えて久しい。

そんな中で唯一来るのが娘の孫3人からの賀状であるが・・といって私から返事を出したことは一度も無い・からどうしようもない薄らトンカチ頭のクソ爺イである。

しかし、こうしてきた年賀状(手紙も・)はブログネタとして更新、皆様に孫自慢をしていることを孫にも連絡、孫当人も悪くは思っていないようなので今年も来たんだろうナ。


イメージ 1


■これが今年来た賀状・・前回(一昨年)まではスナップ写真賀状であったが、今回は昨夏チェンマイ訪問の長男(今年11歳)が鉛筆描き鶏の絵と習字文字を書いてよこした。

なお、サイン日の●(赤い判子)は、私が苗字の神○の○を消して日の丸を入れたものである。


挿入文は読めると思うが、一応・・・

「あけましておめでとう、元気にしてる?ぼくがまた遊びに行くまで長生きしてね!」長男(今年11歳)

「てつじい(私)また百人一首やろうね。」長女(同8歳)

「だいすきだよ」次女(同6歳)、最後の文は娘(省略)

 
以上「私に来たタッタ一枚の年賀状」でした。






























ちゃんちゃん

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■奥様と孫K3週間のチェンマイ滞在を経て、昨日(22日)無事帰国したようである。


イメージ 2


前日チェンマイ空港まで見送りに行ったが、その時孫Kよりノートの切れ端に書いた意外な手紙(上写真)を受け取って吃驚した。

内容はなんとタイ語でเทะท์สึจิอิ(てつじい=オッサンのこと)ขอบคุณต่างๆ(コップンターンターン=いろいろありがとう)」と書いてあった。

英語は今習っているがタイ語なんて知らないはずだが・・と聞いてみると最後の土曜日が終日雨で山岳リゾートに閉じ込められ、

・・することがなくなってホテルの従業員に聴いてタイ語を練習「てつじい」への手紙を思い立ったそうである。



イメージ 3

■でこれがその時のタイ語の練習ノートで左側にはタイ文字子音44文字のいろは(コーカイ)が書かれ、右側には日本のあいうえおと対応した母音一覧表が書かれている。

ちなみに右下には『タイ語』をやる「めあて=目的」として「ひまつぶし」と書かれ、そしてやった後の「ふりかえり=反省」として「うまく時間をつぶせました」との自己評価が書かれていた。

で私への手紙であるが、最初の「てつじい」は右の母音表からเทะ(て)ท์สึ(つ)จิ(じ)อิ(い)と入れていったものであろうと推定できるが、次のタイ語ขอบคุณต่างๆタイ人に書いてもらってそれをなぞったモノだと思われる。

しかし、通常タイ人は「ありがとう」の場合「コップンカップ」を使い強調する場合はマーク沢山=どうも)を入れて「コップンマークカップ」(どうもありがとう御座います)と言うのが一般的である

したがってタイ人は、孫Kのようなコップンターンター(いろいろありがとう御座います)のようにありがとうの中身を説明するような表現は無く,これは形式的表現にこだわる「オモテナシの国」日本独特の表現であろう。



イメージ 1・・となるとターンターンは私への謝意表現の強調を重んじて「いろいろありがとう」にこだわった孫K

執拗にタイ人に迫って聞き出した「和風タイ語」だったように思うが、皆さんは如何思われるでしょうか。

★チェンマイ空港でのツーショット・水泳が最後じゃ無かったみたい

ともあれ孫Kとの3週間・・わがジャングルアパートの一週間をへて、2周目はプラザホテル、3週目山岳リゾートへと奥様に連れ去られてしまったが・・どうやら印象は私の方が強烈だったように思う。



やはり男同士だもんなあ・K!

































ちゃんちゃん
 
 
 

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イメージ 117日に孫Kの要望で3人でピン川クルーズに出かけ、その日の午後奥様と孫Kは「ベルヴィラリゾート」に転居したはずだが、それ以来二人とは連絡が一切取れず、悶々とした日々を過ごしてきた今日この頃であった。

連絡は9日以降はチェンマイで購入したプリペイド携帯が中心で、テルすると必ず孫Kが出て近況を報告していたが、17日以降は何度かけても出ず、携帯を紛失したか山地リゾートのため通じないのかと案ずるばかり・・奥様にはEメールするも音沙汰なし???
★左写真は瓶の中に封じ込められた孫K(トリックアート美術館)

そんな中昨18日夕刻タイ語のセンセよりテル「17日に奥様より携帯を貰った、ベルヴィラリゾートに移るのでチェンマイには用無し、帰国便もホテルから直行するので私に連絡する用無し・したがって携帯は不要」とのことらしい・・

オイオイオイなんだそりゃあ!!!要すれば私と連絡取りたく無いので電話は不要プッツンということか・・つーことはどうやら奥様ご乱心の様子だが・・昔のPとのブログ記事を除いては思い当たること全く無し・特に今は脳天パーでフラフラだが・・
 


イメージ 2

■来チェン以降も孫Kを挟んで仲良くやってきたつもりで当日もピン川クルーズを楽しんだばかり(上写真)では無いか・・何ゆえ突然何も言わずに狂気?のご乱心なのか!!!

全く解せないが万歩譲って私自身が気づかぬ落ち度があったとしても・・孫Kとの連絡遮断はやり過ぎでは無いか・・突然おじいちゃんとの連絡を断たれた無関係の孫が一番可哀想とは思わないのか・・

本日来たタイ語の先生や日本の娘に奥様に私との連絡をとるように頼んだがマッタク音沙汰無し・・本当に困ったカアチャンであるが私には打つ手無しである。
 


イメージ 3

■で17日に行ったピン川クルーズの記事を書こうと思ったが・・こんな状態ではどうもやる気が削がれ・後日に回した方がよさそうである。




●てなわけで疑心暗鬼で「奥様ご乱心」と勝手な想像をしていたが、今宿泊リゾートより℡あり・・聞けば私の想像はトンでもハップンのかん違いであった。
一番の問題であったタイ語センセへの携帯譲渡は、譲渡ではなくセンセから貸してもらっていた電話を返却したということであった。
どうも連絡が無いと疑心暗鬼になるのは致し方ないですなあ・・しかし誤解が解けて一安心・皆さま大変お騒がせいたしました.「ピン川クルーズ」は明日更新の予定です。<追記PM8;30>




















ちゃんちゃん

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