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初夏の爽やかな朝の空気と
木々の目に鮮やかな新緑が
清々しい気持ちにさせてくれる。
毎日が心穏やかに過ごせますように…。
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こんにちは、ゲストさん
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おはよう
今日も一日が始まる
どんな思いでいても…
何があっても…
今日という一日がはじまる
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今年の8月に黒部アルペンルートへ行ってきました。
今まで名前は知っていましたがあまり興味もなく、私にとっては日本にある一つの場所でしかありませんでした。
アルペンルートの室堂に着くと、普段見ることのない高い山々やきれいな雪解け水の流れる川、山の斜面には残雪があり、その一方では地下から火山ガス?が噴出する場所があったりと、人が到底作ることのできない自然がそこにはありました。
広大な自然もさることながら、アルペンルートと呼ばれるルートが一部黒部ダム建設に関わる重要な場所であったことを知り、その歴史の重みを知ることにもなりました。
黒部ダム建設に関わる歴史を物語るものに「黒部の太陽」という石原裕次郎さん主演の映画が有名ですが、今の高度化された技術を知っている私からすれば、昭和30年代にあれだけの工事に着手し成し遂げた凄さは他に類を見ない感じを受けました。
高度経済成長の消費電力を見越して、困難な工事と知りながらも工事を遂行した電力会社の意志の強さも感じることができましたし、企業が社会に貢献するというのはこういうことなのかなと感銘を受けました。
黒部ダムの見学を終え長野側に出た後、大町エネルギー博物館に行きました。
大町エネルギー博物館 http://omachiemuse.web.fc2.com/
エネルギー博物館には、電力に関わる資料やアルペンルートのジオラマ、その他黒部ダムの工事に使われた機械なども展示されていました。
その展示スペースの片隅にこんなものが・・・。
フジテレビで何年か前に放送したドラマ「黒部の太陽」に出演した
香取慎吾さんが着ていた衣裳が展示されていました。
緊張のあまり写真がぶれちゃいました(笑
現在の暮らしに電気がなくなることなど考えられないくらい、私たちの暮らしは電気に支えられ、電気を利用して生活しています。
これからも電気のある快適な生活を送りたいと思っている方もたくさんいることでしょう。
福島の原発も2年半になろうとしているのに、放射能汚染が解決に向かったことがどれだけあるでしょうか・・・。
原子力発電を止めるということは、社会的なことを言えばそれに関わってきた企業の損失であったり、雇用問題であったり、その他さまざまな方面への影響も考えられますが、いったん事故が起こり放射能による汚染が起これば、震災以後の福島の方々のように住んでいる地を離れなければならなかったり、被曝への不安を胸に日々の生活を送らなければならない人が必ず出るということです。
「安全」と言っていても、事故が起こった時には人的災害と言っても過言ではないと言ってもいいくらいではないでしょうか。
日々の生活に必要な電気だから、その発電にも安心を求めたいと思いました。
Electrical Japan
小さな国の日本ですがまだまだ沢山の自然があって、その自然の中で取り組まれた歴史を知り、いろんなことに思いを馳せた夏でした。
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朝ドラ「あまちゃん」を見て思う。
朝ドラ「あまちゃん」を見て、あの日の時を思い出しました。
ついに、「あまちゃん」で3.11の日が来ました。
そして、時間が経過していました。 3.11の日の時の放送で、北鉄のあのトンネルは、畑野トンネル(現実は田野畑トンネル)です。
地元の人でも、目を背けたくなるような、悲惨な光景でした。
あのトンネルの先に、島越駅がありました。高架橋にる駅で改札から昇って、北鉄(三陸鉄道)のディーゼル機関の車両に乗る構造でした。
海抜、26mはあったレールです。しかし、あのトンネルから先はレールがなくなって、その頑丈な陸橋さえ完全に無くなったのです。橋桁は、とんでもない陸に流されていました。
周囲は、家やお店、ガソリンスタンド、魚市場、小学校校舎がありましたが・・。
壊滅的被害で、なんにもなくなってしまいました。
丁度、駅舎を中心にして、津波は渦を巻いたのです。
↓↓震災直後の島越駅 橋桁が奥に流されています。 ↓↓震災前の「カルボナード島越駅」 ↓↓3.11直後は・・。 ↓↓今は復旧工事していますが、しばらくこんな光景でした。 さて、あきちゃんは、今日。ついに抑えていた「地元、岩手・北三陸に帰りたい」といいました。
当然の思いだと思いました。
心配しないはずがありません。初めてウニを採ったあの浜の事、そしてそれを支え、喜んだ周囲の袖が浜の人々・・。ストーブさんも思い出していました。 現実に3.11震災の時も実際に、村から県外に出てる若者がゴールデンウィークを中心に地元を確認するために帰って来たことを思い出しました。
あの頃、被災地や日本で色々な言葉が言葉が溢れ出ました。(順不同)
「惨禍」、「悲惨」、「憶測」、「パニック」、「安否確認」、「遺体」、「行方不明」、「停電」、「節電」、「非常時」、「避難所」、そして「自粛」、「復旧」、「復興」、「ボランティア」、「がんばれ東北」、「がんばれニッポン」そして、「絆」・・・。
そんな、言葉はあふれる中で「故郷確認」するために、被災地生まれの帰って若者達は、どんな思いで、あの悲惨な光景を見たのか・・。
僕もそうですが、「自分がここで生まれ、育って来た過去まで無くなったような感覚」になったのではないかと思います。 今もその光景は、瓦礫はなくなりましたが、雑草が生えていて・・。
以前の光景を知らない人が見れば、「はじめからこんな雑草の生えた場所だったのか」と勘違いするかもしれません。
あの3.11からもう少しで、2年半になります。
復興はなかなか進まず、津波襲来地域は殆んど手がついていない状態です。
こうしてる時でも、目に見えない問題、課題は進行しています。
福島原発問題は大きな問題で、報道されていますが・・・。
津波被災地も実は、「心の病」や医療、福祉、などなど目に見えない事が現在進行形であることを忘れない欲しいのです。
東北がこんな中でいる最中日本では、一方で「東京五輪誘致」を進めています。
7日に決まるようですが・・。何か、僕の中では釈然としないのです。
僕はどうしても、東京でオリピックを開催することは賛成できません。
確かに、経済的にはいいことかも知れません・・。 しかし、あの「自粛」とか「絆」とかの言葉は、もうないのでしょう。 古来から日本人が持っていた、「凛とした誇りや威厳」などという民族哲学を放棄する行為であるように感じます。
福島原発も、津波被災地も現在進行形の中にまだいるのですから・・。
どうか東北を忘れないで欲しいのです。
心からお願いします。
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