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さてさて 今回は フランスのパリの ノ−トルダム大聖堂を 建築史、建築技術的に 述べる
       まあ ガイド・ブックにあるように、これは ゴシック様式 の建築 であります

■では ゴシック様式とは・・・何か
    益田建築研究所のホ-ムペ-ジから    おっと 硬く ならないでね・・大丈夫 
         http://web.kyoto-inet.or.jp/org/orion/jap/hst/gothic.html
時代:12c後半頃-15c末頃
場所:北フランスで始まり、イギリス、ドイツでさらに発展。本質的に北欧のもの。
特徴:中世において建築は芸術の殿堂であり、キリスト教会は文化の中心であった。
造形:構造が持つ造形性とアクロバット的表現。象徴性、光、神。ステンドグラス。
一言:精神と構造が結びつき、神と光の希求が劇的な空間を生む。

 ギリシア、ローマ建築のもう一方の近代以前の建築の源流であるロマネスク、ゴシック建築は活版印刷術、ギルド、スコラ哲学等のキーワードを背景とする時代の中で、当時文化の中心であったキリスト教と密接に結びついて成立発展します。そして、構造と意匠が一体となったデザインという意味では現代では <ハイテク>と呼ばれる現代建築スタイルとの共通性が見られます。

  ※そして このノ−トルダム大聖堂に 感銘を受けたのは、俺だけではない
 
 Cathedral Paris; France, Paris; 1163-1250頃
 建築家丹下健三氏による東京都庁庁舎ビルはこのノートルダム大聖堂からの強いの影響を指摘されたことは記憶に新しいところです。 同じくパリにあるポンピドゥー・センターは、その構造や設備配管等をそのまま見せることによって新しい表現を獲得したことはゴシック様式になぞらえて評判になりました。

 ※つまり、日本の有名な建築家 や 同じパリの前衛的建築家も これに ヒントを得た
          そう 言われれば 新都庁 は ノートルダム大聖堂に 似ているね、確かに

▼さてシテ島に有るのですが、実は ここには ジュピターを祀る神殿があった
           http://homepage3.nifty.com/Blowing-in-the-Wind/page069.html
     Notre−Dameとは、聖母マリアを表すフランス語。
 ゴシック大聖堂は、聖母マリアの民間信仰と深く結びついている。ノートル・ダムのあるシテ島はパリ発祥の地である。 最初にシテ島に住んだのはゴール人のパリシイ族で、セーヌ川を利用して交易をしていた。 パリの歴史はここから始まり、パリという町の名はこのパリシイ族に由来する

  シテ島には、ローマ人が建てたジュピターを祀る神殿があった。3世紀にキリスト教が伝わると、同じ場所に教会が建てられた。以後、何度かの再建を経て現在のノートル・ダムがある。

▲さて 当時は やっぱり ゴシック建築も賛否両論 だったようです
       http://homepage3.nifty.com/Blowing-in-the-Wind/page081.html

 12世紀半ば、聖母マリア信仰の高まりとともに北フランスにゴシック様式の大聖堂が次々に建ちはじめた。ルネッサンス期のイタリアの文化人たちは、アルプス以北から伝播して来たこれらの大聖堂の様式を侮蔑をこめて、ゴート人の様式だと評した。
 ゴシックという語は、彼らが用いたこのイタリア語(gotico)に由来する。ルネッサンス期イタリアの建築家ヴァザーリは 彼の名著「芸術家列伝」で、このようなゴシック批判をしている。
 「これらは、秩序などというものはいっさい持っておらず、いっそ混乱とか無秩序とか呼んだ方がいいようなものである。彼らは、あらゆる壁面やその他の装飾部分にたくさんの尖塔や突起や葉状紋様などをくっつけた小さな壁がんを上へ上へと重ねるという呪わしいことをやってのけた。
  彼らはたくさんの張り出しや、破れや、小さい持ち送りや、葉蔓紋様を作ったのでそれらが彼らの作物の比例を打ち壊してしまった。この様式は、ゴート人が創案したものである。」

 ヴァザーリは、ゴシック様式に批判的ではあるが昇高性、過剰さというゴシックの根本的特徴を言い表わしている。ゴシックの大聖堂には、化け物たちの彫刻が多い。 化け物たちの彫刻は、異教の信仰にルーツを持つ。異教の神的存在のなかでキリスト教道徳と整合性を持っていたものはそのまま、背馳するものは悪魔や悪の体現物に変えられて大聖堂の装飾に採用されている。
  ゴシック大聖堂内の薄暗く、神秘的な気配は、昼なお暗い森の気配を伝えている。
聖堂内に立ち並ぶ石の柱は、森の中の樹々であり、柱頭や天井のアーチの交差点の異様な彫刻には、森の不気味さに対する畏れがある。
  パリのノートルダムのガーゴイルの怪物たちは悪霊を外に吐き出す浄化の役割と悪霊の侵入を阻む守護神の役割を担っている。大聖堂の装飾、図像は、すべてキリスト教的な意味を担っている。
 ゴシック大聖堂は、象徴の森である。ゴシック建築は、ロマネスク建築が最盛期を迎えていた12世紀前半にサン・ドニ修道院で生まれた。サン・ドニ修道院の西正面扉口彫刻は、ゴシック建築の発端になる。盛期ゴシック建築の第一歩は、1194年に始められたシャルトル大聖堂の再建工事とともに始まる。 
 ゴシック建築は、何よりも高さと光を求めて発展していった。高さへの志向性は、ロマネスク時代の半円アーチを尖頭アーチに変えた。リブ・ヴォルトは、石造りの天井を骨組みの軽やかな構造体にし軽く天井を支えることを可能にした。アーチの出発点に生じる横圧力は、外部からの蜘蛛の脚のように支える
飛梁(フライング・バットレス)によって緩和される。ゴシック建築は、尖頭アーチ、リブ・ヴォルト、飛梁の三つの建築技法により高い天井構造を築き、かつ壁面を大きく窓に開放することを可能にした。

 ※まあ でも これ建設するのに、約90年 掛かっているからね、昔の寿命からして2世代

  一時 ゴシック建築は あまり採用されなくなるが 復活する

★ゴシック・リヴァイヴァル建築
     http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AB%E5%BB%BA%E7%AF%89
 ゴシック・リヴァイヴァル建築(Gothic Revival Architecture)とは18世紀後半から19世紀にかけて興ったゴシック建築の復興運動である。 ゲーテやシュレーゲルなど、中世をキリスト教の理想世界とするロマン主義芸術家の間でゴシック芸術が崇拝され、これが美術や建築に組み込まれて様々な作品を生み出したが、しばしばグリーク・リヴァイヴァルに代表される古典主義建築とはげしく対立した。
 
 ※まあ つまり 発祥はどうあれ、後世の我々に すごい 影響を与えている訳だ 新都庁とか

☆では 当時の 建築構造計算は どうしたのか???
   今の 姉歯建築設計事務所 の事件のような事が 起きる事は 当時は無い・・
      では どうやって 柱の太さ、梁の大きさ、壁の厚さ、石の強度とか・・どうしたのか??

 その辺は また 今度、まあ 黄金率 とか、宗教的な幾何学 とかね、カバラとか・・

ではでは

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