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ケータイって何だ?

今日は携帯電話のお話です。




ケータイって便利だよね。
今の学生にとっても、ビジネスマンにとっても、ケータイが無いとホントに困る。
万が一ケータイを無くしてしまったら、クライアントの連絡先もわからなくなるし、友達の電話番号もわからなくなる。
電車の中で暇つぶしにゲームも出来なくなる。
ともあれ、自分のプライベートを含む、ありとあらゆる情報が集約されたケータイは、鞄よりも財布よりも重要なツールになっているんだよね。


でも僕は時々、ケータイってあっても無くてもどっちでも良いんじゃないって思うことがある。
特に長期で海外なんかに行くと、ケータイが無いからこそ出来る生活にものすごく新鮮味を感じる。
メールを返す必要も、ケータイをいちいちチェックする必要もない開放感。
誰からも拘束されない、自由な時間。



今となっては、手元になければ不安で仕方ないという程まで生活に密着している訳だけど、
ケータイが無い時代も確かにあった。その時僕らはどう感じていたかというと、そこまで不便には感じていなかったんじゃないかと思う。
ここで少し、ケータイが無かった時代を思い出して欲しい。


今はケータイで友達個人と連絡を取るのは簡単だけど、昔は友達と連絡を取り合うために、いちいち実家に直接電話をしてその人を呼び出して貰うしか方法はなかったよね。そのとき、つまり友達の家に直接電話を掛けるとき、母親とか姉弟が出たら、なんて敬語を使ったらいいかとか考えなかった?特に正月なんて、母親から「電話で話すときは、まず始めに明けましておめでとうって言うのよ!」とか怒られた経験、一度くらいはあると思う。


女の子の家に掛ける時なんてもっと大変だった。
男性諸君なら経験あると思うけど、友達に変わって欲しいときに、「〜さんいますか?」て言うのがいいか、「〜ちゃんいますか?」て言うのがいいか悩んだでしょ?
案外こういうときに電話での応対の仕方みたいなのを肌で学んでいたのかもしれないね。


待ち合わせなんかも最近面白くなくなったなぁ。
昔はケータイなんて無かったから、友達や彼女とちゃんと会うことが出来るかどうかが不安でしょうがなかった。だから、時間には絶対遅れないよう心がけていたし、無事待ち合わせが出来たときなんか喜びはひとしおだったな。それが最近じゃ、多少遅れても電話すればいいやなんて思っちゃって、時間も守らなくなった。会うことが出来るのが当たり前になっちゃったから、会うだけじゃ喜べなくもなった。


メールも便利っちゃぁ便利だけど、何となく味気ない気がするんだよね。
昔は年賀状が何通来るのか楽しみでしょうがなかったけど、今の時代来るのはおめでとうメールのみ。
社会人になると結構書く機会多いらしいけど、僕なんかまだ学生の身分だからここ数年貰った記憶がない。何となく味気ないよね。手書きの手紙には独特の暖かさがあるような気もするし。


恋愛においても又然り。
恋人と話すときは、メールよりは電話の方が良いよね。
実際に聞く言葉に比べて、どうもメールは人間味が足りない気がする(当たり前だけど)。
一方で、それを克服するために絵文字や顔文字を編み出す人間の知恵もすごいと思うけど。

最近は女の子に告白するときにメールを使うとかいう不届きものまで現れてきているらしいけど、はっきりいってそんなのあり得ない。ぼかぁそんな輩をはり倒したいね。あの、告白する前の独特の緊張感を味わえと。反応が遅いときの絶望感を味わえと。



こう考えると、ケータイが無かった時代も、そこまで不便じゃなかったような気がしてくるね。
むしろ、ケータイが無かった時代の方が、それはそれで人間味あふれてて面白い世の中だったな。
手間のかかる、効率の悪い事も時には必要だったけど、その分人との関係を大事にしていたような気もするし。携帯電話は確かに僕らの生活を便利にしたけど、同時に生活を味気ないものにしちゃった気がする。ケータイの登場で僕らが忘れてしまったものの中にも、本当に大切なものがあるのかもしれないね。


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