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一日一ファン目指して、文章力で勝負していきます。

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気づけば300

いつも御覧頂き有り難うございます。
気づけば九名もの方にお気に入りに登録して頂き、僕としては幸甚です。
まずはご挨拶だけでも、と思い更新しました。

一日一ファン目指して頑張っていきますので、今後とも宜しくお願い致します。

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今日は質問の仕方についてのお話です。





最近色々相談を受ける事が多いね。
僕は大学一、二年時に塾講師をやっていた経緯もあってか、実は根が結構世話好きなのだ。
受ける相談の内容もバッラバラ。
就職について、勉強について、資格について、恋愛について、まぁホントに色々ですわ。
こんだけジャンルがバラバラな質問が来るんだけど、おもしろいもんで、質問者が全員共通して持っているパターンてのがあるんだな。それは何かって言うと、質問の仕方ね。

大体僕は相談を受けたら、まず彼らの直面している問題点を明確にしてあげる。
相談者は、自分でも何が問題なのか見えていないケースがままあるからね。
「ここと、ここが上手くかみ合っていないから最後が駄目になっちゃってんだろうね〜」みたいな感じで。すると最後は大体どの質問者も、「じゃぁどうすればよいの?」と聞いてくる。
そこで僕は質問者にこう言う。


「質問に対する答えの前に、まず君の価値観そのものを変えた方が良いよ」と。


21世紀を迎え、僕らの暮らす社会は大きく構造を変えている。
今をときめく人たちを見てみればわかるけど、21世紀の社会、絶対解なんて存在しません。
大手企業の重役とか、財閥の息子とかではなく、平民出の堀江さんみたいな人でも金持ちになれる。
三菱って凄まじい威力を持つブランドを持っていても、リコールの嵐に遭い死にそうな会社もある。

ともかく、何かをすれば何かが得られる、といった単純な図式が崩れているわけだ。
一次方程式が無くなったんだよね。絶対解だけじゃない、別解が無数にある社会が生まれた。
この事象をもう少し専門的に言うと、社会そのものが複雑化しているともいえるのだ。
社会の複雑化とは、社会学においてはカオス化、なんてもいわれたりする。
皆様も聞いたこと位はあるのでは?
僕の専門は社会学ではないので、詳細な解説は避けるが、単純化して分かりやすく説明すると、
カオス理論とは、「前提条件が少しでも違えば、結果はどうなるかわからない」とする理論である。

例えばここにスーパーボールがあったとしよう。
このスーパーボールの重さが50グラムだったとする。
この、50グラムのスーパーボールを時速30kmのスピードで地上から500メートル離れた高層マンションの一室から落としたら、どのくらいの時間がかかるだろうか。
これは、簡単な算数を知っているモノであれば誰でもすぐに導くことが出来る。
しかし、落とした瞬間に風が吹いたら何が起こるだろうか。
スーパーボールは風が吹いてきた方向によって、右、あるいは左にぶれて、地面に落ちるまでの時間が若干遅くなるかもしれないし、早まるかもしれないだろう。
つまり、予定では30秒で地上に着くだろうけど、風が吹いたらどのくらい時間がかかるか途端にわからなくなるわけ。これがカオス理論の基本的な内容である。


ちょっと難しい話をしたけどさ、結局何が言いたいかって言うとね。
「AをすればBが起こる」なんて社会じゃないのよもう。
Aをするときの幽かな条件の違いによって、結果はB’にもCにもなりうるわけ。


だから僕はこう思うのよ。
ゲームを禁止にするなと。
映画を禁止にするなと。
小学生がバトルロワイアル見たって良いじゃねーかと。


ゲームや映画ってのは、あくまで犯罪という結果を導き出した一条件にすぎない。
環境、教育、両親などといった条件に加えて、ゲームが加わったから、そいつは犯罪を犯してしまったのかもしれないけど、だからってゲームって条件そのものが悪いってのはおかしい。
他の子供がゲームって条件を加えたからって同じ行動をするわきゃないわけだろ?
そもそも仮想と現実の区別も付かんガキなんて、ゲームって条件が勉強だったとしても同じことやるだろ。要はゲームって条件がまずかったんじゃなくて、他の条件がまずかったんだよ。
ゲームに加えて虐待って条件も存在したからやっちゃったのかもしれないわけだ。
教育って条件の質が悪かったのかもしれんしね。


社会が複雑化すればする程、なんで政治家ってのは皆馬鹿になっていくのかね。
そんな訳のわからん理由でゲームを禁止したところで、犯罪が無くなるはず無いでしょうが。
そんな簡単に犯罪をなくすことが出来るわけないでしょ。
つーか禁止にされればされる程人間の好奇心ってのが高まって、
なんとしてでも見ようとする子供は増えるだろ。かえって逆効果何じゃないのかね。


(一条件とはいえ、事件を引き起こした責任を取って企業が自主回収を行う姿勢はよくわかります。そういう企業のマインドはすばらしいですな)


大分話が飛んでしまいましたが、ま、ともかく。
今僕らが生活している社会は、著しいスピードでその構造を変えている。
もう何かをすれば、欲しいモノが手に入る社会じゃないのよ。
経営者になりたい、という崇高な夢を持っている若者へ。
大学出て、大手企業入って、MBA取ったからって経営者になれるとは限らないからな?
それはあくまでも一成功者の、一経営者のキャリアパスなんだから、その通りやったって夢が叶うとは限らないのよ?
将来年収一千万稼ぎたいとか考えている君へ。
大企業にはいるのが全てじゃないよ?
ベンチャーみたいな小さな会社に入って若いうちから経営幹部になるってのも一つの手段だ。
繰り返しになるけど、僕らが生活している社会においては、もう一次方程式は存在しない。
A=Bなんて図式もなけりゃぁ、A→Cなんて図式もない。
解なんて無数に存在するわけ。あるのはビジョンですよ。何をしたいのか。ただそれだけ。
それを達成するための手段なんて無数にあるの。
結果は一つ、でも道は無数みたいなね。
その道ってヤツを見つけ出すことは、自分にしかできないわけだ。
だから道に迷ったからってそう簡単に「どうすればいいんですか」なんて聞くもんじゃないよ。
ああすればこうなる、なんてもう通じないんだから。
そんなこと聞かれたって、こっちは「知るかそんなもん、自分で見つけな」と答えるしかないんだからさ。

そもそも、結果で全てを判断できるのか?
金で雇用を流動化して良いことあるのか?
優秀な若手と、経験値のある熟練、どっちが新しいマーケットに対応できるんだ?



実力主義の実力ってどうやって査定するんだ?
査定方法も怪しいもんだ。
むこうのビジネスは、基本的にプロジェクト単位で動く。
360°評価なんて言ったって、そんなの数人のプロジェクトチームにやってもらったって意味無いだろ。
結果だけに焦点を当てたら、そのプロセスで関わった人はどう評価されるんだ?



金で優秀な人を買ったら因果応報で、それ以上にペイする人に買われるだろ?
結局金だけで人材を確保することは出来ないだろ?
そこに信用がなかったら、人は絶対インセンティブを働かすことは出来ないよ。
あと、雇用を流動化するために派遣社員などといった制度を用意してるみたいだけど、あんなの僕にしてみれば、「出来るヤツはどんどん会社をたらい回しにして、業績を上げさせよう、出来ないヤツは、しょぼい仕事だけ任せて、後はほうっておけ」とする制度にしかおもえんぞ?それが突き進めば、得意の米国二極化が進むじゃないか。
現に、知り合い曰く、概して企業における派遣社員の地位は低いと聞く。
派遣社員、アルバイトは、相応の仕事しか任せてもらえず、出世や査定に響くような大きな仕事は全部正社員に持って行かれてしまうらしい。
また、一度派遣社員というキャリアを選択してしまうと、余程のことがない限り、正社員に転身することは出来なくなるとも言っていた。
これはまずいんじゃないの?


新しい時代に対応するためには、業界での経験値はものすごく大切だから、経験の浅い若い人だけだったらマーケットに対応するのは不可能だ。運輸にしろ、飲料にしろ、どんな業界であれ、業界に精通する経験者の意見は極めて価値のあるものだろう。
また、熟年者がこれまで気づいてきた「信用」も相当重要だろ?
その信用、あるいはツテを利用してビジネスを成功させていくのであれば、経験者は欠かすことが出来ないじゃないか。刹那的な実績だけで若手を登用したって、経験者がいなきゃ成り立たないんだから、老人をつぶせとまでは言わなくても良いんじゃないか?


終身雇用、年功序列を社員に公言し、実際に制度として根付かせているTOYOTAを見てみればいい。トリプルAが付く程の健全な財務体質、リコールも滅多に起きない高品質、金融マーケットへの新規参入を始めとするパイオニア的社風。このどれもが、優良企業として認定されるための必須項目であり、日本型経営システムを堅持しているToyotaはこれらの項目を全て満たしているわけだ。
社内では、品質を保つために相当シビアな教育、指導制度が整っている一方で、一千万円プレーヤーを目指すという、大変分かりやすいキャリア制度も導入している。
更に、社員に対象を限定して、Toyotaローンという一般の金利よりも圧倒的に低い利率でローンが組める制度も設定している。
家も車も安く買えるよう企業側がサポートしているのだ。


こういった制度を会社側が公言し、実行することによって、企業と社員の間に「信用」が生まれる。従って、他社がToyota以上にペイすると言ってもほとんどの社員は動かない。
TOYOTAは、日本型経営システムを上手く活用し、社員のモチベーションを上げることに成功した企業といえる。


そもそも、「米国式経営術」なんて手法は、経営術をもっとも簡易化、単純化したものにすぎない。コストカッター、クビキラー、ヘッドハンター、なんてもてはやされているけど、そんなの誰でも出来るだろ。実績が出なかったヤツを切るなんて、感情を押し殺すのが得意なヤツなら誰だって良いじゃないか。


日本の経営陣は、雇用をし、実績を上げて貰うための最良のインセンティブは「信用」だと知っていた。だから、経営難に直面しても、自分の給料を減らしはしても、決して社員のクビを安易に切るような真似はしなかった。少なくとも僕はそう解釈している。
そうじゃなきゃ、日本型経営システムが、戦後四十年間あまり(松下電器なんかの優良企業を加味すればもっと)堅持されてきた説明が出来ないじゃないか。


恐らく日本の経営陣が本能的に、それをやり出すと歯止めがきかなくなるのを知っていたんだろう。社員のインセンティブを「信用」から「金」に切り替えることの弊害を。雇用を流動化させることの弊害を。結果だけを重視する評価方法の弊害を。


だからこそ日本型経営システムにこだわった。
日本型経営システムを日本は堅持してきた結果、二度にわたる未曾有の経済成長を迎え、オイルショックも乗り切ったんでしょ。最近では、不良債権処理も実現した。



アメリカの経営?実績主義?それは小学生でも出来る、非常に簡単な経営手法じゃないか。
そんなモノをご大層にありがたがって、外国かぶれの連中は何が面白いのかね。


出来るヤツはどんどん起業して、ベンチャー乱世の時代にした方が、新陳代謝の活発化を引き起こすから良い?
そりゃぁ良いだろうね、勝っている人たちはさ。でも社会全体のシステムとしてそれが起こると、どう考えても二極化が進む。だって中小が興隆し続けたら、誰かが負けるし誰かが勝つじゃないか。「一回負けてもやり直しできる法整備を」なんていったって、実際やり直せても派遣社員スタートとかそうなるわけだろ?明確に二極化が進むじゃないか。
そんなのが突き進んじゃったら、そのうち日本にもアメリカみたいに立ち寄っては行けない地域みたいなのが出来るだろう。貧困は伝染するから、貧しい家庭の子供は豊かになれない。永遠に二極化は解消されず、スラム街がどんどん増えていって、国全体の治安が悪くなっていくよ。


ヘッドハンティングだの、タイムリーな雇用だの、相変わらず日本人は横文字に弱いらしい。
「海の向こうではこうだから」なんていって何でも目新しいモノに飛びつく前に、
今日本にあるモノがどうしてこんなに長く日本に根付いていたのか、分析してみるべきだと思うけど。
成果主義がどうのと騒がれている今こそ、もう一度改めて日本型経営システムを見直してみるべきなんじゃないかね。

僕が米国型経営システムと聞いて、ぱっと思い浮かぶフローを書くと、

・ まず結果重視、成果主義
・ 成果に対する報酬は基本的に金
・ 実力のある人間は、もっとペイしてくれる同業他社をぐるぐる回る

ざっとこんなもんが挙げられる。
勿論これ以外にも、いくつかの特徴があるだろうと思うけど、米国型経営のコアとなるものは、「結果で全てを評価」、「結果出たら金をやる」基本的にこの二点から成り立っている。
それが突き進んで、雇用の流動化、若手による新市場対応、なんて発想が出てくるわけだ。
優秀な人間は金で釣って引き抜いてしまえばいいという発想が出てくるわけだからね。


つまり、米国型企業は、従業員のインセンティブは、金で左右できるという発想を根本的なシステムにしているのだ。
僕は気にくわないのはここだ。
人は本当に金のためだけに働くのか?
労働市場においては金こそ全てなのか?
僕はそうは思わない。


人は何のために働くのか。
僕の結論から言おう。
その答えは「信用」である。
人は信用され、更に大きな仕事を任せて貰うために働くのだ。
僕は、ビジネスを「極めて属人的なもの」だと思っていて、金で左右できるようなものではないと考えている。金がそこまで払えなくとも、信用さえ成り立てば会社は従業員にコミットしてもらえる。メリットが無くても、昔お世話になっていれば、従業員は頑張って働く。
お世話になったのに他社がもっとペイしてくれるからそっちに行く、なんて発想は、少なくとも日本人のメンタリティには合わない。

だから、金を全ての指標にして、従業員と企業間の「信用」をぶちこわすような真似をする米国型経営が僕は気に入らない。結果を重視し、金を至上の価値として報酬を与えていく手法が気に入らない。また、それがエスカレートしていって、若くても出来るヤツを管理において古いのを切り捨てる、とか、雇用を流動化する、という発想も気に入らない。

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今日は日本型経営システムのお話です。





最近やたらと終身雇用、年功序列が叩かれている。数年前に比べれば、日本型経営の見直しが唱えられ始めているからまだましだけど、旧経営システムに対する批判の姿勢はまだ根強く残っている。


就職活動をしているときなど、実力主義、成果主義を売りにしている企業がやたらと目に付いた。
曰く、「実力で給料査定」、「マネージメントは積極的に若手を取り入れる」等々。
雑誌を見てみれば、竹中大臣が雇用の流動化こそ日本企業の課題だと述べている。
ライブドアの堀江社長なんかも、彼の著書にて、「日本の会社は老人だらけで腐っている」とまで喝破している。
このように、様々な企業、学者が成果主義、流動的な雇用システムといった、いわゆる米国式経営システムを金科玉条のように掲げているが、このシステムは日本社会にとって本当に良いものなのか?そもそも日本型経営システムはそこまで悪いものなのか?


結論から言わせて貰えば、僕は日本型経営システムの方が圧倒的に企業全体の利益に結びついていて、米国型経営システムなんかの方が後々大損こくと思っている。



僕は、

・若い連中を入れたから新しい時代に対応できるとは思わない。
・実力主義が最良の評価方法だとは思わない。
・人材が流動化すると、大きな弊害が起こるだろう事も予想できる。


これらの理由については、今日は少し時間がないので次回お話ししたいと思う。

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