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【プロローグ】 風太郎は、労働者の味方をもって自認しているが、時には味方になれないこともある。今日は、そんな事例のお話である。なお、この記事は続きものの2回目です。ここから読んでいただいても分かるようになっていますが、何故、文中に秋の風や猫がでてくるかは、1回目を読んでいただいた方が分りやすいかもしれない。 1回目「今日の私は秋風に化して」は右をクリック→http://blogs.yahoo.co.jp/huchisokun/49983915.html 【困った労働者の物語】 風間君(仮名)は、1ヶ月前にこの会社に経理業務経験の経歴が見込まれて、経理担当として就職した。会社は、不動産会社である。大田区や世田谷区などの東京南部と川崎市を中心に営業活動を展開している。オーナーの息子が社長をしている。社員数は15名ぐらいらしい。小さなマンションの建売りと仲介を手掛けている。 社長は、若い頃は外車を乗り回すドラ息子だった。二浪してやっと早稲田に入ったが、卒業して、小さな商社に就職した。商社の仕事は厳しかったので、ドラ息子的性格はこの時矯正された。商社には感謝しなければならない。おやじの後をついで、不動産屋の社長になったのは、おやじが脳梗塞で倒れたのがきっかけだった。 爽やかな秋の風に化した風太郎は、上空から急降下して社長室に入った。風だから隠れなくてもいい。誰も気付かないのだ。しかし、うろうろしていてはこちらが落ち着かない。どこか落ち着く場所はないかと見回してみる。社長の大きな机の上に飼い猫があくびをしていた。ペルシャ猫である。早速、猫の頭脳に入り込んでしまった。社長の机の前に立った風間君が社長に何か言っている。風太郎は、耳を澄ませた。 【あまりにも急な退職】 ☆ 風間君:「今月一杯で辞めさせて頂きます。」 ★ 社長:「何を、藪から捧に、今月は後何日あるって言うんだ!」「冗談も休み休み言え!」社長は怒っている。それもそうだろう。今月はあと1週間も無い。辞めるには急すぎるのだ。「辞めたければ辞めるがいい。働きたくない者を引き止めても仕方が無い。」「しかし、急に言われても困るぐらいなことは分るだろう。」「だいたい辞める理由ぐらい言ったらどうだ!」「何か不満でもあるのか」 ☆ 風間君:「別の会社に就職することになってます。」 ★ 社長:「なにい!」社長は、大声を張り上げて机をドンとたたいた。 【自分勝手な労働者】 ペルシャ猫君は、大いに驚いて立ち上がった。そして、隣の机の上に移動した。ここなら、まだ十分聞こえるから我慢するとしよう。風太郎は、こう考えた。それにしても、社長だって怒るだろう。今月は、あと1週間もない。経理担当は、月末と月初に忙しいはずである。社長のご立腹は分る。そして、他の会社に就職するにしても、こう言う時は、ウソも方便である。正直だけでは、この世は渡れない。これは、猫の社会でも同じだ。猫の頭脳に潜んでいると、風太郎も猫になった心算になるから不思議だ。言い争いは、しばらく続いた。最後に社長は、「今日はもう帰っていい。良く考えて来い。明日、もう一度話そう。」 困ったことに、風間君は、翌日から出勤しなかった。社長は、怒って何回か風間君の携帯に電話した。かなり、激しい調子だった。そして、最後の電話はこうだった。 ★ 社長:「辞める場合にも1ヶ月間は拘束する権利がある。労基法で決まっていることだ。そんなことも知らないのか。」チョッとチョッと!そんなことは、労基法には無いよ。 「しかし、辞めるのは分った。1ヶ月拘束する権利はあるが、そこまでは、要求しない。」「急に辞められたら困るぐらいの理屈は分るだろう。今月から来月にかけて、何日働けるか電話くれ。何日と何日働けるのか知らせてくれ。」 これにたいして、風間君は、「分りました。」と答えたようだった。風太郎は、ペルシャ猫君の頭脳を抜け出し、再び秋風に化して風間君のアパートに向かった。アパートに着いてみると、風間君が誰か友達に電話していた。「社長は、怒鳴るんだよ。あんな会社、もう行きたくねえよ。」「次の会社は、半月先だから、行けば行けなくねえんだが。行けば、怒鳴られるに決まっている。行かねえよ。」 ここまでの経過は、風間君の方が悪いような気がする。社長だって確かに急に辞められたら困るに決まっている。風間君にその点での反省は全く無いようである。 風間君は、無断欠勤を続け、月末になった。月末日は、給与の振込み日である。給料は、25日締め切りで月末払いになっている。銀行に行って記帳した。給料は、振り込まれていなかった。風間君は、社長に電話した。 ☆ 風間君:「社長、何故、給料を振り込まないんですか。」 ★ 社長:「自分の主張ばかりするんじゃないよ。お前は、人間のクズだ。約束した連絡もしないんじゃないか。給料を貰いたければ取りに来い。経理担当のお前が皆の給料を計算して振り込む担当じゃあ無かったのか!」「取りに来れば払ってやるが、全額は払わないよ。いくら差し引くか、考えてるところだ。」 風間君は、電話を自分の方から切った。そして、インターネットの前に座って労働相談を検索した。そして、電話した。 ☆ 風間君:「会社を辞めたんですが、最後の給料を支払ってくれないんですが、こう言うことって許されるんですか。」 風太郎には、あまりにも一方的な自分中心の質問に聞こえた。電話の相手は、詳しく聞きたいと言っているようだった。風間君が外出したので風太郎も直ぐに後を追った。着いたのは、労基署の相談コーナーだった。 労基署には、猫もいなければ犬もいない。チョッと落ち着かないので見渡してみるとゴムの木の鉢植えがカウンターの横においてある。その辺りに陣取って耳を傾けることにした。 ★ 相談員:「どうしました?」 ☆ 風間君:「辞めたんですが、最終給料が振り込まれません。社長に電話したら、“取りに来い”“払ってやるが、全額は払わない”って言うんです。」「振込先は届けてあるので、振り込むのがあたりまえでしょう。しかも、全額は払わないなんてことが出来るんですか」 ★ 相談員:「取りに来れば払うといっているんなら、取りに行くのが一番確実だと思うよ。労基法でも、給与支払いの原則は現金払いだから、“振込みにしなさい”とは言えない。」「ただ、全額払いの原則というのがあるから、本人の了解無しに差し引くことはできない。」「取りに行って、労基署にそう言われたと説明して、全額払わせるのが一番確実で早いと思いますが、どうだろうか」 ☆ 風間君:「行けば何されるか分りません。暴力を振るわれるかも知れません。」「だから、相談に来ているんです。何とかして下さい。」 チョッと待った風間君、それは言いすぎだよ。風太郎は知っているけれど、社長は、暴力を振るうような人じゃないよ。 【試用期間のトリック】 ☆ 風間君:「退職を申し出た社員を1ヶ月辞めさせないで拘束する権利なんてあるんですか。」 ★ 相談員:「雇用契約の内容を見ないと判断できないなあ。雇用契約書又は労働条件の明示書はお持ちですか」 ☆ 風間君:「ありません。口頭の契約です。」 ★ 相談員:「それは、杜撰な事業主だね。労基法では、主要な労働条件は書面で明示する必要があるんだが、手抜きだね。」「口頭でも契約は契約だから、約束した労働条件を説明してください。まず、雇用期間はどうなっていますか。」 ☆ 風間君:「正社員募集の広告で面接しました。」「試用期間の3ヶ月が終了したら社員採用するかどうかが決まると言われました。」 ★ 相談員:「と言うことは、まだ社員として採用されていないと言うことだね。」 ☆ 風間君:「そう言うことになるんですか?社員募集だったんだけど」 ★ 相談員:「だって、3ヶ月の試用期間が終了したら社員採用するかどうかが決まると言われたんだろう?だったら、まだ社員ではないと言うことにならないか?」「普通、試用期間というと、まず社員として採用が決まっていて、社員として働き始める。その最初の3ヶ月が試用期間だ。試用期間が終了してもよっぽどの事が無い限り解雇は無い。」「君の場合には、試用期間が3ヶ月、雇用期間も3ヶ月、それが終了した時点で、社員として採用するか否か決めると言うことのようだね。」 ☆ 風間君:「そう言うことですか。社員になった心算でした。」 ★ 相談員:「会社もずるいね。社員として雇ったと思い込ませて、3ヶ月間の使い勝手を確認してから社員採用をしようということだろうね。」 ☆ 風間君:「騙されたということですか。」 ★ 相談員:「3ヶ月の試用期間が終了したら社員採用するかどうかが決まると言われたわけだから、必ずしも騙してはいない。しかし、試用期間が終了しても社員になれない場合が相当あることをキチッと説明しないのは感心しないね。」 「雇用期間が3ヶ月の有期契約の場合、労使双方がこの期間を守る義務があるということになるね。正社員のように定年までの雇用の場合には、退職を申し出て2週間すると退職が成立することになっているけれど、有期契約は法的には違うんだ」「社長の言う1ヶ月間は拘束できるというのは無いが、君の場合には、あと2ヶ月勤務する義務があるということだ。これは、民法の628条(脚注参照)によるんだ。しかも、損害賠償の義務を負うと言うことになる。」 【悪かったことは、率直に詫びよう】 ☆ 風間君:「損害賠償ですか。そんなもの払えませんよ。」 ★ 相談員:「実際には、払うことは無いさ。損害賠償の金額について、双方が合意しない限り、裁判で決着を付けることになる。会社は、金を掛けてまで裁判所で争うことはしない。実際は、この場合には会社が泣き寝入りと言うことになる。」 相談員は、風間君にこのトラブルの経緯について詳しく事情聴取を始めた。風間君も聞かれれば仕方なく退職の理由や退職を申し出た日、働ける日を連絡するといって連絡しなかった経緯などを話した。 ★ 相談員:「会社も杜撰だが、君にも悪いところが結構あるじゃないか」「額は別として、会社に損害賠償の理由は成り立つことになる。しかし、君が応じなければ会社は取り立てることはできない。給料から、労働者の同意無しに差し引くことは基準法上できない。だから、君が全額払えと要求すれば会社は、耳を揃えて払わざるを得ない。」 「しかし、それで良いんだろうかねえ。社長も人間だよ。君も悪かったことはお詫びすべきじゃあないかな」「お詫びすれば、全額払ってくれると思うが。会社に行って、お詫びして、全額払ってもらうというのが一番いいと思うんだが。」 風間君は、監督署の相談員のアドバイスで会社に出かけ、悪かった点をお詫びし、無事給料の全額を手にすることが出来た。 脚注:「民法628条」この法律はカタカナで書かれているので、普通の現代文に書き直すと次のようになります。「民法628条(やむを得ない事由による雇用契約の解除)第628条 当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合に、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものである場合は、相手方に対して損害賠償の責任を負う。」
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雇用契約書、労働条件明示書
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