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一人の労働者が労働審判の結果報告に来てくれた。風太郎のところには、ときどきこういう報告があるので有り難いと思っている。 彼は、地方から出てきて小さな金融商品を扱う会社に就職した。地方から東京にでてくると、まず住むところを探さなければならないが、この会社は募集広告に寮完備と謳っていた。それが、この会社を選んだ理由である。 東京ではアパートを借りるにも保証人が必要である。敷金礼金ゼロもあるが、問題が多く、通常は敷金なども必要となる。地方出身者にとって寮完備は魅力に感じる。 しかし、大企業でない限り寮完備は福利厚生でも何でもない。アパート代はチャンと給料から差し引くし、しかも極めて低賃金であることが多い。寮完備は、企業にとって地方出身者を低賃金で働かせる手段ともなっている。事実、アパート代など差し引かれると手取りは5万円に満たなかった。 残業代も支払われず、過酷な労働に耐えかねて転職をしたくてもアパートから出ることができず拘束される。寮完備は、低賃金労働者を繋ぎとめる鎖の役割を担っている。 彼の仕事は、FX(外国為替証拠金取引)の販売だった。朝から昼過ぎまでは電話でのセールスに徹し、アポをとるのである。午後から夜間にかけては飛び出していき契約をとるのである。 彼の課は、厳しい課長の下に10名の同僚が働いていた。アポがそんなに簡単に取れるはずもない。アポが取れるまでは、自席に座ることが許されず、立ちっ放しで電話セールスをさせられた。2件3件とアポを取り飛び出していければ良いが、なかなか取れないと夕方まで立っている。 アポが取れずに夕方まで職場にいると最悪である。課長から罵倒されることを覚悟しなければならない。帰れるわけではない。課長からは「皆がセールスにでて仕事をしているのに先に帰るバカがあるか。」と怒鳴られるに決まっている。 契約が取れて帰ってきた者は帰ることができる。アポが取れずに外に出られなかった者は、みんなが帰った後で最後に帰らなければならない。 彼は、電話セールスが得意ではなかった。課長から罵倒されることが一番多かった。彼は、次第に体調を崩し、とうとう会社に出勤できなくなって家(寮)で寝ていた。体調が悪く、会社への連絡もできなかったが、10時頃になってから課長に「休ませてください。」と電話した。覚悟はしていたが怒鳴られた。 寮は会社の近くにある。驚いたことに課長が寮に来て、無理やり洋服に着換えさせ会社へ連行し立ちっ放しの電話セールスを強要したのである。 その翌日、彼は会社を休み、寮を抜け出して風太郎のところに来た。風太郎は、彼が既に精神疾患を患っていると確信した。風太郎は、心療内科で受信するように勧めた。休むと課長が合鍵をもって寮の部屋に入ってくると恐れているので、内鍵をして開かないようにしなさいと話した。 数日後、彼が再び風太郎を訪ねてきて、医者が診断書を書いてくれないというのである。“そんな馬鹿な”と思ったが、聞いてみると、医者が課長から脅されたらしいのである。風太郎もこんな医者は初めてだった。 風太郎は、これ以上会社の寮にいることは良くないと考え、秋田の実家に戻って、そちらで心療内科に診てもらって診断書を出しなさいと提案した。最初、実家に戻ることを躊躇していたが、最終的には風太郎の提案を受け入れ秋田に戻った。 彼は、秋田の医者に診断書を書いてもらい会社へ提出した。また、傷病手当金の申請書にも医者の照明をしてもらい、会社に送って会社の記入欄を記入して秋田の実家に返送してくれるよう手紙で丁重に依頼した。 ところが、会社からは「会社に出勤してもらえば傷病手当金の書類を渡します。」と意地悪な返事送ってきた。風太郎は、“体調が悪く秋田の実家で静養中なので、郵送で送り返してほしい。”旨、丁重に書いて返信用封筒に切手を貼って同封してお願いしてみなさいと提案した。 彼は、そのとおり実行したが、会社は傷病手当金の手続きに一切協力さなかったばかりでなく、求職期間は1カ月であることを伝えてきた。 風太郎は、体調の回復を待って労働審判をするしかないと考え、ことの事情を弁護士に説明する書面を作って渡したのである。 労働審判での調停の結果は、会社が残業代約150万円を払うこと、傷病手当金の手続きをすることの二点だけだった。パワハラについては、証拠が無く認められなかったとのことであった。残業代も証拠が無かったが、裁判所の意向で彼の代理人である弁護士が会社に残業の記録の提出を求め、提出された記録が改ざんされていたため有利になったとのことである。 パワハラを認めさせることの難しさを改めて感じた次第である。
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パワハラ、うつ病、PTSD
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