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山道を歩きながら風太郎はこう考えた。 智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。なるほど、これは事実かもしれない。しかし、今の世の中、それ以上かもしれない。 最近の世の中は、住みにくいを超えている。妊娠を告げたら退職を強要される世の中を漱石が知ったなら、どのように表現するのだろうか。子供を授かることが喜びとはならず、苦しみの始まりとなる。漱石の時代に比べて、どちらが住みやすいのだろうか。 「明日は、出社におよばず。」と退職を強要されているときに情に掉さす余地は無い。キム・ジョンイルみたいな社長に怒鳴られる時、智に働く余地も意地を通す余地も無い。 草枕の時代にも過酷な運命を強いられた人たちがいた。時は、日露戦争の時代であった。那美さんの別れたご主人は、勤めていた銀行がつぶれ、日本にいる場所が無くなって満州に行かなければならなかった。那美さんの従弟の久一さんは、徴兵されて死ぬために戦争に・・・悲しい時代であった。 いまの世の中、憲法9条があって戦争には行かずに済んでいるけれど、世の中の住みにくさは戦場のようなのかもしれない。 しかし、ちょっとだけ光が差してきた。世の中が少しだけ動き始めた。木漏れ日を浴びながら風太郎は、10年先の明るい世の中を夢に描いた。 世に住むこと六十余年にして、初めて住むに甲斐ある世になるだろうと信じることができそうである。
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