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私・風太郎の妻は元教師でした。その経験を生かして、地域で教育問題を語る会を地域の仲間と一緒にやっています。今回、話し合いの糸口として話題提供を行った教育相談の専門家のお話が大変良かったので、その話の概要を書くことにしました。記事の後半は、若い労働者の実態です。育てられた子どもはやがて社会人になります。今の若い労働者は、ここ何十年かの教育の産物です。
子ども自らが自分の頭で考えて行動できるように!
今、十四万人もの不登校者がいます。子どもたちが心身ともに健康に育つためには、教育や子育てにあたっては、心=感情に焦点を当てて親の子どもに対するかかわりかたを見てゆくということがなにより大切です。
子ども達は何を感じているのか、不満や未満足感などたまっていないか見ていく必要があります。こういう事を知っているか、できるかという知識理解や技能面を見るだけではいけません。
例えば、子どもたちが「痛いよう!大変だよう!どうなるの?助けて!」と訴えているとします。これに対してお母さんが子どもの訴えている感情にこたえずに「そんなことで泣かないの」などと子どもに知識と行動を求めたとします。その結果、子どもの心に残るのは「お母さんは助けてくれない。痛くても泣いてはいけない。」という認知となります。
まずは、子どもに共感すること
こういう経験が積み重なっていくと、「痛いよう、助けてよう」という不安な感情を抑制し、ただ我慢し、耐えることを身につけていきます。我慢はたまって、ふくれてゆきます。子どもは自分の痛い、困った、どうしようというような感情をどう解決したらよいか、をまったく学べません。
これとは逆に、子どもが転んで泣いたときに「ああ、痛かったのね。痛いの痛いのとんでいけー」お母さんはまず、子どもを抱きとめます。子どもの痛みや不安により添い、共感しています。子どもは安心し、徐々に止血し傷の手当てをすればだいじょうぶなんだということを学びます。
共感することによって、正しい答えは子ども自らがだす。
こういう経験をつみ重ねた子どもは、何か新しい不安なことにぶつかっても、その状況を判断して、それが解決できるという感情と見通しをもてるようになります。
今の子どもたちがかかえている危機は、この心が育っていないという危機です。ところが、大人は先ず先に「こうすればいいの!」「こうかんがえればいいの!」と行動面や知識で対応します。危機に直面している子どもは、それよりも「こわい」「どうしたらいいの」という不安、驚きの気持ち、感情を抱きかかえてほしい状況にあるのです。その感情をしっかり、あるいはそっと抱え、支えてもらえば、フッとひと息を付けるのです。
子どもへの対応は、一瞬の順番が大事
そのあとなら、事態打開のための方法を考える余裕、エネルギーが内側からわき出てくるのです。この一瞬の順番が大事なのです。子どもの心は、今、「こわいよー、どうしたらいいんだよ」と満杯状態にあります。そんなところに「こうするの」といわれても「できないよー」と成ります。「自分はできない子」親の期待に応えられない子」というふうに自信を失い、自己肯定感が育たなくなります。
そして子どもの心には「いけない」「がんばっていない」といったネガティブな感情ばかりが積もり積もってゆく事になります。そうして、年齢が進んで、もっと大きな人生上の危機が来たときも、自分の不安を見つめたり、周りへの信頼の感情がもてないで、状況を判断することもできなくなり、自分の世界に閉じこもったり、自分から逃げたりすることになってしまいます。
子どもに寄り添えば、子どもは悩みを自ら乗り越えるようになる。
もう少し大きくなった子どもの場合です。図書係のX君、図書の貸し出し禁止日に、親友のY君にせがまれて本を貸してしまいました。気にしながら、家に帰ってお母さんにその話をしました。お母さんAは、「あなた係でしょう。いくら親友だって貸してはだめでしょう。」といいました。X君の心には、お母さんはわかってくれないという感情がのこりました。
お母さんBは「そうだったの。それは困ったわね。」と先ず子どもの気持ちに寄り添います。「どうして貸したの?」「だってY君がとっても読みたいって言うからだめっていえなかった。」「そうだったの。」「でも他の子から、ズルしたっていわれた。」「そうね、ほかにもどうしても借りたい人がいたかもしれないわね」「やっぱりY君に貸したのはいけなかったのかなあ」・・・
こんな風に、子どもは親に話しながら自分の悩み(葛藤)を自分でしっかり見つめ、自問自答してその悩み(葛藤)を乗り越えてゆくようになります。悩みや葛藤を帰る途中で忘れたり、帰宅してすぐにゲームをしてあえて忘れようとしたりするのではなく、危機に向きあう姿勢、自問自答するエネルギーをもち合わせる体験を大事にしたいのです。そういう経験を積み重ねて、青年期を迎えさせたいのです。
ここまでは、教育相談の専門家のお話でした。ここからは、私・風太郎が労働相談の専門家の立場で労働相談で感じる若い労働者の問題を書きます。ここまでのお話と何か繋がりを感じて頂ければ幸いです。
子育ての難しい時代
私・風太郎は労働相談の専門家です。毎日十数名の労働者の労働相談に携わっています。そこで感じることは、この労働者はどのような環境で育ち、どのように教育をされ、どのような価値観を持つに至ったのだろうかと言うことです。自分をダメな人間と思いこみ、こうなってしまったのは自分が努力しなかったからだと思っている例が実に多いことです。
グローバル化された厳しい競争社会の中で、親たちは必至で子どもたちが社会で独り立ちできるように手探り状態で教育しています。今の親たちの教育方針で考えられるパターンがあります。
価値観の押しつけ
良い学校へ行き優良企業へ就職できるようにすることです。家族の会話に出てくるのは偏差値や成績、誰誰さんはどこの学校へ行ったなどなどです。口を開けば勉強です。いつの間にか、良い学校へ入ることが素晴らしいこと優良企業へ入ることが人間として素晴らしいことという思想が刷り込まれていきます。逆に、そうできなかった人達はダメな人間と言う意識が刷り込まれます。
子どもたちに自ら考えさせるのではなく、社会経験豊富な親たちは子どもが考える前に「これが正しい答えだよ。」と言って正解を言ってしまいます。しかし、それは決して正解ではありません。多様な価値観が有るのに、唯一つの親が信じる価値観を押し付けます。
はじき出された子どもたちの行く先は?
残念ながら社会は椅子取りゲームのようなものです。椅子に座れなかった人達は、転落のらせん階段を転げ落ちていきます。そこに待っているのが自己責任論です。寄ってたかってダメな人間との烙印を押されます。あのようになったのは努力しなかったからだと思われます。親からもそのように教育されてきたので呪縛から逃れることはできません。
この社会の現実が、親たちをして良い学校優良企業という価値観の押しつけへと繋がっているように感じられます。
自己責任論が敗北者を更に痛めつける。
結果として、敗北した人たちは自分を無価値の人間としか見られなくなります。成功した人たちは敗北した人たちを蔑視します。これは、成功者にとっても敗北者にとっても悲しいことです。この様に歪んだ価値観の社会になってしまった原因は、自己責任論や極端な格差社会の進行に有ると思います。
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