日本のジャーナリズムの脆弱さが改めて問題に「NHK番組改変事件 制作者9年目の証言」(かもがわ出版)を読み大変ショックを受けました。それは、日本のジャーナリズムが権力の圧力に弱いことが分かったからです。この書籍は、2009年9月、「放送を語る会」20周年を記念して開かれたシンポジウム「NHK番組改変事件〜何が残された課題か〜」の記録を中心に編集されています。 NHKの番組改変事件とはどんな事件か(以下の文は何箇所か当該書籍を引用しています。)9年前にNHK教育TVで放送された「シリーズ戦争をどう裁くか」の第二回「問われる戦時性暴力」で起こったことは、NHKのあり方はもちろん、日本のジャーナリズムの現在をいまも鋭く問い続けています。いわゆる「NHK番組改変事件」です。 放送から4年後、「ETV2010」のデスクだった長井暁氏が、この番組に政治家の圧力が加わり、当時のNHK幹部が自己検閲的な改変を加えたことを記者会見で明らかにしました。この衝撃的な内部告発に続いて、同番組プロデューサーだった永田浩三氏が、東京高裁の法廷で政治家の圧力が制作過程に及んでいた状況をリアルに証言しました。 在職中の二人のNHK職員の勇気ある証言によって、政治家の圧力で番組が歪められたという、NHKの根幹にかかわる事態が明らかになったわけです。 そして、放送から8年余経過した昨年・2009年秋、事件に関して、かつてなく注目を集めた集会が開かれました。この集会で、事件を告発した二人、制作現場の当事者・永田氏と長井氏が、初めて公開の市民集会に姿を現わし、当時の状況と現在の心境を語ることになりました。当時のNHKの状況と告発者二人の心境を知りたい方は、是非、この書籍を購入してください。 退職して初めて視聴者に語ることができる真実永田氏と長井氏もNHKの人事異動によって番組を下ろされ、最終的には退職をせざるを得ませんでした。在職中にはNHKの外部に対しての発言は上司の許可を必要としたため、退職して初めて視聴者の前で真実を語り始めたと言っていいでしょう。やっと自由にものが言えるようになる為には、退職と言うサラリーマンにとって過酷な現実を経なければならなかった分けです。そのことは、NHKという組織の中で、まだ克服されていない課題であることを示しています。事実、NHKは現在でも公式には「NHKが自立した立場で自らの編集判断に基づいて制作したもので、政治的圧力を受けて内容を改変したり、国会議員等の意図を忖度して改変した事実は無い。」との立場を変えていません。 嘆かわしい日本のジャーナリズムジャーナリストの原寿雄氏は「NHK番組改変事件」を回顧して「朝日が特ダネで2005年の1月12日付けで政治的圧力を報道した。それ以降の日本のマスメディアの状況は実に嘆かわしいものでした。」と述べ、続けて「・・・普通だったら言論報道の自由に政治的圧力と言う疑惑が問題提起されたのだから、それはどういうことだったのかを、遅れても取材をし、追及する努力をすべきだった。しかし、およそそういう努力がほとんど目に見えて行われた形跡が無く、朝日の揚げ足取りに終始してしまった。日本のジャーナリズムの貧しさと言うかレベルの低さを暴露したと思いました。」と述べています。 この時の朝日新聞の記事を書いた記者も北海道の夕張に配置転換させられています。真実を報道しようとしたジャーナリスト達を日本のジャーナリズムは守ることができなかった分けです。ジャーナリズムばかりに責任を押し付けるのは間違いかも知れません。読者や視聴者である私たちもメールで抗議するなどの方法は有った分けです。そして、マスコミの労働組合も何もしなかった結果でした。 社員として生きるかジャーナリストとして生きるかこの事件は、報道が政治的に歪められたという事件です。NHKは人事権と予算の承認の権限を政府与党に握られています。想像されることは、予算を通すためにはNHK幹部は与党に媚び諂うということです。お家の事情が国民の知る権利に優先してしまうということです。そんな時、ジャーナリストには社員として生きるのか、それともジャーナリストとして真実を報道するのかという重い課題がのしかかります。サラリーマンとしての将来や家族のことを考えるなら綺麗ごとは言っていられないというのが大勢ではないでしょうか。 私が、当事者だったら戦えたでしょうか。全く自信が有りません。たまたま、二人の優秀で勇気のあるジャーナリストだったので、私たちは真実を知ることができたに過ぎません。もし、これが氷山の一角であり、報道の多くが捻じ曲げられているとしたら恐ろしいことです。 これは、企業の利益優先が報道の公正を歪めると言う問題であり、NHKがジャーナリストだけの問題ではなく、国民的レベルで考える必要がある問題と思います。 政治的圧力の背景書籍の中で放送を語る会のパネリストの一人・西野瑠美子氏(戦争と女性への暴力)日本ネットワーク共同代表)は、政治家の攻撃を受けた番組が「慰安婦」を扱った番組であったことに原因があるとして次のように述べています。(以下、引用) 女性国際戦犯法廷が開かれた2〇〇〇年というのはどういう時期だったのか、当時、「慰安婦」問題を巡って何が起きていたのかということですが、2〇〇〇年は中学教科書の検定が行われた年でした。それを遡る1997年、中学歴史教科書のすべてに「慰安婦」問題が記述されました。強制性を認め、「慰安婦」問題について末永く記憶していくという「固い決意」を表明した九三年に発表された河野官房長官談話や村山談話などが追い風になり、各教科書会社は一斉に「慰安婦」を記述したわけです。
ところが義務教育の全教科書に「慰安婦」が書かれたことに対して、けしからんと立ち上がったのが「新しい歴史教科書をつくる会」であり、介入の主人公であった政治家が属する「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」でした。この議員連盟は安倍晋三さんが事務局長、中川昭一さんが会長でした。97年前後から始まった「慰安婦」記述攻撃というのは、政学民一体の政治家主導の「慰安婦」攻撃であったというのが大きな特徴でしたが、教科書攻撃を軸に推し進められてきた「慰安婦」の記憶を巡る攻撃が、ついに教育の現場だけではなくメディアにも及んだのだという衝撃がこの「ETV2010」事件にはありました。 |
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支える会ニュースでこのブログに来ました。歯がゆい思いでこの問題を見ていました。勇気ある二人もやはりNHK現役では発言が制限されていたんですね。ブログを読んでこの本を購入して読もうという気になりました。案内をありがとうございました。
2010/5/12(水) 午前 6:34 [ oma*a_k*zu* ]
ご購入に感謝します。
2010/5/12(水) 午後 10:30 [ 風太郎 ]
あんたらこそ基地外じみている。
2010/7/3(土) 午前 2:18 [ いちづ ]
慰安婦問題で焦点だったのは「強制連行の有無」であり、慰安婦の存在自体は右も左も認めています。というか歴史的に他の国家の軍隊にもあったわけで。
河野官房長官談話というのは証拠がないにも関わらず「強制性」を認めたもので、このことによって国家の名誉がいかに傷つけられたのか、後代の国民が正しい判断をしてくれるでしょう。
正しい知識を学ばないものは同じ過ちを繰り返します。
痴漢の冤罪事件でも証拠がないのに被疑者が認めることはありません。
2010/9/13(月) 午後 8:11 [ ジャッカル ]