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こんな人でありたい
禿げていても
しわが有っても
そんなことはどうでもよい。
心とたましいが若ければ
燃える情熱と優しさがあれば
笑顔とくちびるに歌があれば
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
20名集まった高校の同級会の写真が送られてきて
一番禿げていることに愕然
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職場のトラブルを未然に防ぐ、悪化させない方法
その1
プロローグ
私は、既に73歳、労働相談員として12年目である。
今までに扱った相談件数は15000件は超えていることだろう。
相談者の立場に立ち、先ずは傾聴し、
一緒に解決の道を考える。
その内容は100件あれば100件みな異なる。
同じ内容でも、企業の規模や労働者の健康状態等により
解決の方法は異なる。
ちょっとしたアドバイスで自主解決ができるものもあり
解決が困難なものもある。
私は、この仕事を、病人を診る医師に似ているのではないかと
考えている。
アドバイスによって日常生活を改善し
病気を薬を飲まずに克服する人
逆に、重篤化していて、
手術はしたものの手遅れになっているもの等
中には、労働者の人間関係の作り方で
改善できたのではないかと
思われるものが少なくない。
企業の経営が苦しく会社全体として
リストラに動いているような時
労働者の人間関係の工夫で解決は困難だろう。
しかし、単に上司との関係であれば、
ここまでこじれる前にと思う事例は
山とある。
73歳にして初めて言えることもある。
自分の経験を交えながら
しばらく、この問題を書きつづる
つもりである。
職場の人間関係に苦しむ方に
参考になればと願っている。
(つづく)
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D.カーネギーの著作「道は開ける」を読んでいて
サムエル・ウルマンの「青春」ろいう詩があることを知った。
周囲の人に聞いたら知らないのは私だけだった。
しかし、読めば読むほど味わい深い。
宗教的な部分はちょっと気になるが
われわれ老人に希望を持たせるとともに
青年への警告でもある。
青春
サムエル・ウルマン 宇野収、作山宗久訳
青春とは人生のある期間ではなく
心の持ち方をいう。
バラの面差し、くれないの唇、しなやかな手足ではなく
たくましい意志、ゆたかな想像力、もえる情熱をさす。
青春とは人生の深い泉の清新さをいう。
青春とは臆病さを退ける勇気
やすきにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。
ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。
年を重ねただけで人は老いない。
理想を失うとき はじめて老いる。
歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ。
苦悩、恐怖、失望により気力は地にはい精神は芥(あくた)になる。
60歳であろうと16歳であろうと人の胸には
驚異にひかれる心、おさな児のような未知への探求心
人生への興味の歓喜がある。
君にも我にも見えざる駅逓が心にある。
人から神から美、希望、よろこび、勇気、力の
霊感を受ける限り君は若い。
霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ
悲嘆の氷にとざされるとき
20歳だろうと人は老いる。
頭を高く上げ希望の波をとらえるかぎり
80歳であろうと人は青春の中にいる。
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欠点は思いがけず人を助けてくれる
(なかなかの名文です。思わず転載 D.カーネギー著「道は開ける」から)
成功者たちの辿ったキャリアを知れば知るほど、「背負ったハンデを力にして努力に変え、そうして成功を手にした人々は本当に多いのだ」という確信はますます深まっていた。「欠点は思いがけず人を助けてくれる」とは、ウイリアム・ジェームズの言葉である。
たとえばミルトンは盲目だったからこそ優れた詩を書き、ベートーベンは耳が聞こえなかったからこそ素晴らしい音楽を書いた、ということも十分考えられることなのだ。
ヘレン・ケラーの輝かしいキャリアは、目と耳が不自由だったことに触発され、現実となった。もし、チャイコフスキーがフラストレーションを溜め込み、結婚の苦悩で自殺寸前にまで追い込まれていなければ、「悲愴」という名交響曲が生まれることは無かったろう。ドフトエフスキーやトルストイが不朽の名作の数々を書きあげたのも、彼らが苦難の人生を歩んでいたからかもしれない。
地上の生命の概念をぐるりと覆したチャールス・ダーウィンは「もし私が病弱でなかったら、あれほど膨大な仕事はまず達成できなかったろう」と述べている。彼もまた、思いがけず自らの欠点に助けられた人物なのだ。
イギリスでダーウィンが生まれたその日、ケンタッキー州の森に立つ丸太小屋でひとりの赤ん坊が生まれていた。名前をエイブラハム・リンカーンという。彼がもし上流階級の家庭で育ったり、ハーバード大学の法律の学位をとったり、幸福な結婚生活を送ることができていたりしていたら、ゲティスバーグで彼が口にした不朽の名演説が生まれることは無かったかもしれない。そして、二度目の就任式で彼が口にした「何物にも悪意を抱かず、誰にでも思いやりを持ち・・・・・」という素晴らしい言葉も、きっと生まれなかったことだろう。
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