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1987年〜1993年に活躍したF1ドライバー、イヴァン・カペリを掲載します。
イタリア出身の彼は、イタズラ好きでいつもチームは、もちろんF1サーカスの映像を和ませてくれて
ました。写真は、そのお茶目ぶりな絵です。最近のF1は、雰囲気が硬く、こんなドライバーは、いな
いですよね。
チームスタッフに後ろから”ひざかっくん”、”肩を叩いて、振り向いた顔に人差し指で顔をつっ
つく”いたずらなどよくやってましたね。爆笑)
◆イヴァン・カペリの戦績◆
イヴァン・カペリは、1987年から、日本のアパレルメーカーをスポンサーにした、レイトンハウス・
マーチをメインにF1にレギュラー参戦。(レイトン・ブルーは、鮮やかでした。)フェラーリにも在籍
してましたね。
●1988年(鈴鹿での一瞬1位は、マクラーレン退屈症候群の中、あっぱれ!!)
エイドリアン・ニューウェイがデザインした空力バランスに優れたシャシーに、軽量なジャッドエ
ンジン搭載したニューマシン、「マーチ881」を駆り、予選では、度々上位グリッドを獲得。
マーチ881はベネトンB188と共に、ノンターボ勢にもかかわらず侮れない存在だった。第12戦イタリア
GPまで、4度の入賞を果たしました。
・第13戦ポルトガルGP・・・アラン・プロストのマクラーレン・ホンダに次ぐ2位でフィニッシュ。
(第11戦ベルギーGPでは、3位のリザルトを残している。これはシーズン
終了後にベネトンが失格となったことにより、繰り上げ3位によるもの
で表彰台に上がるのは第13戦ポルトガルが初めてだった。)
・第15戦日本GP・・・中盤にプロストを一瞬抜き、1周だけラップリーダーを記録。(最終的にはリ
タイヤ)。このシーズンはターボエンジンの全盛期であり、NAエンジンでの
ラップリーダーを記録は、この際のカペリのみ。
●1990年(フランスGPは、興奮もの。)
レイトンハウスがマーチを買収。チーム名は、「レイトンハウス」になる。マシンは、前年以上に
空力に敏感な上、ジャッドエンジンの信頼性不足もあり、苦戦。
危機感を覚えたチームは、第7戦フランスGPで改良型「CG901B」を投入。
・第7戦フランスGP・・・予選では7位を獲得。タイヤ無交換作戦で終盤までトップを走り、最終的に
は2位入賞を果たし、久々の表彰台を獲得した。(めちゃくちゃ見応えの
あるエキサイティングなレースでした!!)
・第8戦イギリスGP・・・予選10位から好走。一時3位まで浮上も、49周目に燃料漏れでリタイヤ。
●1992年(あこがれのフェラーリでしたが...。)
ミケーレ・アルボレート以来のイタリア人フェラーリドライバーになり、活躍が期待されたが
この年のマシン「F92A」は、「曲がらない」・「パワーが足りない」・「セッティングが決まら
ない」という最悪のマシンであり、後に歴代最低の部類に数えられる程の失敗作であり、カペリの
苦悩が続いた。
・第3戦ブラジルGP・・・5位
・第11戦ハンガリーGP・・・6位
と2回入賞するのがやっと。チームメイトのジャン・アレジも苦しい戦いを強いられていたが、その 中でも2度の3位表彰台を獲得しており、また完走したレースでは全て入賞していた為、よりカペリ
の成績不振が際立つこととなった。
フェラーリチームは第14戦ポルトガルGPをもってカペリを解雇。
●1993年
ジョーダンと契約も、第3戦ヨーロッパGP以降で解雇。カペリのF1キャリアに終止符。
★現在はイタリア国営テレビのF1解説者を務めてます。よくサーキットで見かけるそうです。
今は、スキンヘッドですけど...。
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在る意味ではアレジやバドエル等の更に上を行くF1現役時代切っての犠牲者!!!(💢怒悔泣💢)
2019/3/30(土) 午前 11:30 [ チャンヨン ]