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。即ち、
「東国典地覧」中、漢城府の下に
三角山、在揚州之境、一名筆山一新羅称貝児山、云云」
とあり、
宋の陶穀が「清異録」には、
呉越経総監承祐、富傾覇朝、用千金市得石緑一塊、
天資嵯峨如山、今匠治為博山香爐、峰尖上作一暗□
出烟則聚而且直、一穂凌空実美観視、親傚朋之呼不二山、云云」
富士の研究「富士の歴史」
ホクジの転化フクジの略で、高く綺麗なる義。
フジナの略で、火山の略。
フシロの略で、頂上常に雪を載けり義。
フセの転訛で、物を覆せたる義。
アイヌ語で、フンチまたはウンチヌブリで、火山または女神の山の義。
諸書に見える「ふじ」
常陸風土記 福慈
万葉集 布時・布土・不尽・布仕・不死
日本霊異記 富岻・浮土・輔時・附神・不死
続日本記 はじめて「富士」の名を最初に記す。延暦16年(797)
日本後記 「富士」 承和8年(841)
文徳実録 「富士」 元慶3年(879)
三代実録 「富士」 寛平4年(892)
富士山異名考
和らかな国にむっくり芙蓉峯
近江から一夜に咲いた芙蓉峯
伊勢物語
二十山・時知らぬ山・塩尻の山
時知らぬ山は富士の峯いつとてかまだらに雪の降るらん
「常陸風土記」には、副慈神に関する伝説が伝えられる。
むかし、祖神尊(みおやのみこと)諸神の宮処を巡行なされて、駿河国の副慈岳(即ち富士山)に到った時にはもう日も暮れ方であったので、一夜の宿を請われた。
時に、副慈神の答えのたまわく、「今夜は、新嘗祭で、家内中物忌していますから、おとめ申すわけにはまいりませぬ。」と。
それで、祖神尊、恨み告げたまわく、
汝(いまし)が親に、何故宿を借さないのか。さればよし、汝がいるところの山は、生涯夏でも雪霜に襲われて、人も登らず、飲食物を献るものも無からしめ富士を望んとおおせられて、祖神尊は、更に、筑波岳までまいられて、一夜の宿を誘われた。筑波 の神は、今夜は新甘祭でありますけれども、敢てお言葉に従いましようといって、直に飲食を設けて敬い仕え奉った。
そこで、祖神尊は、歓然として謡いたまうよう
「愛しきかも我が胤、巍きかも神つ宮、天地を竝斉しく日月と共同じく、人民集い賀び、飲食富豊に、代々絶ゆることなく、日々に弥栄えて、千秋万歳、遊楽窮らし。」
と謡いたまわれた。それで、副慈岳は、常に雪ふりてりで登ることを得ず、筑波岳は、往集い、歌い、舞い、飲み、喫いすること、今に至るまで絶えないのだということである。
十種異名 (「富士山」史話と伝説 遠藤秀男氏著より。)
養老山
ここより参詣でする者は、不老長生を約束される。
花角山
木花咲耶姫が鎮座することによって、花が千秋に咲き乱れる様を言う。
行向山
赤心をもって参詣する者には、心が行向して迎え、これを加護してくれる。
来集山
全国の神仏が参集してくる。
妙光山
白雪の輝き、頂上の剣が峰や火口の池を鏡に例え、そこから発する光をいう。
仙人山
不老長寿の薬草があり、これを食すると長生きが出来る。
穀聚山(こくじゅ)
米穀を集め積み上げた形に似ている。
天地和合山
天地を繋ぐ山の意味で、天神地祇がここに鎮座する。
盤石山
その形から言う。四方に溶岩や盤石を流したところから言う。
富士山
このはなさくや姫が請願された言葉による。
十五種異名
不尽山 常に雪の尽きない為にいう。
理智山 金剛界と胎蔵界の理智を集めた所。
蹲虎山 (そんこ)頂上に内院に虎の蹲った形をした岩がある。
行向山 聖徳太子が登山したとき、諸神仏が向かえに出た。
四八山 頂上の八葉などのほかに、32相仏相を表す。
四方山 四方均等であるため。
富士山 いっさい天地の富をつかさどる為に用いる。
来集山
仙人山
穀聚山
般若山
養老山
天童山
七宝山
妙香山
九種異名
竹取山
羽衣山
東山
未通女子山(おとめこ)
四季なか山
国の深山
神楽山
鳥の小山
波の深山
十種異名
神路山
三重山
見出山(みたで)
二十山(はたち)
三上山」
新山
塵山
常盤山
鳴沢の高嶺
藤岳
都良香
語源を、ふもとの富士郡から出たものとする。
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