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富士山の出現
富士山の出現はおよそ十万年くらい以前と諸説はしてあるが、外廓山脈の御坂層をそれよりもずっと古く、数十万年の経過が説明された。それは、河口湖の北岸大石村久保井に、紡錘蟲レビド・チクリーナという、古生代の動物の化石を含む石灰岩の露出がある。この石灰岩中のレビド・チクリーナによって、久しく不明であった御坂層の確固たる時代が、第三紀中の新統に属するものであることがわかったのである。
山巓(サンテン)道路で有名な、足和田山・小倉山・三つ峠などは、何れもこの御坂層で、桂川(相模川上流)沿岸の山地も、ほとんど御坂層である。御坂層の岩石はいずれも海中に沈積した、あるいはこれを貫いたもので、すなわち、第三紀中の新世ころには、この付近は駿河湾から続いた海であった。その海底は今日の豆南諸島のように、海中火山として噴出を堆積したもので、その噴出の中心は何処であるかわからないが、とにかく噴出物で海底を埋めたのである。それ以来に地盤は一般に隆起して陸地となった。そうして洪積時代に入って、富士山の地体や桂川の渓谷などの部分は地盤が陥落し、富士山のところは地下に裂け目が出来て、この裂目は地球内の岩漿溜の在る所まで通じたので、ここに物凄い地熱の作用が行われ、富士火山を出現するに至ったのである。
(昭和18年、武藤秋月氏著「郷土史蹟と伝説」)
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富士山の事 もっと知りたくなります。
2016/9/7(水) 午後 9:27 [ おきらくめだか ]