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先住民族の移住経路水路

(昭和18年、武藤秋月氏著「郷土史蹟と伝説」)
(略)
以上は陸路の関係であるが、彼等の南方より往来したものについて、伊豆半島附近に海上生活をなした彼等のある者は、簡単なる造船の技術があったにちがいない。
原始時代において、伊豆の国より大船を造って貢献したことが、記録に見えている。それら海上生活者は、原始時代にいたって造船の技術が発達したものか、それ以前のかれらがすでにその技術に達していたものか、これらのことも、富土山附近.駿河湾、伊豆地方の海上における交通関係の上から、研究せねばならぬことである。
なお注意すべきことは、大和田、小和田、海和田等の海津見に開係ある地名が、富士北方精進湖地方に残っているとともに、精進湖畔の東の嶺を「ウタフガ」と土俗は呼称している。「ウタフガ」は「ウタバガ」と同一語原で、鵜などの鳥がとまっている峠の意味である。その「タフガ」は「トウゲ」の意味であらう。蒙吉語で「タバガー」、わが国語に転じて「タフガー」、さらに轄詑して「タウゲ」となるので、古い時代の祖先日本人が、蒙古語系の古語「タフガー」を、この地に残しているものと考えられる。
多摩州上流の甲州に丹波山があり丹波川がある、蒙古語「タバガー」の「タバ」のみが山川の名と変じたものではあるまいか。武蔵の多摩川などの「多摩」もおそらく同一語源と考えられる。
こういう古い語の地名が残っているのは、土地が辺鄙なために一度入ったものは、容易に改たまらない山谷の風習で、言葉が化石して残ったものである。それから見ても精進・本栖・西湖附近が、もとの「セの海」沿岸の海津見時代よりも、もっと古い時代の面影がしのばれるではないか。

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