富士山

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 富士山を守る人。富士山をきれいにする人。富士山の登る人。富士山を描く人。富士山を撮る人。富士山で設ける人。富士山を利用する人。富士山を文学する人。富士山を詠う人。富士山を音楽する人。富士山を汚す人。

 そして富士山を壊す人。この富士山を壊す人々は意外と多く、それも大掛りである。その中でも傑出しているのが、「富士スバルライン」と俗化した「忍野八海」である。現在世界遺産登録に伴い、ツアー観光の餌食となって日々壊れ汚れていく。すべてがそうとは言わないが、「忍野八海」など休日など歩くにも困難である。観光客のあふれる周辺から離れた流露にはゴミが浮き、食べ物カスや空き缶が沈む。屎尿も多いがその処理にも一抹の不安を覚える。

 富士スバルライン沿線の森林崩壊は樅林にその傾向が強く、目のまで挫け倒れる。国立公園内のこととて、その崩壊の勢いはとまらない。これは明確に、山梨県の建設した自然を考えない杜撰な工事と、富士山特有の気象状況に、排気ガスや周囲の有害物質が車と気流に乗って、森林地帯に漂う。

 また必要もない間伐や行き場の無い、倒壊伐採木材の放置と乱雑な作業からは、とても国立公園や世界遺産登録などは見えてこない。
 最近、南アルプスを世界遺産登録などととんでもない愚挙を掲げるNPO法人など、まったく持って不可思議な減少である。
 最近
「犬も歩けばNPO」
「おろかな物体NPO」
「補助金取得NPO」
「補助丸抱えNPO」
などが表れ、それまで無償で社会貢献していたNPOの世界を汚染していく。
 日本の森林を預かる林野庁などは、自然保護などの意識はまったく無く、日一日と日本の森林を冒して行く。
 林野庁など解体したほうが日本の森林は保護できる。富士山に林野庁の事業が展開されているが、そこには山を守る。人々を災害から守るなどの心は見えてこない。
 林野庁や自然保護育成を提唱する省庁など、富士山スバルラインを見れば、自らの愚挙に天を仰ぐこと請け合いである。
 この富士スバルラインは山梨県のドル箱観光道路であり、収入が増えれば、それだけ自然汚染も広がる。片手で森林崩壊にてを貸しながら、片手で世界遺産登録など、観光目当て、不必要な工事や施設でこれまでどれだけの自然破壊をみずから冒して来たか、一度くらい反省してもらいたい。
 もっと疑問は、こうした作業をなぜNPO法人の任せるのであろうか。まったく馬鹿げた話である。真剣に取り組むことさえできないのであろうか。

 机上の紙上では、本当のものは生まれない。
 
 昭和初期の「富士山」「忍野八海」「富士五湖」「周辺史蹟」など、どれを見ても俗化と放置が顕著で、風穴などゴミの集積場に化している。

 鹿の被害も多く、だんだん下方に進んでいる。地元ではこの「鹿肉」を観光の目玉にするために、取り組んでいる。
 鹿の被害は確かに甚大である。しかし山を荒らし、彼らの住む場所奪ったのも人間である。
 野生鹿肉には、どんな細菌が含まれ、それが人間にとってどんな影響を与えるか解明されていない。
 撃たれた鹿は直ちに捌かれ、必要なのは肉だけ後は捨てられるという。野生の鹿、神の使いの鹿。その祟りは必ず来る。自然の象徴富士山をこれ以上観光物産にしてはならない。

 山梨県の行政とは、
 自然破壊の道路をつくり
 神の使いを食べ
 赤松処理材で水を汚染
 色彩不在の色艶やかな湖畔
 今日も排気ガスを撒き散らす
 自然崩壊の旗頭なのか

 そんな富士山は世界文化遺産登録などありえない。
 富士山から立ち去れ
 
 富士山を汚し汚す人々は。
 








 

國立公園としての富士山<一部現代用語に>
(「史蹟名勝天然記念物」昭和3年 林学博士田村剛氏著)

(四)
茲に富士国立公園を以上の区域と仮定すると、区域内には言うまでもなく、日本の象徴とも在なって世界的に宣伝せられている名山富士があって、その風景が日本を代表する計りでなく、文字通りに世界独歩である。殊に北方湖水地方の森林と湖水と奇峰との交錯してなす風景の如きは、裕にスイス一流の湖水風景に匹敵して、かの北米のレニア公園中にこれに比べるべきものを見ぬのである。序に私は富士山麓中で最美はしい眺望地点として新に紹介したいものが二つある。その一つは河口湖畔の船津より県新設の山峰道路により三峠に登る途中の富士山から剣丸尾、脚下の河口湖から西湖、精進湖、転じて黒岳連山を双眸に収めるパノラマ的な雄観である。他の一つは精進湖よより小御嶽に至る縣新設の登山道路を、天神峠若くは弓射塚あたりで横駈けに、千五百米あたりの標高を保って天然林と人工林との境を出入しつつ西にすすみ、脚下に五湖を隠見せしめ、頭上に近く富士山を仰ぐ大観である。従来とても既に著名になっている御中道や裾野巡りのことは、今更ここに紹介するまでもないので略して置く。
要する富士を中心とする一帯の風景は、日本の國立公園として少しも恥かしからぬものであるが、しかも地方は四季を通じて利用せられ、春の新緑と秋の紅葉とに於いてその風景は最も高潮せられるが、冬は父湖上のスケートと一部のスキーとに好適である。夏の登山は従来唯一の利用法であったが、近時湖畔の開発によって、水陸運動競技の一大センターたらんとして居るが、殊に三千尺以上に分布する無限の広野森林は、恰好の避暑として利用を見るようにあり、釣魚、水泳、乗馬等も漸く盛大に向ってきた。かくして国民的.一大休養場ともならうとしている。
その位置が、国土の中に当たり、殊に首都東京に近く、且つ東海道線と中央線とによって便利に出入せられるもので、箱根温泉地滞と相俟って、利用上理想に近いものといえるのである。加うるに一圓の地は一千米より三・七七八米に達して、森林原野、湖沼・岩石地等を分布しているので、動植物学上また地質学上の興昧に富み、全山これ好個の天然博物館であり、その史蹟伝説に豊かなるは、恰も我が国民文化史を上下に縮写したかの観を呈している。かくして富士は我が國立公園として、あらゆる條件を具備して真に理想的在なものであるといいも、敢て艶称ではないのである。
(五)
国立公園事業を大別して二とする。その地貌並に動植物其他広く風景を天然の状態で保存することと、これを國民の運動場として或は野外の博物館として利用せしめることであるが、勿論後者は前者を犠牲にしてはならぬ。開発利用施設といっても広大なる天然風景地に対してて行うことであるから、加工は一局部に限られれて、大体は天然風景を基調とすることになるであろう。従って風景の保存は國立公園事業の基礎工事である。若しそれがアメソカ合衆国の高山地方や或は我が日本アルプス地方のように経済上林業其の他を行うことの出来ぬ岩石地や不毛地でできていて、併も國有であったとすれば、完全に保存の方法を探ることも可能であろうが、富士山麓は約五千尺以上は人工林であり、五六合目の八千尺あたり迄は天然林であっても、その風致を破壊しないで天然更新により経済上利用しうるものであり、併もそれが一方財源としても重きを置かれているものとすれば、一圓の地を絶対に保存することの不可能なるを覚悟せねばならない。我々は茲に於いて先ず富士山国立公園に就いて、多少経済と風景との妥協必要を認めなくてはならない。それにしても天然紀念物として絶対に保存の価値を認める箇所、例えば現に保護地域に指定せられた精進登山道路に沿う森林及び天神峠、弓射塚、御殿庭の原始林の如きは、勿論、なお山中湖に近きバラモミの純林や、青木原其の他岳麓に分布する風穴等の火山的奇観等は、将来同様の趣旨により絶対に保存せらるべき参考資料でなくてはならない。また五六合目の所謂天地の界に近い高山性の森林植物帯以上は神聖なる境域として又学術参考の主旨からしても、天然のままに保存すべきであろう。
次に上記の如き絶対保存区域でなくて、その風景を保護し或は美化すべく、特別な取扱いを要する区域をばかなり広く展開せしめねばならぬ。例えば湖水、道路其他の公園敵施設箇所を園統する区域は、少くも十間十分には二三十間以上の幅員を定め、必要に応じては相当の一団地を限って風致区域として、その風景には変更を及ぼすべき施業なり工作物なりを取締って十分監督しうるようにしたいのである。それに就いては恰も郡市計画法に見るが如き美観地域の欄に準ずるような規則を設けられたいと思う。現に縣に於いては山中湖畔に廻遊道路を設けて、道路より水面に至る間は、絶対に如何なる種類の工作物をも建設せしめないこととしているが如きは良法である。ただ河口湖畔のように村落都会をなして、すでに開発せられたものに対しては、如何ともいたし難いが、それでも将来に対して相当の取締りを要するであろう。殊に近々着手されようとする各種団体、富士山麓土地会社其他の経営する運動場、別荘地等に対しては、風致上並に保安上十分備える所がなくてはならぬ。
要するに一般利用者の眼に触る限りの地域を、風致地域として公園内の風景に相応はしいものとするように、適当な取扱いをなすのであって、これは絶対保存区域に亜いで嚴重に取り締まることとする。
次に以上にもれたる経済的林業地、農耕地、佳宅地等に対しても、自発的に風致に調和した注意を沸はしめることとする。殊に森林の取扱いに対して、十分に美的施業法を加味せしめたいのである。
以上の方法により、不徹底ながら、公園区域内の風景保存の目的を達しうるであろうと思う。
(六)
國立公園の積極的施設の重なるものは道路並に交通機関、宿泊設備、運動享樂施設、保安衛生施設等である。
道路に就いては山麓周遊道路計書を立てて現に過半は大成している。目下は精進湖と大宮方面とを連絡するものが懸案となっていたが、それが完成されると、岳麓を完全に自動車で一周して箱根へ結ばれることになる。次に第二期計画としては山梨静岡両方面より、各一二線を五六合目あたりまで肖動車道路を開発することであるが、山梨縣側で精進湖登山道を少しく改良すれば、實現せられる。次に第三期の工事としては、前記の五千尺あたりを横駈けに、東は寵坂峠辺より始めて西は天神峠を過ぎ、二つ山に出て静岡縣へ入って一周するようなものがほしい。これも既に出来上っている林道を僅かに改修する程度で實現せられるであろう。
交通機関としては、乗合自動車を以って風致上最も適当なものとする。目下計画中の富士山麓鉄道会社の電車計画も、なるべくは大月、吉田、山中、籠坂、御殿場間に止めて、湖水巡りの西廻りは、自動車系統によるようにしたいのである。ケーブルカーの如きは、展出願もあるそうであるが、富士山に関しては同意したくない。
次に宿泊設備としては、ホテル、旅館、山小屋、公衆野営場、貸別荘、個人別荘等種々であるが、あらゆる階級の要求に応じ得るように、凡ての施設を要する。第一期計画としては従来のものの外に、縣有地に於いては山中湖畔、吉田口登山道路沿い、青木原、本栖湖畔等に大小の区域を選定している。その配置に就いては、公衆の利用を主として公衆性の著しいものに優位を与えるように努めた。別荘地経営の如きは、アメリカ合衆国では禁じているが、カナダでは歓迎している。富士山のごとくに、それが縣有地であつたり公有地や民有地である場合には、強いてこれを制するわけに行かないので適当に認めることになっている。そして軌道と土地の経営を有力なる一会社に一任した如きも良策であったと思う。
野営地、山小屋等は主として縣で施設することにしたい。宿泊設備に関係してテニス、乗馬.ゴルフ、魚釣、スケート・舟遊其他の運動競技設備は、主として縣有地.其他の公有地に於いて適当に物色して配置してある。これが経営者は適宜に箇所により選定せられるであろう。給水、配水等の施設は、各土地経営者の負担である。富士山は由来湧水に乏しい欠点があるが、小人数に対しては、天水で十分間に合う筈である。大規模には湖水の水を利用するより他はない。
(七)
以上は今日までに富士山麓に対して山梨縣側で計画しつつある概況である。静岡縣側は御料地が大部分を占め、裾野に於いて公私有地があつて、局部的に別荘地、名勝地として開発せられているが、全般としての計奮は出来上がっていないようである。
富士山國立公園は二縣に跨って始めて全いのものとなるのである。全体的計画の必要、殊には政府の発動が此際最も必要のことと考えられる。
レニア国立公園は官民協力して過去二十七年を費してその大計画の半分をやっと仕上げたという有様である。日本のような貧乏国では、尚更急なことには行かぬであろうが、それが頗る必要在ものであり、既にその緒に着いた以上は、どうでもこうでも立派なものに大成せねばならぬ。富士風景の保存保護の間題は、今や広大なる地域に向って活問題となって要望せられている。真に國家百年の大計のために今日永遠の悔を残さぬように周到なる注意を沸いたいものである。

國立公園としての富士山<一部現代用語に>

(「史蹟名勝天然記念物」昭和3年 林学博士田村剛氏著)
(一)
本邦で日光や富士を中心とする國立公園を設置すべしという主旨で、議会に対して請願又は建議の現われるようになったのは、二十年から以前のこと、てある。けれどもその当時にあっては、単に日露戦役とか、或は広く明治聖代を後世に紀念するために、國家的な一大紀念碑としでの國立公園を要望したのであって、欧州諸國に於ける國立公園運勤とは何等の交渉を有しなかつたのである。
然るに大正十年より政府は欧米に見るが如き國立公園は、園民の保健教化上頗る有用在るものと認めて、それが適地を物色して調査を開始するし、一方國民は議会を通じて異常在る熱望を以ってこれを迦へるという有様であって、富士山の如きは、官民一致して本邦の世界に誇りうる候補地の一つとしたのであったが、その後我が國の國立公園運動は、民間の熱狂的促進運動に拘わらず、政府に於ては関東大震災後に於いては財政共他の關係上より見る所あって、目覚しく間題を展開せしめていないのである。
翻って顧るに、本邦国立公園運動には、かなり真面目を欠いて、何等国立公園としての資格を有せないようなもの迄、雨後の筍のように台頭して、互に相競うが如き観を呈して、切りに識者の反感を買っているような事実も認められるのである。
想うに、我が国立公園運動に就いては、公園そのものの本質が何であるべきかに付き十分理解されていないために、かような上っ調子の騒ぎともなったのであろう。要するに本邦の國立公園はこれから創設されるのであるから、その内容を如何なるものとすべきかに就いては、国民が慎重な態度で研究の上定むべきである。従って、富士山を中心とする国立公園の如きは、これからその内容を充実し、その外観を装うことになるのである。而して山梨縣に於いては既に富士山の公園施設は具体的計画時代に入り、その一部の工事は着々実現されつつあるよう有様であって、我が国立公園の問題は、實に愁眉の急を告げつつあるものを言えるのである。
(二)
.由来海外に於ける國立公園は北米合衆國にその端を発して、キヤナダ、スイス、イタリア其他南米、アフリカ等の各地方まで波及して、世界的な運動ともなりつゝあるのであるが、かかるものを全然有しない文明国も沢山ある。今その理由は略することをするが、要するに、國立公園のない國は、それに相応はしい風景地のない国であり、本邦は世界屈指の國立公園として麗目されているということだけを述べて置こう。
次に世界各國の國立公園には、大体に於いて二つの異る政策がわれて居り、細かには國々で夫々に異る國立公園を有っているという事實を簡箪に述べて、富土山の國立公園を如何に計劃すべきかに移ろうと思う。
世界の園立公園に魁をなした北米合衆國で最初に設定されたものは、温泉保養地を永遠に保留する目的で選定せられたもので、アーカンサス州のホットスプリソグスがそれである。その後第二の國立公園となった工口―ストン公園は間欠泉其の他の火山的奇観を永遠に保存して國民の享用にあてるという主旨であった。そしてその後二三十年間の公園政策は、殆んど消極的な保存保護が主目的であった。所が一九ニ八年に及んで、政府は國立公園の穫極的政策、乃ち國民的一大天然公園としての施設と、合理的経営に腐心することとなり、茲に内務省に國立公園局を新設して、立派に予算を要求しうることとなったのであるが、以後は保存裏業の外に、土木・造園・建築の三方面亘って、開発利用を講ずることとなり、最近のごときは、首都ワシントンに近きアパラチアル山脈中に、此較的平凡な風景地を物色して、利用享樂を主とするものを新設するほどになったのである。而してカナダ、イタリ等はこの最近の合衆國の公園政策に一致したものを造って居る。そして國立公園内に個人別荘を許可する点などで.カナダは最も積極的だと言えるであろう。
これに対してスイスでは、アメリカのエローストンの新設せられた当時の如く、保存を主とするもので、併も一層嚴密な意味での天然保護区域である。ここでは公衆を少しも歓迦してはいない。真に理解ある自然の研究家のための一大天然博物館であるから、衆俗の出入してこれを破壊せんことを怖れている。従って旅行外客などが、國立公園の名にまどわされぬようにと、案内書などに注意してあるほどである。このスイスの公園に比べられるものに、フインランド・アフリカ其の他のものがあるが、然しスイスのそれのように巖重なものではない。
(三)
さて富士山の國立公園、広くは我が國の國立公園政策を如何に定むべきかという問題に就いては、種々の議論がありうることと信ずるのであるが、山梨縣の景勝地開発事業に関係して、富士山の計画に与った私の見解は、左の如きものである。これ短いては十分江湖の批判を乞いたいのである。
世界の國立公園が目的とする二大事業、乃ち天然風景の保存と開発利用とは、互に関係したものではあるが、これを強いて同一の地積内で満足せしめることは無理である。スイスの如く國を挙げてアメリカ型の國立公園となっている理想的風景國では、ただ、此上に望む所は、積極的に全然人工の加わらない保存区域を設置することであった。然るにアメリカの如くには、国家的紀念物(我が天然保存区域)に匹敵設置するものとして、天然紀念物を保存する方法の出来ている場合で、しかもその国土の大部分が単調な風景であって、更に所々に世界的風景を点在せしめている国では、その風景の保存と同時に、風景地利用の方法を講ずるために今日のような國立公園を造る必要があった。
かくして本邦の如くに國土はスイスに数倍し、併もその風景はスイスの如くに到る所が公園のように美わしいというでもなし、またこれを一様にスイス風に開発施設することも不可能であり、一方には世界的な風最を散在せしめているといふ國では、やはり風景保存を兼ねて國民的乃至は國際的利用を主とする積極的なアメリカ型の國立公園が望ましい。まして他に天然紀念物として或は天然保存区域としての保存施設を有する場含に於いてである。
次に間題となる点は、土地の所有関係である。アメリカやキカナダのように、その土地の大部分が國有地であれば、如何在る制限も設けられるものであるが、我が国では富士山を始めとして多くの風最地には、國有以外の土地が広く包含せられるのである。これを保存するためには、土地所有者の利益をも併せて講ずるような積極的政策を加味したものでなくては、到底實現しえないであろう。これ等の点よりして、私は日本の國立公園政策に就いては、國情を同うするイタリのそれに学ぶべき店が多いと思う。
要するに我が国立公園に於いては、積極と消極と両方面の施設を併せ、・而その内になるべく多くの天然保存区域をも包括したものとする意昧で、アメリカ型のそれに準ずるを可とするのである。
富士山に就いても同様に考えるので、その区域をばながく広くし.富岳を中心として有ゆる史蹟、名勝、天然紀念物、保健地・享樂地等の展開する限りを包擁するものとする。されば北方は五湖の集水区域乃ち主として富士山を直接展覧しえらるゝ区域で、三峠、御坂峠、黒岳、節の嶽.王嶽、女坂等のなす分水嶺、西は本栖湖の集水区域に始まり、雨嶽からずっと國境に浴って南下して大宮邊に結ぶ線、南は愛鷹山北麓を過る道路を限りとして東方御殿場に至り、なお御殿場より北へ山中湖の集水区域を包含せしむる一圓の地、面積約十萬町歩を公園区域として適当を認めるのである。而して.この区域は南大半が御料地であり、北大半が縣有地であって、頂上が神社境内となっていて、公有地、民有地とは、山麓湖畔等に分布していてさほど広大でない。因にこれをアメリカの國立公園に比べると、富士山と酷似したエジプト附近のレニア国立公園の大さに匹敵して、同國最大のユローストン國立公園の十分一位にしか当たらない。
(

<参考『探求 幻の富士山古文献』渡辺長義氏著より>

貞観六年の噴火
清和天皇、諱名惟仁天皇、登言旨。
貞観六年(八六四)五月与利之噴火仁和、仁王坂足基之要害之地之小屋場仁而、祈願尾致志居、富士山鎮火致仁依而、
八月八日、勅使、元社小室之小屋場之拝所仁付給。
明九日、尾咲山峰之幸燈天神之社仁於而、諾々之山谷尾、検察致須所、北方、御船湖、熟湯岩石登成利、少之小池残利、御船山和、岩石之中登成利、此之正中之頂仁、現宮殿尾給。宮尾造利、垣仁有四隅・依而、丹青石立四面、右之高佐一丈八尺計里、庫佐一尺余里、石門立相去留。内仁一重之石之高閤阿利。此石尾構造営、彩色美麗不可勝言。此和、富土山之諾々之神方造羅瀬給所成利登、頭御下而、遥拝致志、西之方尾見渡場、三津峠沢之湖和、三津峠山、中尾咲山陰迄、熱湯押込、少茂不見恵。
背之湖和、大田山陰迄、熱湯押込、少茂不分羅、平地和、広佐百四五十町、西之方仁、数千町計利、皆岩石登成利、三津峠山南尾咲与利、同中尾咲、同岬尾咲、御古山、大田山、背山、皆保熱仁而焼、真加登成留。此之有佐問尾見留而、勅使和、
明十日京都仁帰留也。
其後、
貞観六年(八六四)九月九日、御船山山頂之峰仁現給宮殿和、蔵匿志給也。依而、富士大神之大祭日和、九月九日登定留也。
貞観七年(八六五)七月十一二日、
甲斐之国司(岳田王)仁勅志而曰久(イワク)。八代郡之郡家之南仁鎮座致志置久、富士根元三社之宮和、昨年之噴火仁付、熱湯保熱仁而、焼失致須仁依而、昨年、富士大神方之現志給、宮殿之通仁、再造営致須者也。依而、国司御受致志、右勅使之通仁、再造営致志、
貞観七年十一月二十七日、
天皇仁言上致須。
貞観七年十二月九日、勅使来而、浅間一先現一明神大社登致、賜従二位与利正一位一幣司尾、二度非、官社仁列須留者也。
山梨郡神部山浅問明神仁於而、甲斐国総国民仁而、同二十日、富十山鎮火大祭致須也。
大宮(駿河)浅間明神大社仁於而、同二十五日、駿河国総国民仁而、富士山鎮火大祭致須也。

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