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『日本後紀」に載る、延暦十九年の噴火 |

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こんにちは、ゲストさん
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『日本後紀」に載る、延暦十九年の噴火 |
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<この写真は貴重である。もしこのとおりの開発がされていたら富士山は死んだ> |
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<参考『探求 幻の富士山古文献』渡辺長義氏著より> |
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<当時の富士山に対する考えが理解できる> |
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----この村の東にあたる山の中に、年を経た神通自在の荒神様が住んで居られるので・毎年夏の七夕の日に、供物捧げる事となっています。酒一樽・餅4斗、海の魚と川の魚、新しい野菜と新しい果物、若い生娘を一人添えて、献上することに定められている。これを怠ると大変なことになる。山鳴り震動して風を起こし雨を降らし、大嵐となって田畑を荒らし、人畜に損害をあたえるなど、思いがけない異変が続発する。これが恐ろしいので、毎年この行事を続けているのだが、御供物はなんとでも調達できるが、捧げられた若い娘は返して下さらないから、年頃の娘達は毎年心配して、お召し預かった娘は村のために、この様な悲しい別れをするのだという----。 |
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