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どのようにして感謝しにくい人を感謝して拝んだのか
私が以前いた職場に年上で先輩に当たる雅子さん(仮名)という方が隣の席におられた。困ったことに、その彼女ちょっと変なのである。
というのはわたしが席を外した間に、わたしの資料を隠したり、机の上を散らかしたり、また配給されたお菓子があったら、食べてしまうのである。
なんとわたしのいた部所の大半がその被害に遭っていたのである。特に隣席で後輩のわたしの被害と言ったら、毎日のことで我慢がならなかったのである。
ところがそんなことに上司は関知されないので、直属の上司に注意してもらうのだが、わたしに対するイタズラは一向に無くならないのであった。
そこでわたしは色々と勉強せざるを得なかったのである。
すると聖典のある資料が目に止まったのである。その中に次のような祈りがあった。
「私の心が(誰々)の実相を観るように、いいですか、
私の心が(誰々)の見ることができるように、私を変えてくださいとお祈りしたんですよ。
(誰々)を良くするんじゃないんですよね。
(誰々)が悪いのは私が(誰々)の実相を見る力がないから
悪いのであってね・・・
ここが大事なんですね。
私たちもね、祈る時、(誰々)を良くなって下さいと祈る必要はないんです。
私がですね、(誰々)を悪く見た・・・
よく見ることのできない私をどうぞ助けて下さい
と祈らなければいけないんですね。
こが秘訣なんです。
普通の人は(誰々)が悪いから(誰々)を良くしようと思って、自分の悪く見る心を変えないから
(誰々)が良くならない、それよりはね。自分自身のね。
(誰々)の実相、(誰々)のすばらしい実相を見る私の心が愛の心になりますように
どうぞ神様!私の心にね、愛を与えてください と祈るんですよ。」
わたしは仕方なくこの祈りを暇あるたびに、一日中祈ったものでした。
すると1週間した頃に、わたしの心がなんというか変化したようなんですね。
この憎々しい雅子ちゃんが不思議にも、わたしの娘のように思えてきたんですよ。
そしてその翌日の朝、事務所で雅子ちゃんと会った時、彼女が僕になんと言ったか・・・・。
「パパ」・・・?ですって・・・。
それからわたしと雅子ちゃんはすっかり仲の良い親子関係?になってしまったんです。
それ以来わたしの資料は隠されもせず、机の上は大変綺麗となりましたが、
この祈りは雅子ちゃんと私の関係のみ改善されただけでした。
配給されるお菓子は他の何倍もわたしの机の上に盛られているんですね。
その関係は30年近く経っても、続いているようで、風の噂に娘がわたしに会いたがっていると聞きました。
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合掌 コメント有難うございます。
人のお役に立ててとっても嬉しいです。
2013/12/21(土) 午後 5:27 [ 岡野弘明 ]