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安易な世界遺産登録は富士山の崩壊を早める

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「富士五湖めぐり」窪田空穂
一、 乗合馬車
私たち二人は、甲斐の大月駅で汽車を下りた。初めて見る町は、朝の九時ごろの光線を浴びて光っていた。通りをさしはさんで立っている旅館は、どの家の軒も、ちょうど軍艦の満艦飾のように、富士講社の手拭をかけ連ねていた。それを透かして、行きあたりに停車場のような家があって、その前に、二台の馬車が曳きすえてあるのが見えた。私たちは馬車を見るとすぐに、それをめあてにいそいだ。上吉田までの切符を買って、私たちは後の馬車に乗った。「いい馬車だね」と谷君は、馬車を見回していた目を私にうつして、心持よさそうに微笑した。

全くそれは気持のいい馬車であった。車体は細長くて、ちょうど電車のボギー車を小さくしたようであった。車輸が小さいので、腰掛は地の上から計っても二尺ぐらいの高さで、低いがために落ちついた感じを与えた。窓は広くあけて、展望の自由に十分にできるようにしてあった。御者も車掌も、しゃれた洋服を着ていて、東京の電車の人たちよりも気取っていた。地方にありがちな乗合馬車を想像して来た目には、格段なちがいであった。合理的に物をする国だと見える、と感じた。前の馬車にも、私たちの馬車にも、汽車で見かけた顔がいくつも見えた。東京の下町の商人と見える年寄りで、二人の娘を連れた人もそのうちにいて、私たちと一緒であった。
これがみな富士へ行くのかしらと思った。すると、汽車のなかで谷君から聞いた、私たちの知合いで、その健康をあやぶんでいた長さんという顔の青い娘が、つい近ごろ父親に連れられて富士登山をしたという話を思い浮かべた。
富士をちとおっくうに考え過ぎていたらしい。ついでに登って見ようかしら1と、ふと私は思った。
馬が曳き出きれてきた。珍らしくも、その馬は笠をかぶっていた。それは東京の近在の農夫のかぶるような、脚倒で編んだものであった。長い大岩な顔の上へ、小さな笠をちょこんとかぶって、そして両方の耳は、笠から生えたように抜け出している、その恰好の奇妙なのに私はくすくす笑い出した。車中の人々の目も、やはりその笠の上に笑っていた。が、馬は真面目な顔をしていた。
馬車は走り出した。白く乾いた路の側の方に省せて敷いてある古いレールは、馬の走ると共に伸びていった。路の両側は青田でしらじらと穂を出した田、出穂に近い田がまじっていた。田を越して、近く松山が続いていて、そこからは蝉の声が繁く聞こえてきた。路をさしはさんで小川があらわれると、その小川を前にして家かあらわれて、一軒並びに続いていた。そこには、一心に坐繰糸をとっている女、機を織っている女が多かった。
大ていの家の前には狭いところへ器用に植えこんだ朝顔、おいらん草、カンナなどの花が咲いていた。ある家の前には、子供の玩具よりも一やや大きいくらいの水車がしかけられていた。その水車には柄杓が付いていて、めぐるたびに川の水をすくいあげて、桶のなかにあけていた。
飲料のための漉水(こしみず)をしているのであろう。立場は間近くあって、馬はもう二、三べんも取り替えられた。新しく取り替えられた馬は、御者がいかにすかしても、誘っても、動こうとしない。乗客の目は、みな心配そうにその馬に集まっていた。一番注意深く見つめていたのは、さっき飛乗りをして、私たちのそばへ割りこむようにして腰をかけた男であった。それは濃い八字髭をはやして、五分刈の頭をして、かなりはげしそうな目をしていた。白飛白(かすり)を肌ぬぎにして、足は脚絆でかためていた。どっしりと落ちついた、どこか威張ったところのある、地方へ行って、その土地に生え抜いた者にだけ見られる様子をしていた。
「畜生!いやな目つきをしていやがるな!」馬が横へそれて横顔を見せると、その男は子細らしく呟いた。その男と顔を見合せると、谷君は、東京者の明るく軽い心持で話しはじめた、「馬って、それぞれ性分がちがうと見えますね?」
男は強くうなずいて、「馬は調習、って言いましてね、性分を調べる事が第一です。性分を調べて性分にしたがって馴らしてゆくんです。性分にさからっちゃ駄目です」いい事を言っていると思って、私は聞いていた。「さっきの馬はあなたんですか?」と話題を転じた。そう聞けばさっき、五、六匹の馬を一繋ぎにして曳いているのを見かけた。この男は博労だな、と心づいた。男はうなずいた。

その時はもう走り出していた。出しぶった馬は、走りかがとたてがみ出すとさかんに走った。踵を鳴らし、鬣(たてがみ)を振って、爪ざきあがりの路を一散に走り続けた。乗客の心は、馬と、一瞬一瞬に移ってゆく景色に奪われてしまった。みな黙って目ばかり躍らしていた。青田と松山とせまい青空と、どこまでいっても同じような単調な景色ではあるが、すみやかに移ってゆくがために、心を奪われるにあまりあるものとなっていた。博労はいつか消えてしまっていた。路に沿った小川は、幅を加えて、水量を加えて来た。ともすると岸を乗り越しそうにする水は、川底の石に激して真白に砕けた日光にきらめきつしながら、せわしく走り下っていた。
私たちの前には、美しい町があらわれ出した。それは谷村の町であった。立派な建物と、品物の多い店とはその町の豊かさを語りつつも続いていった。青田と松山と狭い青空とは、また始まって来て、どこまでも続いた。「まったく峡(かい)の国だね」緩くなった馬車から、両側の山脈を眺めていた谷君が呟いた。車中の沈黙は破れて来た。「ああ、乗物ですっかり疲れちまった!」投げ出すようにそう言って、つと腰掛から離れて御者のうしろのところまで行って、ふり返って車中全体に笑顔を向けたのは、羅紗の詰襟の服に鳥打帽をかぶった、いかにも健康そうに肥った男であった。「何しても北海道からここまで、できるだけ早く来ようと思って、あらゆる乗替場所で、一等時間の短い列車を選って来たんですからね。」男の目には明らかに、みなの喝采を予期した色があった。車中の者はその顔を見上げただけで、誰も何とも言うものかなかった。多分あまりに率直な調子で話しかけられたので、見当がつかなかったのであろう。「北海道は貧乏人にゃ持ってこいの場所です。単物(ひとえもの)がいりませんからね。もう朝晩は袷ですよ」
男はそう言って、暑そうに見える顔をハンケチで拭いた。そしてむこう向きになってしまった。古い台湾パナマの帽子と、よごれた白のチヨッキと、レーン・コートとの目につく、青白い、痩せた、薄髭を立てた男は、連れかと見える白木綿の富士道者の支度をした、職人かと見える男に、ぽちぽち北海道の話をしていた。
「北海道は寒い時にゃばかに寒い!暑い時にゃばかに暑いんです。それに食べものがなくて、やりきれない所です。それに風儀の悪い所でしてね」
男は風儀の悪さを、にがい顔をして、しかしくわしく説いた。それはいたるところ後家と呼ばれている売春婦がいっぱいにいるということで、そのいかにして買えるかを説くのであった。
富士道者は、他に何か思っているところがあるらしく、その澄んだ目を前面にじっとそそぎながらも、おりおり僅かにうなずいて見せていた。ぼちぼち続いていた家がにわかに多くなった。講社の手拭で包まれたようになった大きな描茶屋があって、それと対して一と目に馬車の会社と見える建物があった。馬車はその前で止まった。そこが吉田であった。
みな下りる客と一緒に、私たちも下りた。路はすぐにかなりな橋になって、橋の彼方は、立派な町並みになっていた。旅館の看板が第一に目を引いた。
「一時遇ぎた、ここで弁当つかってゆこうね。」
谷君はそう言って橋を渡ったところに省る旅館の裏庭のほうへはいっていった。(大正14年)


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