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せんだって、初めての裁判員制度が行われた。ニュースを見ていて改めて、矛盾を感じた。
「思わせたもん勝ちか?」って。
検事は言っていた。素人の皆さんにも理解していただけるように平易な言葉を用いたと。
弁護士は言っていた。「被告人と同じ年齢層の人たちが多く選ばれていたら、トラブルの内容もよく理解いただけ、判決(量刑?)も変わっていたかもしれない。」と。
つまりなにか? これからの裁判っていうのは、裁判官や裁判員に印象付けがうまかった奴らの勝ちってことか?
裁判っていうのは、真実を冷静に判断して、それが確かなら、外部からの圧力に左右されず、罪に相当の量刑を与えることだと思っていた。
それが、違うっていうことになるじゃねえか。
つまり、これからは、言葉巧みな検察官や弁護士が重宝される時代になるってことか?
じゃあ、これからの犯罪者は国選弁護人に頼るんじゃなく、言葉巧みな、無罪を勝ち取る実績のある弁護士を雇うのが好ましい状況になってくるということだな。
ということは、金持ちの犯罪者は、優秀な(?)弁護士を高額で雇い、無罪を買い取る。そういう社会になってしまうんだろうな。
無罪も金で勝ち取る世の中になってしまうんだな。まるで、アメリカみたい。
また、裁判員の選び方によって判決も予想が出来るっていうことだ。
司法の意図によって、司法の都合のいい判決を出してくれそうな人間を選べば、司法のあるいは権力者の思い通りの結果を導き出すことが出来る可能性がある制度になったていうことだ。権力が腐ったら裁判員を買収をもするぞ。
そこらの、透明性はどうなっているんだ。
もし、裁判が死刑かもしくは無罪かなどというデリケートなものだったら・・・。
おれは、疑わしくは罰せずと思っているが、「足利事件」「カレー毒物混入事件」「帝銀事件」などでは状況証拠で彼らは有罪にされたぞ。
もし、あなたが裁判員になったとして、確実な物的証拠がないと考え「無罪」を訴えたとしても、裁判官を含めた5人が「死刑」を訴えたら、死刑が確定。多数決。たった4・5日で・・・。あなたも「死刑」を判決した一人として一生を生きるのです。
矛盾だと思いませんか。そして杜撰だと思いませんか。
そして、それが冤罪だったら善良な精神を有しているものだったら耐えられない一生になるでしょう。
そして、裁判員皆さんが、世論の勢いに絶対流されず、また恐れないで判決を下す自信がありますか?
裁判は、検察が面子を捨て、暴力による自白をやめさせ、状況証拠ばかりに頼らず、最新科学を駆使して、しっかりした物的証拠をもとにして公平にプロの法律家が行うものだ。
そう思いませんか?
将来、裁判員制度には歪みが起こると思いますよ。
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同感ですね。
裁判における有罪無罪や量刑の判断は
やはりプロの法曹家が法と判例等に従って
決めるべきだと思います。
被告人に対する悪感情をもったまま、
また、マスコミの煽動に煽られながら
判断するのは危険です。
2009/8/14(金) 午前 11:40 [ としちゃん ]
としちゃんさん。コメントありがとうございます。
先に書いたように、「真実を求める」審理というより、「弁護士や検事の腕しだい」っていう裁判になりつつあるのは明白でしょう。それでいいんですかね。
2009/8/15(土) 午前 0:49 [ そこまでするか? ]