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日は西に傾きかけている。冬の日は足が速い、あっという間に暗くなる。
車の中には4人乗っているため人いきれで暖かいはずなのに隙間風でまことに寒い。
車を運転していた吉野が頓狂な声を上げた。
「おかしいなあ、さっきガソリンを入れたばっかりなのに、この燃料ゲージは空になっているぞ。
まだ20Lは入っている筈だ」
「この車、ガソリンを余分に食うんじゃないのか」
「いや、まだ10kも走ってないぜ。
ひげとらちゃんはリッター5k走ると言っていたからそんなことはない。
いくらガソリンを食うと言ってもアメ車じゃないんだ。
こりゃきっと壊れているに違いない、ほかのゲージも怪しいかもしれないな」
吉野は呆れたように首をかしげた。
「あっ、距離計は3回り目だぞ。さすがタコあがりだ」
「ほかのはどうなんだ?」
「圧力計がだいぶ上がっているぞ。これも壊れているのか?」
「いや、そうじゃない。壊れてはいない。ラジエーターの水が漏っているとは聞いている」
「一度止まって点検してみたら」
一郎が言ったので吉野は車を道端に止めた。
車の後ろを見ると僅かではあるが水が漏れた跡が路上に認められる。
ボンネットを開けてラジエーターの蓋を回すと熱湯が噴出してきた。
危うく吉野が被るところだったが、事前に知識のある吉野は予想していたと見えて、
すばやく離れて事なきを得た。うっかり近づいて熱湯を被っていたら大変なことになったところだ。
この当時エンジンは水冷式だったのである。
「やばいなあ、このあたりに水はあるかな。探さなくっちゃ」
「さっきここへ来るとき、少し手前にガソリンスタンドがあったじゃないか」
目ざとい田川が甲高い声を上げた。その声で気が付いたように山完があっと声を上げた。
「そうそう、あそこにあったのを思い出した。すぐそこだよ」
吉野はすぐさま引き返しガソリンスタンドでラジエーターに水を入れさせてもらった。
ラジエーターの水漏れはどうやらたいしたことはなさそうだが、
吉野は車の下にもぐって簡単な修理をすることにした。
「小さな穴があいていて、そこから水が漏っていたんだ。
とりあえずハンカチを千切って詰めておいた。水漏れは当分の間止まっているだろう」
吉野はそういうとボンネットを開けてエンジンから針金のようなものを引き抜いた。
「あーあ、真っ黒だ。入れ替えなきゃだめだな」
「そりゃなんだい?」
「エンジンを保護する潤滑油だけど、もう何年も取り替えていないようだ」
「それにしても大変な車を買ったもんだぜ。ひげとらちゃんにうまくやられたな」
「初日からこれでは思いやられるぜ」
一郎はがっかりしてテンションが下がっていくのが分かった。
田川も複雑な顔をしているし吉野は責任を一人で背負ったかのように浮かぬ顔をしている。
「ま、しょうがないよ。当分の間は騙し騙し乗るほかない。
車は動かないんじゃない、動くんだから良しとするべ」
一郎は二人に声をかけた。
すっかり意気消沈した4人は城ヶ島へ行く気をなくして引き返すことにした。
途中にある山完の家の前でとまった。すると山完が「上がって酒でも飲もう」と言いだしたので
玄関下の階段の横にある僅かな空き地に車止めた。
まん前が八店と言う雑貨屋で、そこは何でも売っている。今のコンビニを小さくしたようなものだ。
そこでビールとウイスキーのホワイト、それにおつまみを仕入れ、酒盛りを始めた。
山完の家は高校の卒業式前日に一郎と田川と大嶺と山完の4人が勝手に自分たちの
卒業記念飲み会をした所でもあるし、
山完の恋人さっちんと彼女の友達を呼んでクリスマスパーティーをした所でもある。
そう言えば山完とさっちんの恋はどうしたのだろうか、一郎はその後の成り行きを聞いていない。
今でこそ酒気帯び運転は免許剥奪の憂き目に会うがその頃は比較的うるさくなかった。
吉野はあまり酒が強いほうではなく、またすぐ赤くなるたちなのでビールをほんの少し、
コップに一杯だけ飲んだ。話題はお決まりの車とひげとらちゃんの悪口だ。
一郎はビールとウイスキーを飲んですっかり酔ってしまった。
「ところであの車を普段どこに置いておく?」
吉野が言いだした。考えてみると一郎たちは車を購入することばかりに頭をとられ、
その後に起こる諸問題について何も考えていなかったのである。
ガソリンの負担、駐車場の件、修理代、税金等々をどうするのか。
一郎と田川は無免許であるため詳しい知識はない。
「俺のうちの玄関前に車を停めるくらいのスペースがあるから、普段はそこへ停めて置くとして、
一郎や田川が使うときはどうするんだい?もっとも免許がないから運転は出来ないか」
「お前が車を使わないとき、俺らは運転の練習をするから俺の家の前の道路に停めておく。
最近警察がうるさいけど交番がすぐそばにあり、その一家とは付き合いがある。
そのため大目に見てくれるのさ」
現在は一方通行だがその頃は両方向に通行できた。
もっとも、交通量が少なかったから目の色を変えると言った取り締まり方ではなかった。
そのほか、ガソリンは乗ったものが入れておく、修理代、税金等は割り勘にしようということになった。
その日10時頃、山完の家を出た後吉野は一郎と田川を家まで送り、そのまま帰っていった。
しかしその後、クラウンはまだ現していない本性をむき出しにして、一郎たちを苦しめるのである。
(つづく)
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ああ、時代はすこし下りますが、私らも大学時代には同じようなことをしていましたよ。
友人が買った軽がなんと3万でした。doorをしめるときに、ギーっときしみ音がして、クラッチは滑るし、さんざんな車でした。
でも、「走る」という一点ですばらしいと思ってましたもの(笑。
一郎さんたちの若さにポチです。
2009/10/14(水) 午後 5:55
その頃母は30代後半でしたが、末っ子の弟の幼稚園送り迎えのために免許をとり、確か初代カローラを買ったのだったのではなかったかな。
中華街にはまだ米兵が遊びにきていて、
米兵相手のクラブなどを経営していたオジサンたちはいわゆるアメ車でしたよ。
2009/10/14(水) 午後 7:17
もろぼしさん、クラウンも同様ドアーはぎー、ですしクラッチもすべる、ぼろ車でした。
後で参ったのは燃料系が狂っていましたから、重労働を余儀なくされます。お分かりですね。
ポチありがとうございます。
2009/10/14(水) 午後 10:13 [ 遊人A ]
minさん、そう、あの頃はまだ日本車は少なくてアメ車ばかり目に付きました。
しかしそろそろ町には日本車が走り始めますが、わがほうはまだアメ車が多かったのです。
前にも書きましたが今瀕死のフォードやクライスラー、キャデラック
リンカーンばかりでしたよ。
アメ車は経営者のステータスでしたから。
2009/10/14(水) 午後 10:22 [ 遊人A ]
今晩は。この頃スバルの軽が売れてませんでしたか?確か中学の時の美術教師が乗ってたんですよね、スバルに。昼休みいつも洗車してました。いずれにしても車を持つなどということは夢のまた夢でしたよね、この頃は。
2009/10/16(金) 午後 8:50
yamaさん、今晩は。
私が住んでいるところは横須賀に近く、米軍ネービーがいちはやく軍港に陣取っていましたから、走っている車はアメ車ばかりでしたよ。
夢のまた夢を実現したのですから興奮したのは当然でした。
2009/10/16(金) 午後 11:21 [ 遊人A ]
こんばんは!
車は高級な乗り物で一般人には高値の花でしたよね。
子どもの頃、他所の人の車の前で写真を撮ったことがあります^^。
スチールギターって、これまたお高かったのですね〜!
2009/10/25(日) 午後 8:59
ゆめおいさん、こんばんは!
車の運転免許もないくせに、あの当時としては5万円は大金でした。
私の初任給が、なんと19000円なのですから!!
笑っちゃいますよね。
スチールギターはそれほど高くはありません、むしろアンプなどの増幅器具が高かったのです。
ベース、コントラバスは巨大でしたし、なじみがなくみんなで買うことにしました。
2009/10/25(日) 午後 10:20 [ 遊人A ]