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2年に進級と共に組替えがあり、担任が下田経世先生になった。下田先生の担当は国語である。
また彼は下山のお寺の住職でもあった。下山は御用邸付近の字である。お寺は御用邸から長者が崎に
抜ける坂を上りきったところの左側にある。一郎は1年のときもたいした成績を上げられなかったくせに
押されて学級委員長を務めていた。その延長のような感じで2年になっても委員長に選ばれたが、正直、
荷が重い気がした。俺でいいのかなと不安で、小学生のときの自信に満ちた一郎とは違っていた。
違ったと言えば、一郎の背丈が1年から2年になる間に17cmも伸びたことである。学生服がツンツル
テンになり母親を嘆かせた。足も背が伸びるのに比例して大きくなるものだから、靴はすぐに履けなくな
ってしまった。朝礼の並び順は前から3番目だったものが後ろから2番目になり、ちびだった一郎はいつ
の間にか2年の中でも背丈が高いほうになっていたのである。背丈は3年になると更に13cm伸びて
170cmになり、高校で更に2cm伸びることになる。
体の成長と共に心が同じように成長してくれればよかったのだろうが、そうはいかなかった。
心の中にいつも不安と不満と焦燥が交互に繰り返し襲って来て、一郎はどうしていいのか分からなくなっ
ていた。具体的に何が不安で何が不満なのか、何かに追われているような焦燥感の正体が何なのか分かれ
ば対策の立てようもあったのだろうが、はっきりせず、心の中はただざわざわと不気味な音を立ててい
るだけだった。不幸は重なるもので、体調を崩していた義父は盲腸を併発し入院することになった。盲腸
の手術は順調だったが、術後、前から病んでいた肝臓が急に悪化し、黄疸の症状が現れ始めた。義父の顔
や体全体が黄色に変色し、死体を見ているようで気味が悪かった。義父の入院は意外に長引くことにな
り、母親は二人の子を連れて毎日病院に通うようになった。
一郎は半ばやけになり、何をするのにも投げやりな態度が目立ってきた。まだ旧校舎にいた1学期の昼
休みは、新しく級友になった信也、ハンメ、鈴貫、悦治達と裏山に入って行き、木の上に小屋を作って遊
んだ。オランウータンが作るように枝を折って組み立て、人が二人は入れるぐらいの鳥の巣に似せて作っ
た。どうっていうことのない子供じみた遊びであったが一郎は楽しかった。つかの間ではあったが気が
紛れるような気がして小屋作りに没頭するようになり、昼休みが来るのが待ちどうしく、授業は上の空で
あった。一郎は頭のどこかで勉強を見くびっていた。そんなに一生懸命勉強しなくても自分は大丈夫だ、
十分理解しているしテストだってそこそこ出来るじゃないかと、現実を直視せず自分をごまかし続けた。
やがて鳥の巣つくりに飽きてくると、いたずらがだんだんエスカレートしていった。一郎が斜面に生えて
いる雑木の先端に登り、足を木から離して一気にぶら下がると、雑木はバキッと大きな音を立てて中段か
ら折れた。そして枝や葉の空気抵抗により雑木はゆっくり倒れて行き、生い茂った木の上に軟着陸した。
なんともいえない快感だった。それを見た悦治や鈴貫が真似をして奇声を上げながら、かわるがわる
木にぶら下がって3本ほど折ってしまった。すぐ下の運動場にいた生徒は何事が起こったかといぶかしげ
に一郎たちを注視していた。その時、聞き覚えのある野太い声が聞こえてきた。
「誰だ、そこで何をしている、降りて来い」
「やべえ、ビヤダルだ」門倉先生だった。ぎょろりとした目で一郎たちが降りてくるのを見つめていた。
まさしく達磨大師の再来を思わせる体型と風貌だった。ビヤダルは怖いと評判である。
「お前達の所属は何年何組だ?担任はどなたかな」ビヤダルはさもあきれたと言わんばかりに、西洋風
に肩をすぼめ両腕を開いた。
「はい、2年3組の下田先生です」一郎は臆せずに答えた。
「お前の名はなんと言うんだ」ビヤダルは一郎の顔を指しながら言った。ビヤダルは3年担当のため一郎
とは面識が無かったが、一郎のことを知っていると思った。職員会議に名前があがっていた筈である。
「東谷一郎です。お騒がせしてすみません」一郎は頭を下げながら答えた。
「ふーん、お前が東谷一郎か、なるほどそうか、ふーむ、下田先生ね」ビヤダルは一郎の名前を聞いて、
しばし何か考えるような素振りをしていたが、一人で納得するように何度も肯いた。
「もう、こんなことをするんじゃないぞ。中学生なnだから子供みたいなことをしてはいけない」と言い
残してビヤダルは去って行った。一郎は怒られるだろうと思っていた。承知してやったことだから覚悟は
出来ていたのだ。しかしまたしてもそれ以上のお咎めは無く、その後一郎たちが山に踏み入ることは
無かった。
この頃の一郎は八方塞の状態から抜け出そうと、無意識のうちに見えない声を発信していたようだ。わ
ざとバカなことをしてみたり、テストに何も書かずに提出したり、些細なことでクラスメートと争ってみ
たりして、自分の存在を周りの人間に知らせようとしていたのだ。陸上部でもないのに、放課後遅くまで
走り高跳びや、グランドを駆け回っていたことも発信源の一つだったかも知れず、心が何かを求めて
彷徨っていたのである。誰か俺を見てくれ、俺の目を醒めさせてくれ、蜘蛛の糸でいいから俺をこの
奈落から助けて欲しい。家で机に向かっても勉強する気がおきなかった。(つづく)
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