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学級委員の選挙が終わってしばららくすると一郎たちの三年三組に異変が起こった。
中村先生が学校へ来なくなったのである。実は三年になってから中村先生は体調が優れないと見えて
時々学校を休むようになっていた。三年生は掛け算が始まり、九九を覚えなければならない大事な学年で
ある。にもかかわらず二学期、三学期は担任不在のままであった。教員の数は目いっぱいだったから
欠員を埋めることが出来なかったのである。結局、三年担当の先生方が交代で三組の授業を見ることにな
った。毎日入れ替わり立ち代りいろいろな先生が来てくれたが教科もばらばらに担当したので
一貫性がなく、いわゆる自習時間が多くなった。応援に来てくれる先生は自分のクラスの生徒を見る
のが手一杯で、よそのクラスまで面倒は見られないのだろう、どうしてもおざなりの授業になった。
多分三組の学力は卒業時、他の五クラスと比べると相対的に劣っていたであろう。
どう見ても三年のカリキュラムを終了したとは考えられない。学校側の責任ともいえるが、当時の
教育体制では無理からぬことであった。
ほかの組の先生方の姿は見かけていても授業を受けるのは初めてであったから、最初は緊張して
聞いていたが慣れるにしたがって真面目に勉強しようとする姿勢がなくなっていった。
自習時間はほとんど収拾がつかない状態だった。席を立つ者、おしゃべりをする者、果ては喧嘩までする
始末であった。一郎は副級長としてこの状態を修復しなければならないと思った。後になって考えてみ
て、あの時何故そんな気持ちになったのか、副級長という責任感が言わせたのかそれとも一郎の心に
驕りがあったからなのか、未だにわからない。
「俺が言えばみんな聞いてくれる」と思っていたのは事実だ。甘く見ていたのである。
それまではクラスのことことなどまるで関心がなく醒めた目で見ていた一郎だった。
「おーい、みんな席について勉強をしようぜ、先生が来るぞ」一郎は思わず叫んでいた。
「何言ってやがんだ。威張るな、先生なんか来るもんか」と安田はふてくされて言った。
安田は彼の傀儡と一緒にふざけるのをやめなかった。女の子達も勝手におしゃべりをしながら
「何よ、偉そうに」と言わぬばかりにそっぽを向いていた。金井と目が合ったが
「何を粋がっているのだ」と言う顔をして横を向いてしまった。金井は級長でありながら
何も行動を起こそうとしなかったのである。みんなが一郎を無視した。
「頼むから静かにしよう」一郎はあきらめずにもう一度言った。
「静かにしろだとよ。うるせえや、何様のつもりだ。一人だけいいかっこするんじゃねえ」
また安田がさもバカにしたように叫んだ。
一郎は何か間違ったことをしたような気になってきた。誰も言うことを聞こうとしなかった。
「俺は一人ぼっちになってしまったんだ」と思うと情けなく、悲しくなって涙が出てきた。
と同時にあんなことを言わなければよかったと悔やまれてならなかった。
安田は今までバカばかりやっていたから一郎は一段下に見て侮っていたが、彼が意外に
成長していたのを見逃していたのだ。それに小柄な一郎に比べて安田はいつの間にかクラスで
一番背が高くなっていたから、気後れしたのである。安田の反撃は思いもかけないものだった。
そんなことがあってから、安田はことごとく一郎に反発するようになった。一緒に遊んでいても
わざとぶつかってきたり、意地悪を仕掛けてきたりした。時には何を言っても無視して返事も
しなくなった。今で言ういじめである。一郎は楽しかった学校へいくのが嫌になってしまった。
以後、安田は一郎にとって天敵となり、三年終了時まで悩みの種となったのである。四年になると
組替えが行われ、金井も、安田も沼田らもばらばらになり,それぞれ違うクラスに配分された。
一郎は正直、ほっと胸をなでおろした。安田とまた一緒になったらどうしようと思ったからだ。
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