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いつものように「なが馬」をしていた。この遊びは守備と攻撃に分かれて相手を
振り落とすか、つぶすかで攻守交替する。守備側は、一人が馬の首になり塀に背を
向け足を開いて立ち、先頭の馬が中腰のまま頭を、開いた股に差し込む。そして順
に二番目、三番目の馬が後ろ向きの前の馬の股に首を入れて連結させ、長い馬を作
る。攻撃側はなが馬の背中に乗り、暴れて馬をつぶそうとし、守備側が必死でこら
える遊びである。
ボクチンは前から二番目の馬をしていた。背中の上に勢いよく誰かが乗りかかった
そのとき突然ふらつき膝を突いてしまった。悪寒に襲われ、眩暈がしたようだった。
「はええ、もうつぶれたのかよ。どうしようもねえな」西のタケがなじった。
「大丈夫か、怪我しなかったか」すぐ後ろにいたシゲちゃんが手を取って起こして
くれた。
「おめえ、すげエ熱いぞ」どれどれと言って皆がボクチンの額に手を当てて口々に
「本とだ、熱い、すげえ熱いぞ、ちょっとやばいかも」と言った。
「今日はもう家に帰れ」サブちゃんが額に手を触れながら背中を押した。
その時すでに熱が38度を超えていたのであろうか、朦朧となり震えが来て、近くの
塀に寄りかかるように崩れ折れた。
「おばさんを呼んで来い」サブちゃんの声で二,三人が駆け出して行った。
気がついたときは八畳間に寝かされていて、四つの心配そうな顔がじっと見つめて
いた。母親と近所のおばさん達だった。ただその顔が普通より小さく見えた。
不思議に思って天井を見ると、望遠鏡を反対側から覗いたように桟が小さく見えた。
怖くなって目を閉じると体がくるくる回って、どこかへ落ちて行くような気がした。
「お医者様が見えられました」太平堂のおばさんの声が聞こえた。
大きな顔に黒ぶちの眼鏡をかけた医者が入り口の引き戸を開けて入ってきた。
ボクチンの胸をはだけて聴診器を当てながら「どうだ、頭は痛くないか」と言った
ので「痛い」と答えた。事実頭は割れるように痛かった。
「体温は何度でしたか」
「ええ、40度ありました。大丈夫でしょうか」
しばらく慎重に調べていたが、母親のほうに向き直り首をかしげながら言った。
「急性肺炎ですね。このまま安静にして部屋を暖めてやってください。応急手当はして
おきますから、後で薬を取りに来るように」そう言いながら黒皮の鞄を開けて注射器と
薬を取り出すと、有無を言わさずブスッと射した。
「ところで、この子の血液型はなんですか」
「A型のはずです」
「誰かA型の人はいますか。緊急に輸血が必要です」と医者が言った。
居合わせた人々が話し合って永野材木店の職人に頼もうということになった。
太平堂のおばさんが永野材木店と親戚だから代表で交渉に行き,格さんという職人を連
れてきた。格さんは事情を聞くと、ボクチンのためなら喜んで輸血しようと言ってくれ
たそうだ。格さんはボクチンの遊び友達だった。
今考えると何故輸血などする必要があったのか分からない。たぶん当時の食糧事情が
悪かったため栄養失調気味であったせいかも知れない。多かれ少なかれ同年齢の子供
達は皆十分な食料を与えられず飢えていた時代であった。
いずれにしろ何CCか分からないが輸血したことにより快方に向かったことは確かな
ことであった。
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