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帰ると知らせがあった二日後に手紙が舞い込んだ。手紙にはこう書いてあった。
「長い間家を守ってくれて有り難う。康子には悪いが俺、結婚することになった。俺の面倒を見
てくれた看護婦だ。4月15日に彼女を連れて帰るからそれまでに荷物を整理して出て行ってくれ。
そう言う訳だから諦めてくれ」
康子さんは自分の目を疑った。もう一度読み返してみた。何度読んでも一緒だった。何と言う
ことだ、康子さんは涙が出る前に目の前が真っ暗になった。
正式な妻ではなかったが、ツネちゃんの不在の間家を守り、祖母と父の葬式も済ませ、おまけに
妹のハルコの引受人となり、何度も警察に足を運び頭を下げてきた。
誰の代わりにこんなことをしなければならなかったのか、みんなツネちゃんの代わりだと思うと情
けなかった。水道も無いガスも来ていない家で炊事をしてきた。
一番楽しい青春を犠牲にしてツネちゃんに尽くしてきたのに、この5年間は何だったのだろう。
身寄りの無い身では幸せを求めてはいけないことだったのだろうか。
5年間を返してくれ、と思った。納得できなかった。康子さんは改めて涙が出てきて大声で泣いた。
赤ん坊が駄々をこねるように手足をばたばたさせて号泣した。
悔しくて周りにあった紙切れや布を引きちぎってはまた泣いた。
ツネちゃんが大事にしているテレビを見ると憎らしくなり、足蹴にして壊してやろうかと思った。
これが5年間の代償なのか、そうだとすればなんて酷い仕打ちだろう。
一通の簡単な手紙ひとつで追い出されるとは思っても見ないことだった。納得することは無いにしろ、
どうせなら本人が来て直接別れを切り出して欲しかった。
康子さんは三日三晩の間泣き明かしたあと、仕方が無いので言われたとおり家を出て行くこと
にした。しかし、この家を追い出されても行くあてがあるわけではなく、わずかな身の回りの品
を風呂敷に包み彷徨い出るだけだ。康子さんは生活費として貰ったわずかなお金と5年間ちびち
びためた臍繰りを持って家を出た。ツネちゃんがどんな女を連れてくるのか見たい気もしたが、
会えば余計自分が惨めになるだけだと分かっていた。
手紙にはその女のお腹の中にすでに赤ちゃんが宿っていると書いてあったのを思い出した。
意地でも見てやるものか、と自分に言い聞かせた。
すると悔しくて、情けなくて、涸れてもう出ないだろうと思った涙がまた頬を伝って落ちてきた。
康子さんはこんなひどい仕打ちをしたツネちゃんが消して幸せにはならないだろう、いや、させる
ものかと思った。
康子さんは気が動転していたのだろうどこにも挨拶をしないで煙のように消えてしまった。
あるいは恥ずかしくて知り合いに顔を見せることが出来なかったのかもしれない。
一郎もいつ康子さんが出て行ったのか知らなかった。日ごろお風呂に入りに来た後、
茶の間で談笑しているときでも、康子さんは自分の過去を話そうとはしなかった。聞くと悲しそう
な顔をして曖昧に笑うだけだが、ただ身寄りが無いのと同じようなものだと言っていた。
とすればどうやって生きていこうと思っているのだろうか。
たとえば工場の従業員や喫茶店とか商店の店員になったとしても食べてはいけないだろう。
若い元気な女性であるから野垂れ死にすることは無いだろうが、身過ぎ世過ぎのために手っ取り早く、
夜の女にでもなるのかもしれない。それを思うと一郎は康子さんが不憫でならなかった。
桜がすべて散ってしまった4月15日、冷たい雨が降った日、ツネちゃんは新しい奥さんを連れ
て帰ってきた。早速二人揃って一郎の家に挨拶にやってきたというが、学校に行っていたので会う
ことは無かった。一郎が始めてツネちゃんの奥さんを見たのは3日ほど経った晩に、お風呂を貰い
に来た時である。名前は孝子だと名乗った。
色が雪国の女性の持つ真っ白で透き通った肌の色をしていて、第一印象は綺麗人だなと思った。
上背はそれほどでもなく、どちらかと言うと低いほうの部類に入る。
小太りでけらけらとよく笑う明るい女性だった。笑うと細い目がおかめのように垂れ下がって
愛嬌がある。康子さんはおとなしくて余り表面には出たがらない人だったので対照的である。
孝子さんはさすがに看護婦をしているだけあって礼儀正しく教養があり、好感が持てる女性だ。
何でも、ツネちゃんが入っていた伊豆のサナトリュームでツネちゃんの担当看護婦をしていたのが
孝子さんで、献身的な看護だったという。いたく気に入ったツネちゃんは一目で恋に落ちてしまった。
入院してから退院するまでの二年間、ツネちゃんは必死になって口説いた。
孝子さんは初め、患者としか見ていなかったがあまりに真剣なツネちゃんの情にほだされて、
いつしか二人は相思相愛の仲になったのだ。
お腹の子は順調に育ってそろそろお腹が目立ってきた。初め孝子さんはガスも水道も無い家に
お嫁にきたことを後悔した。こんなはずではと思った。いまどき山の中でも行かなければお目にかか
れない生活に驚き呆れたとしても不思議ではない。一時の情熱が冷めてみると伊豆が恋しくなった。
康子さん同様、燃し木を調達しなければならず、風呂を沸かすのも大変な労力である。
井戸にはポンプが付いていず、縄に結ばれた木の桶でくみ出さなければならない。
それでもかいがいしく働き幸せを満喫していた。そんなある日、孝子さんは体の異常に気が付いた。
38度近い熱が続き体がだるくなった。
初めは風邪かなと思って気にも留めずに普段どおりの生活を続けていた。
自分が看護婦なため多少の知識を持っていたので大丈夫と思っていた。
ところが5日我慢していたが意識が混濁し痙攣を起こしたため救急車を呼んで即日入院となった。
3日間懸命の治療が行なわれたが、孝子さんはそのまま帰らぬ人になってしまった。
妊娠中毒だったそうだ。
近所のおばさんたちは「きっと康子さんの怨念が取り付いたんだよ。
人情味の無い仕打ちをするからだ」と言って噂しあった。
ツネちゃんの落胆振りは傍目でも気の毒なくらいのしょげ方で郵便局の勤めを一週間も休むほどだ。
今頃康子さんはどこでどうしているのか、このことを知ったらなんて言うだろうかと思うと切なく
なってくる。
ツネちゃんはその後どうしたかと言うと家を出て逗子の家持の娘と一緒になり、三人の子持ちと
なったそうだ。それに伴ってツネちゃんの家は住むものがいなくなり、空き家になってしまった。
ハルコはもうその頃には家に帰って来なかった。
あんなひどい仕打ちをしたツネちゃんは50歳の若さで鬼籍の人となった。
一郎は因果応報という言葉が現実にあるのだな、と思った。
ツネちゃんの一家はそれぞれ所帯を持ったが、 次ろちゃんは家族に追い出され、今は鳶の仕事
をして細々と暮らしているし、サブちゃんは大和市の近くで家庭を築いていたが若くして亡く
なったそうだ。まともな暮らしをしているのはハルコだけになってしまった。
康子さんのその後は誰も知らない。 (終わり)
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