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容赦の無い夏の陽を浴びたクラウンの中はまさしく炎熱地獄だ。
窓を目一杯開けてあるが入ってくる外部の風は熱い。
さほど広くない道路は海水浴客が占領していて、車を通す余地など無い。
しかも塩の匂いが彼等を誘い、興奮させ、誰もが陽気で、早く海辺に行きたくて
周りを注意する者はいない。そんな中をさしたる用も無いのにクラウンを乗り入れた。
初め、4人は一郎の家の前を出発して桜山トンネルをくぐり田越橋を左に入る。
田越川に沿って下り、富士見橋を渡りなぎさホテルの前を海岸中央入り口まで進む。
裏道なのだが結構込んでいる。この道の周りは別荘や大きな会社の寮が並んでいて壮観である。
一郎は右にハンドルを切った。予想していたがものすごい混雑である。
この道は京浜急行逗子駅と逗子海岸中央入り口を直線でつなぎ、途中国道134号線と交差している。
また国鉄逗子駅から海岸に行く最短距離でもある。
四人は出来もしないのに「海辺に行って女の子を引っ掛けよう」とか
「4人も乗っているんだ、たとえひっ掛ったとしても乗れねえぞ。どうするんだ」
「じゃあ、田川は降りるんだな」
「おい、何を言うか、絶対にいやだ」などと言い交わし、4人のテンションはいやでも盛り上がる。
「ぼろ車だけど俺たちの車だ。みんな見てみろ。すごいだろう」
一郎の心の中も他の3人の心の中も特権階級にでもなったというような驕りがあったことは否めない。
だが世間はどう見ただろうか。
「不良大学生風情が何を言うか、親の脛かじっているくせにいい気になって遊んでいるんじゃない、
勉強をしっかりやれ」と言っているのに違いない。
だが4人にはそんな世間の風評に耳を傾ける余裕が無いばかりでなく、反発することに快感を感じる。
「大丈夫か?俺が運転変わろうか」
吉野が見かねて一郎に声を掛けた。吉野は乗っていて気が気でなかったのだ。
「なあに、どうってこたねえさ。まかせとけ」
高揚感にとらわれた一郎は強がりを言ったがその実かなりあせっていた。
クラクションを鳴らすと一時的に前が開くのだが、その先はすぐ埋まってしまう。
子供づれが多いので危なくてスピードが出せない。
「海水浴客たちは「この車は何でこんなところにいるんだ?」
とばかりに威勢の良いお兄さんがにらみつける。
一郎は運転に気を取られてただ黙々とアクセルとブレーキを踏み変えハンドルを握っているだけだ。
一郎には前しか見えずサイドミラーもバックミラーも無用のようだ。
心臓が飛び出すかと思うほど脈を打っている。
緊張の極に達し、全身に汗をかき、額の汗が目に入ってくる。
助手席の田川が「危ないですよ、道を空けてください」などと怒鳴っているが効き目は無い。
一郎は吉野に代わってもらうかと弱気になった。
「その車、何でこんなに込み合う道を走っているんだ?」
海水浴客の中の誰かが怒鳴っている。
中にはボンネットを叩いていくやつもいるし、タイヤを蹴飛ばす輩もいる。
「すみません、なるたけ早く抜けますから道を空けてください」
などと後ろの席に座っている吉野と山完が交互に怒鳴っている。
「冗談じゃない、お前らが道を塞いでいるんじゃないか」と一郎は思った。
そう思うと怒りがふつふつと湧いてくる。
思わずクラクションを鳴らしてエンジンを空ぶかしし海水客を脅した。
すると少し空間が出来たのですばやく前に進む。ようやく郵便局横の交差点まで行く。
一郎は左にハンドルを切った。
「おいおいどこへ行くんだ?」
吉野はようやく危機を脱して安堵したのに、一郎がよりによって逗子の繁華街の
方向に向かうのを見てあわてて大きな声を出した。ハンドルを右に切ると葉山方面に行くことになる。
なのに左に切った一郎はその時完全に冷静さを欠いていた。134号線も混雑している。
池田通りと銀座通りに別れる三叉路を右に切り銀座通りに入いる。
ここも両側の歩道は海水浴客で混雑していて車道にまであふれている。まるで歩行者天国のようだ。
一郎はクラクションを鳴らしながら慎重に車を運転した。
「駅前に交番があるぞ、停められて無免許が分かるとやばいから俺と交代しよう」
吉野が真剣になって運転を交代するよう一郎の肩をゆする。
一郎はそのときになって運転しているのが怖くなった。
あわてなくても良いのに急いでクラッチとブレーキを交互に踏んだものだから
車はノッキングして止まった。一郎はギーッと音がするドアーを開けて外に出た。
汗がどっと出てきて着ていたポロシャツがびしょびしょに濡れ、背中に張り付いた。
パンツも濡れて肌に張り付いているようで気持ちが悪い。
だが同時に一郎はその時溜まっていたストレスから開放されていく自分を感じていた。
すかさず吉野が後部座席から降りて運転を一郎と変わった。
運転免許を持っているからといって、吉野はベテランではない。
この混雑する中を無事に抜けるのは自信が無かったと後になって打ち明けている。
一郎がとった一連の行動は道交法違反である。
もし何らかの事故にあった場合どう責任を取るのだろうか。後になって思い出すとぞっとする。
若さとは危険と冒険心が背中合わせでせめぎあい、些細な事件あるいは重大事件を引き起こし、
あたら若者の前途に汚点を残すことになる。
一郎は大学生であるから常識や事の良し悪しは十分承知している。
だが、あえて法を曲げるような行動をとりたがるのも若さのなせるわざであり、
後に後悔の念に取り付かれるか心の中で快哉を叫ぶかどちらかであろう。
このクラウンにまつわる話はこればかりでない。まだ一郎たちに苦難を与えるようだ。
(つづく)
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