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歴史の大きな流れの中でものごとは観ないといけない。
小泉政治に対する評価がそれ以後の政治においては大きな試金石のようになっているということがいえるだろう。
様々な角度から批判がなされ、政治は小泉政治からの脱却が既定路線のようになっている。
その批判の多くが、派遣切りであるとか、財政面における縮小路線による、しわ寄せとして社会に現れている厳しい現実面を見て小泉改革によってそうなってしまったと盛んに言われる。
しかし、私から見て、比較の基準となっている社会というものが、あの高度成長時代にもてはやされた日本式経営とかその当時の状況と比べて、悪くなったというようなものだ。
あの高度成長時代というのは日本が欧米にキャッチアップしていく過程の中で現われた一番良い時代だ。
今の中国がある意味似ている。
成長できる条件がそろっているのだ。
オイルショックがなくてもいずれそれは終焉を迎える。
その古い時代と比べて悪くなったといっても意味がない。
どうあがいてもその時代には戻れないからである。
むしろ、小泉改革は日本がそういう好条件の成長期から、次のステップに向けて成長できるような環境を整えようというものであると理解している。
竹中氏が主張するように改革の結果悪くなったのではなく、改革を止めてしまったから悪い状況になっているに同意する。
もちろん、すべてが正しい政策であったとはいえないと思う。
しかし、もし間違っていたのなら、さらに良いものに改革すればよい。
改革はどんどんしたら良い。
極端な意見としては以前のような時代に戻れば良いというものであるが、時代はどんどん進んでいるのである。
それにあわせて変わっていくのは当然ではないか。
高度成長の時代のままの日本が30年40年続いていって果たしてうまくいくと本気で思っているのだろうか?
確かに単純に考えて、悪くなった面もある。
それは時代がそういうふうに変化しているのであって、直近にあった小泉改革にその原因を求めるのはきわめて思考が単純すぎる。
亀井大臣の言動はいささか時代錯誤を感じる。
連立のあり方が鳩山政権におけるアキレス腱になりかねない。
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小泉氏が掲げた自由主義と鳩山氏が目指す社会民主主義はどちらも資本主義国家が前提に有りますが、亀井氏の主張する政策は健全な市場経済への挑戦、民間の経済活動への国家の介入ですね。これはもはや資本主義の否定でしょう。
2009/9/28(月) 午前 1:33 [ 憂国烈士 ]