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野口英世

野口英世の伝記を読んだ。

伝記といっても数ある英世の伝記をもとに様々な説を交えて紹介しておりかつコンパクトにまとめてあるとても読み易い内容であった。

のめりこんでいない分余計に印象的であった。

英世の伝記は小学校以来である。(当時図書館にある伝記はほとんど読んだ)

英世についてはお札になったことで再度関心も高まっているようであるが、ずっと日本人の尊敬する人物ナンバーワンであった。

偉人としての英世の実像についてはお金についてのルーズさや酒などの放蕩が伝えられたりはしているがそれも含めて、人間としての魅力に満ち溢れた人だったようである。

私自身相当引き込まれてしまった。

人格高潔にして順風満帆な人生を送った人では決してない。

貧農の生まれであり、それに加えて幼少時火傷により左手の指がくっつき障害を背負った。

抜群に優秀な能力がありながらも学歴をつけることもできず、生涯常にハンディを背負った人生だった。

そのハンディ故に彼は超人的な頑張りで勉強し努力した。

彼の業績は強烈なハングリー精神で勝ち取ったものである。

人間って本当にここまで出来るんだなと思わせられた。

運もあっただろうが間違いなく彼は努力の人であった。

努力という言葉では足りないくらい、寝ることも食べることも忘れ文字通り血のにじむ努力だ。

それが一番印象に残った。

運といえば運があったというよりは逆に絶体絶命の窮地に何度か立たされた。

それを凌いだのは周りの人を味方につけてしまう彼の不思議な人間性だ。

周りの人達がこれでもかというほどに彼をサポートする。

特に金銭的な面で。

彼は極度なまでの節制が出来る反面お金があればあった分使ってしまうというルーズさを持っていた。

医者になるまでの莫大な費用を援助されている分金銭感覚も麻痺してる面があったのだろう。

援助を受けてはそれを使いさらに援助をせがむ。

周囲の人達がそれを最後までサポートしたのは英世の甘え上手であり野心はあったとしても厭らしさのない彼の無邪気さであろう。

一番のピンチは多額の資金を用立ててもらい単身渡米したときである。

あてもなく一度だけ日本で会ったことのあるフレクスナー教授を頼ってのことである。

突然のことで困惑した教授に職はないと断られるが彼は無給で働くという。

仕方なく私設の助手ということでわずかのポケットマネーで雇うことになった。

そこで与えられた毒蛇の研究でまさしく寝る暇もなく死に物狂いで研究に取り組み成果を出し、それが認められ奇跡的な出世街道を歩くことになる。

フレクスナー教授はやがてロックフェラー財団が莫大な資金を投じて設立した医学研究所初代の所長となり、英世はフレクスナー所長と共にこの研究所で生涯研究することになる。

その研究所は現在ではロックフェラー大学となっているが大学には現在2つの像がある。ひとつがロックフェラー氏であり、残りが英世である。

英世は当時まだ先進国から見てよく分からない国であった日本を世界に知らしめる役割を果たした数少ない日本人であった。

彼は片時も研究のことが頭を離れなかった。

様々なハンディを背負いながら成功の絶頂に登りつめた英世であったが世間がどう評価しようとも彼自身は精神的には常に追い詰められた状態であったように思える。

成功か自殺かというような言葉も彼は口にしていたようである。

黄熱病の研究中に黄熱病にかかり命を落とすわけであるが自殺説もあるという。

私は読んでいて筆者は否定しているがそれもありえると思った。

普通の人が生きるように彼は生きたのではない。

想像を絶する緊張感の中でいわば命を削りながら人生の日々を刻んだ人である。

常識を超えた放蕩やルーズさはその反動であり、そうでもしなければ生きるのにバランスを取れなかったのではないかと思う。

私も彼に魅せられた。

彼に負けない生き方・・・・してみたいものだ。

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2010/12/11(土) 午後 11:02 [ ゼロ ]


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