教育・心理

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亡くなった息子のこと

あーだめだ。目が痛くて開けていられない。

泣いたというよりも魂が震えたという感じ。

こんなに泣いたのは、10年前以来だろう。

2番目の子供が生まれたが13トリソミーという遺伝子異常の病気をもって生まれた。

生まれたときから保育室に入れられて一度も退院することなく11ヵ月後に亡くなった。

生まれたときから長く生きられないのは分かっていた。

過去の例で17歳くらいまで生きた例はあるそうだがほとんどは数年で亡くなると聞いた。

手や足の指が6本あった。

すごい、この子は普通の子よりも一本多いじゃないか。

そんなふうに考えたものだった。

しかし、出産した大学病院まで片道2時間を毎日往復しながら、どれだけ涙を流したことだろう。

あんな風に涙がどこまでも流れるものなんだと初めて知った。

誰でも産まれてきて、人生に大きな夢を持つことが許されている。

総理大臣になることもできるしアメリカの大統領になることももしかしたら可能かもしれない。

そんな、誰でも許されている夢や希望やそのすべてをこの子には許されていない・・・そのことを思うと涙が止まらなかった。

筆談ホステスを観て

TBSのドラマ「筆談ホステス」

あれは反則だ。

2時間嗚咽がとまらない。

涙が止まらない。

2時間泣きっぱなしだった。

お母さんが偉い。

障害を持たせてしまったことに対する、後悔。

痛いほど分かる。

ホステスという職を巡って理解しあえない期間はあったが、

娘がお母さんのおかげで筆談もできるし、お母さんの教えに従って1番になったよって。

産んでくれてありがとうって。人生のすべてがこの一言にかかっている。

だめだ・・・書きながらまだ涙が。

頭が痛い、目の上が痛い。

NHK教育で今年亡くなった囲碁棋士藤沢秀行の番組が放映された。

最後の無頼派棋士と言われたが番組ではそちらにウェイトを置いた構成であった。

家族とかあるいは外に作った7人の子供は大変つらい立場であったと思うが棋士としての藤沢秀行はまた大変な棋士であった。

坂田栄男との名人戦は坂田自身の言葉で命を削った闘いと表現していた。

あれが自分としては最後になった。

あれ以後はだめだったというようなことを言っていたが、自分の中でピークを感じたのであろうし、内的にはボロボロになったような感覚があったのだろう。

しかし、羨ましく思った。

それほどまでに命を削るほどに=命を燃やして戦う闘いができるんだと。

坂田は藤沢の偲ぶ会に招待もされていないのに顔を出した。

お互いに火花をちらし、個人的にも嫌っていた者同士であるが、そういう命を削る闘いをした者としてなんらかの親近感なりあるいは尊敬心なりあったのだろう。

藤沢の絶筆は「強烈な努力」なのだそうだまた「迷走」も残している。

囲碁は無限であり、自分は何も分かっていないということをしばしば口にしている。

だからこそ尋常でない努力をしなければならないと。

そこには無頼派とはまた違った謙虚さと囲碁にかける情熱が見える。

私生活での破天荒ぶりは、それがあったからこそまた棋士藤沢の形が生まれた。

野口英世と通じるものがある。

仕事にかける情熱や集中力、努力は尋常ではないけれど人間性の面では滅茶苦茶。

そのアンバランスが奇跡的な業績を残すエネルギーであったのかもしれない。

そういう生き方に魅力を感じる。

サルの惑星?

人類5万年の歴史を興味を持って調べてみた。

本によってもちろん、異なる見解や説明がなされてはいるが共通する部分もかなりある。

それ以来、町を歩いていても、ファミレスで食事したり読書をしていても周りにいる人たちが、サルのように見えて仕方なかった。(最近は若干もとに戻ってきたが・・・)

綺麗に着飾った若い女性でも、昔、木から下りて直立歩行を始め、複雑な社会を築いた結果、今の姿になったことがその人と重なって見えて、不思議な感じだった。

動物園か、サルの惑星にでもいるような・・・。

笑ったり、おしゃべりをしたり、着飾ったり、そのひとつひとつがすべてチンパンジーだった時代から、そのときの状況で有利に働いた生きるための戦略のなれの果てだと思うと、なんとなく滑稽だ。

もちろん、自分自身もそのなれの果てだが。

もしも神様がいてこの人類の歴史を見つめてきたとするならば、どう思っているのだろうか?

鳥取県では、学校で学級委員を20年立てていないという記事を目にした。

驚いた。

差別を助長するというクレームが人権団体からあったからだそうだ。

どう考えても異常だ。

時代によって常識だとか当たり前という感覚は当然変化はするものだ。

昔、私の生まれた県では、公立高校の入試の合格発表の日、何時間もかけて合格者の名前を読み上げていた。

又、週刊誌では東大とか有名大学の入試合格者の氏名を掲載していた。

これらが、個人情報に関わるということで廃止された。(個人情報ではなく、差別にあたるという理由だったかな?)

おめでたいことなんだからいいじゃないかと思っても一旦、廃止されたらもう復活することは当分ないだろう。

時代が大きく変化したというよりも、変化の兆しの中で、従来の慣行を変更することでドミノ的に変化を助長するという現象なんだと思う。

しかし、学級委員の件や、当ブログでも度々言及している運動会での手つなぎは決して現在でも日本全体のコンセンサスにはなっていない。

あまりにも異常すぎて、ドミノ的な変化には至らず、化石のように残されてしまったのだろう。

しかし、教育の変化のベクトルは学級委員を置かないとか運動会での手つなぎとかそういう方向に確実に向いてきた。

その総集編がゆとり教育なのだと思う。

私は、先回で述べたように合成の誤謬的な考え方を応用した、個人と全体の価値観をバランスを取るということで考えるべきだと思う。

ゆとり教育の考え方は私は理解できるし、賛成できる部分もある。

試験のために勉強するのは目的と手段を履き違えた本末転倒であり、邪道であるというのが私の考えである。(だから私の塾ははやらなかった)

だからといって全体の秩序が、「みんな勉強を一生懸命やらなくてもいいんですよ」となってはいいはずがない。

たとえみんながゆとりを持って勉強しなくなったとして、それで勉強とか人間性とかいう点でしっかりとした価値観が確立できるかというと、みんなそうだったから自分もそうしただけで意味はない。

朱に染まれば赤くなる未熟な人種を作ったに過ぎない。

みんなが熱狂的に自分が得するために目の色を変えて勉強しているときに平然としてテストのためには勉強しないとその姿勢を貫くことが重要なのだ。

そこで必要なのは個としてのしっかりとした価値観であり、それを貫く勇気と強さである。

だから差別をしないということをしっかりとした価値観として教育したいのならばそれぞれの個に対してしっかりと教育すべきであり、差別のない環境を人工的に作り上げ、無菌状態に強権的にすることではない。

家を作るときには基礎や、柱、壁しっかりとした強度で作らなければならない。

各部屋は、各個人の自由に使っても良い。

中には汚く使っている人もいるだろう。

だからといって部屋という個のあり方に合わせて家の骨格を変えてしまえば家が潰れてしまう。

教育の混乱は教育全体のあり方においてもつべき必要な強度を無視して個人の価値観を全体にも適用しようとしたところに間違いがあったのだと思う。

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