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東北福祉大学も「悩んでいる」。
住民に騒音、ゴミ投棄、私道の損傷など数々の妨害行為を一貫して継続している。これを継続すればやがてこれが普通になる、こう願っているのかもしれない。
現在紛糾している年金問題も長年、不正・怠慢を許す土壌があったから、内部ではそれが慣れっこになり、「普通」になってしまった感が否めない。東北福祉大学もこれを真似ているのかもしれない。
それにしても、この学校は、まめにいくつもの看板を作っている。すでに、写真資料として掲示しているものもあるが、重複をいとわず、いくつか上げておこう(撮影日上から順番に、07/11/11、07/11/26、07/11/26、07/12/08、07/12/26、08/01/06)。ただし、こまめに入れ替えるものだから、現在は設置されていないものもある。
ある人と、こんな雑談をしたことがある。
私「あの学校は、いろんな看板を出したり引っ込めたり、忙しいですね」
A氏「騒音被害に対してそれがどのような成果を実際に上げているのか、なにか具体的な報告はありますか」
私「いろいろやってます、とはいっていますけど。現実はご存知のとおりです」
A氏「でも学校でしょう? 設置基準だって充たしているんでしょ」
私「難しいことは知りませんよ。でもね、学校のホームページをときどき覗くのですが、住民とのトラブルや、学校が石母田での私道でたいへんな迷惑を住民に与えていることは、もうかれこれ、9ヶ月にもなるのに、一言も告知されていませんし、当然謝罪もありません」
A氏「それは、お気の毒ですね。あなたが対応しているところは、それじゃ「学校」ではないですね。都合の悪いことは、ホームページに書いたりはしないでしょう。」
私「どうして書けないんですか。情報公開が必要でしょう」
A氏「考えてもご覧なさい。学校がいろんな注意書きを掲示する。しかし、それを守らせる意志があるかどうかは別にして、ほとんどの学生・教職員が見向きもしない。そんなこと公に書けますか。」
私「頭がくらくらしてきました。それって教育放棄じゃないですか」
A氏「そうね。そうとも言えるし、そうでないとも言える。心ある教職員や現場、それに父兄は「憂鬱」かもしれない。」
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